第十四話「アスカ様の戦争」①
そして、それから3時間あまりが経過した。
周囲では、麦粥の炊き出しやら、収穫したばかりの麦を小麦粉にして、パンを焼いてみたり、街からも主婦の方や子供連れがやってきたり、スラムの者達も街の者達も一緒になって、降って湧いたお祭り騒ぎを楽しんでいたようだった。
ソルヴァ殿やファリナ殿達も、スラムの者達と和解してくれたようで、一緒に酒を飲んだり、楽しそうだった。
ちなみに、スキンヘッド氏とソルヴァ殿は、肩を組み合って、とても仲良さそうに見えた。
殿方というのは、不思議なもので拳一つで殴り合ってるうちに、友情が芽生えたりするんだとか。
まぁ、いいんでないかな? ふふふっ。
……そして、祭りが一段落し、やがて夜の帳が訪れようとしていた。
私は、一際大きく育った木の上に登ったまま、沈みゆく夕日を眺めながら、その時を待ち続けていた。
これから訪れるのは、このシュバリエの領主との戦いだ。
これは、もう間違いなくそうなる。
ここまでの騒ぎになったからには、さすがに領主が黙っていないだろうからな。
シスター・アリエスやエイル殿と言った有力者達も同意見で、ソルヴァ殿達も同様だった。
そして、こうしている間にも、全市民の郊外への避難誘導は順調に進んでいるはずだった。
「おう、アスカ! ひとまず、市民達は第一陣が第二会場……要するに避難所へ入ったところだ。しっかし、ユーバッハの野郎は本当に来るのかね? これじゃ、もうすぐ日が暮れちまうぜ!」
「そうさなぁ……。むしろ、この時点で姿を見せていない事から考えると、来るのは確実であろうな。恐らく、戦の準備に手間取っているのだろうな……」
「まぁ、時間はこっちの味方だからな。日が暮れて、真っ暗になっちまえば、装甲騎士なんぞ、クソの役にも立たんだろうからな」
ソルヴァ殿の話だと、案の定装甲騎兵には夜戦能力など皆無とのことで、ソルヴァ殿も日暮れ前に来ると予想していたようだったが。
男爵の屋敷に、偵察に向かわせたエルフからも、装甲騎士達は屋敷付近に集まってはいるようなのだが、随伴の従士隊が全く集まっておらず、未だに出撃する様子が無いとのことだった。
そりゃあまぁ、徴用兵なのだから集まりが悪いのも仕方あるまい。
実際、スキンヘッド氏ことデリックさんも、ヒゲモジャ氏ことロンバートさんもどっちも元従士隊のリストラ組。
定期訓練の招集も随分と長いことサボっているそうで、多分所在不明となっていて、とっくに除名されてるとの事だった。
なにせ、ある日突然、それまで職業軍人たる常備兵だったのに、徴用兵へ格下げのお知らせ。
職の斡旋も退職金の支払いも何もなしで、兵舎からも放り出されて、文字通り露頭に迷ったそうで……。
有事の際は従軍義務がある事と、三ヶ月に一度の合同訓練には、必ず参加しろとかなんとか言われたそうだが、当たり前のようにそんなもん、やってられるかと、バックレ。
よほど、盗賊団でも始めるしか無いと思いつめたそうなのだが。
行き場を無くしたまま、スラムに身を寄せて、スラムの住人たちの優しさに触れ、せめて何か出来ることとして、スラムの用心棒を始めて、今に至るそうな。
ソルヴァ殿も、その徴用兵の合同訓練に指導教官役として派遣された事があるそうなのだが。
毎回、参加者は規定人数の半分にも満たず、誰も彼もやる気もなく、ダラダラと剣の素振りをやったり、気持ち程度の筋トレやら走り込みと言った訓練とも言えない訓練に終止する……そんな調子らしかった。
まぁ……そうなるわなぁ。
何より、実際の戦争はそんな悠長に兵士を動員してなどと、やっている場合ではなくなると言うのがほとんどなのだからな。
そして、何よりも平時における軍人の練度と士気の維持と言うのは、いつの時代になっても苦労させられるものなのだ。
常備兵ですら、油断しているとその辺りが疎かになりがちなのだ。
兼業の徴用兵など、もっと酷いであろうことは、想像に難くない。
だからこそ、平時はさして役に立たないことを承知の上で、国家は職業軍人を養うのだ。
常在戦場の心意気のプロフェッショナル……軍人とは本来、そうあるべきで、平時は国に養ってもらって練度や士気を維持し、いざ有事ともなれば、命を賭ける覚悟の上で戦地に赴く。
本来、軍人とはそうあるべきなのだ。
素人同然の徴用兵など、いくら数が居ても何の意味もない。
そんな事は、20世紀末には常識になっていたのだがぁ……。
このシュバリエの統治者は、愚かにも徴用兵が戦力になると思っているようだったが……。
実際、戦力になってないではないか。
いざと言う時に使いものにならないのでは、何の意味もない。
そして、そのいざという時は、まさに今その時で、案の定……その問題点が露呈していた。
まぁ、所詮は未開文明の統治者なぞ、こんなものだろう。
まったく、もはやこの時点で戦略的に敗北しているようなものなのだが、どうやら、その程度のことも解らんようなヤツらしい。
いずれにせよ、歩兵随伴の上ともなると、少々厄介だったが、この調子では歩兵を諦めて騎兵のみで出陣となるであろうな。
なお、完全に日が暮れてしまったら、今日はやーめたとなる可能性も低くはないだろうが。
そこまでの阿呆ならば、エルフ達と夜襲を掛けて屋敷ごと燃やしてしまうつもりだった。
ちなみに、エルフ達はファリナ殿の話だと、ナチュラル暗視装置付きのような感じらしく、夜の闇を昼間同然のように見通せるそうで、夜戦はお手の物らしい。
これもあって、エルフ弓兵は人間達にとっては、言わば恐怖の象徴のようなもので、エルフ達の独立独歩が保たれている一因となっているようだ。
少し話してみたが、やれるかどうかの問いについては、造作もないと言ってのけた。
数は少ないながらも、誰も彼もが一騎当千の強者揃い。
なかなかどうして、頼もしい者達のようだった。
もっとも、敢えて無理を推して、装甲騎兵を出してくるようなら、せいぜい教訓を与えるまでなのだがな。
それに、別に騎兵と言っても、徒歩で戦えなくもないので、鎧と馬を捨てて、歩兵として戦いを挑んでくる可能性はある。
装甲騎兵は、常備兵でもあるのだから、練度も士気も相応に高いだろう。
だからこそ、私は決して、敵を侮っては居ない。
敵はむしろ過大評価しておいた方が、問題は起きにくい。
これもまた、戦場の常識だ。
敵を侮る楽観想定が一番危険なのだ。
そうやって失敗した将など、歴史を紐解けばいくらでもいる。
なお、領主であるユーバッハ某の人柄を聞く限りでは、話し合いの余地もなさそうであるし、ここはもはや、排除一択だと判断している。
いてもいなくても変わりないような者など、別に要らぬであろう?
追放や一市民に格下げした所で、その手合は相応にプライドも高い。
だからこそ、恨みを忘れる訳がない。
であるからには、ここは非常に徹して、排除する。
統治とは、得てしてそう言うものなのだよ。
しかし……よもや、初日から領主と激突と言うのは、私も想定外だったのだが。
ここまで騒ぎが大きくなってしまったら、もはや領主も引っ込みがつかないであろうからな。
まぁ、戦争とはそんな物だ。
誰も望まないまま、いつの間にかそれ以外の選択の余地がなくなってしまうのだ。
いずれにせよ、すぐに動かなかった時点で、その意図は明らかだった。
恐らく、装甲騎士をぞろぞろ引き連れて、この巨大農園の収穫物は全部自分のものだとか、私の領地で勝手な事をするなだの、下らぬことで騒ぎ立てるに違いあるまい。
まぁ、確かにスラムを中心に勝手に大農園にしてしまったのは私だから、その責任は取らないといけないし、誰かのものかと聞かれたら、街の住人達の物だと答えるつもりだった。
つまり、領主なんぞには麦の一粒もくれてやらん。
平伏して、恵んでくださいと殊勝な態度に出るなら、一考の余地ありなのだがな。
そもそも、ユーバッハとやらがどの程度の人物なのかについては、誰一人として、私に挨拶に行くことを勧めなかった時点で、もはや明らかでもあった。
別に暴君や暗君でもないのだが、名君では決してなく、領民の為に何かする訳でもなく、己の権利ばかりを主張して、搾取ばかり行い民に還元もしない。
ただケチで凡俗な領主と言ったところなのだが……。
すでに現在進行系で軍勢を準備中なのは、こちらも解っているのだ。
まぁ、小悪党というのは、得てしてそんなものだし、守銭奴と言う評判である以上、金のためなら多少のムチャもやる……そんなところだろう。
むしろ、ここで何もしないようでは、どのみち終わりであろうからな。
いずれにせよ、来る。
その事だけは理解できる。
何故なら、私は銀河帝国皇帝だったのだからな。
そうこうしているうちに、偵察に出しているエルフから『風の便り』が届いた。
「……ソルヴァ殿。偵察に向かわせたエルフからの報告だ。ユーバッハは先発の装甲騎兵数騎を連れ、屋敷を出払ったようだ。ここまで2km程度だから、おそらく5分程度で着くぞ。だが……まだ残っている市民達はいるようなのでな。至急避難させるようお願いする。ここは戦場となる!」
「なぁ……アスカ! 本当に一人でやるのか? さすがに、一人で装甲騎士20人を殺るのは無理があるんじゃねぇか? 俺も手伝うぜっ!」
「ソルヴァ殿、そこは十分に話し合ったではないか。神樹の星霊は装甲騎士をも鎧袖一触、あっさり皆殺しにした。それくらいの武勇伝が付いた方が今後、何かと楽になるのでな。何より、相手は装甲騎士だ……騎兵相手に徒歩で挑むのは、さすがに少々分が悪かろう」
まぁ、ここで貴族を排除し独立国家を建国したとなると、他の貴族が黙っては居ないだろう。
だが、相手は、ご自慢の装甲騎士を一人であっさり皆殺しにした怪物。
そう思っていだければ、日和る者達も出てくるであろう。
それが狙いだった。
だからこそ、私はこの戦いをそう言うふうに演出するつもりであった。
独立国家の建国の件は、エイル殿やアリエス殿ともちゃんと話し合って、そう結論付けたのだぞ。
こんな景気よく、神樹の種がばら撒かれしまった以上、もはや国が動くのは間違いなかった。
座して、流れに身をませるほど、私も愚かではないのだ。
相手が国レベルなら、こちらも国を建てるまでのこと。
スローライフも風来坊も性に合わんのでな。
こうなったら、経験を生かして、この地でも私の帝国を築き上げるまでのことよ!
なぁに、国の統治など手慣れたものよ。
誰もが幸せに暮らせる、この惑星最強の覇権国家でも作り上げてみせようぞ!
「た、確かにそうなんだが……。そこら辺はアスカも一緒じゃねぇか! そもそも、武器どころか手ぶらじゃねぇか!」
「なぁに、武器など要らぬさ。私は強いぞ? 盗賊団も装甲騎士も大差はない。まぁ、どうしてもと言うのであれば、この戦の目撃者として、最後まで観戦していると良いぞ」
「と、とにかく、ヤバそうだったら、手は出すからなっ! それくらいやらせろ! それと……無理はするなよ。おそらく、コイツはマジもの戦争になる。盗賊団を不意打ちで一網打尽にして殺すのとは訳が違う!」
「……案ずるな。私も戦場の素人ではない。私の国においては皇帝とは、最高司令官でもあったのだからな。最前線での戦いも経験済みだ……勝ち戦もあれば、負け戦もあったがな。こう見えて歴戦の将帥でもあるのだぞ?」
……まぁ、最後の戦いは負け戦だったのだがな。
これは言わないでおくべきだろう。
「まぁ、いい。手筈通り、俺とファリナ、モヒートはそこらに伏せとくからな。仕掛ける時合はこっちで判断する、それでいいな?」
「構わんよ。まぁ、出番がないかもしれんが、その時は楽ができたと思ってくれ」
ソルヴァ殿が草原の草を掻き分けて、街の方へと去っていく。
そして、入れ違いのように草原を掻き分けながら、騒々しい者達が私のいる木の下に現れた。
「一体何だ! この有様はっ! おいっ! 貴様ら! これは一体なんなのだこれは! い、一面の小麦畑……? それに……なんで今の時期にこんな果物までもが生っているのだ! これは何が起きているのだっ! ええい、そこのヤツ! 何を勝手に食っているのだ! 私はそんな許可など出しておらんぞ!」
なんとも、騒々しいのがやってきた。
どうやら、領主様とやらがご到着のようだった。




