第十二話「正義の在り処」②
ああああああっ! やらかしたぁあああああっ!
街に入った時にまっさきに、女性陣二人をとっ捕まえて、最優先で服を調達すべきだったのだぁあああっ!
そう言えば、街行く人々の目も保護者と被保護者と言うよりも、奴隷と主人とかそんな感じの目で見られてたような気もする。
ソルヴァ殿は、割りと鈍感な所があるようで、あんな小さな子を……とか言われてても、気にもとめてなかったようだったけど、確かにそんなひそひそ話が聞こえてきたりもしてたっ!
私も私で、まさか自分のことだとは思ってなかったーっ!
そうっ! 衣服とは、その人の社会的な立場を示すステイタスでもあるのだ。
要は、安物着てると安物しか着れない人間と評価される。
ボロを着てると、服も買えない貧乏人と評価される。
だからこそ、皆、見栄を張って高級天然素材のオーダーメイドスーツとか買って、それ着て採用面接に臨んだりするのだぁっ!
帝国での社会的常識。
『……服装とはステイタス。若者よ……むしろ大いに見栄を張れ!』
ああああああっ! 高級スーツのTVCMのキャッチフレーズにもなってたし、私だって常識のつもりだったぁあああっ!
なんで、知ってるのに忘れてたんだ! 私はぁあああっ!
文明人扱いしてもらうためには、服の調達が最優先って自分でも言ってたじゃないかぁあああああっ!
「お、お前らちょっと待てっ! 俺はその娘の保護者なんだ……その娘はお前らの仲間じゃなくって、お前らの仲間に攫われたんだって……! だーから、俺達はその娘の保護に来たって、さっきから言ってんだろ! ああっ! もういいから、黙ってそのまま返しやがれっ! この悪党どもがーっ!」
ソルヴァ殿ぉ……。
やっぱり、この私を救出に……!
きっと来てくれるだろうと思ってたけど、こんなに早く来てくれるなんて!
これは嬉しい! 素直に嬉しいっ!
うーん、そう言う事なら、もうちょっと大人しくしてても良かったような。
誘拐されて、殿方に救われるとか、婦女子的には憧れのシチェーションであるからのう。
いやいや、待て待て。
もしもそうなっていたら、あの兄弟も救えなかっただろうし、もっと面倒な事になっていたかもしれない……まぁ、私の選択はいつも正しいのだから、これもきっと正解だったのだろう。
服の件以外は……ああああああっ!
むしろ、脱いで良いんじゃないかな? よし、脱ごうっ! きっとそれで万事解決!
って、それはもっと駄目だぁああああっ!
で、でも、流石に保護者が迎えに来たって事なら、解放してもらえるよね? ねっ?
「はっ! そんな上手いこと言って、騙そうたってそうはいかんぞ! 今までそんな事言って近づいてきた奴らに、スラムの子供達を何人もかっさらわれてんだ! 何が本当の家族だ……何が保護してやるからありがたく思え……だっ! もう、その手は食わんぞ……誰が悪党だ! この悪党どもっ! 俺達は何が何でもこの子を守り抜いて見せるぜっ!」
……ダメでした。
おーぅ。
そんな悪党がいたのか……。
ゆ、許すまじっ! 外道がっ!
確かに、スラムの浮浪児なんて、言葉巧みにかっさらっても誰も訴えたりなんかしない。
……そうやって、悪党の餌食になった子どもたちが少なからずいたのだろう。
世知辛い話だった。
でも、ソルヴァ殿、人攫い違うから。
「あ、あの……そこのおじ様ぁ! 私の話聞いてほしいなぁ……みたいなぁ?」
とりあえず、スキンヘッド氏に、ウィンクをしつつ、可愛らしく訴えてみる。
見た限り、どうもこの人リーダー格っぽい。
お願いっ! 話を……聞いてーっ!
聞いてくれるなら、媚も売るし、可愛い路線でグイグイ攻めもするぞいっ!
「なっ! 私は悪党どころか神樹教会の神官なんですよ! 私達神樹教会は、いつもスラムの皆さんに炊き出しだってしてるじゃないかですか! この一枚葉の紋章が見えないんですか! とにかく、その人は我々神樹教会にとって超重要な方なのです……酷い事なんて絶対しませんから、返してくださーいっ! この人さらいーっ!」
スキンヘッドおじさんがこっち振り返った瞬間に被せるようなイース嬢の声……。
タ、タイミング……わるっ!
我が渾身のぶりっ子お願い……不発ッ! これは、ただただ恥ずかしい。
スキンヘッドおじさんも、私のことなんて放っといて、負けじとばかりに怒鳴り返す。
「うっせーっ! 教会の奴らは知ってるが、お前みたいなチンチクリンの神官なんぞ見たことねぇぞ! ひっこんでろ、この偽神官! だいたい、一枚葉とか言ってるが、それ葉っぱ半分の見習いのマントじゃねーか……なら、下っ端も下っ端だろ! ったく、教会の名を語るとかふてぇヤツだな!」
「ううっ! 確かに私……冒険者支援任務専門なので炊き出しとかやった事なんてないですし、つい先程見習いから一枚葉の修道士に昇格したばかりだし……一枚葉のマントも支給されてないから、まだ見習いマントのままなんですよ! でも、シスター達はこれは私の修道士としての初仕事……見事、星霊様を取り返してこいって! だから、頑張っちゃいますよー! そう言う事なら、やっぱりもうグーで行きますよっ! 悪党どもめ! 私のグーパンを食らって、あの世まで飛んでっちゃえっ! かぁくごしろぉおおおっ!」
杖をぐるぐると回して、ビシッと構えると、片手を広げてドンっと、決めポーズっぽいのを決める。
イース嬢、無駄にやる気で、なんだかノリノリだった。
この子、割と理知的なのに……たまにすごく頭悪くなるみたい。
……なんで?
「イースッ! もういいから、こうなったら、力付くでまとめて蹴散らしましょう! 大丈夫、ちゃんと手加減して急所は外すから、死人はださない! もうこんな奴ら、皆、まとめてやっちゃいましょうっ! 我こそ正義! そうですよね! ソルヴァさん!」
「あ、ああっ! そうだ……我こそ正義だ! へへっ、お前もちょっとは解って来たじゃねぇか……そうだよな、正義がグラついてるようじゃ話にもならねぇっ! おい、悪党ども! ……覚悟は出来てるんだよな? 正義の鉄拳をぶちかましてやらァっ!」
解ってなーいっ!
ソルヴァ殿も正義って言えば、なんでもオッケーとかそんなんじゃないから!
その言葉を聞いたスラムの人たちも、一気にヒートアップ!
仲間を守れー! とか騒ぎ出して、続々と後ろの方からも板切れや丸太を抱えた老若男女、スラムの住人たちがぞろぞろと現れて、即席の壁を作り出す。
私の前には、もう十重二十重の人垣が出来て、揃いも揃ってがっつりスクラム組んで、皆さん、一歩も譲る気なし。
更に、ソルヴァさん達の背後にも続々と街の人達が集まってきて、一緒に騒いでたりもする。
どいつもこいつも無責任に「いいぞやっちまえー!」だの、「スラムの奴らなんぞ皆殺しにしろー」だのむしろ、煽りまくってる。
なんなのーっ! このカオスはっ!
と言うか、そもそもなんなんだ……この続々と増え続ける野次馬共は……。
暇人だか、なんだかしらないけど、コイツらの煽りのせいで、ソルヴァ殿達を含めた前にいる人達も無駄に勢い付いてしまっている。
自分達が安全地帯にでもいるのだと思ってるのだとしたら、大間違いだ!
ここはもう戦場一歩手前なのだ。
……戦場に立つからには、死ぬ覚悟をしろ……そんなものは戦士たるものの常識だ!
一応、第三勢力として、鎧着た兵隊みたいなのが出て来てるんだけど、人数はたった三人だけ。
恐らく、彼らが真ん中に割って入って、仲裁してくれれば、このカオス状況も解決しそうなんだけど。
野次馬の更に後ろの方で、小声で「君たち直ちに解散しなさーい!」とかやってて、どう見ても仕事はしてたと言い訳するためのポーズだった。
……治安機関仕事してない。
そもそも、これだけの騒ぎになってて、出てきたのが三人だけとか、絶対やる気ない。
と言うか、明らかに人数が足りてない。
どんなに国が苦しくて、財政難に陥っても、これだけはケチっちゃいけないモノのひとつに、治安維持機構が挙げられる。
そして軍備……この二つだけは、ケチると亡国街道まっしぐら。
どっちも生産活動には寄与しないから、財布の紐を締める役の財務官僚などは、軍備と治安部門の予算を削減しましょう等と言いがちなのだが。
そう言う問題ではないのだよ。
治安維持と国防に手を付けるという事は、自分の手足を食いながら、生き永らえようとするようなものなのだ。
……ケチだか何だか知らないけど、ここの領主も税収と自分の財布の区別が付いてない……そう言う手合なのだろうなぁ……。
だとすれば……度し難いッ!
ホント、ケチるとどうなるかの見本にでもなっていただこうか?
なんかもう、限りなく自治区みたいになってるみたいな事、ソルヴァ殿も言ってたけど、コレ……どうみても駄目でしょ……。
噂の装甲騎士とやらはどうしたのだ! こう言う時こそ、出番じゃないのかっ!
もう皆まとめて、バカかアホか!
ホント、この街の領主……割とどうしょうもないな。
『殺っちゃおうぜー』
我が心のうちの声。
そんな物騒な囁きが合唱になりつつあった。
まぁ、殺っちゃうのは駄目だし。
文明と接触して、まだ一週間も経ってない、立ち寄ったばかりの都市国家の領主いきなり殺っちまうとか、昔のB級ファンタジー小説でもないから。
ただ、ここまでこじれてしまっている原因はなんとなく見当もつく。
恐らく、前々からスラムと街の人達の潜在的な軋轢があって、それがここに来て一気に火が点いて、爆発寸前みたいになってしまっているのだろう。
なお、その火種は間違いなく私だ。
アルコール飲料のせいで、注意力が散漫になってる隙を付かれてしまったとは言え、まんまと誘拐されてしまって、誘拐犯達は説得したものの、今度は服装のせいで、勝手にスラムの仲間認定されて……。
なんかもう、駄目スパイラルって感じ。
こんなはずではなかったのだがなぁ……。




