第十三話「降り積もる奇跡」①
……次の瞬間。
まず乱闘の真っ只中にわっさわっさと人の背丈ほどある緑の草が大増殖して、乱闘中の男たちの姿が見えなくなる。
そして、たちまち、赤茶けた地面だった辺り一帯が大草原と化していき、そこらに放置されていた板切れや丸太にニョキニョキと芽が生え始める。
私の足元に転がってた丸太からも、ズゴゴゴゴと樹が伸びて来たので、ヒョイッとその枝に飛び乗る。
あっという間に視点が高くなっていき、軽く20mほどの高さまで伸びて、ようやっとストップ。
先程の幼子が木の枝に引っかかって、たーすけてーと情けない悲鳴を上げている。
どうやら、思い切り巻き込まれてしまったらしかった
ヒョイと拾い上げて、片手で抱きかかえると、もう片手をすっかり巨木になってしまった樹の幹に添えながら、思いっきり息を吸い込む。
ううっ……まさかのお母様の助力で、なんだか大変なことになってしまったぞ!
でも、こうなったら、もう最後までやるしかなかった!
イレギュラーな事態への対応力……それもまた、銀河帝国皇帝として求められる素質でもあるのだ!
「聞けぃっ! 皆の者よ……もう、無益な争いはよせ……ッ! これは我が命であるぞーっ!」
ありったけの大音声を発すると、辺りの人々もとっくに乱闘は止めていたのだが、呆然としつつ私の方へ一斉に向き直ると、シーンと静まり返る。
「幼子よ……怪我はなかったか? すまぬな……私の不注意で巻き込むところだった」
ひとまず、抱き上げた幼子に小さく声を掛ける。
首を横に振って、大丈夫と言いたげな幼子。
だが、そこでポッと頬を染めて、私のフルフラットな胸に顔を埋めてどうする?
確かに、カッコいい騎士様、颯爽と登場みたいなシチェーションだが、そもそも私も女子なのであるのだが……む? なんだこれ……猫耳が付いておるぞ!
よく見れば、この娘尻尾も生えておる。
そう言えば獣人という者がいたなぁ……昼間見たのは、動物って外観だったが。
これは、猫耳少女そのものでは無いかっ! か、可愛いなっ!
いやいや、そんな事はどうでもいい。
……これも言ってみれば、アドリブの演出のようなもの。
そう……弱者とは、救われるべきものなのであるっ!
幼女などまさに、弱者の象徴たるものだ。
猫耳付きともなれば尚更だっ!
その弱者を救い、相争う強者達を仲裁する。
それでこそ、正義というべきものである!
そう! 正義はここにある! 我こそ、正義なのであるっ!
この無意味な争いを続ける者達も、この場の正義の在り処を知ったであろう。
まぁ、かくなる上は、いつも通りやるだけだ。
なぁに、大衆扇動など、手慣れたものだ。
「まったく、貴様ら……。大の大人が揃いも揃って、このような幼子を巻き込んで、乱闘など……恥を知れい! 恥を! この戦……我がクスノキ・アスカの名において、仲裁させてもらおうではないか! よもや、文句などあるまいなっ!」
別にこの猫耳幼女は乱闘に巻き込まれた訳ではなかったし、そもそも、全ての元凶はこの私なのだがな……。
まったく……何を言ってるのだかなぁ。
とんだマッチポンプだとは思うのだが、まぁいい。
そう言う事にすれば、もはや、この場の正義の在り処も一目瞭然と言うものよ!
正義とは……常に弱者の味方なのだっ!
実際、誰もがぐうの音も出ない様子。
そうだろう、そうだろうっ!
大の大人が、このようないたいけな猫耳少女を乱闘に巻き込んでしまった。
そして、同じような小さな美少女にド正論で諭される。
この時点で、誰もが負い目を感じてしまっている。
こうなったら、戦も終わりだ。
この辺りは、現代戦も似たようなもので、自分達が正しい戦争をしていると思っているうちは、軍勢というのは強いのだが。
自分達が間違っているのではないかと疑問を抱いてしまうと、軍勢と言えど総崩れになるのだ。
命令無視やサボタージュ程度なら、可愛いもの。
部隊単位やら、宇宙戦艦丸ごと一隻反乱起こしたりだのなー。
これは、銀河中から悪と罵られた我が帝国の末路がそうだったからこそ、実感を持って言える。
正義なき者に勝利はないっ!
まぁ、いずれにせよ、こうなればこちらのものだ。
この手の諍いは、第三者が割り込んで、ガツンとお前ら喧嘩すんなと両成敗で黙らせて、全員正座でもさせて、それが終わったら、美味い飯でも食わせて、気分を落ち着かせた上で心ゆくまで話し合わせるべきなのだ。
なお、効果は絶大だった。
スラムの住民は全員ひれ伏して、祈りを始め、イース嬢とファリナさんとエルフ達も同様。
ソルヴァ殿やモヒート殿も同様。
それに見習うように他の市民たちも、ひれ伏して誰も言葉もない様子。
よし、圧倒的皇帝カリスマ健在である! さすが私っ!
しかし、この後どうしたものか。
はっきり言って、この乱闘騒ぎ。
どっちも誰も悪くない。
片や誘拐された私を助けに来た。
片やどう見ても仲間な私を守ろうとした。
誤解が積もり積もって、悲しい争いに発展してしまった。
誰が悪いと聞かれたら。
そりゃどう見ても、私なのだが、敢えてそうは言わない。
誰も悪くないっ!
大いに結構ではないか!
悪人なんて、どこにもいなかった!
以上解散ッ!
ちなみに、よく見ると一帯を埋め尽くした雑草と思っていたのは、麦だったようで、すでに収穫できる段階まで成長したらしく、一面を黄金色に埋め尽くしていた。
お母様の放った大地の祝福とやらの力……マナ・ストーンの粒子は尋常ではない範囲を覆い尽くしたようで、その黄金色の草原はどこまでも果てしなく広がっているように見えた。
……どうすんのよ? これ。
まぁ、食べ物なんだから、皆で美味しく食べればそのうち無くなると思うし……。
でも、ここまでの騒ぎを起こしたとなると……。
うーむ、なんとなく、この後の展開も見えてきてしまったぞ?
仕方あるまい。
お母様に回収してーと言ったところでどうにかるようにはとても思えない。
こうなったら、このまま続けるまでよ!
「うむ! 貴様ら! ひとまずもう良いであろう? 良いか? この争いはなぜ起きたのか? そう! それは、この場にいる者たちが誰もが己の正義と良心に従い動いた結果だ……悪しき者など、どこにもいなかったのだ! 諸君らは等しく正義であり、正しき者に罪などあるはずがないっ! だが、もしも罪の意識を感じているのであれば、私が諸君らを許そうではないか!」
その言葉に誰もがははーっ! とばかりに一際大きく頭を垂れる。
よしよし、完璧であるな。
後は全員ノーサイド、皆で楽しみ給えで締めるのみ。
我ながら、パーフェクトであるな!
「そして、この果てしなく広がった小麦畑を見るが良い! まぁ……ちょっとばかり、うっかり作りすぎてしまったのだ。ひとまず、これは諸君ら街の住民にくれてやるから、皆で好きなようにすると良いぞ! なぁに、お母様の……神樹様の祝福といったところだ! ああ、代金なぞいらぬぞ? 神樹様に感謝の祈りを捧げれば、それでよいのだ。であるな? イース嬢」
イース嬢が私が登っている樹の側までやって来ていて、何か言いたげにしていたようだったので、視線を送りながらイース嬢に呼びかける。
締めは任せたぞ?
「はい! そ、そうです! 今の輝き……あれは紛れもない神樹様の祝福……奇跡の光です! 皆様の無益な争いを見かねて、神樹様が与えられし恵みの光……もう争いは止めましょう。そして、神樹様へ祈りを捧げ、この奇跡を呼んだアスカ様にも! 心からの祈りを……許しを請い、その大いなる慈愛へ感謝の祈りを捧げるのですっ!」
私の言葉を継いで、イース嬢が厳かといった雰囲気を醸し出して、今、起こった奇跡を語ってくれる。
なんか、いつの間にか一枚の葉が描かれた立派なマントを身にまとっていて、表情もすっごいキリッとしてる。
ほほぅ、さっきまでのポンコツぶりが嘘のようであるのう……。
その言葉には慈愛が溢れ、私の言葉もあってか、問答無用の説得力とでも言うべきものを持っていた。
さらに、続々と同じようなマントを羽織った人々がイース嬢の左右にやってきて、無言で神樹様へ向かって、一斉に腰を折り、私に向き直ると跪いて祈りを捧げてくれる。
……どう見ても、出待ちしてたっぽいなぁ。
この奇跡を予想していたのであれば、なかなかどうして抜け目のない者達であるな。
「……お初にお目にかかります。神樹教会シュバリエ教区代表、アリエス・ヴィルカイン司祭と申します。此度は、ご拝謁いただき恐縮至極でございます。そして、此度の正真正銘の奇跡の顕現……貴女こそ、紛う方なき神樹様の代弁者……御使い様。改めて、心からの祈りを捧げます……」
三枚葉のマントを羽織ったおばさんシスターが私に向き直ると、跪きながら一言、そして涙を流しながら敬虔な祈りを捧げてくれる。
でも、ヴィルカインって……そう言えば、イース嬢のフルネームがそんなだったけど。
この人、お姉さんってとこなのかな?
ちなみに、お母様もこの人の祈りに反応しているようで、
(わーいっ! いつもの人のお祈りだぁ……ぽかぽかぁ……。でも、ちょっとお疲れ? 元気になぁれっ!)
……みたいな感じの軽いノリの声が聞こえてくる。
ちと困惑。
……なにこれ?
お母様って、こんなだったっけ?
「……よしなに。そう畏まるな。我が信徒と言うべきイース嬢から、そのように聞いているが。楽にしていただいて構わぬ。すまぬな、本来はその方らに真っ先に挨拶に行くべきであったな。お母様……神樹様もそなたの祈りに応えているようだぞ……。汝の敬虔なる祈りに感謝する。ささやかながら汝に祝福を……との事だ」
……意訳ですがなにか?
でも、アリエスさんの身体の周囲にマナ・ストーンがまとわり付くとパァーッと光り輝くと消えていく。
アリエスさんも今の今まで、目の下にクマが出来てて、お疲れっぽい雰囲気だったのに、急激にシャキッとする。
「い、今のは神樹様の祝福っ! なんと、ありがたいことか! 身体が急に軽く……ああ、まるで日向にいるような温もりが……」
「貴殿の日頃の善き行いに対する、神樹様のご褒美と言ったところのようであるな。神樹様への真摯な祈りの結果なのだから、素直に喜んでおくとよいだろう」
「も、もったいなきお言葉です! それにしても、本当に……神樹様の娘様だったのですね。私にも先程の神樹様の声が聞こえましたし、今のお言葉もええ……おっしゃった通りの言葉が私にも届きました! はい、もはや改めて事情を説明いただくまでもありません! ああ、それにしてもこれは、正真正銘奇跡です……。しかし、これほどの量の小麦がこんなにも……これはさすがに、収穫も大変そうですね」
……うむ、この人……普通にいい人であるなぁ。
お母様は基本的に人間とモンスターの区別もつかないほどには、人間に関心を持っていないようなのだが。
自らへ心を込めた祈りを捧げる信者には、こうやって目をかけて、恩恵を分け与えているようだった。
と言うか、ガチで狂信者レベルの信者っぽいな。
まぁ、実害はなさそうだから、そこは気にしないのだが。
「すまぬ、ここまでするつもりはなかったのだが。お母様……神樹様が少々本気をだしてしまったようなのだ。これはいくらなんでもやり過ぎだな……どうしたものかのう……」
「いえ、神樹様の奇跡ですので、この恵みは肯定されて然るべきです! ええ、一粒たりとも無駄にはいたしません。それにしても……この地面に降り積もった光る粒はいったい……」
私は一発でこの粒子が「マナ・ストーン」だと解ったのだけど。
そう言えば、この世界ではこれはなんと呼ばれているのだろうか?
奇跡の石とでも呼んどく?
「ああ、それは……そうだな。奇跡の欠片といったところだな。だが、こんな大盤振る舞いされてしまうと、ありがたみも何もないな……」
「マナ・ストーン」はヴィルアースでも極稀に見つかる程度でほんの1gの欠片でも「EAD」を万単位で生産できるくらいだったのだがなぁ。
見ると、地面がもはやエメラルドグリーンにうっすら輝いて見えるくらいに盛大に降り積もっている。
そして、それはまるで種のように次から次へと色んな植物を現在進行系で誕生させながら、どんどん増殖していっている。
なにこれ? どうすんのよ。
もし、帝国にも送りつけられるなら、山盛り送りたいくらいなんだがのう……。
……猫耳少女とか言ってますが。
初期稿では、猫耳生えてる描写なんてありませんでしたが、
ある日突然、猫耳ロリだった事になりました。
ちなみに、アスカ様は幼女好きな幼女で、猫耳も大好きです。(笑)




