第六十七話「ハルカ=ロズウェル」①
「アネさん! ようやっと予定宙域に到着しやしたぜ! いやはや……なかなかの長旅でしたが、なんとかここまでやってこれましたな」
そう言って、副官のゲーニッツ大佐が告げると、こちらもようやっと肩の荷が下りたような気分になって、どっかりと提督席に座り直す。
「まさか本当に半年もかかるとはねぇ。もっとも、17万光年を半年って時点で、前代未聞の速さではあるんだが……。だがまぁ、実のところ、トラブルやら事故やらで、当初の予定よりかなり遅れているのが実情だ。帝国本国からのアスカ星系の最新情報はどうなっているんだい? さっき、定期通信が届いていたみたいだよね」
まぁ、ようやっと一息つけたってところなんだが。
どうもゲーニッツ大佐の様子からすると、本当に一息つけただけなのだろうと、もう言われる前から解ってしまった。
「それが……すでに状況は始まっているとのことです。どうやらアスカ陛下がしびれを切らしたのか、先に仕掛けたようでして……」
「それは本当かい? まったく、思い切ったなぁ……。これじゃ、段取りが台無しじゃないか」
「そ、そうっすよね! いくらなんでも早すぎる……」
「まぁ、いいさ。すでに状況は開始されたってことだ。詳細は?」
「はっ! 現状、アスカ星系の各地に分散配置されていたラース文明の戦闘艦が一斉に行動を開始し、続々と惑星アスカへ集結中のようです。そして、それに呼応するように惑星地上の戦局も動いているようで、あちこちで派手にやりっているようですな……。さすがに、これは艦隊の士気に関わるため、機密情報として指定し、佐官以上のみに伝達するに留めております」
「……なるほど、そう来たか。ったく、ゼロ陛下もアスカ陛下も人が悪いねぇ……」
惑星アスカの地上では戦力的には、完全に劣勢という話で、帝国軍の分析でも先制攻撃はリスクが高すぎると言うことで、仕掛けるのは援軍の来援まで待つように進言したと言っていたし、実際……艦隊各位に回されている作戦指示書では、それが大前提となっていた。
要するに、アスカ様とその配下は惑星アスカの神樹様の周囲を要塞化することで、籠城の構えでひたすら持久戦に努めて、とにかく、こちらの来援を待つと言う方針で、主攻を担うのはあくまで帝国の宇宙艦隊で、アスカ星系へ第三航路経由で飛び込んで、数の暴力でアスカ星系攻略の戦略目標の完遂を狙う。
そう言う戦略で、最優先目標についても惑星アスカの救援となっていた。
もっとも、この様子ではアスカ様はそれを敢えて無視して、先制攻撃を行うことにより、機先を制したようだった。
まぁ、これはまともな軍人の発想からはとても出てこないだろうが、私に言わせれば、当然の対応であり、参謀本部は今頃、狼狽しまくって作戦計画の再検討で右往左往していると思うのだが。
……恐らく、これもアスカ様は最初から織り込み済みだったのだと理解する。
なにせ、これが一切の援軍のアテのない孤軍奮闘と言う状況だったら、先制攻撃に出たところでいずれ時間の問題で押しつぶされる事で、死期を早めるようなものなのだけど。
いずれ、援軍が来援するとなると、まるで話は変わってくる。
恐らく、敵もこちらの援軍が不意打ちで大挙して押し寄せてくる可能性は想定していたのだろう。
なにせ、相手は星間文明ですでにkm級の宇宙戦艦もどきを仕立て上げたうえで、星系のカイパーベルトラインまで哨戒線を押し上げて、待ち構えているのだ。
当然ながら、布陣も星系外からの対援軍シフト……要は、こちらの援軍への対応を重視した監視と星系防衛を主軸とした布陣としているのだ。
そして、恐らく伏せ札として、想像を絶する数の大艦隊がゲートの中で待ち受けている……そう言う状況なのだろう。
この場合、例え第三航路からの奇襲侵攻と言えど、援軍は敵に早い段階で察知される事で、敵戦力の主力が援軍に向かって押し寄せる事となる。
そうなると……単なる消耗戦となってしまう。
何よりもゲート経由で通常空間に飛び出すと言っても、一万隻の艦隊ともなると、ゲートを通過して展開するだけでも相当な時間がかかるはずだ。
そして、何よりも敵の生産力や予備兵力についても未知数である以上、敵の増援が無尽蔵という可能性も否定できない。
何よりも参謀部の出してきた当初案では、増援艦隊の戦略目標が多岐にわたりすぎており、このままでは苦戦は免れない……アタシもそんな風に予想して、それなりに口を挟もうとしたのだが。
ゼロ陛下から、敢えて口出し無用と言い聞かされていたので、些か過熱気味だった作戦会議では敢えて、沈黙を守ることとしたのだ。
まぁ、ゼロ陛下も確信はないようなのだけど、ラースシンドロームも沈静化したものの、その脅威が消え去ったわけでもなく、何よりも相手は精神寄生生命体なのだ。
帝国軍内部にも本人も自覚していないまま、情報漏洩源となってしまっている者がいる可能性は否定できない。
だからこそ、ゼロ陛下の敵を騙すにはまず味方から……私もその提言を受け入れることとし、進軍計画についても、遅延が発生するように裏工作を仕掛けられた形跡があったのだが、敢えて気づかないふりをする事にした。
そして、アスカ星系方面でも敵は明らかに優勢にも関わらず、全面攻勢に出ることもなく、明らかに時間稼ぎに出ていた。
つまるところ、敵もまだ万全ではないのだ。
長期戦を想定した万全たる体制を構築すべく、それまでは、あらゆる方面で遅滞工作を挑む……恐らく、それが敵の戦略であり、それに乗ってしまうと確実に我が方不利となる。
もっとも、アスカ様が敢えて、不利を承知で先制攻撃を仕掛けたとなると、状況は大きく変わってくる。
そうなった以上は、こちらもなし崩し的に当初計画を破棄して、動かざるを得ないし、敵の浸透を受けていたとしても、その情報は絶対に間に合わない。
そして、向こうには、大和やユーリィと言った強カードが揃っているし、こっちの大和達の話だと向こうの技術だけで、すでに重力機関搭載型の宇宙戦艦が完成していると言う話だったから、この時点で宇宙戦力として十分機能する。
それに……何と言ってもだ。
アスカ様が先に動いたことで、戦争の主導権が完全にこちらのものとなったのは、極めて大きい。
当然ながら、ここから先は艦隊の隊列を整える暇もなく、なし崩しの電撃侵攻となるだろうが、多少グダっても戦場のイニシアチブを取ったほうが勝つ……これは戦の定石なのだ。
なにせ、これは先の帝国との戦いで、ハルカ・アマカゼが存分に思い知らされたばかりだからなぁ……。
「……ゲーニッツ大佐、要するにこれはアスカ様からのこちらへの援護射撃なのだ。さすが、アスカ様だ。我々の予定が遅延していること、進軍に問題が起きていること、何よりも敵の浸透工作を受けている事も理解の上で、我々がやりやすいようにと、敢えて敵の主攻を引き受けてくれたのだ」
なにせ、これは敵の情報漏洩源にも把握できていないはずだからな。
こちらがなし崩しで、準備不足を承知で仕掛けるなんて、向こうの予想外のはずで、それでこそ勝機というものが見えてくる。
「やはり、そう言うことですか……。しかし、さすがロズのアネさんですな。まるで以心伝心……まるで、我がことのように、こんな未確認情報と断片的なデータだけで、アスカ陛下のお考えを即座に把握するなんて……。確かに言われてみれば、そう言う事かと納得は出来ますな」
このロズのアネさん呼ばわりもそろそろ慣れてきた。
……今の私は正確には、ハルカ=ロズウェルとでも言うべき存在なんだけどね。
要するに、私は死人なのだ。
そこだけは、ロズウェルとハルカ・アマカゼの共通点だったのだが。
色々あって、私達は一つの存在として蘇ったのだ。
なにせ、ロズウェルもハルカ・アマカゼも本を正せば同一人物だったのだ。
それが偶然の果てに、一人は帝国の重鎮として、自爆特攻の挙げ句に戦死し、帝国の軍神となった。
そして、もう一人は銀河守護艦隊等と言う酔狂な艦隊を率いて、ラースシンドロームに罹患した挙げ句に、派手に散った。
そして、アマカゼ・ハルカは帝国が実施した過去データからの再現処置により今一度、この世に引き戻されてしまったのだが。
色々あって、そんな二人の存在が融合して、一つの存在として、この世に舞い戻ることになった。
それが今の私だった。
まぁ、厳密には今の私は二人の記憶を引き継いだ……第三のネオ・天風遥と言うべき存在なのだがね。
なんだかんだで、ロズウェルの記憶を頼みにすることで帝国軍の重鎮として振る舞えているようだし、口調や判断も腹心の部下だったゲーニッツ大佐でもそのまま本人と言わしめるほどだった。
もっとも、私の主観としては、2060年代を生きるお気楽ゲーマー女子高生だったのが、いきなり未来の記憶をまとめて与えられたようなものだから、もうしっちゃかめっちゃかなんだけどなっ!
そもそも、アキちゃんからもしばらく、療養生活としてのんびり畑仕事でもしてれば良いんじゃないかって言われて、実際数日ばかり過ごしてみたんだが。
ほんの出来心で、ロズウェル中将のIDで帝国データベースに潜り込んでみたら、帝国軍はなんだかとんでもないことを仕出かそうとしていた。
なんと十六万八千光年を超えての大マゼランへの出兵。
それも皇帝アスカ陛下の救援と言うのだから、もう居ても立っても居られなくなった。
もちろん、私自身はアスカ陛下とはまるで面識もないのだけど。
私の中のロズウェルにとっては、アスカ陛下は我が子同然であり、もう問答無用で行けと言っていたし、ハルカ・アマカゼについても、これは贖罪……何としても行けと揃いも揃ってイケイケの大合唱。
そんな訳で、私の農村スローライフ生活はわずか3日で終了した。
アキちゃんに頼み込んで、ゼロ皇帝陛下に直訴の上で、自らの素性もまるっと明かして、とにかく何かやらせろと言ったら、即答で遠征艦隊の司令官を拝命してしまった。
こんな女子高生に何が出来るんだと……とか思っていたけど。
我がことながら、ロズウェルは数々の宇宙海賊相手の討伐戦の指揮をこなし、外宇宙への遠征艦隊を指揮したり、亜光速航法で光年単位の恒星間を十年くらいかけて往復するとか、そんな多大な経験を持った帝国宇宙軍でも選り抜きの将官で、ハルカ・アマカゼも数百年間に渡って、銀河守護艦隊を指揮してきた超大物。
そんな二人の記憶とアドバイスのお陰で、こんな私でも立派な宇宙艦隊の総司令官として、10万隻の大艦隊を引率すると言うお役目を全うできた。




