第八話「ギャロップ肉とタンネンラルカ」④
「なぁ、ソルヴァの旦那……お嬢ちゃん、なんか目が座ってるし、ちょっとヤバいんじゃねぇか?」
「そ、そう思うか? た、確かに……。なぁ、アスカ……とりあえず、そこに座っててくれ」
道端にいい感じの四角い石。
なるほど、多分ベンチのようなもののようだ。
確かにちょっと足元が怪しいので、座っていたほうが良さそうだった。
それに、冷たくてお尻が気持ちいいお。
「ソルヴァひゃーん! うひひっ!」
なんか呂律が回ってないのれす。
無性に楽しい……なるほど、これはたしかにハッピーセットだなぁ。
木陰だからかとっても涼しいし……美味しいものを食べて、気持ちよくなって……。
「……ああ、生きてるってすばらっしー! ですにゃあ……うひひっ!」
「まさか、ホントに酔っ払ってんのか? ……主人、すまんが、冷えた飲み水など、置いてないか?」
ソルヴァさんが慌てた感じで、店主に水を要求。
確かに、普通の水をキューって飲みたい気分。
なんなら、そこの水路にボッシャーンって飛び込んでもいいくらいなんだけど。
ただ、この水がキレイかどうかと言う問題があるのだー。
見たところ、誰も水路の水を飲んでる様子はないので、飲料には適さないと思われる。
……でも、川の水とか皆、平気で飲んでたしなぁ。
流れている水は綺麗……そう言う事なんじゃないのかなぁ。
でも、なんだか身体が熱くなってきたので、ちょっと足浸けるくらいはいいかも。
と言うか、この地域って……結構暑い。
森の中は涼しくて、そうでもなかったのだが、森を出ると急激に昼間の気温が上がるようになり、皆、どんどん軽装になっていたくらいだった。
今も行き交う人達は、半袖だったり、極端にダボッとした衣服を着ていたりするし、色も全体的に砂色やベージュ系で、確かに砂漠の人ってイメージだった。
ふっふーん! それくらい知ってるのだ!
「砂漠の要塞 ゴンドレア・カーンズ少佐の大脱出!」ってVRムービーの敵役や一般市民の人達がこんなんだったのだー。
ちなみに、内容は古代地球のナチスドイツの大将軍ロンメル率いるアフリカ軍団の築き上げた砂漠の大要塞に、英軍特殊部隊のカーンズ少佐が爆弾を仕掛けて脱出するスリリングアクションVRムービーだった。
このナイス髭ミドルなカーンズ少佐が主人公のVRドラマムービーは帝国内でも、結構な人気があって、巨大戦艦とか、列車砲とかナチスドイツの色んな物を爆破して、ギリギリで大脱出するってオチは全部一緒のいわばお約束で、シリーズ全部で10作品くらいあったのだけど、カーンズ少佐役の人がカッコよくって、お気に入りだったので全部見た。
残念ながら、このシリーズが作られたのは100年以上前で、カーンズ少佐役の俳優も既に故人だったのだが。
生きていたら、国賓として招待くらいしたかったくらいには、憧れの人だった。
VRムービー評論家は、時代考証がでたらめ過ぎるし、ロンメルやヒトラーも何度も死んで次の作品ではしれっと生き返ってたり、もうハチャメチャだとか言ってたけど、ああ言うのは深く考えたら負けなのでーす。
そういや、「暑い砂漠では、こうするに限るぜ! ヒャホーッ!」とか言って、カーンズ少佐も用水路に足突っ込んで涼んでたっけ……。
よし! やるしかっ!
一応、靴としてソルヴァ殿お手製の手作りサンダルのような履物をもらっていたのだが、ヌギヌギして水路に足を漬け込む。
おー! 冷たいし、底まで見えるくらいの透明度があるとか、ナニコレ、ナニコレ、ちょーさいこーっ!
小さな魚らしきものも泳いでいるし、水草もわさわさ生えてるし……これはカニ?
思わず、足の指先で突っつくと、ガォーと言った様子で威嚇してる。
まじですか、これ!
……養殖物じゃない魚もだけど、こんなカニとか始めてみたっ!
まさにこれは……本物の天然河川ではありませんかーっ!
……これ、超レベル高いっ!
こんな魚のいる用水路とか、自然公園でもないとお目にかかれないって!
……これのどこが汚い水なのだ?
いい感じにミネラル分も含有されているようで、早速足から経皮にて、水分と栄養素が吸い上げられていく。
文字通り生き返るーっ!
うっはぁ……これは良いぞっ! とても良いぞーっ!
いっそ、全身浴……飛び込んで、全身全霊で味わいたいほどの良い水だーっ!
正午前後の強い日差しも相まって、ギュンギュンと光合成が始まっていくのが実感できる。
うん? 光合成にともない魔力も高まっていくぞ……なるほど、この身体の魔力とは光合成の副産物だったのだな!
……ああ、なんと言う幸福感。
街に入って早々に旨い肉料理に、美味い飲みもので幸せになって、更にこの素晴らしき水に足を漬けての光合成タイム!
なんなら、このままこの用水路で朝から晩までこんな風に足を水に漬けながらぼんやり過ごして、人々の暮らしを見つめるというのも悪くないかも……。
なんて、思ってたら、ソルヴァさんが血相変えて走ってきた。
「おい、馬鹿やめろっ! その水は下水も混ざってるから、マジで汚いんだって! それに人が見てるだろ!」
まるで大根でも引っこ抜くように、水路から引きずり出されてしまった。
確かに、物凄く視線を感じた。
けど、なんだろう? 先程から妙にまとわり付くような気配と視線も感じる。
まぁ、好奇の視線というのはそんなものだろうが、猫耳や巨大猫も闊歩してるのに、そんなに物珍しいのだろうか。
「むぅ……気持ちよかったのに……。程よく栄養分も豊富でとても綺麗な水が常に流れているなんて、最高ではないか! 実際、あちこちに水草だって生えておったし、魚やカニだって住んでいるではないか……! よいか? 水清ければ魚棲まずと言ってな、水は綺麗すぎても魚も植物も生きられないのだ……適度に汚れているくらいが一番良いのじゃっ! そもそも、生き物が住めるのだから、毒もなかろう!」
「……な、なるほど。そう言うところは基本的に植物ってことか……。だがなぁ……よく見てみろ、そんな事やってる奴いねぇだろ? 皆、この水路にはションベンやらなんやらも流れ込んでるって知ってるんだ……だから、もう足突っ込だりとかするな……な?」
確かに、好奇の視線が突き刺さっている。
その目線は、おいおい……あいつ、何やってんだ的な、非常識人を非難するような目線だった。
そうか……ショ、ションベン……?
つまり、小用……まさか、水洗トイレが各家庭にあって、それとこの水路が繋がってるのか!
……なんか、川底に茶色い石が転がってて、魚やらが熱心につついていたが……まさかアレはっ! アレわーっ! ぎゃわわーっ!
「……」
思わず、無言で片足を上げて、泣きそうな顔をしてたらしい。
ソルヴァさんがポンポンと頭をなでると、街路樹の脇の砂を濡れた足にバサッバサッとかけてくれた。
砂で擦り落とせば大丈夫ってそう言う事?
まぁ……消毒と言う意味では何の意味もないと思うが、確かに多少は気が紛れる。
確かに、植物として考えると、人間の排泄物とか素晴らしい栄養源ではあるのだろうが……。
実際、古代農法では、肥とか言って、人間の排泄物やら生ゴミを畑に撒くとかそんなやり方もあったらしい。
なお、さすがにいくら古代農法による天然食材の生産現場でも、そんなのを肥料にすると言う話は聞かなかったのだが……。
そんな訳で……この用水路は植物的には極上と評価する!
だが、植物以前に私は乙女なのだぁ……! トイレの水に、足なんて入れたくないよっ!
でも、実際にやってたことはそれに近かった……。
ん……これは自業自得と言えよう、大いに反省。
トボトボと、砂まみれの足を引きずって、さっきの石のところにまで戻る。
「とりあえず、冷たい水でも買ってきてやるから、ここで大人しく待っててくれ。主人、すまんが……ちょっとこいつを見ててやってくれ。ご覧の通り、どうにも危なっかしくて目が離せなくてなぁ」
「……事情はよく解らんが、ソルヴァの旦那も意外と苦労してんだな。ああ、ちょっとくらいなら、構わんさ。エルフの嬢ちゃんもそこで大人しくしててくれよな、俺も店からあんま、離れられねぇんだよ……」
石のベンチはそばに木が生えていて、日陰になっていて快適だった。
一応、ソルヴァ殿は今の私の保護者でもあるので、言いたいことは解る。
まったく、心配のし過ぎだ。
悪い気分ではないのだがなっ!
「うむ! 店主殿もかたじけないな! なぁに、言われんでも勝手にウロウロなどしないぞ!」
「じゃあ、ちょっと行ってくる。すぐもどるから、安心しな!」
ソルヴァ殿の背中が遠ざかって行き、人混みに紛れていった。
ひとまずここで大人しくしているつもりだった。
それに、串焼き屋の仕事ぶりを眺めているだけでも、結構楽しい。
そうこうしているうちに、新しい客が次々やってきて、結構繁盛しているようだった。
当然の話だ。
なにせ、銀河帝国皇帝のお墨付きなのだぞ?
流行らないほうがおかしい!
それにしても、この世界は良い世界だった。
空は青くて、食べ物も美味いし、水も綺麗……ああ、アルコールの多幸感も相まって、実に気持ちがいい。
……等と思っていたら、唐突に視界が真っ暗になって、あっという間に逆さまにされて、ふわっと持ち上げられた。
「……な、なにごとぞなーっ?!」
ジタバタともがいてももう遅かった。
真っ暗な上に、完全に袋詰にされてしまったようで、もうなにがなんだか解らない!
かくして、この私は……いずかこへと運ばれていくのであった!
えええええっ! なにごとぉおおおっ!




