第十話「エルフと神樹教会」⑤
「しかし、連中は一体何をやらかして、皆殺しの憂き目にあったのだかな。何か知らないかい? その辺りについて……。君の報告書でも、そこはなんだかボカしてるっぽかったけど……」
「そ、そうですね……。人質の女性達は盗賊たちに酷い……その……虐待を受けていて……。それを見て、義憤に駆られたそうです。これは正義の行いだって、言ってましたね。その点については、私も同感でした……えっと、盗賊たちの悪行について、詳細に説明しないと駄目ですかね? すみません、あまりの事だったので、報告書にも細かくは記載しませんでした……」
イースの様子から、何があったのかを把握したエイルも嫌悪感も顕に、首を横に振った。
「ああ、いい。みなまで言わずともだいたい解った。……要するに、殺されて当然の奴らだったってことだな。そりゃ、自業自得って奴だ。しかし、炎国の破壊工作部隊ね……。だが、魔法師連れで、25人も居たとなると、本来、簡単には排除出来ない程度には強力な戦力だと言える……。だが、何を意図してたんだろうな。炎国は建前上は、アグナス教団とは関係ないって事になってるし、一応我々と商取引を行う程度には、関係も悪くないはずなんだがな。そもそも、神樹の森の北の宿場町だって、連中の要望でわざわざ作ってやったんだよな……」
「アスカ様の話だと、威力偵察? 簡単にはやられない程度の戦力でこそこそやって、隣国との相互不信のタネを撒いて、神樹の森で破壊活動を行いこっちがどう出てくるかを伺ってたとか……そんな話をされてましたね。けど、威力偵察のはずが全滅してしまったら、誰も情報を持ち帰ることも出来ず、偵察の意味がなくなってしまうから、作戦としてはまさに大失敗。そうなると、そこでしばらく様子見。或いは、今回以上のもっと強力な戦力を本格的な威力偵察として送り込んでくる……みたいな事も言ってましたね」
「……おいおい! アスカ様……星霊様は一体何モンなんだ! それだけの事で、そこまで状況が見えてるってどう言うことだ? 言われて俺も……ああ、そう言うことかって納得できたが。言われるまで、なんでそんなとこに盗賊団に偽装した兵を送り込んでんだ? って全然、解ってなかったぞ! だとすれば……そりゃもう、連中は再び攻め込む気満々ってことじゃないか……。まったく、南の蛮族も不気味だが、アグナス教団もだなんて……コイツはなんともキナ臭くなってきたな」
「そ、そうなんですか? でも、神樹の森はアスカ様がすべての事象を把握してるって言ってたから、そっちは大丈夫じゃないんですかね……。ソルヴァさんは、恐らく1000人の軍勢でもまとめて一瞬で全員拘束されて、縛り首になって全滅するって言ってましたけど……」
「……そこまでかよ。いや、それくらいやってのけるんだろうな。確かに25人を一瞬で拘束ってなりゃ、いくら人数が多かろうが森で戦うからには、関係ないってことか。だがなぁ……使徒が出てきたら、話は別だと思うぞ……そのへんはどうなんだ?」
「使徒……ですか? なんです、それは?」
「アグナス教団の誇る人間兵器と言ったところですね。またの名を「イフリート」とも言って、人間を元にして、火を纏った巨人となる。そして、その炎が燃え尽き、その身が崩れ落ちるまで、事実上不死身となる……。もっとも、そのイフリート化した時点で、もはや死ぬことが確定していると言う……まさに狂信の極みと言ったところです。ですが、その力は神樹様の放つ「神の雷」すら効かず、前回の侵攻では危うく神樹様に迫りそうになり、エルフや我々神樹教団の捨て身の自爆攻撃でようやっと止められた……それほどまでの脅威でした」
「シスター・アリエス。……私、炎神教団じゃなくて、神樹教会に拾われて保護された事を心から感謝しています。けど、今、そんなのが神樹の森に攻め込んできたら……」
「ええ、かなり厳しいことになるでしょうね。悲しいかな……我々神樹教会の信徒達が使う木属性の魔法は、貴女ならご存知でしょうが、癒やしの力や病や毒の治癒、守りの力に特化されているのです。あまり攻撃的な魔法はない……。それもあって、前回の炎神教団の暴挙の際には、守りきれずに森の北半分が焼き払われました。神樹様自身のお力……守りの防壁のおかげで、なんとか神樹様が焼かれるという最悪の事態は防げたのですが……。もしも、使徒が送り込まれたら、星霊様と言えど、苦戦は免れぬでしょうね。エイル殿……万が一のときはエルフ族の皆様にも戦力を提供していただきたいと思っているのですが、如何でしょう? もちろん、その見返りとして、以前おっしゃられていた各地に散住しているエルフ氏族を集めた都市の建設に対して、我々は全面的に後押しさせていただくべく、前向きに検討させていただきます」
「ああ、それはもちろんだ……神樹様の……それも星霊ともなれば、古来から我々が待ち望んでいた……希望のようなものだ。当然ながら、危害を加えるというのであれば、我々は君達から何も言われなくても問答無用で介入する。この点については、他の長老達に確認するまでもない。もちろん、俺らエルフの都の建設計画を後押ししてくれるのは、それはそれで、ありがたいけどね。……まぁ、単なるリップサービスだと思っておくよ」
「おや、バレてましたか、さすがですね。なんにせよ、ご助勢の確約が得られたのは大変ありがたく思います。エルフ氏族の皆様は、いずれも魔法に秀でており、弓の名手揃い。貴族達もあなた方の力を恐れて、野放しにせざるを得ないほどですからね。神樹様については、完全に我々と利害も一致しておりますので、実に頼もしい限りです」
「まぁ、我々は人間よりも精霊に近い上に、強靭な種族だからね。皆、一騎当千を自認しているよ。だが、イフリート相手となると、我々も正直キツイ。我々エルフの使う神樹の矢は、とにかく手軽に大量に増やせるのが利点だから、アンデッドの類やお互い矢の撃ち合いになったら滅法強いんだが……。イフリートが相手だと神樹の矢と言えど当たる前に燃えちまって、いくら撃っても矢が届かんし、何よりあの巨体相手では有効な攻撃手段なんてほとんどない。まぁ、水魔法や氷結魔法は多少効いてたらしいが、文字通り焼け石に水だったらしいからな……」
「そうですね……。魔力暴走による捨て身の自爆攻撃。さすがにこれは有効だったようですが……術者の死を前提としたものですので、文字通り最後の手段ですね……。そこまで追い詰められたくはないのですが……イザとなれば……」
通称「滅私」とも言われる禁呪。
アリエスの言っている自爆魔法とはそう言うもので、一人の術者へ複数の術者が魔力を集中させて、その体内魔力を極限まで凝縮させた結果、魔力暴走を引き起こし、軽く地形を変えるほどの威力の爆発を起こす……そう言う魔法だった。
当然ながら、術者は即死するし、高度な魔力操作を実現できる高位魔法師を犠牲にすることとなるので、積極的に使えるものではないのだが。
神樹教団では、もっぱら抑止力として、この魔法の存在を公にしていたし、イザという時はその使用を躊躇わない狂信的な術師を多数擁していた。
「そうだな……俺らも出来ればそれは勘弁して欲しいんだが、神樹様を焼かれるくらいなら、皆、喜んで散るだろうさ。もっとも、実際問題、イフリートが出てきたら、水でもブッかけたり、沼地にでも誘導しつつ、逃げ回って削りながら、なんとか時間を稼いで、そのうち燃え尽きるのを待つってところだろうな。もちろん、このままで良いなんて思ってない……なんとか対策を立てないといかんだろうな。おそらくそう遠くないうちに奴らは攻め込んでくる……それだけは確実だな」
「出来れば、出会いたくないですね……。なんか、燃え尽きるまでの命って……松明みたいな人生って感じで嫌ですね……。ましてや、「滅私」……私もアレは使えますけど、アレだけはホント、最後の最後の手段にしたいですよ……私、まだ死にたくありません」
「ああ、その感覚は正しいよ。若い身空でそんな覚悟決める必要なんてない……。まったく傍迷惑な松明共だよ。ところで、なんだか……やけに外がにぎやかなんだけど、お祭りでもあるのかい? そう言う事なら、俺もちょっと見て回りたいし、流石に皆、ベビーな話題ばかりで、少し疲れただろう? そろそろ休憩ってのはどうだい?」
そう言いながら、エイルが席を立つと、軽く伸びをする。
実際、軽薄そうに見えて軽薄なのだが、誰に対してもこんな調子なので、少なくとも嫌われてはいなかった。
何より、この男……エルフ氏族の中でも指導者層に位置する四賢と呼ばれる長老の一人でもあるのだが……残念ながら、すべてを見通すほどでは無かった。
「お祭り? いえ……そんな話は……」
シスター・アリエスがそこまで言った所で、乱暴に会議室の扉が開かれると、息を切らせたモヒカン頭の男が立っていた……。
「何事ですか? あら、貴方は確かソルヴァ卿の……? どうやら……その様子では何かあったようですね……」
……モヒートだった。
その背中には身体を張って止めようとしたらしい神樹教会の修道士がモヒートを羽交い締めにしながら、張り付いていたが。
結局、モヒートを止めるには至らなかったらしい。
「ああ、すまんっ! おエライさん達の大事な会議中ってことは知ってんだが、アスカの嬢ちゃんがちょっと不味いことになった! すまんが、ちょっとあんたらの力も貸してほしいんだ! 頼むっ!」
「……詳しくお話を聞きましょうか」
かくして、会議室の面々もアスカ誘拐の報に触れ、誰もがとんでもないことになったと悟った。
そして、神樹教会もエルフ達も蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、アスカ救出へと向けて動き出した……。




