第八話「ギャロップ肉とタンネンラルカ」③
「うっっっっっっっまぁッ! な、なにこれ、超美味しいっ!」
……わかったぞ。
これは一種のアルコール飲料だ。
ちょっとばかり、生ぬるいのが残念だが、氷でも入れて、キンキンに冷やしたらもっと美味いかもしれん。
確かに、程よい酸味は肉にはよく合う……実に美味い。
改めて、肉を齧ると再び最初の一口のような美味が口いっぱいに広がる……。
これは……口の中をリセットする効果があるのか。
び、美味の楽園にようこそだ、これっ!
う、うむぅ、これは……5つ星であるなっ!
「……ソルヴァ殿、すまんかった。このような馳走を頂き、誠にありがたく思う。いやはや、ここまで旨い料理は食べたことはなかったぞ。これは店主にも礼を言わねばな。すまんが、チップとして銀貨を10枚ほど店主に進呈したいのだが、どうだろう? 安すぎるかな」
大真面目に言ったつもりだったが、なんだか腹を抱えて、大笑いされる。
「……くっくっく! 何言ってんだかな。チップで銀貨とかどこの世界の話だよ!」
「笑うでないっ! 私はまじめに言っているのだぞ!」
「あ、ああ……す、すまん! だがまぁ、チップで銀貨十枚はさすがに向こうも困惑するだろうからな。まぁ、いつも美味い食い物をありがとさんって事で、感謝の気持ちを込めてチップはずむってのは確かに悪くないか。じゃあ、仰せのとおりにするとしようじゃないか!」
そう言って、ソルヴァ殿が屋台の店主のところに足を向ける。
「店主、すまんが……この娘が言うには、ここの串は最高に美味かったそうだ。これはその気持ちだそうだ! まぁ、とっときなっ!」
そう言って、店主に銅貨を一枚差し渡すとその手に握らせる。
……おい、ソルヴァ殿。
それはいくらなんでもケチりすぎだろーっ!
私の提示した額の100分の1とかこの私に恥をかかすつもりなのか! そうなのかっ! そうなのだろう!
「ははっ、チップくれるなんて旦那、なかなか気前良いね! あんがとな! お嬢ちゃん!」
てっきりチップが少ないと怒り出すと思ったのに……店主殿は銅貨一枚でホクホク顔であった。
どうも、チップの相場というのは、そんなものらしい。
私、大いに納得いかない。
高級料理の評価においては、このチップの額も含まれるのだ。
権威あるものが高額のチップを支払うとその評価も向上し、それもまた付加価値となり、以降の価格にすら影響するものなのだ。
つまり、銀河帝国七皇帝の一人がチップを払ったともなると、その時点で大変な付加価値が付くのだ。
そう言う意味も含めて、銀貨十枚と言うのは、むしろ少なめに見積もったつもりだったのだが。
これでは、私は常識の知らない痛い子ちゃんではないか! ぷんすかーっ!
「まぁ、確かにアンタのとこは肉の鮮度も悪くないし、いつも焼き加減が絶妙だからな。俺もちょっとばかり、贔屓にさせてもらってるぜ?」
「そいつは、ありがたい話だねぇ……あんた、ソルヴァの旦那だろ? 俺でも知ってる有名人だぜ。そんな旦那に贔屓されてるってだけでも、十分嬉しいぜ。確かに、そっちのお嬢ちゃんも泣きながら食ってたが、そんなに美味かったのか? それでチップなんぞもらっちまったら、さすがにお返しをしねぇとな。こいつは俺の気持ち、サービスでもう一本おまけだ!」
あっという間になくなってしまった串を思わず、名残惜しくも見つめていたのだが……。
泣きながら食ってた? いや、それは何かの間違いだと思うのだが……
まて、今何と言った? もう一本だと?!
チップとして銅貨1枚なんてケチられたあげく、もう一本サービス?
いやいや、これではかえって申し訳ないではないか!
「……よ、良いのか? それでは主人の方が赤字になってしまうであろう? だが、私も人の好意を無下にはしたくない。くれると言うのであれば、ありがたく受け取ろうではないか……」
「へへっ! 遠慮するなって……まったく、変な喋り方だが、なんともいい子だな! 嬢ちゃん! へへっ!」
店主殿がいい笑顔を見せながら、もう一本串焼きを差し出してくれる。
受け取ると思わず我慢できなくなって、そっこーでかぶりつく。
やっば、うっっっまっ! この岩塩のゴリゴリとした食感が実に良いぞ!
間違いなく塩分過多で健康にはあまりよろしくなさそうだが、それが良いのだ! それがっ!
くぅーっ! たっまらーん!
「いやはや、実に良いものを頂いてしまったな……。まったく、貴殿はさぞ名のある料理人なのであろうなぁ……。うむ、もぐもぐ……これは実に美味いっ!」
「名のある料理人って……そんなんじゃねぇよ。俺は自分の店も持てねぇような、しがない串焼き屋台のオヤジだっての! まぁ、いいってことよ! もし、気に入ったなら、また来てくれればそれでいい。と言うか、ソルヴァの旦那……コレは忠告なんだが……このお嬢ちゃん、もうちょっとイイもん食わせてやった方がいいんじゃないか?」
「……そ、そうだな。なにぶん、この子は里上がりのエルフでな。連中、いつも人里で最初に飯食うとこんな調子だろ?」
……む?
そうなのか……。
ファリナ殿の知識には、そんなのなかったのだが。
まぁ、あれも恐らく表層意識上の知識を共有したとかそんな感じだろう。
むこうが、私の要求に応じてこの世界で生きるために必要な知識を選別してくれたと言った様子だった。
「そっか、お嬢ちゃんエルフなのか。確かによく見りゃ耳もちょっと尖ってるな。そりゃたしかに……と言うか、人族の飯は、こう言っちゃ悪いが、お前らんとことは比較にならんくらいには美味いんだぜ? まぁ、そのうち慣れるだろうが、流石にお前さんみてぇに泣きながら食ってるのは始めて見たな」
む、あんまり認めたくないのだが、目尻が気持ち濡れていた。
何たる不覚。
あの最期の瞬間でさえも、涙は流さなかったというのに……。
こんなしょうもないことで……。
いや、しょうもなくはないな。
「まぁ、この娘は人間社会の右も左も解ってないからな。しばらくこの街に滞在するようだから、この分だとまた来ると思うぞ」
「そっか、じゃあ今度はもっといい肉仕入れとくから、また来てくれよ。なぁに、俺はいつもここで屋台開いてるから、いつでも来てくれ! お嬢ちゃんなら、いつでも大歓迎だ!」
「そうか! このタンネンラルカも美味かったぞ……ただ、子供に酒はどうかと思うぞ?」
この世界ではどうかはしらんが。
帝国におけるアルコールについての扱いは、18歳未満の子供はアルコールの脳細胞への悪影響や、成長の阻害になるなど害悪の方が多いので、原則禁止とされていた。
もっとも、全部飲み干してしまったのだがな!
「……酒? ああ、確かに多少は酒精も入ってるが。子供も普通に飲んでるから水みたいなもんだと思うんだが……。でも、エルフはちょっと酒精に弱いとも聞くな……言われてみりゃ、ちょっと顔が赤いぞ?」
「そ、そのようだな。おい、アスカ……大丈夫か? そうなると、エギッシュを頼まなくて正解だったな」
「そうだなぁ。タンネンラルカは子供でも飲めるが、さすがにエギッシュは大人向けだからな」
また出てきた謎の固有名詞。
話の流れ的にどうも、タンネンラルカよりもアルコール度数が強めの飲料らしい。
もっとも、この世界でアルコールが主な飲み物となっている理由は何となく解る。
アルコール飲料が一番安全だからなのだろう。
衛生概念については、お察しなので、間違いなく食中毒も多発していると思ってよかった。
水も……煮沸消毒やら塩素消毒などやっている訳がない。
であるからには、食中毒や寄生虫など……どんな危険があるか解ったものではなかった。
確かに未開惑星への地上降下でも兵達には、どんなにのどが渇いても現地の水源の水は絶対に飲むなと徹底されていたはずだった。
どうしても現地の水を飲まざるをえない時は、再生水の処理に使う浄水化処理ユニットを投下して浄水化処理をする。
もしくは、入念にフィルター処理を行い、煮沸消毒もした上で、覚悟して飲めと言うことになっていた。
いずれにせよ、生水をそのまま飲むのは危険……皆、経験則で学習している。
……そう言うことなのだろう。
確かに、こんな風に町中を水路が流れていて、それなりに気温も高いのに、誰も水路の水なんて飲もうとしてない。
それにこの地方はやや気温が高めのようで、常温で果汁やこのような甘みのある飲料を放置するとあっという間に発酵してしまって、アルコール化してしまうのだろう。
要するに、意図せず勝手に酒になると言う訳だ。
それもあるから、コップも洗わないし、消毒もしないのかもしれない。
いや、出来れば洗ってほしいぞ? これは、気分的な問題だ
多分、このタンネンラルカも、ヨーグルト系の味に近いようなので、原材料は乳製品かなにかのように思える。
今の時点で、すでに発酵が進んでいるので、ほっとくとどんどんアルコール化していって、度数が濃くなって、そのうち酸っぱくなって飲めなくなるのだろう。
古代地球の赤道直下のアフリカ地方では、そんな感じで作る天然アルコール飲料があったらしいので、多分これも同じ理屈なのだろう。
一応、発酵醸造の知識くらいはあるのでなー。
それくらいは解るのだー。
だが……アルコールは基本的に人体には毒物なのだー。
帝国でも、成人達は仕事帰りにアルコールを飲んで、一時的にハッピー気分になるとか皆、やっていたのだがー。
皆、節度を持っていて、ある程度飲んだら、アルコール分解酵素剤を飲んで、スッキリして家路に付くのが常識なのだー。
二日酔いで職場に現れるなど、いい大人の帝国臣民のすることではないのだー。
それが我が帝国の常識なのだーが。
なんだかー、ふわふわしていい気分だなぁ……!
うむ、皇帝たるもの酒のんでハッピーなど、論外であるからな。
いついかなる時でも、思考や判断を狂わせるアルコールなどアウトオブ眼中なのだー。
だが、この酩酊感はなんとも言えず、なかなか悪くない。
も、もう一杯ちょーだい! とか駄目かな?
ひぐっと、思わず、しゃっくりが出る。
なるほど、この身体でもしゃっくりは出るのだな。
新たなる発見だ。




