第六十六話「決戦前夜」④
「やはり、そうなるか。そうなるとこのまま、座していても死を待つばかり……か。ならば、やはりこちらも引き籠もっているだけでなく、少しは打って出て先に敵をかき回すくらいはせねばならんだろうな」
少なくとも、この状況下でまだ受け身に回っているようでは、勝ち目なぞ到底ない。
戦略的には、増援艦隊の来援の時点で、時間とともにこちらの戦力が増大することで、時間の問題でこの星系からラース文明を駆逐することも可能だと思うのだが。
増援艦隊が戦力集中に成功した敵艦隊との戦いに拘泥しているうちに、別働隊や敵対地上戦力にこちらの本丸を落とされる。
これは考えうる限り最悪の展開だと言える。
これに対するとすれば、まず増援艦隊の来援前に、アスカ星系の各所に先制攻撃を仕掛け、敵の最大脅威となることで、敢えて敵戦力を誘引することで戦力分散を強制し、こちらの侵攻拠点であるカイパーベルトラインへの敵戦力集中の阻止と監視活動の妨害をする……これがモアベターな戦略と言える。
戦場の絶対原則……戦力の集中に相反する戦略ではあるのだが。
これは、限られた戦力で敵の戦力集中をやらせない戦略であるとも言える。
もっともこの戦略で行く以上は、こちらの戦力は時間とともに先細りし、やがて力尽きた所を各個撃破されてしまう……つまり、言ってみれば捨て身の戦略ではある。
だが、我に増援ありと言う前提ならば、話は全く変わってくる。
敵の立場で見れば、少数であちこちに散った敵を追いかけ回して、戦力の分散を強いられ疲弊した状態で、思ってもいなかった場所からの強大な敵の増援を迎えることとなる……まさに最悪の展開よの。
まぁ、こうなれば、こっちのものと言える。
あちこちにバラけてしまった敵戦力など、より強大な戦力を投入すれば、各個撃破のいい的にしかならん。
「なるほど、死中に活あり……か。それはまさにオキタ戦法であるな。うむ、実に良いぞ! 少なくとも我は同意するぞ! それこそが宇宙戦艦大和の戦いと言えるだろうからな!」
……オキタ戦法?
大和殿の話しぶりからすると、どうも人名のようだが……。
察するに、そのオキタとか言う人物の得意とする戦術がそれなのだろうかな?
まぁ、どうせまたぞろ例の古典アニメの登場人物なのかもしれんが……。
もっとも、確かに死中に活ありと言うのも解るな。
なにせ、絶対に勝てると踏んだ状況で、死に物狂いの反撃なんてやられる側にとっては溜まったものではないからな。
古代の戦でも、そんな風に勝ち確となって舐めてかかっていたら、圧倒的少数の敵に大軍がボッコボコに打ち負かされたとか、そう言う話は珍しくない。
実際、私もハルカ・アマカゼの主力艦隊に残存戦力をすべて叩き込むと言う特攻戦術で、尋常ならざる被害を与えたのだからな。
いずれにせよ、アスカ星系での決戦はこの大和殿言う所のオキタ戦法で行くのがベストだろう。
だが、問題は……こちら側にそんな星系のあちこちを攻めるだけの機動戦力が無いことだな。
つまり、今一番欲しいのは、宇宙空間でフリーハンドの効く機動戦力なのだ。
我が手に一個宇宙艦隊……一万隻、いや千隻でもいい。
その程度の数の宇宙戦艦でもあれば、十分ではあるのだ……それだけあれば、100隻単位程度に切り分けて、あちこちを叩いて回ることで、敵の対応能力程度なら軽く飽和させることが出来るだろう。
残念ながら、そこまでの戦力は我々にはないし、その完成を待つ余裕もない。
であるからには、手持ちの強力な宇宙戦力による擾乱攻撃で敵を引っ掻き回し、敵を惑星アスカに集中させるように仕向ける……やはり、コレしか無いか。
要するに、援軍を待たずに前倒しでの決戦を挑む……あまり気は進まないのだが、どうやらそれくらいしかやりようがないようだった。
そして、惑星アスカの戦いに拘泥し、カイパーベルトが手薄になったタイミングで、増援艦隊を招き入れる……。
航路がクリアで敵の妨害が最低限という前提であれば、我軍の高速戦艦ならば、初見の航路でも20%亜光速くらいの速度で進めるので、この場合は凡そ48時間もあれば、惑星上空へ到達可能だ。
だがしかし……これは全てが上手くいく楽観想定にすぎない。
である以上、現実的ではない……間違いなくどこかで想定外が起きる。
もっとも、一ヶ月もの間、空海宇宙から押し寄せる敵を相手に籠城戦を戦い抜くことに比べたら、随分と楽な戦と言えるか。
「どうだ? その様子からすると、大和殿も敢えて打って出る……その……オキタ戦法とやらが、ベストだと判断しているのだな」
「そうだな。宇宙戦艦大和は、圧倒的に不利な状況であっても敢えて単艦で前に出ることで、絶望的な戦力差を覆し勝利を続けていったのだ……。なるほどな……敢えて、我が告げるまでもなく、その戦略にたどり着くとはさすがであるな。して、死中に活を見出すとしても、勝算はどれほどあるのか?」
「そうだな……。少なくとも、奴らの巣に一発ぶちかまして、惑星地上で一戦始まれば、ラース文明側も呼応するだろうから、防衛体制に一気にほころびが出来るはずだ。もっとも、この場合はスピードが命と言うことは言うまでもないがな」
「なるほどな。つまり、先に動いて広く散っている敵を惑星アスカに集中するように仕向ける……そう言う事か。そうなれば、増援艦隊も動きやすくなって惑星上空まで進出する時間が一気に短くなるし、Bigファイアが手薄になって、電撃攻略の可能性も出てくると言うことか。つまり、それが出来るかどうかで命運が決まる。だが、我もああは言ったが、このまま待ちに徹するのも手だと思うのだがな。敢えて不利な状況で先に動く……果たしてその行いに意味があるのか?」
「意味ならあるぞ。……先に動くからには、戦のイニシアチブを握ることになる。これなくして、勝利などありえんのだよ。そのオキタ戦法とやらも、結局はそう言うことだったのではないのかな?」
私がそう告げると、大和殿もポンと手を打つ。
古代アニメのストーリーなど私は知る由もないのだが。
どうも、大和殿の話を聞いている限りだと、滅びかけた惑星文明時代の地球人が、星系間航行艦一隻だけで、今の銀河の我々銀河帝国に殴り込みをかけるような……そんな話のようなのだ。
さすがに、200万隻の大艦隊を擁する銀河帝国に一隻の宇宙戦艦で勝負を挑むなぞ、無謀も良いところなのだがなぁ……。
もっとも一個艦隊1万隻を余裕で消し飛ばす超兵器やら、いくら打たれても堪えない謎の装甲による圧倒的防御力。
そして、神出鬼没の超空間航法……更に補給についても随伴補給艦が付いてくるとか、そんなのもない……。
聞いた限りだと、無補給でも問題ないようなのだが……。
全く持ってインチキ臭いし、特に補給無しでオッケーと言うのはどう言うことだ?
こちとら、星系内専門の宇宙戦艦にすら、同じ大きさの大型補給艦を6隻体制で付けて、それでなんとか運用できているのだぞ?
しかも、平時でそれ。
戦時ともなると、当然物資の消費も尋常ではなくなるので、補給艦自体の損耗も見積もって、12隻から18隻くらいは付ける。
まぁ、そんな感じなのだ……だが、km級の宇宙戦艦ともなると、そこまでやらんと、フルスペック発揮もままならんのだから、致し方あるまい。。
補給の要らない宇宙戦艦か……そんなものがあるなら、即時で我軍に採用なのだがなぁ。
いずれにせよ、そのようなチート宇宙戦艦と言う前提となると、確かにそのオキタ戦法とやらは、極めて有効だったのだろう。
と言うか、絶対にそんな化け物相手にしたくない。
もっとも、これが地球防衛最終ラインで待ち伏せていると言うことなら、対応はむしろ簡単だ。
適当な被害担当となる艦隊を差し向けて、足止めしているうちに別働隊で地球を陥落させる。
そうなれば、無敵のチート宇宙戦艦とて、もうその時点で無力化する。
なんせ、相手の戦略目標……地球を守ることは、その時点で達成不可となるのだからな。
所詮は単艦……守りの戦いともなると、そんなものなのだ。
そして何よりも、これが戦場のイニシアチブを失うと言うことなのだ。
恐らくなのだが、そのオキタ戦法と言うのは、無茶なほどの圧倒的不利な状況下でも、戦場のイニシアチブを絶対に確保する……そう言う戦法なのではないだろうか。
戦争に限らず、勝負事において己の意図したタイミングで事を起こし、物事の流れの方向性を作り出すと言うことは、極めて大きな意味がある。
私が、相手にイニシアチブを委ねる消極的籠城戦では絶対に勝てないと断言する理由がそれだった。
「なるほどな……。確かにそうであるな。オキタ戦法は常にそう言うものだった。なにせ、観艦式の為に集まった1万隻のガミラス共の大艦隊の真っ只中を駆け抜けて、超空間ゲートに飛び込むことで、まんまと逃げ切った……そんなこともあったのだからな! そして、この戦いは超空間ゲートの破壊と言うおまけまで付いて、以降のガミラス共の防衛戦略に大打撃を与えたのだ!」
何やら、大和殿は一人で納得しているようだが……。
何と言うか、話だけ聞いていると、その古代アニメ……相当に荒唐無稽な話のような気がしてきた。
むしろ、ガミラス無能過ぎる。
1万隻も艦隊集めて、何やってたかって……観艦式だと?
挙げ句にその最中に飛び込んでこられて、交通の要だった超空間ゲートを破壊されて、最大戦力が揃って本国に帰れなくなって、本国の防衛すらままならなくなったって、もうバカかアホかと。
何よりも、そんなヤバいのが自国領土を進軍してきているのであれば、敵の本拠地……地球を盾にとって、大人しくしないと地球を爆破するぞと脅せば、無敵宇宙戦艦だって、白旗待ったなしであったろうに……。
なにせ、大和殿の話だと、宇宙戦艦大和は地球を救うために旅に出たのであるからな。
救うための地球が無くなってしまうとなれば、やっぱり白旗待ったなしであろう。
まぁ、お世辞にも真っ当な方法とは言い難いのだが。
そんなインチキ臭い相手なら、こちらもインチキで対応するのが、むしろ当たり前の話であろう。
さて、どう返すべきかと考え込んでいたら、肯定と見たらしい大和殿がどーんとドヤ顔で腕組みをする。
「いや、みなまで言うな……貴様の言いたいことは解っておる! つまり、奴らはこちらがビビって手を出さないと言う前提で、自分達の戦争をやっている気分になっている。そこへ想定外の先制攻撃でガツンとブチかますと……そう言うことか。面白い! 実に良いな! そうっ! オキタ戦法の真髄とは、まさにそれなのだ!」
「ま、まぁ、そう言うことだな。さて、この先手必勝ということで、真っ先に手を出すとなると大和殿はどこをどのように攻めるの最善と見るかな?」
「ふむ、そうだな! 現状、敵にとっての最重要拠点はBigファイアであるのは確実だな。あれを潰されると敵は増援も支援もすべて断ち切られ孤軍となり下がる。そうなればもうこっちのものであろうな。だが、敵は宇宙だ……Bigファイアに仕掛けたうえで、惑星地上での戦いを制するとなると、こちらもいささか戦力不足ではないか?」
まぁ、ご尤も。
だが、まっさきにBigファイアを狙うのは、結果的に敵にBigファイアの守りを固められてしまって、その場合も攻略の難易度が上がってしまう。
であるからには、これは却下だな。
「確かにBigファイアを潰せば、こちらが圧倒的に有利になる。なにせ、第三航路ゲートが開通次第、次々と本国から艦隊が押し寄せる手はずになっているのだからな。だが、Bigファイアが健在のままだったり、こちらの攻撃に呼応して、守りを固められてしまったり、最悪Bigファイアから奴らの増援が際限なく湧き出てくる可能性もあるのだ……そうなれば、不毛な消耗戦になりかねない……消耗戦になってしまうと、正直分が悪いであろうな」
このBigファイアが敵の要なのはこちらも良く解っているのだ。
当然ながら、敵も最重要拠点と考えているようで、二度と破壊されることがないように十重二十重の防衛線を敷いており、これを我々単独で潰す……となると、かなり厳しい。
つくづく、あの不意打ちで、完全破壊できなかった事が悔やまれるな。
もっとも、あの時の状況としては、Bigファイアは反物質弾の直撃を受け、一度は完全に蒸発し、跡形もなくなっていたのだ。
おまけに、ガスジャイアント大気も反物質爆発で連鎖燃焼して、その炎が惑星を覆い尽くすほどの規模となり、軽く惑星破壊兵器級の破壊力があったようなのだ。
それでも、Bigファイアは復元を果たした。
ガスジャイアント自体も若干大きさが縮んだ程度で、すでにBigファイア諸共大きく削れた部分ももとに戻っている。
となると、あれはもう惑星規模の超大型個体……そう言うレベルの化け物ではないだろうかと推測されている。
……だからこそ、そのエネルギー源、もしくはその本体であろうガスジャイアント惑星自体を惑星点火器で消し飛ばす……それこそが最善であると私も考える。
さすがに、如何にエネルギー生命体と言えど、エネルギー源が消し飛んでしまえば、燃え尽きて消え去る他あるまい?
しかし、こうなってくると惑星点火器の基礎原理や設計図面くらい覚えておけばよかったと悔やまれるな。