第十一話「陛下、囚われの身となる」①
「わりぃな……顔くらいなら出したって良いぞ。さすがに息が詰まっちまうだろ?」
そんな言葉と共に、麻袋の口が解かれて、慌てて顔をだすと、すぐさま首元でキュッと紐で締められた。
手加減はしてくれているようで、それなりに余裕があって、首が締まったりはしていないのだが。
袋から顔だけ出されると言うなんともマヌケな状態だった。
「全く、袋の中の酸素が薄くなって死ぬかと思ったぞっ! ……と言うか、これは何事だっ! 貴様らはいったいなんだ! ここはどこだーっ!」
「あんま、騒ぐんじゃねぇ……うっかり殺しちまうかもしれねぇぞ……。言っとくが、俺は人だって何人も殺してるんだぜ? あんま舐めてっと……殺すぞ?」
そう言って、首筋にナイフを当てられる。
ほぉ、なかなかの殺気だ。
だが、人殺しと言ってもせいぜい一人や二人なのだろうよ。
……この私には遠く及ぶまい。
場所は……薄暗いどこかの半地下室かなにか。
賊は、薄汚い身なりの小男と大男の二人組。
なるほど、なるほど。
状況把握としては、これで十分であるな。
「あああ、あんまり乱暴は……だ、駄目だよぉ」
大男がなんとも気弱そうな様子で、小男を止めてくれる。
「うるせぇぞ! こう言うのは最初が肝心なんだよ。なぁ、別に俺らもお前が騒いだり、抵抗しなきゃなんもしねぇよ。なんつっても、大事な商品だからな……傷物にしたら価値が下がっちまう」
「商品? ふむ、そうなると、私はどこかに売られてしまうと言うことか?」
「悪いが、そう言う事だ……。いやぁ、俺は実にツイてる。エルフの子供で保護者が居ないなんて、最高の獲物じゃないか。どうせ、お前がいなくなったところで、街の奴らは誰も探しゃしねぇし、せいぜいエルフ共が騒ぐ程度だろうさ。それに、ここはスラムだからな。衛兵共だってここらにゃ手が出せないんだ……エルフなんて町中かき集めたって30人も居ねぇ……泣き寝入りが関の山だな。……まぁ、何しに人里に降りてきたんだかしらんが、さすがに絶望しただろ? まぁ、諦めるんだな」
「……人買いとはまた、野蛮な話であるなぁ……全くこれだから、未開文明と言うのは度し難い。では、つかぬことを聞くのだが、この私の値段はいくら程度なのだ? その様子ではさぞかし、高値が付くのであろうな。果たして、自分にいくらの価格が付くのか、ちょっとばかり興味あるのでな」
「なんだ、お前……自分の値段を知りてぇとか、変なこと言うヤツだな。まぁ、いい。へへっ……ざっと、小金貨で千枚いや、案外二千枚でも買い手が付くってとこだろうなっ! こりゃ、一生遊んで暮らせるかもな! お前みたいな子供のエルフが降りてくるのはよっぽどのことなんだろうが、珍しけりゃ珍しいほど価値が付くのは当然だっての。いやぁ、ホントツイてるぜ!」
小金貨で1000枚?
つまり、1000万クレジット相当という事か?
ちょっと待てっ! なんだ、そのはした金はっ!
個人戦闘用の対装甲プラズマ・キャノンや、耐爆パーソナルシールドだって、もうちょっとするぞ。
ちなみに、km級の最新鋭帝国軍標準型宇宙戦艦ジャスティスグレイ級は一隻2兆6千億クレジットだったかな。
なお、同級艦は軽く1万隻単位は生産されているので、大量生産効果で宇宙戦艦としては、かなりお安い部類に入る。
さすがに宇宙戦艦と同額とは言わんが、たったの1000万クレジット相当とは……。
我ながら、なんとも安く見積もられたものよのぉ。
「そうだな、希少価値とはそう言うもんだが……。はぁ、なんと言うか、そんなはした金が私の価格とは……。貴様らも我の価値を全く解っておらんのだなぁ……呆れてものが言えんぞ」
「んだと! こらぁっ! てめぇ、俺を馬鹿にしてんのかっ!」
「そう猛るな……。小金貨千枚だと? 私はそんなに安くない……せめて、金貨で一万枚くらいは用意して欲しいものだな。つまり、安すぎるっ! 私にその程度の価値しかないなど、お前こそ私を馬鹿にするにも程があるっ! 言語道断であるぞっ!」
自分の値段が1000万クレジット等と言われてみろ!
……安い! 安すぎる!
その程度では、地上どころか、スペースコロニーの分譲マンションの一部屋すら買えんのだぞ?
そもそも、我が帝国の一般市民の平均年収にも届いていないではないかっ!
何が一生遊んで暮らせるだ……まったく馬鹿にするにもほどがあるっ!
金貨一万枚だって安いくらいだ。
不敬も良いところであるぞっ! まったくっ!
「はぁ? てめぇ、何いってんだ? 小金貨で一万なんて、いくら亜人奴隷でもそんな大金どこの誰が支払うってんだよ! 訳のわかんねーこと言ってんじゃねーぞ!」
「判らんぞ? 貴様が言うように、世の中希少であるほど付加価値と言うものが付くのだ。それはどこであろうと同じであろう? 貴様の話だと、子供のエルフはめったに里から出て来ない。極めて希少! であるならば、小金貨千枚だか二千枚程度でしか売れんようでは、そもそも価値が解っておらんような馬鹿で貧乏な買い手しかおらんと言うことだ。まさに話にもならんっ! つまり、貴様ら程度では私は手に余るということだ……。解ったら、さっさと私を解放するがよいぞっ!」
「て、てめぇ……人が黙って聞いてりゃ……こ……のっ! もういっぺん言ってみやがれっ!」
小男は絶句して、真っ赤になって、ガクガクと震えだした。
ちょっとエキサイトさせ過ぎてしまったか? まぁ、いいか、これも想定の範囲内であるからな。
うむっ! もう一声っ!
「はっ! 何度でも言ってやろう……貴様如き小者では、我は手に余るとなっ! だが、平伏し地を舐めて、許しを請うのであれば、許してやらんでもないな」
「ふっざけんなっ! てめぇ、こいつが目に入らねぇのか! このエルフのクソガキがっ! なんなら、てめぇの耳でも切り落として、エルフ共に送りつけてやってもいいんだぜっ!」
小男がナイフを振り上げようとするのだが、振り上げた所で固まったまま動かなくなる。
「やれやれ、実に他愛もないな。もっとよく周りを観察しろ……。さすがの私も準備も無しでこのような真似は出来んのでな。時間稼ぎの無駄話に付き合っていただき、誠に感謝しよう。まぁ、頭に血が上っては、何も見えなくなるものだ。そして、挙げ句……こうなる。せいぜい、教訓とするのだな」
「な、なんだこりゃっ! ナイフから木の枝が……壁や床からも! うああああっ! な、なんだこれっ!」
「あ、アニキィ! お、俺もなんかぐるぐる巻きにされて……う、動け……ない……」
地下室と言えど、床や壁は木の板、木製だった。
木の板にされてしまった時点で植物としては、もう死んでいるように思えるだろうが。
別にそんなことはないのだ。
植物というものは、例え板切れにされて変質してしまっても、その状態であっても呼吸を続け、少しずつ死滅し劣化しながらも生命活動と言う意味では、それは完全に朽ち果て、土に還るまで続けられるものなのだ。
であるからには、我が植物魔法の支配下にも容易に落ちる。
と言うよりも……植物蘇生と言って良いかもしれんな、これは。
まさか、こんな真似まで出来るとは思わなかったのでな。
しょうもない会話で挑発しつつ、時間を稼いでその間に仕込みをさせていただいたまでだ。
現に、この通りだった。
木の板やナイフの柄から枝を生やし、あっさり絡め取ってしまうことも容易だった。
こうなってしまえば、いつぞやの盗賊共と同様だ。
首をへし折ろうが、手足をねじ切るのもこの私の自由自在だ。
要するに、屋内だろうが、植物由来の物があれば、この程度の芸当は朝飯前。
我が領域で私を自由にできるなど、大間違いなのだ。
いやはや、我ながら実に大した力だった。
これでは、もはや、なんでもありではないか。
麻袋も植物製だけに、魔力を注ぐとあちこちから緑の葉っぱが生えだして、あっさりとその縫製が緩まって、軽く力を入れただけで、あっさり破れて、自由になった。
まったく、この程度で私を拘束したつもりになっていたとは、なんと愚かな。
と言うか、良く見ると小男の方はけっこう若い。
この様子だと、10代前半の子供のようだった。
大男も図体の割にはなんとも気弱そうな顔つきで、こっちもやはり10代前半の子供のようだった。
……なんということだ。
子供が子供を攫って、人買いに売る……。
まったく、世も末とはこのことだった。
「のう……もう一度聞くぞ? これでもまだ私の価値は小金貨千枚なのかのう? ああ、これが私の真の実力だ……恐ろしいか? そうだろう、そうだろうっ! 先程は酒精のせいで、前後不覚気味だったので不意を付かれてしまったが、もうすっかり抜けたのでな。お前達程度にどうにかできると思うでないぞ? その気になれば、貴様ら二人まとめてこの場で、縛り首も自由自在だ。ほれ、なんとか言うてみい? この小僧共がっ!」
「ひ、ひぃっ! ……い、命ばかりは……お助けをっ! お、俺が悪かったぁ! か、勘弁してくれよぉっ!」
先程までの態度なぞ、どこ吹く風やら。
手のひら返しで命乞い……何という小者なのだ。
まさに小悪党。
だが、この二人は子供でもある……悪党とは言え、子供を殺すのはさすがに忍びない。
ここはひとつ、少しくらい怖い思い……そうだな、ひとつ意地悪な問答でもしてみるとする。
子供を悪の道から救い出す……これぞ、正義の具現者たる銀河帝国皇帝に相応しき行いと言えよう。
「ふむ、あい解った。であるならば、お前達に命の選択の機会を与えるとしようではないか。では聞け、お前達のうち、どちらか一人を生かしてやるとしよう。そして、どちらかをこの場で縛り首とすることで、今回の一件については手打ちとしてやろう。……どちらを生かすのか、それはお前達二人で相談して決めるが良いぞっ!」
我ながら、意地悪な話だった。
だが、これは、つまり人としての正しさを見極める選択でもあるのだ。
正解はたったひとつだけ。
それ以外の答えは全て駄目だ……正解以外の回答を導き出してしまった時点で、その者は悪と断ぜざるを得ない。
このような状況下で、なんとか、自分だけが生き残ろうと画策する。
……その時点で、それは「悪しき者」の答えなのだ。
そう、そのような自己中心的な考えこそ「悪」の本質にほかならない。
「悪」を処断するに迷う理由などない。
他者を顧みずに、自分だけが良ければそれでいい。
そのような考えが蔓延るようでは、その社会は時間の問題で堕落する。
だからこそ、常に悪は否定され、正義が肯定されねばならぬのだ!
これは、いつの時代でもどんな世界でも変わらぬ真理なのである。
いずれにせよ、この問いの答えようで、この者達の本質が垣間見える事だろう。
そして、この社会の底辺に位置するであろう者達が、果たして本質的に悪なのか否や。
それは、私にとっても非常に興味深かった。
まぁ、せいぜい、私はこの者たちが正しき答えを見出してくれることを祈るのみだった。




