第六十六話「決戦前夜」⑧
まぁ、実のところラース文明自体がそこまで戦慣れした文明と言う訳でもないようなのだ……どうにも一個体の損失、つまり犠牲を極端に恐れているきらいがあるのだ。
この辺りは、同じエネルギー生命体……ジュノア達ひかりの民も同じような傾向があったし、団体でやってきても先頭の数隻が沈んだだけで、逃げ腰になったりすることからも、明らかな弱点と言えるだろう。
と言うより、我々のような機械文明との戦い自体が不慣れなのかもしれん。
だからこそ、そこに勝機があると私も判断しているのだがな。
「だが、我々が宇宙に出るとなると、地上はどうするつもりだ? もちろん、海上で封鎖線を作っている4号や涼月達は下に残すつもりであるから、珪素生物共の艦隊はなんとかなるだろうが……。蛮族の地上部隊が南方の山を超えて進軍しつつあるのであろう? オズワルド卿達は籠城で時間を稼ぐつもりのようだが……。籠城戦ともなれば、孤軍では厳しいであろう」
まぁ、そうなるだろうな。
言うまでもなく、ユリコ殿と大和殿がこちらの最高戦力なのだ。
それを宇宙に出すとなると、守りが手薄になるし、抑止力としても機能しなくなる。
だからこそ、敵も地上が手薄になったと判断して、一斉に攻勢に出てくるだろう。
だが、宇宙の戦いを制してしまえば、帝国の惑星揚陸戦艦と地上揚陸戦隊と言う心強い味方が参戦してくるのだ。
オズワルド殿達は、確かに南方からの蛮族の軍勢相手には、籠城戦で粘ると言っていたが。
幸い籠城戦の名手のドゥーク殿も居るし、住民の避難も順調なようなので、何とか粘ってくれれば、増援が到着次第あっさりひっくり返せるだろう。
となれば、方針は決まったようなものだな。
「そんなものは始めから戦わなければ良いのだよ。その為にすでに多くの住民はお母様の元に預けているし、オズワルト子爵殿達にも速やかに撤退する事を想定して、機動車両や飛行船を預けているのだからな。まぁ、本格的な攻勢が始まったら、ある程度は相手にしてやって、限界が来る前にさっさと全軍撤退……もちろん、大和殿達の海上部隊も同様だな。まぁ、本戦はあくまで神樹の森での地下籠城戦だな。そこに至るまでの戦いなんぞ前哨戦のようなものだな」
実のところ、そんな計画になっているのだよ。
なにせ、王国の接収宣言とともに最初に行ったのは「生きとし生ける全ての民よ! 我が神の国に来たれ!」と言う神樹帝国への移住プランの提示だったのだからな。
お母様の立つ神樹の森は、すでに私の知識と植物テクノロジーを応用した近代都市のような半地下構造の巨大都市が建造されており、我が配下となった人々の大半は植物テクノロジーで作った数々の自動大型車両や大型飛行船で、問答無用で移住させて、すでにそこの住民として避難済みだった。
まぁ、名目上はいずれ来る大戦に備えての一時避難ということで、住民をまとめて移動させて、神樹教会からも前々から予言という形で人々に周知もしており、実のところ炎神教徒が広めていた「炎の日」と言う厄災の予言も以前から実しやかにささやかれていた事で、「炎の日」の備えとしてという事で、高い信憑性とともに人々に周知させることが出来たのだ。
まぁ、これは全住民の移住という難題に挑むことになった神樹教会や各地の統治者達もいざ避難させろと言われても、簡単には住民は動いてくれないと言う訴えに対して、私が入れ知恵した事なのだがな。
炎神教徒と炎の神は本気で地上を焼き払うつもりでいて、神樹様はそんな厄災の日でも人々を守りきれるから、一時の避難生活を許容するように……そんな説明をするように助言したのだ。
あくまで一時的という事であり、その上でそんな滅びの日の厄災から救われる理想郷への移住ということで、実質3日くらいででっち上げた近代風地下都市ながらも、片っ端から人々を移住させることで、まとまった人口を擁する巨大都市を建設できたのだ。
本来は、あくまで一時避難で、事が済んだら元の土地に帰っても良いと条件を付けたのだが、原始惑星の農村レベルから、帝国の近代都市並の居住環境への移住ともなれば、さすがに話は別のようだった。
それも当然の話でインフラなどは、すでに帝国の近代都市と比べても遜色がないものとなっており、当たり前のように夜間照明や、上下水道と言った近代都市インフラも完備されていて、温度調整も完璧!
その上食料も豊富に備蓄されていて、低コストで流通させているし、お母様の斥力シールドや幾重ものの植物の防壁によって守られた要塞都市化している。
まぁ、この世界の人々から見れば、もはや未来都市のようなもので誰もが驚嘆しながらも、最初は住み慣れた土地を離れることについて、異議やら文句をぶつくさ言っていた者もいたのだが。
さすがに、あまりの快適さと住心地の良さににあっさりと手のひらを返してしまい、今ではずっとここに住みたいと言うものが殆どとなっている。
如何せん、ライオソーネ諸王国全土から、こちらが把握できた全住民をかき集めても200万人にも届かなかったのだからなぁ。
そんなのは、銀河帝国の規模から見れば、資源惑星の随伴コロニーだの、首都星系の首都どころか、その近隣の衛星都市やら、観光都市の人口程度なのだからな。
その程度の人数を養うなど、お母様のテクノロジーを持ってすればワケなかった。
そして、王国の神樹信奉派の第一王子殿や、オズワルド殿に代表される神樹教徒の貴族や、エルレイン殿のような商人たちもプランの段階で割とまっさきに賛同していただき、現地では議会制の統治機構がすでに動き始めており、今後も惑星アスカの人類の恒久拠点として機能するのは間違いなかった。
唯一不満を言えば都市の名が「偉大なるアスカ市」と命名されてしまった事なのだが……。
そこはもう一向に構わん……惑星どころか、星系自体がもう我が名を冠しているのだから、今更だった。
「ふむ、そう言えば、このルペハマ市も戦いが始まり次第さっさと捨てるという事だったな。まぁ、人さえ無事なら拠点などどうとでもなる……か。さすがに発想が潔すぎて、そんなの敵も追いつけんだろうな」
「どのみち、住民は一箇所にまとまってくれた方が、生活させるのもだが、守るのも楽であるからな。最悪、アスカ市以外の全てが焦土化する可能性もあるのだ。それくらいやらねばならんのだよ」
「果たして、そこまでやるのだろうか……そう思わなくもないのだが。植物も水も要らないような相手ともなると、むしろ惑星全土を一度更地にした方がマシ。それくらい考える……何より、ラース文明は人間なんぞ、石ころ程度の認識であろうからな……」
「そうだな……。我々が路傍の石を蹴飛ばして、なんとも思わんように、向こうも人間を殺すことは、その程度の感覚なのだろうな。実際、信者共の末路を見てみろ……まさに、誰も彼もが使い捨てであったからな」
最初の戦いで私が看取ったユーバッハや、廃人になってしまったボドロイも扱いとしてはそんなものだった。
教団の幹部のはずのベルダですら、ほとんど使い捨て爆弾のような扱いだったし、肝心の教団も思いっきり我々との戦いに巻き込んで、半ば自らの手で壊滅させている。
それを考えると、炎神教徒になるメリットってなくね? くらいのことは思うのだが……。
狂信者の考えなど、理解できなくても一向に構わんし、理解するつもりもなかった。
「して、実際アスカ市の守りの方はどうなのだ? 核融合弾どころか、遊星爆弾の直撃にも耐えると言う話だが……。放射能汚染も心配だが、あそこまで広大では守りきれないところも出るのではないか?」
遊星爆弾? ああ、小惑星爆弾の事か。
ヴィルゼットの話だと、生命の樹はそれくらいの事はやってのけたらしいので、お母様も本気を出せば、小惑星の一つくらいなら撃墜してくれるだろうし、宇宙にいるうちに反物質爆弾でも叩き込めば、それくらい軽く吹き飛ぶだろうからなぁ……。
「お母様は、ガンマ線の余波すらも瞬時に無害化するのだぞ? いざとなれば、住民を全員植物に取り込んで、その生命維持に務めるそうだ。なんでも、命を守るのはオール・オア・ナッシングなんだとか。どのみち、我々が心配せずともお母様がなんとでもしてくれると思って良さそうだ」
あくまで最終手段と言うことだったが。
お母様は人間を植物と融合させたうえで休眠状態にすることも出来るらしい。
さすが、元宇宙播種船だけにそう言うトンデモな真似もシレッとこなせるようだった。
何と言うか……宇宙というのは広いのだなぁ。
けれど、私の言葉に大和殿はなんとも言えない不安そうな面持ちで見つめ返していた。
「アスカ陛下……すまんが、これだけは言わせて欲しい。話を聞けば聞くほど、増援艦隊が来援した時点で、なんとでもなりそうに思えてくるのだが、その割にはお主自身に余裕というものが全く感じられないのだ。ユリコ殿もこちらに来ているのに、敢えて表に出さないようにしているし……貴様が石橋を叩いて渡る性格なのは解っているが。いささか、慎重に過ぎる……我も含めて、心強い味方も揃っているのだから、もうちと気楽にやらんか?」
「それが出来ればいいのだがな。なにせ、この戦……たったの一戦で勝負を決めねばならんのだからな。正直なところ、我が帝国軍の宇宙戦力を総動員しても奴ら相手の長期戦になったら、おそらく負ける。多分、そこはゼロ陛下も解っていると思う」
私の言葉にさしもの大和殿も絶句する。
「そ、それほどなのか? いや、確かに……奴ら、撃退される度に戦訓を取り入れて、強化されていったからな。奴らの宇宙戦力も最初は200m級程度で至って楽だったのだがなぁ……。それが今では、ご立派なkm級の超弩級戦艦クラスの大物揃いになってしまっておる……まったく、難儀な奴らだ」
まぁ、そう言う状況なのだ。
実際、レッドシップも最初は200m程度の駆逐艦クラスの微妙な宇宙兵器だったのだが。
ユリコ殿やお母様の迎撃で、惑星上空に到達する前にあっさり撃退されるのが解ると、400m級、600m級とどんどん大型化し、段階的にしぶとくなっていって、今やkm級の帝国軍の正規宇宙戦艦と同等の大きさにまで進化してしまった。
もっとも、今では殺れば殺るほど相手が進化して、いずれ手に負えなくなると悟ったので、レッドシップに対しても、被害を押さえるためにその攻撃をほどほどに迎撃するという方針で対応しているのだ。
幸いこの方針に切り替えてからは、敵の進化速度も緩やかになり、新兵器が投入されることもなくなり、ユリコ殿と言う我が方随一の宇宙戦力を敢えて表に出さなくした事で、敵もこちらに対する脅威度をさげたようで、散発的な攻撃とあまりやる気のない迎撃と言うある意味牧歌的な交戦がなされるだけとなっていたのだ。
なお、ユリコ殿も随分前からこっちに来てくれていたのだけど。
敵にも最大の脅威が消えたと認識させるように、一度わざと敵にやられてもらう演技をしてもらっており、その上で白鳳Ⅱも海上に墜落して偽装自爆までしてもらった。
まぁ、最初はユリコ殿もブーたれていたのだけど、そこは根気よく説得させていただいた……死んだと思っていた味方が最終決戦で復活とかムネアツすぎるとか何とか言って。
そして、味方にもこれは内密としており、建前上は重傷を負って本国にて治療中という事にしている。
要は、こちらもあの手この手でこちらの状況を偽装しており、実際、都市や農村についてもすでに住民達はもぬけの殻になっているのだが。
各地の都市には、人間の形をしたウッドゴーレムを大量に置いて、わさわさと動かすことで上空からは人が大勢残っているように見せかけている。
そして、街道にも不自然ではない程度に、ウッドゴーレムやら馬車を行き来させたり、農村の牧場にも家畜のように見えるわさわさと動く叢を仕掛けるほど念の入り用だった。
要は、敵にもこちらに色々弱点があって、弱みがあると認識させているのだ。
実際、向こうは都市部に対して、核融合弾や隕石による散発的な攻撃を仕掛けており、こちらもそれらをかろうじて迎撃していることで、敵は恐らく飽和攻撃ならなんとでもなるとでも思っているようだった。
なにせ、敵があの方法に気付いてしまえば、こちらは一気に不利になるのだからな。
選択肢を多く持たせておけば、思い切りも悪くなる……要は遠大なる戦略のひとつなのだ。
「よし、では……大和殿、主要メンバーを直ちに招集! これより、惑星アスカでの最後の戦いを始めるとな!」
「あいや、解ったであるぞ! こちらも直ちに準備を開始しよう!」
……かくして、決断はなった。
あとはその時を待つばかり……それは刻一刻と迫りつつあった。




