第六十六話「決戦前夜」①
――帝国歴327年10月02日 銀河標準時刻09:32――
――――惑星アスカ 港湾都市ルペハマにて――――
その日は朝から暑かった。
まぁ、それはいつものことだが……一応、原因は明らかであった。
「……アスカ陛下よ。あの忌々しいレッドシップをいつまで放置しておくのだ? ああやって、延々と頭上を抑えられていてはかなわんぞ……まったく!」
黒い日傘を差しながら、大和三号がうんざりした様子で空を見上げる。
なお、三号の代理としてこちらに来ていた四号はそれぞれ手下を率いて、海上防衛線の維持を務めており、出ずっぱりの状況。
一号と二号は、帝国にて待望の宇宙戦艦を譲渡され、原型が解らないほどの魔改造を施した上で、先鋒艦隊の先導艦として、今も第三航路空間を進軍中との事だった。
そして、宇宙戦艦型イフリート……通称「レッドシップ」
案の定と言ったところで、ラース文明が新たに生み出した全長1kmもあるような巨大な岩塊型の宇宙戦艦だ。
もう一月ほど前から、それは惑星アスカの衛星軌道上を専有し、今も悠々と遥か宇宙の高みでこちらを監視しつつ、その膨大な輻射熱と言う形で、我々を攻撃し続けている。
攻撃し続けているのだが……。
せいぜい気持ち暑苦しくなった程度で大した被害が出ている訳でもない。
温暖化の加速推進とでも言うべきだろうか?
どうも、連中はこれで惑星上を攻撃しているつもりになっているようだったが、分厚い大気圏や雲に阻まれて、大した成果は出ていない。
もちろん、これが年単位で続けば、農業や人々の生活で数多くの問題が湧き出してくるだろうが……お母様による植物の進化適応は、多少の気温の向上程度では問題になっておらず、いわばコラテラル・ダメージの範疇内ではあるのだ。
「そうだな……。後一月……それだけの時間が稼げれば、我が帝国軍艦隊が来援する。それまでは下手に手を出さずにこの膠着状態を維持する……それが最善手であり、皆でそう決めたのではないか」
すでに本国よりの増援艦隊の第一陣1万余隻は、第三航路のアスカ星系接続予想ポイントまで、あと一週間程度の距離まで進軍していた。
本来ならば、亜光速ドライブを使えば、もっと短い期間で到着できるそうなのだが……。
亜光速ドライブは、あくまで安全が確保され、デブリなどがクリーン化された星系内宙域か……文字通り何も無い外宇宙域で使うようなものであり、未知の第三航路空間で使うような航法ではないのだ。
そして、第一陣の後続として同等規模の宇宙艦隊が続々と後続している。
その総勢はおよそ10万隻にも及ぶと聞き及んでいる。
なにせ、七帝国の首都星系の一つ我がアルヴェールの駐留宇宙艦隊のほぼ全軍が出撃しており、その上更に後続部隊として、各帝国の主星系防衛艦隊を基軸に10万隻規模の新艦隊が編成されて、それらも続々とアルヴェールに移送中なのだ。
当然ながら、第三航路経由でもなかなかの長駆進軍は避けられないようで、中継星系の確保も同時進行で行っているようなのだが。
それら中継星系についても、ジュノア達「ひかりの民」が先行してワープアウトして、いい感じのポイントを制定し、そのまま第三航路に戻ってきて、ゲートシップを誘導しゲートを作成する……。
そんな方法で、第三航路と通常宇宙空間を接続することで、マゼランと銀河系の中間にある遊星星域を中継拠点として確保出来るようになったようなのだ。
まぁ、これはアスカ星系への侵攻も視野に入れた予行演習も兼ねており、本来第三航路から通常宇宙への接続は接続先が未知の領域ともなると、極めて難易度が高く、良くて五分五分程度のハイリスクな行いのはずなのだが。
ジュノア達「ひかりの民」は、独自の方法で次元の壁を自在にすり抜けるように突破し、ほとんどリスク無しで行き来出来るようなのだ。
もっとも、その次元転移技術は我々人類からすると完全に未知の領域の……文字通りの異次元級の技術であり、とても模倣は出来そうもないのが難点だった。
けれど、先発隊として、通常宇宙と第三航路の接続確認を行うと言う事なら、諸々の問題点を一気にクリアしてくれる……本気で得難い援軍となっている。
なお、実のところ……「ひかりの民」は増援艦隊から先行する形で、すでに秘密裏にアスカ星系に到着しており、すでに100隻程度の先遣艦隊も接続予定ポイントに到着しており、主力艦隊は補給ラインを構築しつつ、ゆっくりとその後を追うように進んでいることで遅れている……それだけの話なのだ。
補給ラインなど後回しで、最大戦速で進めばとっくに到着して、艦隊の布陣も完了しているはずなのだが……。
さすがに、一万余隻の艦隊ともなると、艦列を組むだけでも、それなりに時間がかかるだろうし、中継基地への補給物資の集積やらで、いくつもの問題が起きているようで、もう少し待って欲しいとの連絡が来ていた。
私とて、目印も何も無い第三航路空間での万単位の宇宙戦闘艦を進軍させることの難易度はよく解っているし、まともな補給ラインも作らずに、行き当たりばったりで大軍を進軍させるような真似が愚行と言うことは重々承知しているのだ。
だからこそ、今はギリギリのライン。
下手な真似をして、ラース文明を刺激するのは得策でなかった。
「そうは言っても、これみよがしに頭上に長々と陣取りおって……いい加減うっとおしいぞ。いくら熱光学兵器が効かんと言っても、神樹様なりユリコ卿にでも命じてレールガンでもブチ込んで落とせばいいのではないか? 我もいい加減、この暑さにはうんざりであるぞ」
確かに、アレを撃破出来る、出来ないで言えば可能ではあるのだ。
だが、それは今ではない……そう言うことなのだ。
「まぁ、攻撃と言っても、熱波を放つだの、熱々の石ころを投げつけてくるだけなのだ。下手につついて要らぬ知恵を付けさせるまでもあるまい。……よいか? 我々は奴らをたった一戦でこの星系から叩き出す……そう言う心積もりなのだ。その為にはここはじっと我慢で耐え凌ぐべき局面なのだ」
そう、ラース文明の最大の脅威はその進化速度にあるのだ。
事実、単にデカいだけの木偶人形だったイフリートをたちまちのうちに、宇宙戦闘が可能なレベルの宇宙戦闘艦にまで進化させたのだ。
少しくらいこちらが優位だからと言って、安心しているとあっという間に進化し、恐るべき脅威となるのは明白だ。
では、戦う度に強くなるような相手をなるべく楽に倒すにはどうすればいいか?
それは簡単な話だ。
要するに、まともに相手にしなければいいのだ。
相手の攻撃をしのげるのであれば、積極的に迎撃する必要もなく、とにかく守りに徹してこちらからは手を出さず、極力正面衝突を避ける。
それ故に籠城の構え……そう言う事なのだ。
なにせ、現状の奴らの武装は例のミニ恒星爆弾と、蒸気圧で打ち出す溶解した岩の塊、熱線砲……その程度の原始的な武器なのだ。
恒星爆弾は、中心点をガンマ線レーザーで撃ち抜けば、あっさり無力化出来るし、岩の塊も然り。
数十mの岩塊程度ならガンマ線レーザーのバースト射撃で大気圏内で加熱し続ければ、そのうち弾けて吹っ飛んでしまいだ。
熱線砲についても、あれは宇宙からの対地上攻撃にはまるで向いていない。
撃ち出した熱線が大気圧縮熱に負けて沸騰して急激に気化し、地上に落着する前に消えてなくなるのが関の山なのだ。
まぁ、いずれにせよ流星が広範囲にわたって落ちてくるのだが、大きい破片はお母様が自動迎撃システムで焼き払ってくれるから、地上まで落ちてくるのは、火山灰のような細かいチリ程度だ。
はっきり言って、アステロイド帯から大きめの小惑星でも引っ張ってきて、重力任せで適当に投げ込まれたほうがまだ脅威と言えるし、我軍も実際にそのような惑星破壊兵器を実用化しているのだ。
現状、お母様の対空迎撃システムで、向こうの攻撃手段は尽く迎撃されており、向こうとしては手詰まりになっている。
大和殿は、小惑星を流用した惑星攻撃兵器を「遊星爆弾」と呼んで、その可能性をかなり恐れていたようだが……さすがに小惑星兵器は、地上を更地にする覚悟がない限り、使いようがないのだ。
かと言って、惑星地上へ直接侵攻する降下揚陸戦闘ともなると、向こうはまるでノウハウもないようで、一度ならず10mくらいの小型イフリートのバラマキ戦術を取ってきた事もあったのだが、石ころ爆弾同様、やっぱりお母様にまとめて迎撃されて終わり。
今まで、数万年単位で排除したくても排除できなかったのが、多少の増援を得て、実体型宇宙戦闘用個体に進化を遂げたからと言ってなんとかなるかと言えば、そんな事は無かった……要するにそう言うことではあるのだ。
そして、こちらからの手出し……確かにユリコ殿の駆る白鳳Ⅱ辺りで挑めば、レッドシップの一隻や二隻の排除は不可能ではないとのだが……。
問題は、そのレッドシップが続々とアスカ星系に湧き出すように現れている事なのだ。
例のガスジャイアントに巣食っていた超大型個体。
以前、ユリコ殿と恒星に寄り添うように寄生していた母体型共々、反物質弾頭をブチ込んで消し飛ばしたはずだったのだが。
それは、3ヶ月ほど前に、思わぬ形で復活を遂げた。
ガスジャイアントに作られた巨大な炎の渦のような穴……まとめて消し飛んだはずのそれは唐突に復活し、そこから続々とレッドシップが湧き出してきたのだ。
つまり、あの巨大な炎の渦はある種の超空間ゲートそのものであり、いよいよそれが本格稼働を開始した……そう言うことのようなのだ。
そして、それらの出現を皮切りに星系内のあちこちに居た炎神タイプの非実体型個体が、次々とレッドシップに成り代わっていったのだ。
現在の総数は凡そ7800隻。
すでに、当初観測した総数の4倍近くに増えている。
実際、夜空を見上げると例の赤い星は少し暗くなったものの、あからさまに数が増えていて、なかなかの数ではあるのだが。
それでも、宇宙の広さから見たら、この程度はどってことのない数ではあるのだ。
もちろん、その渦……BIGファイアと名付けた超空間ゲートへの再攻撃についても検討されたのだが。
前回のような無対策の相手への不意打ちと言う訳にはいかない。
あの時は、初回攻撃故に向こうは、ユリコ殿の姿を観測しても何をしようとしているのかすら理解しておらず、成すがままにユリコ殿がばら撒いた反物質弾の直撃を受けて、あっけなくまとめて消し飛んだのだが。
すでに、その攻撃は対応されているようで、向こうが射撃時の光学観測に成功した時点で、弾頭の軌道解析をされてしまいユリコ殿に実施してもらった第二次攻撃はいとも簡単に迎撃されたことで、失敗に終わった。
どうも、向こうも小型の索敵用個体を多数展開させることで、星系内に哨戒網のようなものを構築しているようで、最大重要拠点と言えるBigファイアへの攻撃に対しては、いかなる犠牲をも払ってでも死守する……そう言う心づもりのようなのだ。
さりとて現有戦力では、軌道予測が間に合わないほどの至近距離に辿り着く前に、星系中からワラワラと集まってきたレッドシップや、小型イフリートに袋叩きにされるのが関の山……と言う事で、やはり無理攻めはしない方針とした。