第六十七話「ハルカ=ロズウェル」⑤
「アスカ陛下が危機的状況に……ですか? ですが、そのような情報も兆候も……」
「まぁ、要するに……味方の内に情報漏洩源があるから、その手のネガティブ情報は完全に伏せてた……そう言うことなんだろうな。だからこそ、アスカ様はこの状況下でラース文明に対し先制攻撃を仕掛け、こちらにもその計画は秘密になっていたのだろうな」
「……お、俺等の中に、裏切り者が! なんてこった! ふっざけんな!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。恐らく本人も情報漏洩源になってる自覚がない……そんな調子なんだろうさ。だから、犯人探しとかやっても無駄だし、そう言うことなら敵を騙すにはまず味方から……そう言えば解るだろ?」
「……ちっ、確かにそうだな。まったく、この俺が諭されるなんてなぁ……しかも、言ってることはご尤もだ。お前さん、実は結構すげぇんだな」
「アタシはすげぇヤツなんだよ……。まぁ、こちとら人生三回目、いやロズウェルルートも入れたら四回目だな。なんでまぁ、ゲーニッツ大佐もアタシから見れば、若造ってとこだよ」
「若造ねぇ……確かに違いねぇか。いや、むしろ舐めてたのはこっちだったな。すまねぇな」
「まぁ、気にするな。でだ……現時点でアスカ星系のラース文明艦隊は、惑星地上で始まった決戦で味方を支援すべく、総力を挙げて惑星アスカに殺到中……。まったく、酷い戦になってるだろうに……」
控えめに言っても、そんな状況……絶望的と言えるのだが。
敵もアスカ陛下の攻勢に対し、敢えて予定を前倒しにして、惑星アスカの攻略戦をすでに開始したとなると、必然的にゲートの接続先となる星系外周部は一気に手薄になっているし、Bigファイアの守りについても同様だろう。
何故か? 今の時点では、敵は星系内に敵なしと思い込んでいるから。
敵の動きが慌ただしくなったから、ジュノアも今がチャンスと言うことで飛び込んできたのだろう。
だからこそ、増援に警戒しつつも、その手持ちの宇宙戦力を目下の敵……惑星アスカへ主攻を集中させてくる。
なるほど、これはアスカ様の我々への援護射撃ということに他ならなかった。
「ゲーニッツ大佐、もう四の五の言わずにゲート展開! この場にいる全艦にゲート開通直後にゲートの向こう側に突撃させる!」
「は、はい? ちょっと待ってくだせぇ! タダでさえ、作戦概要の変更で各部署も大混乱なんですが……せめてあと四-五時間はないと足並みすら揃わないかと」
「いや、待たないっ! 元々当初の作戦プランは私も無理があるとは思っていたからな。作戦プランもシンプルになった事だし、この作戦……始めから犠牲なしなんて、虫がいいこと言って勝てるような戦じゃない。……それは、皆理解できていると思っていたんだがな」
なにせ、当初プランでは、アスカ様には惑星にて持久籠城戦を展開してもらって、その上で増援艦隊はラース文明艦隊を蹴散らしながら、真っ先に惑星アスカを目指し、周辺の制宙権を確保する。
そこから、こちらのゲートからの増援艦隊を使って、敵のゲートへ正面から戦いを挑む……。
まぁ、要するに二段構えの二正面作戦を展開する……そんな予定だったのだよ。
だが、問題は敵のゲートの防衛戦力だ。
恒星系単位の攻防戦で、お互いに超空間ゲートを使えるという前提となると、双方の最重要戦略目標は互いのゲートと言うことになるのは、明白だ。
にも関わらず、惑星アスカの制宙権確保を最優先目標としてしまう。
……或いは、二正面作戦で同時に制圧……となると、どうしても戦力の分散が発生してしまう。
そんな風に戦力が分散した状態で、向こうがこちらの戦力の規模を見て、同等規模の増援を送り出してきたら、単純な消耗戦となってしまう。
……奴らの適応力と、進化スピードは侮りがたいものがある。
現時点では、間違いなくこちらの宇宙戦艦の方がラース文明の巨大岩塊のような宇宙戦艦よりも戦闘力が高いはずなのだが。
こちらの宇宙戦艦と戦いにより、最適な形態への進化を遂げられてしまって、それが次々と無尽蔵に湧き出してきたら、如何に帝国艦隊が10万隻規模の大艦隊だとしても、いずれ刀折れ矢尽きてしまう。
そうなってしまっては、もはや手に負えないことになってしまう。
そして、何よりも星系の攻防戦ってのは、守りに難く、攻めるに易いを地で行っているのだ。
だからこそ、攻める側に回って戦争の主導権を渡さない……これが肝要だと言える。
私の中のハルカ提督もその問題は危惧していたようだし、ロズウェルもそこは同意見のようだった。
「いずれにせよ、すでに私は艦隊司令として、オーダーを下した。ゲーニッツ大佐、及び各部署指揮官各位は速やかに、最優先で超空間ゲートを設置の上で固定化……艦隊各位も準備ができ次第、片っ端から突入を開始し、速やかにゲート周辺宙域を制圧せよ!」
まぁ、多分に無茶なオーダーだってことは解ってる。
おかげで、あっちこちから問い合わせが殺到しており、ゲーニッツ大佐の部下やら、通信オペレーターさん達もエライことになってる。
「こちら、高速戦艦フェンリル3、艦長のイサザキ中佐です。どうやら、この調子だと当艦が先陣を切ることになりそうですな。いやはや、部下たちを叱咤して、最大戦速でご同類達と先陣争いをしてきた甲斐はありましたなぁ」
先鋒艦隊の代表ってところなのだろうか。
口ひげを傭えた細身の中年イケオヤジって感じのおっさんが、柔和な笑みを浮かべて、モニターに表示される。
乗艦は、高速打撃戦艦フェンリル級。
これがまた、km級の艦体の半分くらいがメインエンジンユニットで、メインエンジンもツインどころか、クワッド……4連装とか、バカみたいなエンジン積んでる。
もっとも、武装は通常戦艦の半分程度で火力も低く、防御力もお察しと機動力ガン振りなクレイジー……もとい、えらく割り切った設計の宇宙戦艦だ。
もっとも、正面装甲はえらく頑丈になってて、外観は頂点に傘を被った三角コーンみたいな形をしてる。
正面からの撃ち合いや突撃戦なら滅法強いんだけど……。
横や後ろに回られて、弱点のメインエンジンに被弾すると即死すると言うえらくアンバランスな戦艦でもある。
案の定、先頭艦隊はこの種のエンジンおばけみたいな艦艇ばっかり……。
そもそも、このフェンリル3だって、元々は第二陣の後方艦隊の所属艦だったのに、目一杯ぶっ飛ばして、先陣レースに参加して、いつの間にか先鋒艦隊に紛れ込んでた……。
「なら、喜ぶがいい……君らは栄えあるマゼラン決戦の一番槍だ。くれぐれもあっという間に撃沈されて、総員二階級特進なんて事にはなってくれるなよ?」
私がそう告げると、むしろイサザキ艦長はフッと不敵な笑みを浮かべる。
「お気遣いありがとうございます。ですが、我々も始めからアスカ陛下救援の一番槍を拝命すべく、先陣切ってましたからね。なぁに、我々もとっくに覚悟なんて出来てますし、そんなあっさり沈められるほど、ヤワな船ではありませんし、遠慮なく使い潰していただいても一向に構いませんよ」
「上出来だな……。ゲーニッツ大佐、ゲートシップを配置に着けろ。そして、ゲート固定を待たずに、直ちに艦隊を進発……艦列を整えるような余裕はないから、向こうで戦いながら、フォーメーションを組め」
「……畏まりました。やれやれ、拙速を尊ぶ……そこは、姉御そのまんまなんすなぁ……。総員に告ぐ、直ちに転移ゲートを形成させる。ひとまず、イサザキ大佐……アンタが最先任のようだから、先陣艦隊の指揮を任せるぜ。なぁに、俺等もすぐに飛び込むから、先に行って地ならしでもやっといてくれ」
「了解、了解! さすがロズウェル閣下ですな! 実に話が早い……総員、聞いてのとおりだ! 直ちに戦闘配置に付け! 護衛艦ウォードック1849、3387、1894、軽巡航艦アステカ212と600……突撃フォーメーション! いいか? 目一杯加速して、ゲート開通と同時に最大戦速で向こうに飛び込んで、番犬共を蹴散らすぞ!」
さぁ、盛り上がってまいりました!
すでに下知は下した以上、作戦は粛々と実行に移されるのみ。
ジュノーも第二陣で向こう側に飛び込ませる。
なんせ、ここからだと向こう側の状況なんて、まるで解らないんだからな。
激戦の真っ只中ってなるだろうが、そこはそれ。
何よりも、周りはスターシスターズ艦で固めてるし、連中大人しくしてるけど……。
間違いなく、宇宙一実戦慣れしてるのは間違いない。
今もジュノーは頻繁に各艦とデータ交換しつつ、その時を待っているようだった。
「で……。そうなると、我々も先遣艦隊の一員として……突撃ですかな?」
苦笑しつつゲーニッツ大佐が告げる。
「当然だろ? どのみち戦力が足りないから、そうなるな。ああ、大和ズはこの場で待機……向こうでのお祭り騒ぎが終わってから、ゆるりとご来場って事でいいだろう?」
「「なんじゃ、我らも行く気満々であったのだぞ? こうやって見ても、どいつもこいつも紙装甲の当たれば一発で沈むような船ばかりではないか。まぁ、我が大和は防御力は極めて高いからな。弾除け代わりに、我らを連れて行くが良いぞ」」
まぁ、しょうがないか。
都合たった100隻程度のマゼラン殴り込み艦隊。
精鋭とは言え、一騎当千とは言い難いメンツだけに、あるものは全部使うつもりでいかないと駄目だよなぁ。




