第十三話「降り積もる奇跡」②
「あわわ……こ、これ。多分、神樹様の種なのでは……大地に力を与え、恵みを与える。荒れ地を緑に変え、ありとあらゆる植物の種ともなり、命無き者にすら命を与えると言う……あの……。実際そんな感じじゃないですか……これっ!」
ファリナ殿がマナ・ストーンの粒子をつまみ上げて、手のひらでそれらが次々芽吹いていくのを見て、呆然としている。
……これ、そんなんだったのか。
「ああ、そうだ……一見光る粉のように見えるが、この膨大な魔力っ! コレこそが不毛なる大地に神樹様が命を蒔いたと言われる創世記に記された神樹様の種。ザ・シードとも呼ばれる奇跡の種っ! 我らエルフの失われし秘宝っ! それがこんなにも……。皆、出来る限り回収するんだ! 急げーっ!」
エルフお兄さんが指示を出すと、エルフ達がバッサバッサと袋に詰めていく。
葉っぱマントの人達も、血相変えて回収していく。
うむ、どれだけ貴重かつ有用な物かは私にも良く解るのだが。
やってることは、ガスジャイアントで水素燃料を集めるようなものだと思うぞ。
つまり、いくらでも採れるし有用なのだが、調子に乗って取りすぎると輸送や精製、保管に苦労すると。
まぁ、宇宙の資源というのは、得てしてそんなもので、あるところでは有り余っていて、無いところには全く無い。
であるからこそ、輸出入……星間貿易というものが成立し、貿易ルートの安全保障が求められるのだが、そして、それはやがて軍拡へと発展して……とまぁ、そこはそれだ。
うーむ、お母様のこのマナ・ストーンのスーパー大盤振る舞い……。
果たして、吉と出るか凶と出るか。
まぁ、間違いなく歴史のターニングポイント級のド派手なイベントになったのは間違いないな。
すまない! 本当にすまないつ! これは皆への負債だと思っておくぞ!
「お主らの気持ちも解るが、いくらでもあるのだから、そう慌てなくともよかろう。むしろ、それは後回しにすべきであろう? 何より、そんな目の色変えて、先を争うようにかき集めるのもどうかと思うぞ」
私がそう言うとエルフも神樹教会の者たちもピタッと手を止める。
「し、しかし御使様……。身共はコレがどれだけ貴重なものか良く存じております。遥か昔に神樹様より授かった、これと同じ神樹の種は、今や総本山にて我らの御神体として、設置され、皆が崇めているほどなのですよ!」
「そ、その通りだっ! 御使殿……その点は我々も同じなのだ……。神樹の種と言えば、我らエルフの命の起源とも伝えられるものなのだ! 例え、たった一つまみの神樹の種であろうが、エルフ氏族を全員の有り金かき集めて、それと引き換えであっても、全員一致で納得する。その程度には価値があると思っていただきたいっ!」
エルフにとっても神樹教会にとっても、彼らにとってこのマナストーンがどれほどの価値があるかはよぉくわかった。
ただ、そこまで目の色を変えんでもよかろう……。
「まぁ、聞くがよいぞ。それはこれまで神樹の種が極めて希少だったから……故になのだろう? 私もコレがどれほど貴重かつ有用かは深く理解しているのだが。見てみるがよい……その超貴重品が文字通り、地面を埋め尽くしておるのだ……。全く我がお母様もやることがいちいち半端ないのう……」
私がそう返すと二人ともあたりを呆然と見渡して、視線を戻すとご尤もと言いたげに頷き返す。
「ま、まぁ……確かに唸るほどあるよなぁ……。アレだな、絶世の美女も一人づつならドンと来いだが、ダース単位で来られるとさすがにゲンナリするだろうからなぁ。まぁ、星霊様が言いたいことはよく解るな」
……何だかよくわからない喩えをする御仁であるな。
まだ名乗られておらぬので、イケメンエルフとでも仮称するとしよう。
まぁ、このマナストーンの山の件については、とりあえず、棚上げ保留で構わないだろう。
どんな貴重品でも有り余っているのなら、その価値も薄れるというものよ。
「それよりも、まずはこの膨大な麦をどうするかであろう? まぁ、刈り放題で食い放題なのだ……とりあえず、私も腹が減っていてな。ひとまず皆で飯でも食わぬか? すまんが、街の衆も収穫を手伝ってくれ! むろん、お前達スラムの者達もな! なぁに、刈った分は刈った者の物にして一向に構わぬ。……見ての通り、食料はいくらでもあるのだから、もはや争う必要などあるまい? まずは皆で思う存分腹を満たす。これからのことはその後でよかろう?」
私がそう答えると、スラムの住民も市民たちも一斉に沸き、エルフも神樹教会の者達も感動したような面持ちで、揃って御意のままにと応える。
まぁ、崇められるのも民の指針になるのも手慣れたものだ。
そういう事なら、いくらでもなんとでもしてやるまでだ。
もちろん、この大草原……小麦だけではない。
あらゆる植物の種と言うのは本当のようで、芋や豆類、葉野菜と言ったあらゆる作物の種が一斉に芽吹いて、今も増殖中。
りんごやオレンジ、ぶどうのような果樹らしき植物もあちこちで、たわわに実っている。
もちろん、地球起源種とは別物だと思うが、子供たちや女性と言った甘いモノに目がなそうな者達が目を輝かせて、頬張って居るようなので、そう言う認識で良さそうだった。
一部はすでに次のサイクルに突入しているし、マナストーンも次々と発芽しているので、更に増えそうな勢いだった。
……マナストーンの散布範囲は凡そ、スラム街を中心に5kmほどの範囲のようだった。
軽く市街全域を巻き込み、現在進行系で増殖中。
もはや神樹の森同様、完全に私の領域化していた。
それにこれは要するに、収穫間近な巨大農園を一瞬で作ってしまったようなものだ。
こりゃ、この辺一帯が食料生産地になってしまったようなものだなぁ。
なんなら、スラムの住民達をこの巨大農園の管理人にしても一向に構わんかもしれん。
貧民を見捨てるのは論外ではあるが、金を与えたり、炊き出しをして救った気になるのは、単なる偽善だ。
貧民にこそ、職を与えるべきなのだ。
例え、今はスラムに身をやつしていても、職を得て働いて賃金を得られるようになれば、彼らもまた経済の輪に入ってこれるのだ。
前にも言ったが、国民は多いに越したことはないのだ。
ただの一人だって、見捨てて良い民などおらぬのだ。
彼らが明日の食事にも事欠くのであれば、私がそれを満たしてやるだけの話だ。
まぁ、この分だとしばらく、穀物や野菜と言った収穫物は有り余るだろうからなぁ。
収穫した分は自分達のものとして、蓄えとするもよし、余った分は他所にでも売りつければ良い。
これだけあれば独り占めしたり、これを巡って争うようなバカもおるまいて。
なんなら、ここで収穫作業などを行い働いたものは働いた分だけ、金をもらえるシステムを構築するのもよかろう。
労働は相応の対価が支払われて当然なのだからな。
税等にについては…まぁ、領主次第ではあるから、そこは後回し……。
正直、嫌な予感しかしないのだが、そんなものであろうな。
どのみち、今の時点で言えることは、この一瞬でこの地域の従来の価値観や枠組みは、軽く崩壊したと思って良いだろう。
まぁ、そう言う事なら、私が為すべきことはすでに決まっているのだがな!
それにしても、さすがこの私だ! 軽く世直し第一歩のつもりが、既存の価値観のブレイク・スルーを早速やらかしてしまうとはなぁ。
それにしても、ちょっと魔力を自重せずぶっこもうとして、うっかりお母様が介入してきたせいで、エライことになってしまった。
思いっきり街の方にも影響が出ていて、市街地まとめて全域にマナストーンが降り注いだ事で、軽く緑に沈んでしまったようだが。
下から草木が生えた程度なのだから、多少床や壁が壊れた程度で、そこまで生活に影響はあるまい。
見たところ、石畳の上に落ちたマナ・ストーンは植物化はしていないようだし、屋根の上に木が生えて、住宅が潰れている様子もない。
この要素だと、お母様が絶妙にマナ・ストーンの発芽状況をコントロールしてくれて、市街地への影響を最小限にしてくれたようだった。
ものすごーく雑な仕事をやってるように見えて、一応、配慮くらいはしてくれたらしい。
まぁ……あとはこの私が謝って回れば多分問題も起きないだろう。
『皇帝の頭とは下げて回るためにあるのだ』
何代か前の外務担当、第二帝国皇帝の言葉だが、言い得て妙だった。
頭を下げるだけで、問題が解決するなら実に安いものだ。
だが、一つだけ恐らくそうはいかない問題があるのだが。
……それは、後で良い。
ただ、この食料の山。
この町の住民総出で食べても、普通にも有り余るてあろうな……。
まぁ、余ったら余ったらで、大量に倉庫でも建てて貯めておくなり、足りないところにくれてやれば良いのだ。
肉や卵のような動物性の食料はさすがの私もこんな風に手軽には、作れないので、それらと物々交換でもすれば、それらの生産者とも悪くない関係が築けるだろう。
それに、去年が地域全体で凶作だったせいで、食料価格の高騰や飢餓と言った、いろいろな問題も起きていると言う話も帰路の道中にて、イース嬢から聞いていたのだ。
もっとも、軽くやってこれなら、私と神樹様の力があれば、全ての国の民の胃袋を満たすことも不可能ではないだろう。
前にも言ったが、国家としての至上命題のひとつが、国民の胃袋を満足させることなのだ。
それが出来て、外敵から国民を守ることが出来るのならば、後の事はおまけのようなもので、人口増加と国としての規模拡大を続ければ、良いのだ。
国の運営なぞ、ここを弁えておけば、誰にでも出来る簡単なお仕事だと思うのだがな。
まったく、自国民を飢えさせるなど、統治者としては、本来恥辱の極みなのだがな。
だが、この世界では、そう言うことは珍しくないとも聞いていた。
明日の食事も怪しいスラムの住人はもちろんのこと、重税で自分達の食べるものが無くなってしまって、餓死する農民だって、珍しくないらしい。
親に死なれた子供達はもっと過酷だ。
スラムの住民や教会に保護される者達は幸せな方で、その多くは奴隷として売られ、あるいは人知れず野垂れ死ぬか……。
その手の話があまり珍しい話ではないと言うことが兄弟達の話で良く分かったからな……。
まったく、くだらぬ話だ。
貧民街なぞを放置している時点でもおかしいのに、貧民から税を搾り取るなど、もはや言語道断であろうに……。
人買いや盗品の売買……コンビニ感覚での人殺しに……そんな事が横行しているのに、見てみぬふり。
そのような者、まさに統治者失格だ!
しかしまぁ、こんなアホみたいな量の麦畑……。
当面、餓死するものはいなくなるだろうが、軽く食料価格相場が暴落するかもしれん。
そうなると、食料を買い溜めしていた商人も死んでしまうだろうし、農民にも煽りが行くかもしれんが……。
もっとも、この世界の農民たちも皆重税で喘いでいるらしいから、その者達にも我が恩恵を与えて回れば、きっと誰もが笑える世界となるだろう。
と言うか、農民達を纏めて収穫要員として、雇い入れてしまえば良いのではないかな?
うむ! 完璧であるなっ!
どのみち、無防備状態の農村が点在していると言う状況は、治安維持の観点やインフラ整備の観点からも褒められたものではないのだ。
住民は、なるべく一塊になって環境負荷と相談しつつ、リソースをシェアし、人口集中していただくというのが、執政者としては何かとありがたいのだ。
土地にさえ拘らなければ、収穫と流通に専念すると言う生き方もありだと思うし、私とお母様の力であれば、軽くこの世界の農業革命位ならば起こせるだろう。
実際、帝国臣民の一割は地上世界の農作物の収穫と流通販売で生計を立てているのだからなぁ。
このようなモデルケースもあるのだから、問題もあるまい。
彼らはいつ視察に行っても、ニコニコ笑顔で幸せそうに収穫に励んでいたようであったし、天然食材生産業務への転職希望者も例年跡を絶たず、他業種との任期交代制にしているような農業惑星法人だってあるのだ。
同じような仕事をしているのにもかかわらず、この世界の農民達は話を聞く限りでは、全くもって幸せそうなイメージが無い。
我が帝国の農業従事者並とはいかんかもしれんが、せめて笑って楽しく人生を送れるようにしてやりたいものだ。
それにしても……なんと言うか、やはり私は転生しようが……皇帝なのだなぁ。
不幸な者達を見ると、むしろ救わねばならんと言う義務感が湧いて、どうしょうもなくなる。
のんびりと、日向ぼっこでもしつつ、スローライフとかも悪くはないが。
自分一人の幸福を追求する気にはとてもなれなかった。
もちろん、あまり派手にやり過ぎると、この世界の統治者達が黙っていないだろうが。
せいぜい市町村レベルの統治しか出来ぬものなど、別に一掃してしまってもかまわないだろう。
実物を見ていないので何とも言えないが、この近隣の統治者達は、装甲騎士とか言う強力な兵種の誕生で、すっかりそれに胡座をかいているように見える。
そして、自らの利ばかり追求して、何もしない。
バカどもが……。
戦争で特定兵科や新兵器の優位性など、長くは続かないと言うのが相場なのだ。
話を聞く限りでは、この私の脅威になるとはとても思えない。
そもそも、600億の統治者と、1万2万程度の統治者とでは格が違うのだ。
その程度では、いい所町内会長やら、学校の生徒会長レベルであり、私のもとにその者達の名が上がってくる事すら無かった。
もっとも、平伏して助力と支援を求めるならば、それは喜んで手を貸すつもりだった。
私は自らを頼みとするものへは寛容なのだ。
だが、私が作り出す状況の邪魔立てをしたり、戦を仕掛けてくるようであれば……まぁ、粉砕するしか無いだろう。
さて、ここの領主はどのような人物であろうか?
興味はつきぬが、まずはお手並み拝見。
ひとまず今は、この祭りのひとときを楽しむとしようか。
……今だけはな。




