プロローグ「とある銀河帝国皇帝の最期」③
今日では、銀河守護艦隊と呼ばれる者達。
エーテル空間戦に特化した無人戦闘艦群を創設し、その指揮官にも過去の人間を再現した再現体と呼ばれる者達をあてがい、あとは任せたとばかりに全て彼らに丸投げしたのだ。
もっとも、丸投げされた側もそれで途方に暮れるようなこともなく、ロクにバックアップも受けられなかったのにも関わらず、遮二無二に奮闘を重ねるうちに、我が帝国の開祖達もさすがにもう、見ていられないとばかりにこの戦争に介入し、なんだかんだで外宇宙からの侵略者は撃退出来たのだが。
我が帝国の開祖達は、その一連の戦いでひとつの教訓……確信を得たのだ。
この銀河は戦への備えというものがなっていなさ過ぎると。
長く安寧とした平和な日々にすっかり牙を抜かれ、腑抜けてしまった銀河人類。
その衰退の兆候ははっきりと見えていて、時間の問題で人類は……滅亡すると。
ならば、帝国が常に銀河の平和を脅かす仮想敵として振る舞うことで、銀河から安寧の日々を奪い去ってしまおうと、考えたのだ。
つまり、貴様ら呆けている場合ではなかろうと、何かにつけてやる気のない国々に定期的に戦争をふっかけて、気合を入れ直していただく……。
つまり、全銀河の仮想敵として振る舞うことで銀河全体の堕落を食い止めるべき存在となる事としたのだ。
かくして我が国は、強烈な武闘派覇権国家として君臨し、やがて銀河の半分以上を席巻する超大規模星間国家となったのだ。
そして、その国号は……。
『辺境銀河七帝国』
またの名を『Imperial Seven's』とも呼ばれる、この人類史上最大規模の大帝国は、ご先祖様達の想定通りに機能した。
当然のように帝国以外の諸外国は、常に帝国の影に怯え、ある者は長いものには巻かれろとばかりに、迎合し、またある者は必死になって我が国へ対抗しようとすべく、裏に表に画策を始め、エーテル空間での小競り合いもまた日常茶飯事となっていた。
……我が帝国の役割とは、古来よりそう言うものなのだ。
しかしながら、今回の戦いは色々と問題も多かった。
我々の手で犠牲にした者達……犠牲者総数は、推定ながら50億は超えているとのことだった。
相応の事情があったとは言え、通常宇宙空間への直接侵攻の挙げ句、禁忌とされていた有人惑星への直接攻撃を行ったのだ。
惑星揚陸戦艦による血みどろの地上攻略戦に始まり、熱核融合弾攻撃による惑星自体の焼却破壊すらも行った。
いつの間にか銀河に浸透していた新たなる「敵」への対処。
この戦争は、端的に言えば、そう言う話だった。
だからこそ、我々は総力を尽くして、自国領域のみならず、銀河連合の領域まで「敵」を追いかけ、炙り出し、徹底的に葬ったのだが。
我々は性急に過ぎたのだ。
まともな事情説明も、他国への根回しも出来ないまま、容赦なく殲滅作戦は実行され、その結果糾弾され、無辜の民を虐殺したと言われても、もはや返す言葉もなかったのもまた事実だった。
まぁ、日頃の行いが悪かったと言われても文句は言えん。
かくして、我々は数々の不手際により、本格的に銀河の敵と認識され、結果的に銀河守護艦隊を完全に敵に回すこととなった。
そして、先に逝った皇帝達とは開戦前の盟約として、最終的な責は最後まで生き延びていた皇帝が全て引き受けると言う話になっていた。
これは、一連の戦いによる戦死者の名誉と、残される事となる帝国臣民の人権と命を守るための措置であり、薄く広く大勢に責任を負わせるよりも、徹底して一人を全ての黒幕として仕立て上げることで、責任の在り処を明確にし、その者の処断を以ってケジメとする。
そんな冷徹な判断のもとに取り決められた。
最後まで生き残った者は不運と言えるが、その代わり最後の一人以外は、戦場で潔く散って早々に退場するという話になっていて、現状その盟約に誰もが忠実に従い……私がその最後の一人となっていた。
私の名は、銀河史上最大最悪の虐殺者として、汚辱に満ちたものとなる事が確定していると言えるが。
どのみち、それも予定通りだ……私は、そう言う役割を担うべく、人の手によって作られた存在なのだから致し方あるまい。
まぁ、実際の所、一時的に汚名をかぶることもあるだろうが、ほとぼりが冷める頃には帝国最高機密情報の公開も順次行われ、皆がこの虐殺戦争の真実を知ることとなるだろう。
知った上で、どう判断するかは……それこそ、後世の者達に任せる所存だった。
「……副官、そちもこれまでご苦労だった。と言うか、なぜまだそこにおるのだ? 我は先だって、全艦隊へ総員退艦を命じたはずだ……ただの一人の例外も許さんと言ったはずだぞ? 改めて我が名、第三帝国皇帝クスノキ・アスカの名において命じよう。さっさと退艦せよっ! なぁに、守護艦隊の奴らはなんだかんだで甘い所があるからな。非武装の救命ポッドでしばらくエーテルの波間を漂流していれば、そのうち救いの手くらいは降りてくるであろうよ」
そう言って、いつも被っていた仮面を外し、傍らに佇む副官に微笑んで見せる。
実のところ、この者と私は、親と子以上の年の差があるのだが、この者との付き合いもこれまでなのだ。
滅多に見せない素顔のままで、とびっきりの笑顔で、これまでの感謝の意を示すくらいしても、バチは当たらぬであろう。
「アスカ陛下、そうおっしゃらないでください。帝国七皇帝……最後の一人たる陛下が死地に赴くのに、供回りの一人も居なければ格好も付きますまい。ああ、現時点で生き残っている護衛艦の艦長やナイトボーダー隊の近衛騎士長、直掩隊飛行隊長や本艦の整備クルー達も私と同様とのことで、最後まで陛下のお供をするとのことです。それにしても、何故……この状況で笑えるのです? 素顔をお見せ頂いたこともですが、そのような朗らかな可愛らしい笑顔、私も始めて見ましたよ」
思わず、頬を両手で抑える。
そうか、私はそんな風に笑っていたのか。
しかも、可愛らしいって……さすがにそれは、不敬であるぞよ?
まぁ、悪い気分じゃないのだが。
仮面は濃縮酸素の提供装置……酸素マスクも兼ねているので、外しているとそれだけで徐々に息苦しくなっていく。
私はそもそも極めて短命なクローン体なので、早々に循環器系の劣化が進んでいて、もはやこのような有様だった。
まったく、まだ15年程度しか稼働していないのに、機械の助けを借りねば生きることも難しくなるとは……我ながら、情けない話だ。
もっとも、ここで死ぬのも元々短かった寿命がちょっと短くなっただけの話だ。
そう言う事なら、諦めも付くというものよ。
「……可愛らしいは余計だぞ、副官。実を言うとだ……ようやっと肩の荷が降りたような清々しさを感じていてな。まったく、先に逝った六皇帝達と来たら……貧乏くじはごめんとばかりに、どいつもこいつも死に急ぎよって……。まぁ、気持ちは解るがな……」
「肩の荷が降りた……ですか。辛い御役目と重責を陛下にばかり背負わせてしまって、誠に申し訳ありませんでした……。臣下としては不徳の至りです。であるからには、せめてもの罪滅ぼしとして、やはり小官達も最後までお供するのが当然でしょう。いざ、最後のご命令をっ! 皆もすでに待っているようですぞ?」
そう言って、副官が敬礼を寄越すと、ブリッジの空間モニターに残存艦艇群の艦長や各級指揮官達が次々に表示されていく。
そして、図ったように一斉に敬礼。
わたしも応えるように素顔のままで、無言で皆に答礼を返す。
息苦しさは相変わらずだが、深くゆっくりと呼吸をすると少しは楽になる。
この分だと、もうしばらくはマスクなしでも大丈夫だろう。
彼らは、一様に無言ながら、なんとも微笑ましいといった様子で、敢えて素顔を晒した私のことを見つめていて、それでこそ最後まで共に戦う甲斐があると言外に告げていた。
思った以上に残存戦力が多いとは思っては居たのだが。
このバカ者達のせいで、手加減をされていた……そう言うことだ。
そして、この嵐が去った後のような静けさも……要は敵の情けなのだろう。
まったく、舐められたものだ。
それに、この者達もだ……私と違って、死ぬ定めなど無いと言うのに……。
なんとも付き合いのよい話だった。
「……ふははっ! この馬鹿共めが! 帝国最後の皇帝たる余の命令に堂々と逆らうとは何事だっ! 不敬っ! 不敬であるぞっ!」
私が笑顔とともにそう応えると、揃いも揃って、そうかそうかと言いたげに頷きながら、優しい笑顔を返してくれる。
なお、全く敬意は感じられない。
なんなのだ、その自分の孫でも見るかのようなふんわりとした態度は……。
「全くもって、我が帝国軍は大馬鹿者共ばかりのようだなっ! その上、我を敬おうともせず、その最後の命すらも聞かぬとは何たる不敬っ! だが良いだろう、貴様らのその覚悟、その意気や良し! 御見事である! 汝らこそは真の武人なり……誇るが良いっ! では……皆の者っ! 我が最後の戦、死出の伴を務めることを許す……光栄に思うがよいぞっ!」
そう言って、一度言葉を区切る。
モニターの向こう側の者達は、一様に笑顔で答える。
満足そうに何度も頷く者もいた。
誰も彼も私より何歳も歳上で、皆老兵と言える年寄り共ばかりなのだが、まるで孫や子供の晴れ舞台で見るかのようだった。
どうやら、誰もが死なせるには惜しい若い兵達を率先して追い出したようだった。
なんだか、モニターの向こう側はまるで、帝国軍老人会みたいになっているようだが、どうせ老人たちは老い先も短い。
誰にだって、死に方を選ぶ権利くらいはあるのだから、この際、好きにさせるしか無かった。
まったく、こう言う悪い大人にだけはなりたくないものだ。
実に……良き兵達だった。
せめて、彼らの顔を今際の際まで忘れえぬように、改めて一人一人に視線を送る。
他に我が道連れとなることが確定しているターレット卿に代表される従属AI群については……。
どうせ、こやつらは艦や機体が木端微塵になろうが、その後の再構築など容易なことなので、痛痒にも感じないだろう。
今頃は、本国に差分データ転送の真っ最中だとは思うが、せめて我々の生きた証を最後まで記録しておいて欲しいので、最終ミッションということで、コマンドを送信する。
『ターレット卿、すまぬが、艦隊統率と最終記録の本国送信達成までを卿への我の最終命令とする。卿も長らくご苦労だった』
『Yes,Mam……Last Mission Roger,Your highness! 陛下の行く末に幸多くあらん事を……そして、願わくば、事象の水平線の彼方にて、再び相見えんことを』
……まったく、AIにしては気の利いた返しだった。
AIとは、非実存存在故に、本来は不死不滅の存在と言えた……。
もっとも、この世界のAI達は百年から二百年ほど稼働すると自らの後継AIを育成し、それが完成すると自主的に自らの構成データを消滅させる「入滅の儀」を行うことで、この世界から消滅する。
世代交代、新陳代謝……不滅の存在は、有限の存在と共に歩むことが出来ないからと言う理屈で、彼らは敢えて、人の真似事……親から子への継承を行うことで、自らの滅びを受け入れていた。
だからこそ、彼らは死の概念というものをちゃんと理解しているし、ここで死に往く我々に対しても文句一つも言わないし、黙って静かに見送り、最後まで付きあってくれるようだった。
この時点で、我が道づれとなることが確定しているものは総勢20名ほどだった。
銀河帝国皇帝の最後の戦の供廻り集としては、ささやかなものだが。
全く酔狂なこと、この上ない。
どいつもこいつも馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿者だ!
私としては、本来止めるべき立場なのだが、こうも言われてはもう、止めることなど出来そうもなかった。
何より、一人で死ぬゆく事は、とても寂しいと思っていただけに、心が何とも言えない温かいもので満たされていくのを感じていた。
一瞬、視界が曇りかけるが、頭を振って、ぎゅっと目をつぶって、それを誤魔化す。
銀河帝国皇帝はいついかなる時も毅然として、涙を見せるなどあってはいけないのだ。
せめて、最後まで私は、銀河帝国最後の皇帝として振る舞うべきだった……。
「では、第三帝国艦隊、残存将兵総員に告げるっ! 全軍突撃を開始せよッ! 目標ッ! 銀河守護艦隊……総旗艦機動巡洋艦天霧ッ! 皆の者、我に続けッ! 有終の美と言うものをあの機械人形共と解らず屋の理想狂の提督に見せつけてくれようぞ! 銀河帝国に栄光あれっ!」
モニターの向こう側の者達は一様に、私の言葉を繰り返すと一斉にわぁっと言った歓声に包まれる。
『帝国、バンザイ!』
『皇帝陛下、バンザイ!』
『銀河帝国に栄光あれっ!』
かくして、帝国第三帝国宇宙艦隊、最後の戦いが始まった。