第八話「ギャロップ肉とタンネンラルカ」②
宇宙時代の天然肉といえば、古来地球時代からの家畜種……牛、豚、鶏の3種類。
他は実物はもちろん、VRでも味わったことも無いし、私以外の銀河の人々でも似たようなものだった。
どれも高級品には違いないのだが、グレード的には牛肉が最強とされていた。
地球居住時代は、鹿やらイノシシやらウサギと言った野生動物の肉を食べる習慣もあったらしいのだが、宇宙時代では惑星固有種の動物を食べるような習慣は基本的になかった。
と言うか、地球外起源種の動物類は収斂進化の結果、地球起源種と外観は似ていたりするのだが、タンパク質やアミノ酸の分子構造が異なっていて、人類種が消化出来ない場合が多く、とても食用にはならない……解り易く言えば、どれもこれも有毒種のようなものばかりだったのだ。
まぁ、このあたりも地球外亜人種が自分達の惑星から、出て来れない理由の一つでもあるのだがな。
概ね、原住生物と言うものは、その惑星以外の物を食べられるように出来ていないのだが、それはむしろ当然と言える。
実のところ、この辺りは地球人も同様で、植民初期時代の食糧問題もその辺りに原因があったのだが。
もっとも、それは合成食品と言う力技で解決してしまっていて、今日では全く問題になっていない。
恐らく、この食料不適合の問題も、星間文明が極端に少ない理由の一つと考えられるのだが、人類は意図せず、その問題を簡単にクリアしてしまったのだ。
ここら辺も豪運種族たる所以なのだろう。
もちろん、食肉用家畜以外にも犬や猫と言った古代から人間と共生していた動物は、宇宙時代でも存在している。
彼らはもっぱら愛玩動物として、宇宙時代になっても変わらずに、人類の友として共生していたし、生物相の多様化の為、ウサギとかハムスターと言った小動物も愛玩動物として飼われていたし、惑星によっては、それらを公園などに放して自然繁殖させるといった事も行われていた。
なお、それら愛玩動物は基本的に食わない。
そもそも、動物の死骸をバラバラにするとか、その時点でハードル高すぎると思う。
宇宙人類はそんな残酷なことはしないのだ。
もっともそれを言ったら、家畜種だって、食べるために飼育し、最終的に殺して肉にするのは、考えものとか言われていて、合成ミートの類はそうやって開発されたのだが。
そんな博愛主義なんぞよりも、天然食材の誘惑の方が遥かに勝った……まぁ、人類の業と言ったところか。
しかし、このギャロップ肉と言うのはどうなのだろうか?
この身体は、この世界の人間の食べ物を消化できることは分かっているし、干し肉だって食べても問題なかったから、食べても大丈夫……だとは思うのだが。
限りなく生肉を食するとなると、さすがにちょっと退く。
だって、この赤いの……血でしょ? どうみても。
でも確か、高級素材の料理法で、無菌ドームで放牧されて自然環境育成された最高級天然牛肉の表面だけを炙ったレア焼きステーキ料理と言うのを、食の伝道師と呼ばれた再現体提督が世に広げて、それまで奥の奥まで完全に焼くのが当然と思われていた天然肉料理に革命を起こし、銀河至高の料理と絶賛されていたのだが……。
そう考えると、この生焼け状態もそう悪いものではないのかも知れないのだが……。
こんな得体の知れない肉を軽く炙った程度の焼き加減で、果たして食べていいものなのだろうか?
天然肉って、本来生で食べちゃダメなんじゃないの? それ許したら、動物の死骸をそのままガブリもありって事になるのと違う?
それに、このタンネンラルカと称する飲み物はいったい?
この様子だと発酵飲料の一種のようだが、ちゃんと殺菌処理とかしているのだろうか?
さっきから屋台の様子を見ていると、コップは飲み終わると返却してもらって、次々使いまわしているようだが、毎回ちゃんと洗っている様子は一切ない。
一応、呑み口はキュッと手ぬぐいで拭ってから並べてるけど。
水洗いも消毒処理も何もなしっ!
……マジですか? これ。
おまけに、料理人自身も調理器具の消毒や手洗いなどしている様子がまったくない。
炭火を使っていることで、派手に汗をかくようで、今も薄汚れた手ぬぐいで額の汗を拭って、どろどろに油で汚れたエプロンで手をゴシゴシと拭いて、おしまい。
そして、そのままの手で生肉を直接握って、ブスブスと串に刺していっている。
おまけに串もコップと一緒に返却されたものを軽く炙ってリサイクル。
んぎゃーっ! ちょっと待てぇいっ! それでいい訳がないであろうっ!
駄目だ……要するに、極めて不衛生だ……。
もはや、こんなのあり得ないレベルの不衛生っぷりだぞ!
責任者出せ! ……って、目の前にいるのか。
……だが、こんなの……衛生管理以前の問題であるぞ!
こんなずさんな衛生管理では、銀河公衆衛生局がすっ飛んでくるぞ?
そして「汚物は消毒だーっ!」と言いながらの殺菌剤噴霧までがセットと言うのが連中のお約束。
ちなみに、銀河公衆衛生局は超国家権限を持った国際組織……通称「GPHS」とも呼ばれている。
未知の伝染病の発生や生物災害発生時には、来るなと言っても真っ先に駆けつけてくるような方々。
博愛主義を謳う銀河赤十字とは、まったくの別物で、宇宙時代になっても、手を変え品を変え次々と現れる未知のウイルスや病原菌、生物災害との戦い。
その最前線を担う人類の守り手と自称している事もあってか、なにかと強面であり、その黒い生物化学防護服に返り血のように飾られた赤い十字架の紋章、消毒剤の詰まったタンクを背負って、噴霧器を構えたその姿は、どうみても火炎放射兵にしか見えず、ある意味恐怖の象徴でもあった。
なお、消毒されてしまった人々は、もちろん無事に済むことは済むのだが。
……誤認や誤爆もしょっちゅう。
もっとも、苦情申し立てにも、これっぽっちも反省なんてしてくれない困った方々でもある。
そして、各国の有人惑星や中継ステーションなどに、支部を設立して、検疫や保健衛生指導や国民の健康管理指導などにも余念がない。
国境なんぞ知るかとばかりに全銀河規模で活動しているので、我々指導者層にとっては、なんとも煙たいはた迷惑な方々でもあるのだが、銀河帝国の皇帝ですら、彼らに保健指導……要するに、お説教されたら、黙って言うことを聞くしか無い、それくらいには強権でなる連中だった。
もっとも、こう言う超国家組織がいくつも存在していた事が銀河連合が多少無能であっても、人類が1000年もの間、銀河で繁栄できている理由でもあるのだがな。
「……どうした? 奢りだから遠慮するな。美味いぞ?」
そう言って、ソルヴァさんは美味しそうに串焼肉を一切れ食べると、美味そうに飲み物……タンネンラルカとやらをぐびっと飲む。
「ぷはぁ……やっぱ、ギャロップ肉の塩焼きには、タンネンラルカがよく合うな! いつもながら焼き加減も絶妙で実に美味いっ! なぁ、早く食わんと冷めるぞ? こいつは熱々のうちに食ってこそ美味いんだぜ!」
……思いっきり、急かされている。
いや、だから……本当に食べても大丈夫なのか? これ。
まぁ、ソルヴァ殿が平然と飲み食いしてるからには、毒物が入っているとかそんな事はないようだった。
普通に考えて、激しくバッチィのだが、おそらく、微生物の存在とか、衛生管理の為の消毒とか。
そういう概念からしてないんだろう。
集団食中毒とか発生しても、もう慣れっこになってて耐性出来てて、皆、平然としてるとか。
たまたま体調が悪くなったとかそんな風に思うだけで、済んでしまうのだろう。
だが……郷に居ては郷に従えだ。
確かに、肉の匂い自体はなんとも食欲をそそるような、如何にもおいしそうな感じだった……。
ここは……思い切って、肉を一口ガブッと……。
「うっっっっっまーっ! な、なんじゃこれはーっ!」
予想以上に柔らかで、口いっぱいに肉汁の旨味と塩味が広がり、アクセントとしてピリッと辛味が広がった。
味付けなんて、謎の粉を焼きながらバサバサと振りかけていただけなのに、なんという美味さ!
はーうーわーっ! まさに衝撃の味! なんじゃこりゃーっ!
これでも気分だけでも味わおうと、VRグルメダイブとかやってたので、美食についての知識はあったものの。
生の天然肉をただ炙っただけで、ここまで美味いものとなるのか!
更に一口!
……くぅーっ! これ最高にッ! 美ー味ーいーぞーッ!
「……な、なんじゃ、これはーッ! ……こんな高級料理がこんな道端で売っていていいのか! おかしいであろうっ!」
思わず口調も素に戻ってしまったが、構うものか!
「まいど、まいど、大げさだな……。なぁ、アスカ……お前さん、これまでどんな食生活を送っていたんだ?」
思いっきり呆れられていた。
「……ば、馬鹿にするでない。宇宙……いや、精霊の世界では、食事とはもっと簡素なものだったのだ。そもそも、こんな天然の高級素材を人の手で手間暇かけて料理する時点で、贅沢な話だったのだ。だが、これは実に美味いのぉ……。さぞ、値も張ったであろうに……スマヌ、これは我が負積としてもらってよいぞ。後日、返済させてもらうとしよう」
うん、帝国に限らず、銀河社会で料理といえば、合成食材による自動調理機による一般料理か、職業料理人の手による高級天然食材を使った高級料理の両極端だったのだ。
帝国の基準だと、これは立派な高級料理の範疇に入る。
「負積? 借金の事か? おいおい……こんなの安いもんだぞ。そもそも奢りだって言っただろ。実際、銀貨一枚でお釣りが出てたろ? 大したもんじゃねぇよ」
確かに、ソルヴァ殿は、銀貨一枚だけ払って銅貨四枚のお釣りをもらっていた。
二人分で、銅貨六枚、凡そ600クレジット相当……やっす。
だが、納得いかない。
とりあえず、私なりにこのギャロップの串焼きに価格をつけるとすれば、一本10万クレジット……いや、そんなものではないな。
100万クレジット相当が妥当だ! それくらいには、暴力的な美味さだった!
つまり、小金貨で100枚相当! 妥当な価格だと思う。
……はしたなくも無言でガツガツ食べる。
美味いっ! 塩を振って気持ち程度の香辛料を振りかけた程度の味付けなのに、何たる美味さっ!
その理由に思い当たる……塩味と言っても、やけに塩の粒が大きいし、やけに不純物が多いのだ。
……結晶化し不純物を含有した塩だと? これは……まさかっ!
「これは……岩塩か! そんな貴重なものをこんな盛大に使うとは……」
「塩ってのは、山から掘り出すもんじゃねぇのか? 一応、海の水から生成した海塩ってのもあるが、ここらじゃまず手に入らんな」
……生物の生存に塩は欠かせないもの。
当然ながら、宇宙時代でも塩は必需品として、市場に出回っていたが。
その大半がファクトリー製の分子合成塩。
やはり宇宙では有りふれた金属元素でもあるナトリウムに塩化処理を行うことにより合成すると言う手法は、分子合成でも極めて簡単な部類に入り、低コストでの大量生産が可能だった。
それに加え、下水や生活廃棄物などから抽出精製する再生水ならぬ、再生塩と言うのもあったが、原材料がなんなのかは、皆知っていたので、さすがに調味用としては、人気なかった。
もっとも、調理AI達は原材料がなんだろうが、成分は一緒なのだから問題あるまいと、合成食品の調味や添加物用途として、容赦なく使っていたので、その辺りも合成食品が嫌われる理由の一つだったのだがなぁ……。
仕方あるまい……宇宙環境では本来、廃棄物などというものは、存在しないのだ。
下水だろうが生活廃棄物だろうが、出来る限り宇宙空間への放出廃棄は控えて、なんでもリサイクル処理に回すのが常識だったのだ。
そもそも、昔は、宇宙空間に勝手にゴミを捨てて、デブリ化して、亜光速船との衝突事故も起きたりしていたのだからな。
廃棄物は徹底管理、それも宇宙の鉄則だ。
資源は大事、徹底的に管理してこそ宇宙文明人なのだ。
いずれにせよ、再生でも合成でもない、天然の塩ともなると、それもやはり超高級品だった。
もちろん、海洋のある惑星であれば、海水精製塩と言ったものも製造できなくもないし、表面が塩に覆われている惑星というものもあり、そう言った惑星であれば、天然の塩の産地にもなったのだが。
どっちもレア。
実在はするのだが、当たり前のように高級ブランド化しているので、一般には手が出せない。
かくして、分子合成塩や再生塩の方がはるかに低コストで大量生産が出来ると言う事で、銀河人類にとっての塩とはそれらが大半だった。
手間暇かけて、古来製法でとなると当然ながら、更に莫大な費用と労力がかかり、わざわざ地上に海水湖を作るといった手間をかけることになるので、その時点でもはや贅沢品も贅沢品だ。
そんなものは天然食材&プロの料理人による高級料理にしか使われない。
岩塩に至っては、過去にそれなりの規模の海洋があってかつ、相応の年月が経っていないと出来ない……言わば「海洋の化石」のようなものなので、同じ重さの金と同額でも安いくらいの超高級品だった……。
と言うか、そもそも化石なので、過去のその海洋の生物が化石化して取り込まれていたりするので、学術的にも大変貴重なので、オークションになると、惑星生物学の先生方と美食家や高名な料理人などが、目の色変えて壮絶なバトルを始め、値段を吊り上げまくって、天文学的な価格になる事も珍しくなかった。
うーむ、これは素晴らしい贅沢だ。
岩塩……それはその惑星の歴史が凝縮された古代のロマンと言える。
もはや、この時点でこの串焼き肉の価値はとてつもないと断ずる。
味が濃いので、無性に飲み物が飲みたくなってきたので、タンネンラルカとやらを思い切ってグイッと飲む。
……口いっぱいに広がる酸味とほのかな甘味のハーモニー。
そして、プチプチと口腔内を刺激する泡の感触と、なんだか身体がほんわりするような不思議な刺激。
……この異世界の食べ物と言うものは、限度ってモンを知らんのか?
>タンパク質やアミノ酸の分子構造が異なっていて、人類種が消化出来ない。
この問題については「戦闘妖精雪風」の有名なエピソードの一つからアイデアを拝借しています。
詳しくは、「チキンブロス少尉」とでもググっていただけると、解るかと。
と言うか、多くのSF作品でもあまり触れないんですが、生物学的に考えても、地球と全く異なる環境に生きる異星生物を地球人が消化できるような気が全くしないんですよね。
まぁ、逆もまた然りなんですが。
そう考えると、地球から異世界に転移した地球人が、異世界の食べ物とかそのまま食える訳ねーじゃんと言うのがSF屋の見解だったり。
ちなみに、食っても、多分死にはしないでしょうが、恐らくバラムツ食った時みたいになります。




