第六十七話「ハルカ=ロズウェル」③
「……ははっ! 少なくとも姉御はそんなユルッとした調子じゃなかったからな。いつもピリピリしてて、近付き難い雰囲気のことだって良くあったんだが。たまになんだが、一気に老け込んだように無気力にボンヤリとしてることもあったし、子どもみたいにはしゃいでたりすることあった……。姉御の話だと、それが精神摩耗の末期症状って奴で、感情の浮き沈みが激しくなって、直にそれが浮きもしなくて沈みもしない等直線になる……そうなるともう精神的には死んだも同然なんだって言ってたよ」
ゲーニッツ大佐が懐かしむように呟く。
精神摩耗かぁ……一応、概念自体は理解できる。
要するに、精神的な寿命で地球人類種は概ね120年くらいで、精神の寿命が尽きて、肉体的にはまだまだ大丈夫でも気力が持たなくて、大抵そのへんで延命治療を拒否したり、安楽死を選ぶんだってさ。
確かにハルカ・アマカゼもロズウェルもどっちも軽く200年以上は生きてたんだけど……。
結局、その精神摩耗で精神的な死を迎えつつあったって事には変わりなかったらしいからなぁ。
精神がフラットになって、生きてるのか死んでるのかすらも曖昧になる……そして、判断も思考もボヤケていって、やがて何もできなくなる。
まぁ、確かにその時点でボケ老人とか死人と変わりないよなぁ……。
どっちもその辺は自覚しながらも、ド根性と気合でなんとか正気を保ってたらしいんだけど……まぁ、限度ってもんがあるよなぁ。
その点、今のアタシは良くも悪くも10代の女子高生程度にまで精神年齢が下がってるんで、そんなお年寄りの考えとか、精神摩耗って概念自体が理解できないんだけど……それこそが若さって事でっ!
っと、お二人が文句言ってら……うん、ごめんごめん。
「そっか、まぁ、今のアタシ……いや、私にとっては、ロズウェルもハルカも先生やら保護者みたいなもんだからね。一応、二人を見習って、それっぽくは振る舞ってるんだけどねぇ……」
なお、二人もその気になれば、アタシの言葉で自分の言葉を伝えることくらいは出来るし、結構それでなんとかなってきた感もある……。
ぶっちゃけ、この二人……めちゃくちゃ頼もしいです。
「そうだな。俺みたいに本人と親しかったヤツだから解る……そんな程度の違和感だから、そこはあんまり気にするな。それにお前さんは指揮官の仕事って奴を解ってるし、そこはちゃんとこなしてるからな。まぁ、今は他の連中も忙しくしてるから、アンタがゆるっとしてても誰も文句は言わねぇし、その分俺がフォローしてやるから、安心してくれや」
一応、本来だったらこのゲーニッツ大佐がアスカ陛下の救援艦隊の司令官になるはずだったらしいのだけど。
本人は、そんな大役絶対無理って腰が引けてたんだとさ。
その代役として、アタシが遠征艦隊の司令官を拝命したおかげで本人はいたってお気楽な副司令と言う立場になれたし、アタシが厳密にはロズウェルとは別人と言う事情もなんとなく理解できたとかで、アタシにとっては、永友提督共々良き理解者となっている。
実際、この人には随分助けてもらっているし、こうしている今も各部署に激を飛ばして、軽口を叩き合いながらも味方を完璧に掌握している。
ロズウェルがその後を託す程度には軍人としては有能だったし、ゲーニッツ大佐の機転が、ハルカ・アマカゼの凶行を止めた上で、スターシスターズの一斉離反の引き金になったって話も聞いてる。
もう一人の理解者……永友提督は、後続の補給艦隊の指揮を担当してくれているのだけど、元々兵站職人の異名を取るくらいには、後方支援については覚えがある人なので、おかげさまで艦隊の補給計画はもちろん、物資についても唸るほど用意されていて、全く不安もない状況だった。
もっとも、物資の取扱量はエーテル空間戦闘とは比較にならない文字通り桁違いの天文学的な数値の量になってて、永友提督のサポート要員も軽く万単位くらい人数いて、これってどれだけ贅沢な戦争なんだい? とかボヤいてたんだけど……。
その立場は、なんと帝国宇宙軍元帥という事で、名だたる宇宙軍の将帥達を顎で動かせるくらいの権限が与えられている。
なんでまぁ、実を言うと永友元帥がこの遠征艦隊のトップではあるのだ。
なんでも、ゼロ陛下と永友提督の昔の約束を履行したって事で、そんなかんじになってしまっていて、どこからも異論は出なかったみたいなんだけど……。
ゼロ陛下の命令なんて、帝国では絶対なる天の声みたいなもんだから、どんな無茶な横紙破りだって、正当化される……まぁ、それが帝国だし。
ちなみに、アタシの階級は中将閣下……ロズウェルは本来准将だったんだけど、その多大なる功績に報いて死後二階級特進……中将を任じられていて、それはそのままアタシに引き継がれてしまっている。
本来は、ゼロ陛下は遠征艦隊司令なら、大将くらいでないとね! って軽いノリで大将閣下に任じられるところだったんだけど……。
そこは、さすがに固辞させてもらった……うん、いくらなんでも10代の女子高生の大将閣下なんてもう、むちゃくちゃが過ぎる。
しっかし、10万隻の宇宙艦隊を軽く動員して、それを余裕で動かせるって時点でやっぱり、帝国って色々おかしいわ。
永友提督が物資や予算の桁がおかしいとか言ってたけど、そこはよく解る。
ハルカ・アマカゼの率いていた艦艇数なんて100隻にも満たなかったのに、そんなでも補給にはすっごく苦労してたのに……。
その1000倍の艦隊をあっさり動員してみせて、その補給物資はもう一万倍どころか10万倍くらいあるらしいし、補給艦やら輸送艦も数十万隻とか良くわかんない数があるらしい……。
もう物資も人材もこれでもかって、ある上に、私のバックには銀河帝国皇帝ゼロ陛下と言う、宇宙一頼もしい相談役だっている。
ハルカアマカゼは、私にはそんなのは居なかったとかなんとか、不貞腐れてるようだけど……。
むしろ、たった一人で、銀河を守るとかその時点ですごい話だし、さすがアタシだねって言ってあげたら、ご機嫌になってた。
我ながらチョロい。
「さて、現状は予定通り……勝手に先陣争いしてたバカども……ならぬ先頭艦隊の面々ながらも、ある程度まとまった戦力が予定座標に到着してるから、今すぐ開戦ってなっても、なんとか体裁は整えられるかな」
「おいおい、アネさん……さすがに、そりゃ無茶だろ。まぁ、アイツらも行けと言われたら、大喜びで行くと思いますがね」
「無茶ごもっとも! 確かに、この程度の数の艦隊で未知の星系に突っ込むとか、死にに行くようなものだからねぇ……けど、いきなり連中が第三航路に攻め込んでくる可能性だってあるだろ、故に常在戦場の心意気でいろってことさ」
この程度の数とか言ってるけど、km級の高速戦艦だけでも100隻以上いるんだからねぇ……。
こちとら、スターシスターズ艦で100隻も出したら、アップアップだったんだし、アタシが知ってる第三次世界大戦だって、結局お互い数十隻程度の戦力だっただからねぇ。
こんな万とかアホみたいな数の宇宙戦艦とか、大昔の古典SFアニメでなら見たことあるけど、リアルでこんな大艦隊動かすとか、シャレになってないよ。
もうね、帝国軍っていちいち艦艇の数の桁がおかしいから、アタシも完全に感覚が麻痺してる。
ちなみに、ああは言ったものの、ラース文明が第三航路に逆侵攻してくる可能性は無いらしい。
ジュノアは、核存在の位相が違うから、やろうとしても出来ないとかなんとか言ってたけど……そもそも、あのコの説明っていちいち良くわかんない。
「まぁ、逸る気持ちは解るんですがね。くれぐれもアネさんもあのバカどもに同調しないように……頼んますよ」
「勇気と無謀は違うって奴だろ。どのみちもう少し後続が合流するのを待たないと何も出来ないさ。ひとまず、艦列を整えた上でしばらく待機……いや、休息命令でも出しといてよ」
休めって命令するってのもおかしな話だけど。
こんな戦いも始まってないのに、頑張りすぎてダウンとか本末転倒。
だから、疲れが見えてたり、寝ずに頑張ってるようなのが居たら、上官権限で「命令、しばらく休んでていいよ」ってやるように、下士官クラスにも伝達してある。
「さすがに解ってらっしゃる。ご賢明な判断何よりです。ただまぁ、あっしが言うのもなんですが、アイツら思いっきり後続艦隊の所属のくせに、艦列も何もかも無視して、先陣争いとか言って互いに競争してたような連中ですからな。もう、バカども呼ばわりで一向に構わんですし、綱紀粛正という事で、何らかのペナルティを与えるべきです」
「要らない要らない。勝手に盛り上がってるんだから、ここで水差しちゃいけない。どのみち、こっちはひかりの民のジュノアがアスカ星系から第三航路に、帰って来るのを待つばかりって寸法だ……。けど最悪、このメンツで突貫ってのもあり得る……ギスっても困るから、もうほっとこうか」
ジュノア達、ひかりの民については……どうも、すでにこっそりとアスカ星系内に侵入していて、最適ポイントの制定中らしい。
あんなビカビカ光ってたら、ソッコーバレるような気もするんだけど。
光を自在に操ると言う特殊能力もちなんで、透明化も出来るらしく、光学索敵ではまるで見つけられないらしく、実は浸透偵察とかめちゃくちゃ適正高い……。
「は、はぁ……姉さんがそう言うなら……。ったく、アイツらも最初に飛び込む以上は、生きて帰れる可能性の方が低いって解ってんのかねぇ……」
「そこは、始めから織り込み済みで、そうなったらそうなったで、誉とする……そう言う酔狂な連中なんだろうさ。まぁ、そこは、むしろ買ってやるべきだし、ああ言う連中は存外しぶといって相場が決まってるからな」
「……やれやれ、指揮官ってのは戦場で、部下に死ねと命じるのも仕事でもあるんだがな……。そこは、まるで抵抗なしって事ですか。確かにおっしゃるとおり、命知らずほど長生きする……それも戦場の現実ですからな。そこはさすが歴戦の指揮官って、言っておきますよ」
まぁ、ロズウェルとハルカの経歴を足せば、この銀河でもトップクラスの戦歴を誇る……まさに歴戦ってヤツだろうからなぁ。
実際、こちとら、誰にも命じられずに望んで特攻戦に参加した記憶だってあるからなぁ……。
ちなみに、戦場ってのはゲーニッツ大佐も言ってるように、命知らずの死にたがりみたいなヤツに限って、しぶとく生き残る。
逆に、故郷に家族が……とか死亡フラグを立てるようなヤツは高確率で死ぬし、死にたくないー! って喚いてる新兵なんかも割とまっさきに死ぬ。
まぁ、そんなもんだよなぁ……。
「ふふん、お褒めに預かり恐悦至極。さて、ジュノアがこっちに来さえすれば、その時点でゲートの最適座標が判別できるから、速やかにゲート開通! 後方の指示を待たずに、即座に侵攻を開始するって訳さ! ゲーニッツ大佐、各艦の準備はどうだ? ここはもう今すぐ戻って来たと想定して、全艦一斉抜錨の上で突貫! それくらいのつもりでいっちょ予行練習でもやってもらおうか!」
うん、ロズウェルモード。
いい感じに出来たぞ。




