第九話「集う正義」②
「……なぁ、若いの。ちょっといいかな? 君にちょっと頼みがあるんだが」
そう言いながら、剣士風の若者の両肩に手を置いて、努めて笑顔を作る。
「あ、はいっ! なんですか! ソルヴァさん!」
ソルヴァと言えば、上級冒険者とも言われるB級冒険者の一人であり、若い冒険者達への剣術指南役でもある関係で、彼らにとっては、剣の師匠のようなものだった。
……言ってみれば、まさに憧れの的でもあったのだ。
そのソルヴァからの頼み事とあって、その若者……エイド少年は心躍るものを感じていた。
「うむっ! ここに居合わせたのもなにかの縁だ。俺は直ちにあの娘を助け出さねばならん。だが、さすがに一人じゃキツい。だから、お前も手伝えっ! おい、そこのお前もだっ!」
こそこそとこの場から、逃げ出そうとしていた杖持ちの若い魔法師……名前はフェイと言う。
フェイは目ざとくソルヴァに見つかり、怒鳴られて、慌てて回れ右をする。
「え? な、なんで、俺も? 俺ら……なんもしてないですよ……。ただ、ここでコイツと一緒に串焼き食ってただけで……」
要するに、ただの通りすがり。
確かに目撃情報を提供したが、それ以上を求められる筋合いは無かった。
無かったのだが、ソルヴァに目をつけられたのが運の尽きだった。
「はぁ……情けねぇ野郎だなぁ。言わせるつもりか? お前は十歳程度の小さな子供がならず者に攫われて、なんとも思わんってのか? んん?」
「……そ、そりゃ、可哀想だなって思いますけど……。と、とりあえず、そう言う事なら、まずは衛兵にでも通報した方が……」
思わず、ソルヴァの目線から逃れるように顔を横に向けるフェイ少年。
もはや、面倒ごとの予感しかしなかった。
「ソルヴァさんっ! お、俺だって、スラムの誘拐団の噂くらいは知ってるぜ! ……聞いた話じゃ、変態野郎に売り飛ばされたり、奴隷商に売られたりするって……そんなの許せねぇよっ!」
エイドと言う少年は多少なりとも義侠心と言うものを持っていたようだった。
そして、ソルヴァもその言葉を待っていたのだ。
「うむっ! 少年……貴様はなかなか見どころがあるようだな! どうだ、俺と一緒に正義の味方にならんか? いいか、あの娘は普通じゃない。あれが本気になったら、スラムどころか、この街くらい軽く無くなるかもしれん。やるやらないの問題ではないし、官憲共に通報なんぞしとる場合じゃないっ! 今の時点で、事情を知る俺達がやるしかないのだっ! 悪しきものより弱きものを救うっ! これぞ、まさしく正義の行いと言うべきものよ!」
別にアスカは弱きものでもなければ、スラムの住民と言っても悪と決まった訳ではないのだが。
人を動かすのに必要なもの……それは大儀だった。
その辺り、当初は、ソルヴァも弁えていたのだが、熱弁を振るううちにすっかり出来上がってしまい。
彼の中では、己の行いこそ、不動の正義だと言う確信が得られていたのだった。
「は、はい? せ、正義の味方ぁ?! いやいやいや、さっきは、ああ言ったけど、俺達みたいなD級冒険者程度じゃ、お呼びじゃないと思うんですけど……」
「そ、そうですよ……俺らなんて、せいぜい街の外のギャロップ狩りで生計立ててるような雑魚冒険者なんですよっ! んな、スラムへ殴り込みなんて……無理、無理! 無理ですよっ!」
ちなみに、ギャロップと言うのはこの串焼き屋台で焼肉になっている哀れな魔物の事で、ウサギによく似た魔物で、あまり強くもない割には、毛皮や肉など素材として売れる部位も多く取れ、駆け出し冒険者御用達のモンスターだった。
「そう言うな。いくら俺でも背中には目がついてないからな。ならば、正義の味方たるこの俺の背中を守ってくれ……。それだけでも、貴様らも立派な正義の味方と言えるだろう……。どうだ? こう言われてもまだ怖気づくってのか? ああっ! お前ら、それでも男かっ! まだグズグズ言うようなら、この場で気合を入れ直してやるから、覚悟しろっ! 返事はハイかイエッサー! どっちだっ!」
もはや、脅迫である。
ついでに言うと、選択の余地なしであったが、ソルヴァの剣術指南と言うのは、いつもこんな調子のスパルタ式だった。
しかしながら、ソルヴァとしても、この若者たちは絶対に逃しちゃいけないと思っていたので、そもそも選択の余地など与える気などサラサラ無かった。
例え、玉除けにしかならなかったとしても、一人より二人、二人より三人。
それが冒険者の鉄則というものだった。
「イ、イエッサーッ! けど、正義の味方の背中を守る……なんか、それカッコいいっすね! へへっ、それくらいなら、俺にだって……」
エイドはすっかり乗り気になったようだった。
ソルヴァも思わず、相好を崩す。
「う、うん……そんな気もしてきたな……。お、俺も行くよ! なんか、お前だけ行かせるとか心配だし、一応俺も魔法師なんだし、役立たずってことはないと思うんだ」
フェイもなんだかんだで、乗り気のようだった。
ソルヴァもそうだったのだが、この「正義の味方」と言うパワーワードは人をその気にさせる魔法の言葉のような力がある。
ソルヴァはそんな風にも思い始めていた。
「よぉっしっ! 貴様ら、良く言ったぁッ! 男とは、正義とはッ! 弱きを救い、例え相手が強き者だと知っても、敢えて立ち向かう……そうでなくてはならんからなッ! では、これより、貴様らも俺と同じく正義の味方だッ! さぁ、行くぞ! 悪が笑う事は、決して許してはならんのだっ! 我らこそ、正義の味方! 悪党どもに天誅を! 復唱ッ!」
「「応っ! 我らこそ、正義の味方! 悪党どもに天誅を! イヤハーッ!」」
若者二人ももはやヤケクソのように、復唱すると鬨の声を上げる!
正義の味方……口にするとなんとも気恥ずかしい言葉だったが。
そう呼ばれた時の何とも言えない高揚感。
それは自分だけではないだろうと思っていたが、この素朴な若い冒険者たちも自分と同じ気分になっているようだった。
そう、彼女の言う通りだ。
悪はこの世から駆逐せねばなるまい。
例え天が落ちようともっ! 正義を成さねばならぬのだ!
そして、正義というものはどうやら伝染するものらしかった
「……おうおうっ! ちょっと待ちなっ! すまんが、今日はもう店じまいにする! ソルヴァの旦那! 俺も一緒にいくぜっ!」
串焼き屋の主人だった。
いそいそと屋台をたたみ、肉切り包丁を腰紐にくくりつけながら、腕組みをしながらドンッと胸を張る。
「店主……気持ちは嬉しいが。さすがに、一般市民であるアンタを巻き込むわけにはいかんな」
駆け出し冒険者は巻き込んでいいのか? そんな風にフェイ少年は思うのだが、敢えてここでは黙っていることにした。
と言うか、若手冒険者達のあこがれのソルヴァが、こんな容赦ない横暴な人だったと言うのは正直意外だった。
フェイは、魔法師なのでソルヴァ・ブートキャンプには参加しておらず、エイドの口伝てで、その噂話を聞いていた程度だったのだが。
フェイが見てもへっぽこ剣士だったエイドが、ブートキャンプでしごかれて以来、見違えるように頼もしくなり、何かと言うとソルヴァへの憧れを口にするようになり、一体何があったのか不思議に思っていたのだが。
こんな調子でしごかれたのでは、ああもなるかと、妙な事で納得していた。
完全に名前と顔を覚えられてしまったようなので、ここはコネが出来たとでも思うべきかもしれないなと益体もないことを考えていた。
「そう言うなよ……。エルフの嬢ちゃんが誘拐されたのは、ちゃんと見ててくれって言われたのに、目を離しちまった俺の責任だ。それに……俺もアンタらみたいに正義の味方とか呼ばれてみたくなった。なんか気分がいいよな……それっ!」
ソルヴァは思わず目頭が熱くなった。
正義は……伝染するっ!
ああ、俺は間違っていなかったのだと!
そして、何事かと立ち止まっていた人々も、店主の言葉を聞いて「俺も行くぜ!」だの「俺も正義の味方になりたいぜっ!」などと言う声が続々と上がり、その輪はたちまち10人以上に膨れ上がっていった!
その光景に、ソルヴァは魂が震えるのを感じた。
正義は……ここにあった!
「……そうか。良いだろう、良いだろう……! ならば、諸君! 我らと共に来るが良いっ! ……行くぞっ! 正義を……執行するのだぁあああああっ! 」
……思いっきりアスカの物言いなのだが、彼女の言葉には不思議な力があった。
そして、何よりも。
それは確実にソルヴァにも伝染し、それはなんの関係もなかった者達をも巻き込んでいった。
かくして、正義の進撃が……始まった!




