第十一話「陛下、囚われの身となる」②
二人が小声で打ち合わせを続ける。
どちらも苦悩しているようだったが、ここは出来る限り、苦悩してもらわないといかん。
これは、この者達が本当の意味で、悪に落ちたのかどうかの見極めなのだから。
頼むから、私を失望させてくれるなよ?
「……そろそろ、決まったか? さぁ、お前達の答えを聞こうではないか! 地獄へと落ちるのはどちらだ! さっさと答えるが良い!」
なお、二人の首にはすでに天井から伸びてきた、木の枝が巻き付いている。
私が念じるだけで、木の枝はキュっと締まって、上へと引き上げられる。
つまり、絞首台と言ったところか。
この二人にとっては、まさに死の瀬戸際。
だが、この突きつけられた目前の死の恐怖を実感し、死の瀬戸際になってこそ、その人間の本質が現れるのだ。
「そ、そんなん、もう決まってるっす! 俺のアニキを生かしてくださいっ! 俺を殺して気が済むならどうかっ!」
大男が躊躇いもなくそう口にした。
「ほぉ……」
ふむ、これは期待して良いのかもしれんな。
思わず口元がニヤけてしまう。
「あ、こらっ! 何いってんだてめぇ! 話が違うだろっ! 殺されるのは、俺でいいってお前もそれで納得してただろ! すまん! こいつが言ってるのは何かの間違いだ! 殺されるのは俺で、こいつは生かしてやってくれ! 頼むっ!」
「……なんじゃ、お互い納得行くまで相談した上で結論を出したのではなかったのか? 私は両者の意見が一致せぬかぎり、答えとしては認めぬぞ? 何より、命がかかっているのだ……自分が死んでしまっては意味があるまい。どうせ、貴様らのような悪党、どちらかが死んだ所で痛痒にも感じまい。せいぜい醜い罪のなすりつけあいでも続ければよかろうぞ」
それだけ言って、ずた袋が置かれていた台に腰掛けるとワザと横柄に足を組んで、膝に頬杖を付いて意識して邪悪っぽい笑みを浮かべる。
この場の支配者が誰か……これで否応なく理解できるであろう。
……なんとも冷酷な物言いだったが。
こちとら、誘拐されて売り飛ばされかけたのだ。
別に今更、殺す気もないのだが、このまま無罪放免とはいかん。
己の罪を裁くのは、常に己自身でなければならない。
何故なら、人は誰しも自分自身は決して、裏切れんのだからな。
そして、罪を自覚し、みずからの手で自らを処断する。
それが出来たならば、悪党と言えど救いようもあるというものだ。
「それでもよ……それでもよぉっ! こいつはたったひとりの俺の弟なんだっ! たしかに俺は人殺しだってしたし、盗みや誘拐……悪いことはなんだってやってきた! だけど、たったひとりしか居ない弟を死なせて、自分だけ生き残るなんて、そんなの冗談じゃない! だから、殺すなら悪党の俺にしろっ! さっさと殺ってくれっ! 頼むっ!」
なんと、この者たち……兄弟だったのか。
……それは、なんとも申し訳ないことをしてしまった。
赤の他人同士がどう言う答えを出すのかと思ったが。
血を分けた兄弟なのでは、あっさり正解にたどり着くに決まっておるだろう。
我ながら、詮無きことよのぉ。
「待ってくれよ! アニキ……確かに俺は図体ばかりデカいくせに気弱で、悪いことは全部アニキに押し付けてばかり……でも、今回は……この子を袋に詰め込んでここまで運んだのは俺じゃないか! アニキは指示出ししてただけで、何もやってないんだ! だから、殺すなら俺を殺せばいいっ! 頼むっ!」
よくぞ。
よくぞ……その言葉を言えたっ!
ああ、そこは褒めてやる。
むしろ、思わず目頭がジーンと熱くなる。
よきかな、よきかな……まさに感動した!
私は、この者たちがその言葉を己自身で導き出すのを待っていたのだ。
そう、この問答のたった1つの答えがそれなのだ。
ここで一番正しいのは、お互いが己を捨て、他者を生かすという選択肢を迷わず選ぶと言うことなのだ。
それこそが、悪の対局に位置する、自らを犠牲とし他者を生かす自己犠牲、献身の思いに他ならぬ。
……正義とは、その尊き思いにこそ宿るものなのだ。
「貴様ら、その言葉は本心からのものか? そして、小さい方よ……これまでお前が犠牲にした者達にも、貴様同様に、家族がいたとは思わぬのか?」
私の言葉に小男はハッとすると、うなだれる。
「そ……それは……確かに……そうだよな。ああ、よぉくわかった。やっぱり、ここで死ぬべきなのは俺だ……。いいぜ、覚悟はできてる。ひと思いにやってくれ」
「あ、アニキっ! アンタもちょっと待ってくれ! とにかく、頼むから俺をっ!」
「……解った解った! ちょっと黙っておれ! なぁ、お主も心から反省しておるか? 少しは虐げられた弱者の気持ちがわかったか?」
「良く解った……いや、よく解り……ました。そうだよな、家族を奪われるなんて、そりゃ許されねぇよ……。俺は……なんてヒデぇことを……。なぁ、アンタ……頼むっ! 俺を殺してくれ……こんな悪党、生きてる価値なんて……ないっ!」
「やれやれ、弟よ。貴様はどうなのだ? この者に生きている価値などないか?」
「そんなわけない! アニキが死んだら俺だって、この先とても一人じゃ生きていけねぇよ! だから、アニキを生かしてやってくれ……頼むよ!」
「うっせー! だから、俺がこれまでの悪事の責任取って死ぬって言ってんだろ! てめぇは……生きろっ!」
……もう、このくらいでよいであろうな。
パンパンと手を叩いて、二人の首に巻き付いていた木の枝を解除する。
「よきかな、よきかな。貴様ら喜ぶがよいぞ! 貴様らが感じておるであろう、その思いこそ……悪の対局に位置する思い。他者への思いやり、慈悲の心と言うものだ。今、感じているであろう思いを忘れずに、今後はあらゆる他者を身内だと思って生きるのだ。そうすれば、貴様らのような小悪党でもいくらでもやり直せる……。もしも、誰かの許しが欲しいなら、この私が許すっ! もし、これまで犯した罪を償いたいのならば、二度と悪の道へ踏み入らずに、そして悪を滅ぼし、誰かを助ける側……正義の側に立てばいいのだっ!」
「……俺達が悪を滅ぼす側? せ、正義の味方になれってか? ははっ、なんともまぁ……しかも、アンタに許されたからって……何の意味が……。って、なんだこれ? 眼の前が曇ってきやがった……くそっ! なんだこれっ! 俺は……泣いてなんか……っ!」
……我が心に響く演説と、我の纏う圧倒的カリスマを目にし、思わず感動の涙を流す……か。
いつぞやかの帝国での演説会の事を思い出すな。
「出来ぬとは言わせぬぞ? では次に問おう……。貴様らを悪の道へ走らせたものはなにか? 貧困か? 不平等か? はたまた社会か? いや、そんなものではあるまい。貴様らのような小悪党にも上役のようなものはいるのであろう? お前達に殺しをさせたのは誰ぞ? 人買いならば、誰が人を買っているのだ? 盗みも盗んだものを買うものがいるのであろう? それはいったい誰が買っているのだ? 貴様らを悪の道へ導いたものの名を並べるがよい……それこそが我らが滅ぼすべき真の悪であるぞ!」
「……そ、それは……」
「……あ、アニキ。どうしよう……」
「お前は黙ってろ……ここは俺が……でも……それを言っちまったら、今度は俺達が消されちまう……」
二人共、言葉に窮しているようだった。
悪にも掟はある。
仲間を売ったやつは殺すとか、その類はよく聞く話だった。
まぁ、ここですんなり答えるとは私も思っていなかったから、別によいだろう。
なぁに、こうやって、一人一人説得して回っていけば、いずれ真の悪と言うべきものが顔出す。
その時は……滅ぼすまでだがなっ!




