第六十六話「決戦前夜」⑤
確かに、実物が配備されたり、使われたと言う実績自体はないものの、帝国宇宙軍の兵器ライブラリデータとして存在していたし、その用途についても理解していた。
うろ覚えながら、まず重力機関を暴走させて縮退フィールドを無制限開放し、重力爆弾を満載した宇宙戦艦を自動操縦でガスジャイアント惑星に投げ込む……簡単に言ってしまえば、その程度にはシンプルな兵器なのだ。
そして、ガスジャイアント惑星の中心核コアに到達させた上で重力機関を一気に臨界まで持っていき、重力場崩壊を意図的に誘発し、同時に重力爆弾を一斉起爆させる。
ちなみに、そんなガスジャイアント惑星の中核コアまで宇宙戦艦を突入させたところで、通常はあっという間に圧壊するだけなのだが……。
縮退フィールドを無制限開放するとなると話は変わってくる。
本来、縮退フィールドは、重力制御用として、周囲の重力係数を微妙に調整する重力制御フィールドなのだが。
重力機関を臨界まで持っていくと、その縮退フィールド内の重力係数がある程度のところで、安定し完全に外界の重力の影響を遮断することが出来るようになるのだ。
もっとも、遮断できると言ってもその内側の重力係数は100Gを軽く超えるほどとなるので、生身の人間が生存できる環境ではないのだが。
結果的に、宇宙戦艦は圧壊することもなく、ガスジャイアントの中核コアにまでたどり着く程度の時間は稼げると言うわけだ。
そして、重力機関の臨界暴走と重力爆弾による連鎖縮退反応が起きることで、そのガスジャイアント惑星の中心核コアはマイクロブラックホール化する。
もっとも、恒星と比較すると遥かに小さいガスジャイアントの中心核コアで、マイクロブラックホールが発生したところで、そのまま際限なく巨大化してブラックホール化まではしない。
この場合、大きさが一気に縮んで、大気密度が急速に上がり、各所で連鎖核融合反応が起こるようになる。
要するに、ガスジャイアント惑星が沸騰しミニ恒星化するのだが……。
やがて、マイクロブラックホールが蒸発すると、今度は中核コアとマイクロブラックホールが消滅したことで、重力バランスを崩し、今度は猛烈な速度で一気に膨れ上がって、ド派手に吹っ飛ぶ。
かくして、巨大惑星といえど跡形もなくなるとまではいかんが、デブリとガス雲の塊となる……と言うわけだ。
もっとも、この惑星点火爆弾自体は、新型重力機関を搭載した宇宙戦艦がガスジャイアント近くを試験航行中に、重力機関の暴走事故を起こし制御不能となったと言う事故がもとになっている。
結局、現場でもどうすることも出来ず、乗員も退避し、潔く艦を諦める事にしたのだが……。
ガスジャイアント惑星大気の底に、宇宙戦艦が消えていってから数日後に、そのガスジャイアント惑星は急速に縮小を始め、ミニ恒星化した末に大爆発を起こして消し飛んでしまったのだ。
当然ながら、超巨大なガスジャイアント惑星が丸ごと消し飛ぶなど、前代未聞の大事故となり「惑星バングラチオン縮退消滅事故」と称して、帝国史に残る……そんな大事件となった。
そして、後日、事故原因を究明した結果、そのような事象が発生していたと言うことが解ったのだ。
さすがに、原因が究明できて、その気になれば、再現も可能となったとしても、リアルで再現検証するわけにはいかなかったのだが。
VR環境による惑星シミュレーションモデルを作成した上での追証の結果、ガスジャイアント惑星破壊理論というべきものが確立され、惑星点火爆弾と言う超兵器が誕生したのだ。
まぁ、本来はこんなもの……そんな大事故が発生したともなると、いいところ教訓にする程度で終わる話だったのだが。
そこは、マッドぶりに定評のある帝国軍事技術開発陣。
ガスジャイアント惑星一つを消し飛ばしたと言う、その尋常ならざる破壊力に目をつけて、通常宇宙空間での最終兵器としてはどうかなどとのたまい、VR環境での試行錯誤の末、完成レベルの超兵器として仕上げてしまったのだ。
まぁ、未来永劫使う機会はないかも知れないのだが……。。
「果たして使い物になるかどうかは解らないけど、出来ちゃったんだからしょうがないよね。この研究が後世の役に立つ事を祈る」と言う注釈と共に、その兵器は帝国兵器データベースにガッツリと登録され、今に至るのだ……。
もっとも、私自身その兵器データベースの中でも、とびきりヤバそうな上に、ガスジャイアント惑星のような貴重な資源の塊を景気よく一瞬で消し飛ばすなんて……。
そんな、もったいないことをするための兵器なんぞ、まるで興味ないとスペックデータやVR検証データなどは確かに閲覧したものの……半ば呆れの感情とともにそっとじ……要は、こんなもん要るかと、一蹴してしまったのだよ。
まぁ、当時の……就任したての頃の私は、コスパ命のもったいないおばけの権化みたいな感じになっていて、惑星点火爆弾のようなあるかもしれない程度の脅威への備えなど、無駄と切り捨てていたのだ。
もっとも、そんな風に事業仕分けを続けているうちに、第三帝国で一番の無駄金部署と思った軍事部門の予算を色々とケチりまくって、予算削減しまくっていたら、いい加減ロズウェルに「ちょっと陛下、皆さんとじっくりお話しましょうかね!」なんて言葉とともに、首根っこ掴まれて連行されて、軍関係者達が雁首並べた大会議室に引きずっていかれた。
そして、軽く半日くらいかけて、大勢の軍人達から、代わる代わる交代で私の軍事への無理解と浅慮をこれでもかとばかりに、ご忠言いただいた。
当然ながら、皇帝権限を用いれば「そんなもの知るか!」の一言で終わっていたのだが。
彼らのまるで子どもに物を教えるようなスローペースで優しく解りやすい御教授や、想定しうる様々な宇宙の脅威についてのご説明のおかげで、私もすっかり目が覚めたのだ。
軍事は国家の基本! 軍事軽視良くないっ!
宇宙は平和どころか、敵だらけなのだ!
敵を知り、己を知れば百戦危うからず……なのであるっ!
まぁ、それ故に私も一端の軍事通の皇帝と呼ばれる事はあっても、軍事音痴の皇帝陛下などと小馬鹿にされることも無かったし、あれをきっかけに、すっかり距離が縮まった老将軍たちから教えられた各種軍事知識についても、今になって役に立っているのだからな。
「なるほどな。アスカ陛下も戦力不足は承知ということか。いずれにせよ……こちらの戦略目標はBigファイアの沈黙、あるいは無力化が最優先なのだが。問題は、アレをどうやって潰すか……だな。ダース単位で反物質爆弾を投げ込んで本体も消し飛んで、惑星炎上までなっていたのに、それを制御し、何事もなかったのように修復してのけたのだからな……。敵の技術も大概であるな」
確かに……。
私もガスジャイアントの惑星大気が炎上し始めた事は解っていたし、本来ならば今も盛大に燃え盛っていたはずなのだが。
奴らは、いとも簡単に惑星炎上を鎮火せしめているのが現状なのだからな。
惑星点火爆弾を使えば、恐らくイケるだろうが……。
今の我々では、アレを再現するのはちょっとばかり無理がある。
「なぁ……大和殿、貴殿の開発した波動粒子砲をアレに打ち込んだ場合どうなるだろうな?」
「ああ、実際に奴らの世界に繋がるゲートに波動粒子による連鎖相転移砲をぶち込んでやったからな。まぁ、少なくとも奴らのゲートはそれだけで完全に沈黙した。恐らくではあるのだが、奴らのいる上位次元世界自体の崩壊の危機。それくらいには派手な損害が出たであろうからなぁ……。さすがに波動粒子砲をBigファイアに直接ブチ込めば、沈黙するであろうな! 我が宇宙戦艦大和の波動粒子砲はまさに奴らとの戦いにおける切り札と言えるだろうな」
……確かに、概要は聞いていたが。
上位次元世界の崩壊の危機? つまり、向こうのラース文明の世界自体が滅びかけたというのか。
それっきり、銀河側のラース文明の侵攻があからさまに止まったという話だったが、本拠地の一角が文字通り炎上したのでは及び腰にもなるか……。
まったく……私も大概だが、大和殿も大概だな。
そもそも、そんな危なっかしい兵器をエーテル空間で使う。
その時点で、正気の沙汰とは思えなかったのだが……聞く限りでは、ユリコ殿がいたにも関わらず、薄氷の勝利だったと言う話で……まぁ、そう言う状況なら、多少のリスクやら無茶も許容して……となるであろうな。
まぁ、いずれにせよ……結果オーライ、世は押し並べて結果良ければ全て良しなのだ。
「……なるほどな。銀河側では大和殿の分体が駆る大和級宇宙戦艦を三隻も建造していると報告だったが。やはり、そう言う戦略だったのか……」
「如何にも! だが、こちら側で大和級宇宙戦艦の再現は、さすがに間に合いそうもないのだ。であるからこそ、決戦の主力は増援艦隊にて引き受ける……まぁ、妥当ではあるな」
「そうだな……兵力的にも、増援艦隊は一万隻規模のようだからな。数的主力は当然ながら、向こうだな。大和殿は作戦概要について、どこまで聞いているのだ?」
「作戦概要か? そうだな……せっかくだから、我から説明させてもらおう。まず、増援艦隊の作戦プランは、ゲート解放後、速やかなる周辺宙域の制宙権の確保が作戦の第一段階。そして、当然のように迎撃に向かってくるであろう敵戦力の排除をしつつ、続いて惑星アスカへ戦力を送り込み軌道制宙権を確保しつつ、地上戦闘の支援を行い、揚陸戦隊を送り込み惑星での決戦を勝利に導く……ここまでが第二段階。敵艦隊の完全殲滅やBigファイアの殲滅は、その後ゲートから十分な兵力を展開させた上で実施する……要するに、作戦の最終段階となっているようだな。まぁ、大和級大宇宙戦艦が波動粒子砲をBigファイアにぶち込むのは、この最終段階と言うことだ」
なるほど、ソツがない星系攻略プランと言えるだろう。
優先目標は、ゲート防衛と惑星拠点の確保と航路の確保。
防衛戦であれば、確かにこれが最適解と言える。
星系防衛の場合、あれこれと欲張るのではなく生命線であるゲートの確保と、最重要拠点の居住惑星防衛に重点的にリソースを投入する……結局、それが最善なのだ。
惑星さえ陥落しなければ、負けはないし、ゲートが陥落しなければいくらでも増援を送れるのだから、この場合も少なくとも負けはない。
だが、アスカ星系の状況はそこまで単純ではない。
いわば、これはアウェー戦のようなもので、一見防衛戦のように見えて、その実……ある種の侵攻戦なのだ。
まぁ、これがゲートを抜けたら周り全てが敵と言うことなら、ゲートを拠点として手当たり次第に向かって来る周辺の敵戦力を殲滅するだけの話なのだが……。
今回のように味方の惑星拠点がすでにある状況での侵攻戦ともなると、いささか様相が変わってくるし、何よりもこのような形態での戦争は、私もだが……銀河帝国軍自体が未経験なのだ。
何よりもアスカ星系平定に際しては、状況は極めて複雑化している。
なにせ、現状我々が戦略目標とすべきものは6つもある……この時点で十分複雑な状況と言えるのだ。
1:侵攻拠点となるゲート及び周辺宙域の確保。
2:ゲートと惑星アスカ間の航路確保。
3:惑星アスカ周辺の制宙権確保。
4:惑星アスカの地上平定。
5:ラース文明の宇宙艦隊の殲滅。
6:敵の最大拠点Bigファイア及び、恒星周囲の生産拠点の完全殲滅。
なお、優先順位は数字通りであり、これが銀河帝国宇宙艦隊の戦略目標ということで通達がすでに来ていて、敢えて大和殿に説明してもらったのは、私と大和殿の認識合わせのようなものだ。