第六十六話「決戦前夜」⑥
だが、これは正直、欲張り過ぎと思う。
けれど、どれも外せないのも解る。
そして、この6つもの戦略目標を我が銀河帝国艦隊は同時になし得ようとしている。
さすがに、これは無茶だと私でも理解できるな。
「ふむ、それはあまり賢明な作戦ではないな。いかんせん、戦略目標が多すぎる。これでは全てが中途半端になってしまって、恐らく我軍は必敗するであろうな」
まぁ、ソツがないのは解るのだが。
これは些か楽観想定にすぎると私は考えているのだ。
「ひ、必敗とな? 増援艦隊と言っても、半端な戦力ではないのだぞ! 総勢10万隻規模のアホみたいな数の艦隊なのだ……それで負けるなどとは想像もできんのだが」
なお、作戦投入予定の艦隊戦力は第一陣だけで総勢10個艦隊10万隻に及ぶらしい。
更に、これに小型の突撃艦やら索敵艦に護衛艦、補給艦と工作艦に汎用カーゴシップ等などの補助艦艇が200万隻位は付いてくる計算になるな……。
まぁ、帝国の首都星系配備艦隊ともなるとそんなものだから、それに準じる規模となっているのはもう確実だろう。
その陣容は、我がアルヴェール防衛宇宙艦隊を基幹艦隊とし、帝国の宇宙艦隊の精鋭をかき集めた間違いなく銀河最強の大艦隊となっているだろう。
それに、この私の救援と新領土の獲得の為の遠征ともなれば、送り込むであろう戦力も間違いなく天井知らずとなる。
出撃に際しての予算額も天文学的な額になりそうだが……そんなものをゼロ陛下が気にするとは思えんからな。
まぁ、モドロフ宰相あたりが天文学的な数値の予算請求を見て、卒倒するかもしれんが……。
現人神のゼロ皇帝から「予算よろしく~!」などと丸投げされてしまっては、やるやらないの問題ではないからな……。
この調子では、タダでさえ天文学的な額となっている我が帝国の借金総額がかるーく一桁くらい増えるかもしれんが、国の借金なんぞ所詮、データ上のものでしか無いのだからな。
国の借金が増えたところで、そのぶんは民衆に回るだけの話なのだから、要するに誰も損はしない。
もしも、帝国への債務者が一斉に借金を全額返済しろとかやられたら、困ったことにはなるのだが。
現実的には、そんな事は起こり得ないし、そうなったら、そうなったで、通貨を水増しして、景気よく新規発行すれば、借金なんぞいつでも全額返済出来てしまうのだ。
それが国家と言うものなので、有事に際して、予算がどうのと気にする方が間違っているのだよ。
何にせよ……だ。
間違いなく、帝国宇宙軍……いや、銀河帝国はその総力を挙げてこの戦いに挑むつもりだろう。
実際、後詰めとして、同規模の大艦隊が三個艦隊くらい編成中で、編成完了次第、次々と各地に第三航路ゲートを建造し、続々と送り込む手筈だと言うことだった。
まぁ、七帝国の主星系防衛艦隊はどこも10万隻規模だったし、すでに戦時体制に突入しているとのことなので、あちこちで艦艇の緊急増産もしているだろうから、それでもまだ全帝国艦隊の半分にも満たない戦力だろう。
まさに空前絶後の戦力と言えるのだが……。
「そうだな……。これが、普通に同格か、それ以下の星間文明への星系拠点侵攻ならば、初手でゲートを設置して、周辺の制宙権を確保すれば、あとは数を頼みに平押しすれば、なんとでもなるだろうな。だが、現状この星系はかなり複雑な状況下であるのだ……正直な所、ラース文明の特異性と我々の存在が勝利条件を複雑化しているのは否めない。故に、我々の動向次第では必敗を生む……そんな状況なのだよ」
今の惑星アスカ周辺の状況は小康状態ではあるのだが。
銀河帝国艦隊の来援と同時に一気に状況が動く。
これはもう確定事項と言えた。
そして、敵の勝利条件としては、シンプルに敵対戦力の殲滅。
となると、向こうの目線で考えることで、向こうの打つ手もよく解ってくる。
「……う、うむ? ひ、必敗だと? だが、解らんなぁ。帝国軍の戦略シュミレーションでもこちらが一週間ほど程度持ちこたえさえすれば、何とかなる……そんな結果が出ており、我もそのの根拠となるVR演習には立ち会ったから、妥当な結果だと思っているのだが……。逆に問うが、何を懸念する? アスカ陛下は稀代の戦略家と言うことは我も良く解っているのだが……」
稀代の戦略家などと煽てられているようだが……。
こんなもの……敵の視点で見れば、一目瞭然なのだ。
「そうだな……まず、Bigファイアから敵の増援が湧いてきたらどうするのだ? 今は増援の湧き出しも長らく止まっているのだが、ではなぜ止めているのだ? その理由を考えるべきであろう」
「た、確かに……一時期は次から次へとあのレッドシップが湧いてきて、際限ないのではないかとすら思ったのだが……。だが、それは向こうも艦隊単位で動いていて、その艦隊の展開を終えた……そう言うことではないのか?」
「そう見せかけているのだとすれば? ひとまず、星系内の監視と索敵に足るだけの頭数を展開させて、膨大な予備兵力を待機させている可能性は?」
要は、配置済みのレッドシップは単なる即応戦力。
そして、レッドシップは燃費が悪い……そう考えると、際限なく配置することが難しい……だからこそ、敢えて一万隻にも満たない最低限度の戦力展開としている。
そう考えると、この布陣の意味も見えてくるのだ。
「た、確かに……Bigファイアの向こう側の事は我らには知りようがない。つまり、これが超空間ゲートを用いた星間文明同士の戦いでは定石と言うことなのか?」
「さぁな……。如何せん、こちらは超空間ゲートを用いた星系単位での侵攻戦については、まともな実戦経験のないビギナー勢に過ぎんからな。いずれにせよ、奴らの艦隊が打ち止めになっている理由が解らん以上は、その気になれば、こちら同様いくらでも増援を出せる……そう考えるべきだろう。いざとなれば、次々と十万隻規模の増援が湧いてくるのかもしれん。そうなったら、さすがに不毛な消耗戦は避けられん……こちらも大概な戦力だが……。もし、そうなれば向こうの土俵で勝負するようなもの。となってくると、正直なところ勝機が全く見えんのだ」
「……そ、そうか! 敵もこちらと同様に超空間航行技術を持つ。となれば、同じ土俵で争うとなると厳しいことになる……そ、そう言うことなのだな。確かに、その可能性については帝国の参謀部も言及していなかったな。あくまで敵が現状の戦力のままで対応すると言う想定で、それを上回る戦力を用意している以上、負けるはずがないと……。要はアスカ陛下と真逆でこの戦いを楽観的に考えているという事か」
まぁ、現地の敵の戦力を上回る戦力を用意して、正面からぶつける……これはもう戦略の基本と言えるのだが。
敵の戦力が時間と共に増大し、その最大限度が全く見えない……そんな前提では、まともな作戦なんぞ立てようがない。
結局は出来る限り、最大級の戦力を用意して、真正面からぶつかると言う話になってくるのだが……。
それで実際に、どうなるかは誰にも解らない。
前例のない戦というのは、得てしてそんなものではあるのだ。
どれだけ様々な状況を想定し、念入りに準備を整えていても、ちょっとした歯車の狂い……前提条件が覆される事で、誰もが五里霧中……戦場の霧の中で戦う羽目になる。
特に、今回のような戦略目標が多岐にわたるような状況だと、戦場の霧はなおさら濃くなる。
ただでさえ未知の敵との戦いなのだから、せめて戦略目標はシンプルに、とするべきなのだ。
「そう、私もそこが問題だと考えているのだ。それに、何よりも……ラース文明の進化速度とそのテクノロジーは決して侮れん。そこは実際に奴らと戦った大和殿なら良く解っているであろう?」
まぁ、実際に奴らと砲火を交えて戦ったのはお母様なのだが、大和殿もお母様と情報同期した上で、砲手やら観測手として、その対宇宙砲撃支援には参加している。
むしろ、大和殿の持つエーテル空間での豊富な実戦に裏付けされた砲撃パラメーターの補正ノウハウは、結構効いたようで、大和殿が観測手としてお母様の支援を行うようになってから、対宇宙γ線レーザー砲撃の精度も格段に向上し、有効射程距離も格段に広くなっているのだ。
「確かにそうだな。最初、奴らも宇宙でもイフリートとか言う大型人型機動兵器で頑張っていたのに、ある時期から根本的に発想を変えて、今ではkm級の岩塊……ほとんど宇宙戦艦同様の超大型機動兵器でこちらに対抗するようになったのだからな……。確かにその上で本格的な宇宙戦艦と戦ったら、それらが更に進化する可能性があるのか……。なるほど、このところアスカ陛下が奴らに対して、やけに消極的な対応をしていると思っていたが、それが理由だったのだな」
「そうだ。此度の戦……可能な限り、シンプルな戦略目標の上で短期決戦とすべきなのだ。となると……だ。やはり、Bigファイアの殲滅を最優先戦略目標とすべきだ。理由はもはや、説明するまでもあるまい?」
「……さすがの慧眼であるな。確かにBigファイアは奴らの本丸と言える。逆を言えば、それ以外は目もくれずに、真っ先にアレを破壊すれば勝ち確……確かにそうであるな。だが、帝国の連中はお主の救援が最優先と言っているのだが、それで、優先順位を変えろと言って納得するだろうかな?」
「なぁに、最強の敵は真っ先に潰す……これも我が帝国軍のドクトリンなのだ。此度の戦ユーリィドクトリンに基づいて挑め。ゆめゆめ優先度を取り違えるでないとな……そして、我らのことは捨て置けともな。すまんが、本国の大和殿の本体にもその旨、連絡をお願いする。まぁ、ゼロ陛下であれば、これで通じるだろう」
「ああ、あのユーリィ殿の一番強い敵は真っ先に殺れと言うアレか。要は我々のことなど二の次で、まずは帝国の増援艦隊はBigファイアを潰すことに全力を傾けることで、とにかく宇宙での戦いに勝利しろ……そう言う理解で良いのか? しかしまぁ……本来ならば、自分の身の安全を最優先とするべきなのだが、それもお構いなしと言うことか。貴様も大概であるなぁ」
「ああ、状況をシンプルにするためにはそれが最善手だ。まぁ、この場合は我々が独力で頑張って、真っ先に手を出した上で袋叩きに遭いながら、簡単には全滅しないと言うのが前提となるわけだがな……。まったく、好んで苦労を背負い込むようであまり気が進まんのだが、致し方あるまい」
ゼロ皇帝からもすでに、アスカ星系の救援プランはいただいているのだが。
向こうの視点ではあくまで、我々の救援が最優先としており、そこが大きな問題となる……私はそう考えたのだ。
帝国艦隊には、こちらの救援なんぞ二の次で、ラース文明の戦力の殲滅……Bigファイアの殲滅を最優先目標としていただく。
要はユーリィドクトリンそのままで行けと。
まったく、ユーリィ卿様々であるな……普通なら、如何に皇帝命令と言えど、現場が簡単には納得しないだろうが。
帝国軍はユーリィドクトリンとその有用性に関しては、上から下までもはや信奉者のようなものなのだ。
なにせ、Bigファイアを潰せば、敵の超空間ゲートもなくなり、敵戦力もその時点で打ち止めとなるのだ。
そうなれば、もうこっちのもの……ゆっくりと時間をかけて、敵対勢力全てを完膚なきまで殲滅するだけの話なのだ。
もちろん、連中も後日アスカ星系を奪回すべく、リターンマッチを挑んでくるだろうが……。
気の長いことには定評のある星間文明である以上、それは随分の先のこととなるであろうし、その頃にはアスカ星系はもちろん、周辺星系も平定の上で銀河帝国大マゼラン領域は万全の防衛体制を構築出来ているであろうから、なんら憂いもない。
「う、うむ……。確かに増援艦隊の総力を投入すれば、初手でBigファイアを殲滅することは不可能ではないだろうが……。あれは反物質爆弾でも仕留めきれずに復活したような怪物なのだぞ? まったく、最初に潰せていればよかったのだがな……まさか、ガスジャイアントの形が変わるくらいの状態から復活するとはな……。確かに波動粒子砲を直に叩き込めば潰せるだろうが、実を言うと、あれは安全に使用するとなると、有効射程が極めて短くなるという問題があるのだ」
……ふむ? なんだか良く解らんが。
波動粒子砲は、安全性に問題があるようだな。
恐らくなのだが、ある程度距離が離れてしまうと、どこへ飛んでいくか解らないとか、際限なく被害が広がっていく……そんなろくでもない欠陥があるのかもしれない。
「なるほどな。逆を言えば、反物質爆弾を投げ込めば、少なくともしばらく使い物にならなくなるのも事実なのからな。波動粒子砲が大した兵器なのは解ったが、切り札は最後に取っておくのもまた戦の定石と言えよう」
「そうだな……貴様の言うとおりだ。波動粒子砲は、最後の切り札……もはや後が無い……そんな絶望的状況下における必殺の大逆転! そう言う時にこそ使うべきで、間違っても初手でいきなり撃つようなものではないのだ。むしろ、番組の前半で使おうものなら、負けフラグなのだよ」
番組の前半とな?
相変わらず、大和殿の言ってることは、時々意味不明であるな。
だが、私も今更気にしない……まぁ、最後の手段と思ってくれているなら、それはそれでよし!
「なるほど、そういうものなのであるな。それに、我々には惑星点火爆弾と言うものもあるからな……。奴らにとってそんなに大事なものなら、いっそ惑星ごと跡形もなく吹き飛ばすのが一番であろう? だから、いきなり波動粒子砲を撃つような真似は厳禁であるぞ」
……波動粒子砲は、なんとなくだが、かなりヤバい……だ。
もう、大和殿の説明と直感だけで、そこは理解できてしまった。
ある種の相転移兵器だという話は、向こう側の技術者の説明で理解できたのだが……。
相転移反応の危険性は、万が一相転移反応が制御不能となって暴走したら、最悪宇宙全体がビッグバンからやり直し……にすらなりかねない……そんな風にも聞いている。
もっとも、そんなものは、空想科学の世界の超兵器の話という事で、昔、与太話程度の説明を聞いた程度なのだが。
この大和殿は、そんな超絶危険兵器をマジで実用化しよった。
うん、激しく危険。
相転移兵器とか、絶対にそんなもんバカスカ撃っちゃ駄目だ。
結論、次善の策あるのみ。
安全にゲートに波動粒子砲を直撃させるのが厳しいなら、惑星ごと吹き飛ばす……恐らく、それがベターだ。
ガスジャイアント惑星の埋蔵資源量を考えると、それを景気よくまとめて燃やして消し飛ばしてしまうというのは、なかなかにもったいない話であり、その上その後の星系自体の重力バランスの変動で、色々なところに少なからぬ影響が出る可能性は否めないのだが……。
案外、あのガスジャイアント惑星自体が、連中の恒久超空間ゲートの生成条件に合致していると言う可能性や、ガスジャイアント惑星に見えるだけで、実のところ、惑星規模の超巨大エネルギー生命体である可能性も否定できないのだ。
であれば……後顧の憂いを断つべく、景気よく惑星もろとも跡形もなく吹き飛ばしてしまうのが、今後の安全保障を考えると妥当な対応と言えるのだ。
そもそも、あの超巨大ガスジャイアントと比較すると些か小規模とは言え、アスカ星系には他にもガスジャイアント惑星は2つもあるのだ。
それなら、一個くらい吹き飛ばしても、なんとでもなろうよ。
うむ、私も決めたぞ……あの「テンプラー」とか呼ばれている天球でもっとも明るい惑星は、綺麗サッパリ消えていただく。
色々と「テンプラー」にまつわる伝説やら昔話があったり、船乗りや旅人の目印にもなったりしているそうだが……星なんぞ、文字通り星の数ほどあるのだから、代わりなんていくらでもある!
まぁ、その最後は夜になっても昼間のように明るくなるとか、そのくらいド派手な事になるだろうが……我が帝国の新たなる門出を祝う花火とでも思うことにしよう。