第十二話「正義の在り処」①
……二人を引き連れて、地下室を出る。
地下室を出て、二人に案内されながら進むと、スラムの入口辺りに人垣が出来ていて、街の方からも100人近い人数の団体が押しかけてきて、スラムの者達と押し問答をしているようだった。
私が前に出ようとすると、兄弟たちが駆け寄ってきて、人垣を掻き分けて道を作ってくれる。
そして、なんとか先頭に出ると街からの団体を率いる男と目があった。
「ソルヴァ殿ではないかっ! いや、えっと……ちょっとタンマ」
ちょっとばかり、精神のモード切替。
私は、銀河帝国皇帝クスノキ・アスカではなく、森の妖精あすかたんだ。
殿方のハートずっきゅん、ハートブレイクショーット!
こんな感じだったかのう?
銀河帝国皇帝だって、女児向けアニメくらい見るのだぞ。
「あらぁ、ソルヴァさんじゃないのっ! えっとぉ、これは一体何の騒ぎ……なのかしら? もしかして、お祭りでも始まるのかな? ふふふっ!」
可愛らしく小首を傾げながら、一言。
まさに、小動物的な幼女に相応しいセリフであるな。
当然ながら、意味もなく媚びてみた訳ではないぞ?
なにせ、どちらも物凄く殺気立っていて、一触即発と言った様子だからのう。
こう言う時は、ワザと軽い雰囲気を醸し出して、小粋なジョークの一つでも飛ばして、適度に場の空気を弛緩させて、場を和ませるというのも、交渉のテクニックのひとつなのだ。
これは、初代皇帝ゼロ・サミングス陛下が得意としていて、その一見軽薄な雰囲気に誰もが騙され、侮って空気が緩んだところへをピシャリと冷徹に押さえて、場の主導権を奪い取る。
あれは、見事としか言いようがなかったが、見習いたい所存。
案の定、なんとも弛緩した微妙な空気が流れ、奇妙な沈黙が双方を支配する。
うむ! 狙い通りであるな! さすがであるなっ!
「……アスカ! お前、なんでそんなところに! もしかして、自力で脱出してきたってのか! その……なんだ、スラムがジャングルになったりしていない様子からすると、割と穏便に済ませてくれたってことか?」
ソルヴァ殿が血相変えて、驚きを隠せないでいた。
と言うか、めっちゃいっぱい人がいるけど、何なのだ……この人たち。
「アスカ様、我々神樹教会はあなたをお迎えする準備が出来ています。すぐにこちらに! さぁっ! 邪魔立てするものは、この私の拳で……討つっ!」
見知った顔、イース嬢だった。
なお、なんとも勇ましいことを言っているが、ソロらしい。
前よりも、構えがサマになってるような気がしないでもないが、威圧感はあんまりない。
偉い人に報告するって言ってたけど、こう言うときは偉い人が出てくるのが、常識だと思うんだけど……。
なんか、妙な忖度でもされてるのだろうか?
やっぱ、一緒に行ったほうがよかったのかなぁ……。
「私達エルフもアスカ様を全面的に支持いたします。こらっ! 悪党ども、やっぱりアスカ様を攫って隠してたんじゃないの! そんな奴は知らねーぞとか言ってたのに、いたじゃないのっ! もう、覚悟しなさいよっ! 総員弓構えーっ!」
ファリナ殿……こっちはもっと過激だった。
人数は10人足らずながらも、皆弓を持っていて、ファリナ殿の号令に合わせて、弓の弦を引き絞り始めていた。
後ろに居たチャラい雰囲気の美形のトンガリ耳男子がアワアワして、ちょっとストップー! ってやってるけど。
なんかもう、誰も言う事聞いてない。
どうも、序列的にはファリナ殿が最高位っぽい。
確かに、ハイエルフになれたから、偉くなったとか言ってたけど。
でも、いきなり武力行使準備よしってのは、確かにちょっと待てだ。
それを見たスラムの住民達も悲鳴を上げて、一斉に後ろに下がる。
おぅふ……。
とりあえず、これはどう見ても、私のせいっぽいぞ。
おそらく、ソルヴァ殿が私を救出すべく、走り回ってくれた結果なのだろうが。
なんで、こんな100人近くも集まったんだろう?
一人でスラム殴り込みとか無謀だからって、人数集めようとしたら、雪だるま式に膨れ上がったとか、そんなだろうか。
イース嬢もファリナ殿達エルフがここに来た理由は解る。
どっちも、私を神様扱いしてるんだから、誘拐されたなんて聞いたら、血相だって変えるだろう。
でも、このソルヴァ殿の後ろに並んでる、その他大勢って感じの人達はなに?
どう見てもただの野次馬一般市民なんだけど。
けど、人数はスラム側よりも明らかに多くて、威圧感だけは無駄にあって、ちょっとこのままでは雲行きが怪しい。
スラムの住民達も石を手にしたり、棒切や刃物で武装したりと、やる気満々と言った様子。
「……まぁまぁ、双方落ち着くのだ。この通り、私は無事なのだ。そう逸るでない……と言うか、ソルヴァ殿……。確かに私が油断していて、誘拐されてしまったのは事実だが。すでに事件は解決したのだぞ。犯人はこの少年達だ……。なぁ、小僧……お前達は、あくまで独断でやったのであり、他の者たちは、この件とはなんら関係ないのであろう?」
「……そ、そうだ! 皆は関係ない……俺達が勝手にやったんだ!」
「そうだ! 皆は悪くないっ!」
そう言って、兄弟が前に出ると、向こう側でも反応があった。
「ソルヴァさん、あのデカいの! あいつです! 確かに、如何にも悪党ってツラしてますね! そう言う事なら、もうやってやりましょう! 正義のためにっ! 炎よっ! 我が敵を焼けーっ!」
……それだけ言うと杖を持った若いのが前に出ると、杖の先に炎が纏われる。
「だから、ちょっと待てと言うのにぃっ! そこの若造ッ!」
たった一言。
別に怒鳴ってもいないのだが、若造は私の一声に、まるで金縛りにあったように固まると、次の瞬間、突っ伏してゼイゼイと荒い呼吸をしている。
まったく、人の話を聞けというのに!
と言うか、今の気配……本気で撃つ気だったぞ。
思わず、こっちも反射的に殺気を叩き込んでしまったではないか。
まったく! このど素人がっ!
戦争とは、このようなど素人の暴発で勃発することだって珍しくもないのだぞ。
「ソルヴァ殿! すでに事件は解決したと言ったであろうっ! この者たちも大いに反省しておるし、もう悪さはしないと言っておるのでな……なにより、まだ子供だ。故にこの私が許した。それで万事解決であろう? では、これ以上ややこしくなる前に、さっさとそちらに参るとしよう……諸君らも、実に騒がせてしまったな。後ほど、改めて詫びを入れさせてもらうので、今はこれにて一旦失礼させていただくぞ!」
それだけ言って前に進もうとすると、ぐいーと後ろにいたスラムの住民達の人垣が私の前に広がって、そこから先に進めなくなる。
……何故にーっ?!
「……す、すまんが、ここを通してくれんかのう? 私はもう帰るのでな……」
とりあえず、目の前で背中を向けて両手を広げてるスキンヘッドのおじさんにそう言うのだが、スキンヘッドおじさんはこっちへ振り返るとすごくいい笑顔で笑った。
「ははっ! お嬢ちゃん……心配すんな! 俺達スラムの住人は街の奴らに、仲間を引き渡すような真似なんてしねぇからなっ!」
そうだ、そうだと同意の声。
えーと? 私は、いつからスラムの住人の仲間になったのだ?
……私、誘拐されたんじゃなかったっけ?
これ、どゆこと? 意味分かんないんですが……。
「いや、その……私は……ここに来るのも始めてなのでな……。諸君らの仲間になった覚えなど……」
「いや、俺達には解るぜっ! そんなガリガリに痩せてて、服もツギハギのボロボロで足だって裸足じゃねぇか。きっとロクに飯も食えずに、今まで一人ぼっちで荒野を彷徨ってたんだろ? 解るぜ……ああ、解るともっ! 俺達もここに来るまでは、似たようなもんだったからな。今までさぞ苦労したんだろうよ……くぅっ! これが終わったら、腹一杯とはいかんだろうが、飯くらい食わせてやるし、今夜は屋根の下で寝かせてやるよ!」
頭にポンと手を置かれながら、照れくさそうに鼻の下を擦りながら、ニヤッといい笑顔。
……この人、普通にいい人だのう。
いや、ちょっと待てぇっ!
「ああ、何をやったのか知らんが、要するにあいつらに追われてるんだろ? 嬢ちゃんも俺達を巻き込まないように、敢えて奴らに降ろうって……そう言うことなんだろ? まったくなんて優しいイイ子なんだ……。だが、ここで素直に嬢ちゃんを引き渡してるようじゃ、男がすたるってもんだ! おい、野郎どもっ! スラムの住民の意地と鉄の結束を街の奴らに思い知らせてやろうぜ! こんな子供一人守れなくて、浮浪者やってられっか!」
スキンヘッドおじさんの隣りにいた髭伸び放題のおじさんが、威勢良く吠える。
……思わず自分の姿をおじさんたち二人と見比べてみる。
確かに、我ながら酷い格好だった。
足元は裸足、服はツギハギだらけのショート丈のワンピース……なお、丈が足りなくてズロースもチラッと見えてる。
なお、二日ほどの旅の間にそれなりに薄汚れている。
……確かに服装に関しては、スラムのおじさん達の方がまだましに見える。
しかも、ちょっと水分不足気味なのか、お肌もカッサカサで、手足も若干細くなってて、全体的にみずほらしくなってるような……。
肌色も元々緑みがかってるので、決して血色はよろしくはない。
……確かに、栄養失調の浮浪児に見えてもおかしくない。
あー、うん……なるほどぉ。
そうか、そうか……そう言うことか。
余、なにかやっちゃいましたようであるぞーっ!




