第六十六話「決戦前夜」⑦
「……うぉ、これか。とんでもないものを帝国も開発していたのだな。一体何を想定して、こんな惑星一つを吹き飛ばすような兵器を用意していたのだかな。一応、本国の本体にゼロ陛下にアスカ様の戦略プランと、その惑星点火爆弾の手配を進言させておいたが……。何と言うか、宇宙というものはつくづくスケールが違うのだな。想像していたのと実際とではまるでわけが違うな」
うむ、大和殿も良いな。
議論を挟まず、即時でゼロ陛下に進言ときたか。
惑星点火爆弾については、実のところ作るのはものすごく簡単ではあるのだ。
現地急造でも、宇宙戦艦の一隻まるごと改装でもすれば、割と簡単に作れるはずだった。
なんせ、宇宙戦艦などで使われている重力機関を複数束ねて、重力爆弾を満載にする……その程度には単純な仕組みで、かつ強力な破壊兵器なのだ。
「まぁ、ゼロ皇帝なら、即時で了承……だろうが、なんと言ってる?」
「「了解した! まーかせて!」……本当にそれだけのようであるな。それともう一つ伝言……「そっちに苦労をかけることになるけど、なんとか頑張って!」とのことだ。なんだこれは……お主らは十六万八千光年も離れておるのに、まるで以心伝心のようであるな」
さすがゼロ皇帝であるな。
恐らく、私と同じ懸念に達していたのだろうな。
だが、この場合……どうやっても我々は綱渡りを強いられることになる。
救援に行くと言っておきながら、むしろ思いっきり苦労を強いる。
流石にそれは本末転倒であり、向こうも論外と考えたのだろう。
実際……私もドゥーク殿相手に似たような事があったのだが。
如何に立場が上で、戦略的にはそうするのが妥当と解っていても、あえて味方を見捨てるとなると、本来そこまで割り切れるものではないのだ。
だからこそ、帝国の参謀本部もこちらの救援と同時進行で敵戦力の殲滅と言う複数の戦略目標を提示し、ゼロ皇帝もその路線で行くと決意していたのだろう。
だが、当事者の私がユーリィドクトリンに基づいて、こちらに構わずBigファイア殲滅に総力を挙げろと言うのであれば、向こうも否応ないはずだった。
さて、恐らくなし崩し的に始まるであろう総力戦で、こちらに勝ち目があるのかと問われれば、そう言うことなら十分あると答える。
なにぶん、我々にはまだまだ余裕がある。
この孤立無援の状況で、宇宙の敵の全戦力を一点に投入されるとなると、どうにもならないのだが、敵はむしろこちらは眼中にないと言った様子なのだ。
惑星規模で籠城している相手に、宇宙に最適化されたエネルギー生命体が攻めあぐねていると言った状況ではあるのだが、まるで相手にもされていないというのは、正直癪に触る状況ではあったのだが。
それは明らかに敵失であり、そこは存分に利用するとしよう。
「まぁ、結局のところ……。優先順位の問題だったのだ。その優先順位に注文を入れさせていただいた。そう言う事だな。だが、必然的にこっちは大変なことになるだろうな……。そこは先に謝っておく。間違いなくここは激戦区になる。むしろ、最後まで生き残る事……それこそが、こちらの戦略目標となるであろうな」
そう、最後まで生き残ること。
そんなものが勝利条件の時点で、もう酷い戦いになることがわかりきっているようなものなのだが……。
なにせ、敵の宇宙戦力……ほんの一割程度の1000隻くらいが一斉に惑星上空に押し寄せてくるだけで、割とこちらはどうにもならなくなるであろうからな。
なにせ、敵も阿呆ではない。
宇宙のラース文明が本気になったと解ったら、間違いなく敵対勢力もチャンスとばかりに一斉に攻め込んでくる……そこは間違いなかった。
まったく、空海陸とおまけに宇宙。
およそ考えうる限り、最悪の戦場というやつよの。
「ハッ! 地獄の戦場へようこそと言ったところであるな。そうなると、奴らがこちらを目もくれないでいる今の宇宙の状況は、あまり良い状況ではないな。となると、決戦の号砲として、我の宇宙戦艦としてのお披露目と行くのも悪くない……どうだ? 我を決戦の一番槍として使ってくれんかな?」
宇宙戦艦大和……。
大和殿が誇るルペハマ沖に鎮座する旧時代の大砲付きの緑色の巨大戦艦で、色が暗緑色ということを除けば、大和殿本来の本体である戦艦大和そのままの見た目になっている。
もっとも、実はすでに重力機関を搭載したことで、その気になれば宇宙まで飛べる状態まで仕上がっているのだ。
とは言え、そんな巨大戦艦を派手に空に浮かべたら、敵にもバレて脅威認定されてしまうので夜中に海上でこそーっと重力機関を用いた上で空中浮遊実験を行った程度なのだが、実のところほんの僅かでも宙に浮かべることが出来たという事実が重要なのだ。
なにせ、数万トンにも及ぶ大質量体が惑星重力を振り切って、数m程度ながら空中に浮かんだ時点で実験としては十分といえる。
なにせ、あとはそれを惑星重力圏脱出まで続ければいいだけのことなのだ。
問題となるのは、重力機関に重力を振り切るだけの出力を惑星重力圏脱出まで維持するだけのその途方もないエネルギー源なのだが……。
実際、以前惑星エスクロンで戦艦マラートのレプリカを宇宙に打ち上げようとして失敗した際のデータによると、自前の核融合炉だけでなく、近隣にあった核融合発電所の余剰電力を総動員して、100mほど浮かべたところで、レーザー給電の限界から電力供給が不安定になって、ものの見事に墜落し、やっぱり無理と潔く諦めたと言う話だった。
その後の追従実験で、戦艦クラスの数万トンの物体を重力機関だけで打ちあげるとなると核融合発電所を丸ほど10箇所ほど徴用した上で、有線超伝導ケーブルで直結して、それでようやっとと言うことで、そもそも、やってる事自体が無理筋だったらしい。
まぁ、これは惑星エスクロンが高重力惑星だったのと、当時の重力機関自体がそんなムチャな使用を想定しておらず、危うくマイクロブラックホール生成という重大事故が発生する所で、緊急停止させたのが失敗の原因だったらしい。
如何せん、重力機関といえど惑星重力圏内ではそんな大出力での利用を想定しておらず、相応のリスクを抱えたうえでとかそんな調子なのだ。
だが、それも対消滅機関ならば、余裕で対応できるし、お母様と言う外部からの重力制御支援も入るのだからな。
自然重力環境下におけるマイクロブラックホール発生の問題についても、ヴィルデフラウ式はピンポイントに重力焦点を発生させる地球人類式と違い微細重力点を大量に束ねるという方式なので、そのリスクも極めて低いことが解っている。
実際、浮揚実験では大和殿も調子に乗って、そのまま宇宙へ行こうとしていたくらいだったので、もう全然余裕だったらしい。
要するに、すでに宇宙戦艦大和はいつでも宇宙へ飛び立てる。
もちろん、宇宙艦に乗員を乗せるとなると、本来は居住性だの気密性だの様々な問題が発生するのだが、宇宙戦艦大和は大和殿一人で運用できる……ぶっちゃけ無人戦闘艦同然なので、そこら辺は一切考慮せずともよいのだ。
なにせ、古代地球の歴史を振り返っても、人間を宇宙に送り出すまでに一番苦労したのは、宇宙で人間を如何に生かすかだったようなのでな。
実際、無人宇宙船と有人船では建造コストが一桁違うのが常識なのだが、なにせ無人艦なら最悪、メインエンジンとフレームとスラスター、そしてそれらのコントロールユニットだけでも成立してしまう。
反面、有人船ともなると、人員の居住スペースだの食料や水、酸素に気密構造化に、二重三重の生命維持安全装置にエアロック機構だの、あっという間にコストが雪だるま式に増えていく……。
まぁ、大昔に比べるとユニット化が進んで、フレーム船と呼ばれる骨組みだけの船にあれやこれや増設パーツを組み合わせることで、汎用性を高めることでコストダウン化なども進んではいるのだが。
宇宙で人を生かすということに相応のコストが掛かるのは、今も昔も変わっていない。
もっとも、大和殿もヴィルデフラウ素体である以上は、真空素通しの骨組み宇宙艦であろうが、体表面の乾燥防止に身体を雑に気密ラップでくるんだ程度……つまり、梱包レベルの生命維持システムで事足りてしまうようなのだ。
大和殿に言わせると、宇宙空間なんてどってこと無く、エーテル空間のほうが余程ヤバいそうなので、そこら辺は私も全く心配していない。
「確かにそれも悪くないな。では、まずはこちらが先に動いて、先制攻撃を実施するとしよう。戦の秘訣とは、相手を先にぶん殴ったほうが勝ちとソルヴァ殿も言っていたからな」
うん、反撃なんてしてこないだろうと思ってるところでの先制パンチ。
以前も無警告の先制攻撃で派手にやられている以上、敵は間違いなく過剰反応するだろう。
「ほぅほぅ! となるといよいよ我が大和が本格的な宇宙戦艦として、宇宙へと飛び立ち奴らを先にぶん殴って来いと! 良いぞ良いぞ! 実に我好みであるぞ!」
「ああ、せっかくなのでここはユリコ殿も付けるので、例によって奴らの繁殖拠点とBigファイアに反物質爆弾でも投げ込んであちこち駆けずり回ってやればいい。当然ながら、奴らも報復として貴殿らを追い回して、惑星アスカにも艦隊が殺到する事で、戦局も動くだろうが……。そのタイミングで増援艦隊が来てくれれば、奴らに二正面作戦を強いらせることが出来るし、増援艦隊も動きやすくなるだろう。まぁ、これが私の此度の戦の戦略構想といったところだな」
明確な戦略目標を制定したうえで、それを最優先とする。
そこがブレているようでは、勝利など覚束ないのだが……。
古今東西、ここがブレているばかりに一敗地に塗れたような事例などいくらでもあるのだ。
「なるほどな! そうなると増援艦隊を動かすタイミングが重要だな。具体的には、ジュノアをどのタイミングでこっちに招くか……だな。そこはどうするつもりだ?」
ジュノア達ひかりの民の者たちは、現時点では増援艦隊の水先案内人として同行しているはずだった。
現時点で、すでにマゼランと銀河系の間にある遊星星系をいくつも接収し、ひかりの民達も初見の星系へのワープアウトのノウハウも蓄積しつつあるようだった。
必然的に、第三航路と通常宇宙の相対座標情報も十分に入手出来ているし、ジュノア達も通常宇宙空間との行き来のノウハウを順調に取得していっているようで、アスカ星系への来援の際もかなり高い精度でのワープアウトを実現できそうと言う話だった。
「そうだな……。敵がこちらに釣られて動き出してからとなると、ジュノアに動いてもらうのは、その48時間後くらいだろうな。それ以上時間をかけると、敵の増援が惑星アスカに殺到してしまって、手に負えん状況になってしまうだろうが、48時間程度であれば、向こうもまだ集結行動を開始し、戦略移動の真っ最中であろうからな。もっとも、敵がこちらの来援艦隊を認識して、どう動くかまでは解らんのだがな」
なお、この48時間と言う時間は、過去のVR演習の事例から、そのタイミングが最適だと考えるからだ。
宇宙の戦争というものは、とにかくスローペースであり、敵の動きに速やかに対応と言っても、その広さ故にそんな素早く対応など出来るわけがない。
なお、これより早く……例えば、12時間とか24時間程度だと、まだまだ初動も初動の段階なので敵の布陣も殆ど動かず、結果的に増援艦隊が何も考えずに来援するのとあまり変わらなくなってしまうだろう。
それに、何よりもジュノア来援から、ゲート設営……そして、増援艦隊の展開までとなると、恐らく丸一日……24時間はかかる。
こちらが先に動くことで、すでに敵の戦力の集中が始まっている状況なら、敵の陣形も乱れまくっているはずなので、そこから組織的な迎撃戦闘に持ち込むまでは、相応の時間がかかるはずだった。
そして、こちらに向かってくる敵艦隊が、全部まとめて取って返して、増援艦隊に殺到する。
こうなってくれれば、こちらは楽が出来るし、敵も陣形も何もと言う状況でむしろ、各個撃破の格好の標的になるだろう……。
それに、そうなれば宇宙からの敵と言う最もめんどくさい敵の対応をすること無しに、ゆっくり地上戦を制するだけの話だ。
逆に増援艦隊の来援を見ても全く意に介さずだと、こちらは厳しいことになるだろう。
もっとも、それだと、増援艦隊がフリーハンドになるだけなので、こっちはこっちでとにかく粘って粘って、籠城戦に徹するだけで、勝機が見えてくる。
うむ、どう転んでも損はしないな。
「なるほど、敢えて時間差を設けることで敵の対応タイムラグを突く……そう言うことか。さすが、アスカ陛下であるな!」
「ああ、これはもう即時でゼロ陛下と情報共有してもらって構わんぞ。向こうも細々とした説明なんぞ無用であろうからな」
「そこは、心得ておるぞ! 実を言うと、さっきから、リアルタイムで情報を送信しているのだ。うん、向こうは「君に参謀本部は要らないな」とのことだ。なんせ、あっという間に増援艦隊も視野に入れたうえでの現状の最適解を提示してしまったのだからな。しかし、開戦後48時間後とはまた絶妙な時間設定だな。それはつまり、その間、こちらが敢えて敵の主攻に立って、存分に敵を引き付けておく……という事か」
「そう言う事だな。できる限り、増援艦隊の来援は敵にとっては、横合いからの不意打ちにしたいのだ。だからこそ、敵の耳目をこの惑星アスカに集中させる。何よりも……恐らくチャンスは一度きり。だからこそ、敵には我々との戦いに本気になっていただかないといかんのだよ」
まぁ、現時点で敵に総力戦で挑まれたら、100%こちらは負ける。
それは、言うまでもなく解っているのだ。
そして、だからこそ敵もこれまで本気を出していないのだ。
いつでも勝てる相手に、本気で挑む必要などあるまい?
出来るだけ、損害を少なくより楽に勝てるようにする。
それ故に敵は損害を極端に恐れ、迂遠な戦略に終止しているのだ。




