第十二話「正義の在り処」④
「くっ! ……や、やるじゃねぇか! 髭野郎っ! てめぇ、ワザと避けなかったな?」
「はっ! テメェの拳なんぞ、避けるまでもねぇぜ! だが、ちったぁやるじゃねぇか……てっきりワンパンで沈むかと思ったのに……上等だぜっ!」
頬を切ったのか、血の混ざったつばを地面に吐き捨てながら、ニヤリと不敵に笑うソルヴァ殿。
やばっ! カッコいい!
更に、両者の拳がお互いの顔面にキマるっ!
どっちも敢えてノーガードッ!
互いに、一歩も譲る気なしッ!
こ、これぞ、熱き男の意地と意地のぶつかり合いであるなっ!
ああ、こうやって自分の為に殴り合う男たちを見つめるだけと言うのは、切なさとドキドキハラハラと興奮が入り混じって、なんとも言えん気分であるのう。
恋愛ドラマなどでは、こう言う中へヒロインが割り込んで仲裁すると言うのが定番ではあるのだが……。
さすがに、そのような無粋な真似をする気にはとてもなれん。
己の拳一つで戦って……己の意地を貫き通す!
それでこそ、殿方というべきものよの。
うむ、これは実にたまらんなっ! 二人共、頑張るのだ!
きゃー! 素敵ィッ! どっちもがんばれーっ!
「へっ! 隙ありだぜ! デリック! こんなヤツ相手に、正々堂々と殴りあってんじゃねぇよ! 俺がコイツを押さえてやるから、思いっきりぶん殴ってのしてやんなっ! 俺達があの子を守るんだろ? 手段なんぞ選んでられるかよっ!」
ヒゲモジャおじさんがソルヴァ殿の後ろに回り込むと羽交い締めにする!
「さ、さすがに、それはズルいぞーっ! 卑怯であるぞーっ! ブーブーッ!」
後ろの方で、無責任にブーイング!
だって、コレはないっ! 私を巡る争いで、そんな卑怯な真似なんてしないで欲しいなっ!
けど……ヒゲモジャ氏も必死なのだ。
私を守るために、卑怯者の汚名もかぶる覚悟っ!
じーんっ! ああ、目頭がアツいぞッ!
やはり、殿方という者達は、素敵であるのう。
あーたまらんっ!
「あ、てめぇ! おい、ハゲっ! 一対一のガチンコじゃなかったのかよ! この卑怯者共がっ! 放しやがれ! ちっくしょっ!」
「うっせーっ! テメェは強い……認めてやるぜっ! このまま続けたとしても、先に沈むのは多分俺だ……。けどなっ! 俺らだって、ここで負けらんねぇんだよっ! わりぃが、テメェはそこでしばらく寝てろやっ!」
スキンヘッド氏の渾身のボディーブローがソルヴァさんに決まる!
うわっ、モロ入ってるし……一瞬ソルヴァ殿の身体が宙に浮いてたよ!
あわわわわ……いったそー!
さすがのソルヴァさんも、お腹押さえて、下むいてゲロゲロやってる。
……ま、まぁ、そうなるよね?
「てめぇら、2対1とか卑怯な真似やってんじゃねーっ! アニキ! 加勢しやす! そこのゲルハムダゼリ野郎っ! このモヒート様が相手になってやるぜーっ!」
……モヒートさん参戦っ!
ヒゲモジャ氏の横に回って、ドロップキック炸裂っ!
だから、ゲルハムダゼリってなに?
モロに腰に入ったようで、ヒゲモジャ氏の身体がくの字に曲がると、ソルヴァさんからも手を離して、地面をゴロゴロと転げ回って、悶絶っ! こ、これは立てないかーっ!
うん、腰はなにげに人体の弱点のひとつでもあるからなぁ。
どんな大男だろうが太っちょだろうが、腰回りは皮下脂肪も筋肉も少ない上に、全身を支える要でもある。
しかも、腰回りの関節って、前後は自由度が高いけど、左右横方向はそこまで可動域は高くないから、衝撃を受けるとあんな風にメキョッてなる。
ヒゲモジャ氏は体格も良くて、モヒートさんは痩せ型で小柄と軽量級なのだが。
体格差を知った上で、横方向から腰を潰して撃沈。
モヒートさん、なかなかえげつないーっ!
なお、ソルヴァさんもゲロゲロとリバースしつつ悶絶中。
レバーブローは効くらしいからのう……。
けど、モヒートさんがソルヴァさんの殴り合いに参戦すべく、駆けつけたのを見て、続けとばかりに後ろに居た人達もわっと参戦。
あれ? さっきの串焼き屋さんもいるし、さっきの魔法使い風の若造もヤケクソみたいに両手を挙げて突っ込んできてる。
そして、モヒートさんの後ろから一斉に加勢が来るのを見て、ソルヴァ殿達の戦いを見守ってたスラムおじさんズも負けじとばかりに皆してハッスルして応戦!
かくして、私の目の前で、男達の大乱闘が勃発した。
そして、ソルヴァ殿も復活して、スキンヘッド氏に殴りかかって、第二ラウンド開始!
ヒゲモジャ氏も復活して、モヒートさんと対峙して、二対二のタッグマッチみたいなのが始まる。
なんとなく、皆、暗黙の了解みたいなので、武器も魔法も禁止ってなってるみたいで、基本的にボコボコ殴り合ってるだけみたいなんだけど。
もう、何もかもグダグダで訳がわかんない有様に……。
「ちょっと! こんなんじゃ、狙い撃てないし! もーっ! なにこれーっ! 打ち方準備やめーっ! と言うか、ソルヴァ……話し合いとか言って、なにやってんのよっ! この脳筋っ! バカニンゲーンッ!」
ファリナ殿はエルフのアーチャー隊に射かけさせようとしてたんだけど、唐突に乱闘状態になってしまったので、タイミングを逸して、右往左往してアワアワ状態。
もう、いいからそこで、アワアワしててください。
ぶっちゃけ、あなた達が一番の緊張要因だったんだから。
まぁ、殴り合ってるくらいなら、死人も出なさそうだし、ここらで皆、ガス抜きってのも悪くはないと思うんだけど……。
「もうっ! なんで、暴力なんですか! 暴力反対ーっ! と言うか、皆さん、話聞いてーっ! いい加減にしないと、私の必殺のグーパンでかたっぱしからお仕置きですよーっ! 神樹様に変わって、森の怒りをお見舞いしますよっ! さぁ、どっからでもかかってこいやーっ!」
イース嬢……なんか言いながら、シュシュシュとシャドーボクシングみたいなコトやってるけど。
全然腰が入ってないし、荷重移動とか全然なってない。
……この娘、絶対弱い。
と言うか、暴力反対とか言いながら、シャドーでアップ中って、どうなの?
可愛いのに、意外と過激……セリフもどんどん頭悪くなっていってるし、イース嬢?
……なんにせよ、男たちの乱闘の最中に、突っ込んで行かなかったのは正解。
イース嬢、私よりちょっと大きい程度だから、こんなのに巻き込まれたら、ちょっとヤバい。
ドサクサに紛れて、裸に剥かれたりしても、文句言えんよ?
なお、こんな見るからに弱っちそうなのに挑むほど皆さん、大人気なくないようで、乱闘の輪がイース嬢のところにまで届いているのに関わらず、綺麗にその周りに真空地帯が出来ていて、思いっきりスルーされてる。
皆さん、結構紳士。
感心、感心。
……まぁ、見たところ、倒れたり、戦意を失ったものへの追撃だの、刃物を使うのだの、そう言う行為は見受けられず、誰もが紳士的に暗黙の了解に基いて、この殴り合いを続けているようだった。
うむ! この辺はどちらも自分達が正義だと思ってるからこそなのだろうな。
もっとも、私もこうなるともはや、成り行きを見守るしかなくて、呆然と乱闘を見ているしかなかったのだが……。
スラムのおばちゃん達二人と、私と似たような服を着て、サイドツインテールにした女の子が駆け寄って来た。
「男衆が時間稼いでくれてるから……今のうちに、早くここから逃げなさい!」
「そうよ! 大丈夫、この場は私達がなんとかしてあげるから! 早くっ!」
「いや、その……私は逃げるつもりなどなくてだな……」
うん、ここで逃げたら、かえって状況が悪化しそうだった。
気持ちは嬉しいが、なんと言うか……その……ごめんなさい! 間違いなく私が元凶です!
そして、おばちゃん達と一緒に来ていた私と背格好がよく似た女の子が笑顔と共に手を引く。
「私がお姉ちゃんの身代わりになってあげるっ! だから、安心して逃げてっ! 大丈夫、途中まで一緒に行くから、早くっ!」
そう言って、頭に猫耳が付いた幼女と言っていい少女が袖を引く。
くっ! このような子供までも私の身を案じてくれるなんてっ!
……不肖、このクスノキ・アスカ。
誠に感動したのであるっ! 人の優しさ……思いやり。
この者たちは、明日をも知れぬ境遇にも関わらず、見も知らぬこの私の助けとなるべく、自らの危険すらも顧みずに……。
……なんと、心優しき者達かっ!
真なる正義がここにあった!
だが、敢えて言おう。
何・だ・こ・の・カ・オ・ス・はっ!
あーもう、そろそろ私も我慢の限界だぞ。
かくなる上は、この私がなんとかするしかあるまい!
「うむ! お前達の献身……誠にありがたく思う! だが、案ずるでない……昔から、私は戦場で逃げるは良しとせぬクチでな。しからば、この混沌とした状況……すべてこの私が鎮めてみせようぞっ!」
なるべく目立たぬ方が良いと思っていたし、我が能力を使うのは最後の手段と思っていたが、このような状況ではそうも言ってられん。
やるしか……なかろうっ!
正義とは、己の身を案じていてはならぬのだ!
例え、我が身を犠牲にしようとも、正義だけは成さねばならぬのだっ!
それが……クスノキ・アスカの生き様なのだ!
こればっかりは、生まれ変わろうとも決して不変にして不動ッ!
我が生き様をとくと見よっ!
「目覚めよ! 我が眷属達よ! 芽生えよ! そして咲き誇れ! 輝け、命の光よ! グロウアップ! エクステンション!」
とりあえず、この場を大草原にでもしてしまえば、さすがに皆、びっくりして乱闘も止めてくれるだろうて。
その上で、私が奇跡の執行者として、厳かに登場!
うむ! 我ながら、完璧なプランよのう!
手を大地に当てて、地面にありったけの魔力をそそごうとする。
(我が娘よ……不毛なる大地に祝福を与えるというのですね? では、我が力の片鱗を……その地まで届けよう)
唐突にお母様こと神樹様のメッセージが脳裏に飛び込んできた。
はい? お、お母様……?
そんな事、全然頼んでないんですが……。
たしかに、植物もちまっとしか生えてないし、荒れ果てた土地っぽくみえるけど、祝福とかそんなじゃなくて! ちょ、ちょっと皆さんを脅かす程度のつもりだったんですけどーっ!
ちょっと、ちょっと、ちょっとぉおおおおっ!
遠く神樹の森の方から、巨大な魔力が天高く打ち出されると、曲射弾道を取りながら、こっちへ向かってくるのがはっきりと解る!
「げっ! あ、あれ……マナ・ストーンの粒子の塊だ……」
思わず血の気がサーッと引く音が聞こえた気がした。
この感じだと、物凄く粒子の細かい小麦粉の粉みたいな大きさのが、わっさと降ってくるだけだろうから、誰かが怪我したり、建物が壊れたりする可能性は低いだろうけど……。
モノがモノだけに……安心安全なんて間違っても言えない。
やっばーい!っ 本気で何が起きるか、解んなーいっ!
呆然としてる間に、マナ・ストーンが頭上に停止。
ボフンと盛大に弾けると辺りがまばゆい緑の光に包まれ……大地が脈動した。




