第十一話「陛下、囚われの身となる」③
「まぁいい。その気になったら、こっそり教えてくれると言うことならそれでも良いぞ。ちなみに一言、言っておくが……先の質問の選択についてだが、貴様らは結局、どう答えるのが正解だったのだと思う?」
「……そ、そうだ! なんで、相談の時点でお互いに嘘ついて、かばいあったのが正解なんだ! 最初にお前が言ってたことと違うじゃねぇか! そもそも、お前はどっちか一人しか助けないって言ってたじゃねぇか!」
「うむ、実のところ、お前達のとった選択肢以外の全てが間違いだったのだ。自分だけが助かろうと、予め相談したことを反故にして、自分だけ助かるように仕向けるのは紛れもなく悪であるし、立場を傘に下の者を一方的に犠牲にするのも悪であろう? 要するに、これは貴様らが心底の悪党のかどうかを見極める問なのだ。互いを思う兄弟愛がお互いを救った……。実に良いものを見せてもらったな……その思いに免じて、全てを許してやろうではないか。正義とはまた寛容でなければならぬのでな」
私だって、反省くらいするのだ。
実のところ、最初の盗賊団を問答無用で皆殺しにしてしまったのも少々やりすぎたと思ってはいたのだ。
奴らにも事情はあったであろうに。
まぁ、その事情を知る機会は永遠に失われてしまったのだがな。
ただ、同性たる婦女子をあんな風に扱うなど、神が許しても、この私が許さん。
どこぞの宗教団体の兵の可能性が高いとソルヴァ殿は言っていたが……。
ふん、狂信者と言うことならば、気にせんでもいいか。
実際、帝国にも地球崇拝主義者やら民主主義崇拝者等という輩はいたからな。
なお、どちらも数百年もの歴史を誇る国際テロリスト団体でもある。
前者は地球こそ神。
後者は、民主主義と自由こそ神。
何度も駆除して、巣穴を潰しても、忘れたころにしれっと復活する面倒くさい奴らでもあるのだがな……。
どのみち、私は神など信じていない。
まぁ、強いて言えば、この世界ではこの私が神のようであるのだがな。
神が神を信じるとか、滑稽な話であろう?
なんとも哲学的な結論であるな。
とは言え、感情に流されて、事情もよく解らないまま、人を殺めてしまうとは……私もまだまだ未熟者であるなぁ。
「……アンタ、どう見ても、ちんちくりんのお子様なのにやたら偉そうだし、そんな真顔で正義なんて語るとかどうなんだ? けど、よぉく解ったよ。もう、二度と悪いことは絶対にしない。けど、そうなると俺達明日からどうやって食ってきゃ良いんだろう……。俺達スラムの住人は、皆、今日の飯が食えるかどうかだって怪しいんだ……だから、悪いことだってしないと生きてけねぇんだよ……」
ちんちくりんのお子様は余計であるぞ?
だが、もっともな話でもあった。
「そ、そうなんです。俺達じゃ、舐められてまっとうな仕事をしたって、足元見られてばかりだし……明日からどうすれば……」
はぁ……これが貧困スパイラルというものか。
全くもって救われぬ話だ。
常に貧しく金がなく、今日の食事もおぼつかない。
となると、食うために犯罪に走るのもやむ無しであろうし、それを利用する悪党の存在もまた然り。
何よりも、こんな無法地帯を放置し、貧民を救おうともしない統治者も許せぬ。
……どうやら、この国は、少々世直しが必要なようであった。
まったく銀河時代と全く同じだな。
自分達に被害が及ばないからと、何が起きても見て見ぬふりをして、保身と糾弾ばかりに熱心で、自分達のことしか眼中になく、自分達を自分達の手で守るという当たり前の義務すら放棄した銀河連合諸国。
そして、エーテル空間のことしか守ろうとせず、頑迷な正義を掲げる銀河守護艦隊の者達も……。
誰が正しく誰が悪なのかも曖昧になり、誰もが自分達のことしか考えなくなっていって……。
そんな黄昏時のような世の中であったからこそ、我々は自らを正義として、時に悪と罵られながらも、たったひとつの正義を貫いてきたのだ。
確かに至らぬところもあったし、間違いも多く繰り返してしまった。
だが、我々は常に正義足らんと歩み続けて、今日に至るのだ。
one for all, all for one,(一人は全の為、全は一人の為)
Let justice be done though the heavens fall,(たとえ天が落ちるとも、正義だけは成さねばならぬ)
この二つの文言は、我が国の国是である。
たとえ自らが滅ぶとも、正義を成し遂げる。
そして、たったひとりの思いの為に国を挙げてその思いを支え抜き、ひとりは皆のために、その命すらも投げ出す覚悟。
我がオリジナルたる英霊クスノキ・ユーリィもまた、その国是に従い己の全てを捧げ、たったひとつの正義を為すために、銀河守護艦隊と共に銀河の敵を退け、また帝国も彼女のために国を挙げて、激動の時代を共に戦い抜いたのだ。
そして、それは……皇帝たる私も同様だった。
例え50億の殺人者であっても、私は自らの正義に何ら恥じ入るところはないっ!
ならば……今こそ、誓おう。
この世界でも私は、揺るぎなき正義の規範となろうではないか!
それこそが我が魂に刻まれし、先達達の思いに報いるすベなのだ!
……そんな風に勇壮な決意に浸っていたのだが。
なんとも外が騒々しくなっていた。
ここは、この二人にも激励の言葉の一つでも……と思ってもいたのだが。
すっかり水を差されてしまい、なんとも不愉快な気分だった。
植物探査で周辺索敵をすると、結構な人数がこのスラム周辺に集まっている様子が伺い知れた。
な、何事ぞ? わ、私は……関係ないと思いたいのだが。
どうにも嫌な予感がしてならんな。
「おい、お主ら……つかぬ事を聞くが、外がやけに騒がしいのだが……。ここらはいつもこんな調子なのか? 軽く百人以上は人がいて、怒鳴り合っているようなのだが……」
「……た、確かに、なんか大勢が騒いでる……なんだこれ? いや、いつもはこんなじゃないんだ……ちょ、ちょっといいか?」
兄が扉に耳を当てて、聞き耳を立てる。
なんと言うか、こそ泥としての動きが染み付いておるのだな。
「……デリックさんがなんか怒鳴ってるみたいなんだが……くそっ! うるさすぎて何がなんだかわかんねーよっ!」
「兄貴、外に行ってみよう! あ……スラムは始めてって言ってたよね? なら、俺らが案内しますよ。アニキもそれでいいよね? この子に喧嘩売っても勝ち目なんてないし、許してくれるって言ってるんだから、もうよそうよ!」
「ああ、殺されかけて、命を救われたんだからな、これはデケェ借りだ。アンタにはもう二度と逆らわないし、悪いことももうしねぇって誓うよ……あ、そうだ! 名前……アンタ、何ていうんだ?」
……なんと言うべきか。
先程までの輝きの消えた荒んだ少年の目が嘘のように澄んていた。
この少年の言葉にはもう嘘偽りはなかった。
「誠に良き眼であるぞ。よいな……うむ、我が名はアスカである! では、二人共、我が伴をせいっ!」




