第六十五話「ひかり輝く者達」①
「こ、これはなんなんだい? 君は一体何をしたんだ!」
データ分析結果は、正体不明の高エネルギー体。
だが、同時に質量を持つ未知の物質……この映像を映している警戒観測衛星の管制AIもそう判断しているようだった。
「うん、出来るかなって思ったんだけど、やっぱり上手く行ったね。あれは、そうだね……高エネルギー結晶体と言って良い物質なんだ。要は、僕達の本来の身体みたいなものだね。つまり、僕達はこんな風に自在に何もないところに、実体を持った自分の身体と呼べるものを作り出す事が出来るみたいなんだ。つまり、僕は遥か遠くへ意識転移しても、その場で高エネルギー結晶体を作り出し、自らの身体にすることが出来る……なかなか、便利だと思わない?」
「……完全な無からの物質生成能力だって? ま、まさか、そんな事が!」
「あはは、出来ちゃったんだよね……。言ってみれば、光の身体……光体ってところかな? 要は、第三航路空間で僕らがエネルギー体化するプロセスの応用って所なんだ。ついでに言うと、これの形を変えることで、宇宙を自在に駆ける事だって出来ると思うよ。うん、光破船? どうも、かつて僕らはこんな形で実体を手に入れ、第三航路空間を光速に近い猛スピードで飛び回っていたみたいなんだ。ああ、これは僕の同胞が気を利かせて調べてきてくれた僕らの持つ技術のひとつなんだ」
なるほどな……。
恐らくこれは、ラース文明の物質依存兵器……イフリートのゲートキーパー版といったところなのだろう。
奴らのそれは、ただ耐熱性能の高い木偶の坊だったが、ゲートキーパーともなるとまるで別次元の使い方が出来るようだった。
「こ、光速で飛び回る? それは要するに光速航行技術を君達はすでに持っていた……そう言うことなのかい? いや、でも確かに君達はエネルギー体の時点で、光速に近い速度で移動していた……そして、その上で自在に質量体を作り出し、それを光速で動かせる程の技術があるのか!」
「厳密には、光速に近い速度くらいだと思うけどね。この世界の物理法則として、光速は絶対に超えられないってのがあるでしょ? そこは僕らも同じで、光速はさすがに超えられないけど、光体形態……仮にそう呼ばせてもらうけど、その形態でも僕らは、限りなく光速に近い速度で移動できるみたいだ。試しに、今作った光体を光速に近い速度で僕の意志で動かしてみせようか?」
「い、いや、質量体をゼロから光速へ一気に加速なんてやられたら、その余波だけで至近距離のこのステーションが持たない。だから、実験するのは後にしてくれないかな? しかし、無から物質を作り出し、更にそれを光速近くまで加速する技術……もはや、僕らの技術からでは、想像もできないほどだよ……。具体的には、どんな方法で加速しているんだい?」
「うーん、そこはよく解らないなぁ……。なにせ、僕らは退化し衰退しつつあった存在だからね。君達の力になれないかって事で過去の情報をひっくり返して、役に立ちそうな情報をかき集めてる……僕達の一部が始めた事なんだけど、おかげで色々思い出した? そんな感じになってるんだよ」
「そ、そうか……。それと肝心な事だけど、その光体は空間の壁を超えることは可能なのかい? それが出来るなら、アスカ星系から第三航路へ接続する事だって容易く出来るはずだ」
「……えっと。うん、同胞が僕らのデータベース? に接続して、調べてきてくれたし、他の個体が安全なところで、実験してくれた。うん……結論から言うと、僕らは次元の壁を超える事も可能みたいだ。なるほど……僕らは元々第三航路空間と、この通常宇宙を自由に行き交う能力があった……いや、この光体化自体が次元の壁を超えるための能力なんだろうね……。要は長い時間の間に失われていた能力ってところみたいだね」
……はっきり言って、想像を遥かに超えていた。
そうか……この者達、ゲートキーパーは第三航路空間の管理者のような存在だとは思っていたが、本来通常宇宙と第三航路空間を渡り歩く……そんな宇宙生物でもあったのだな。
「……本当に、その場で同胞と接続しているんだね。我々も君を常にあらゆる手段で監視しているんだけど、外部との接続は一切観測できていない。にも関わらず……か。一体、どう言う手段で君の同胞と連絡を取ったんだい? 少なくともここは第三空間ゲートもエーテル空間ゲートからも光の速度でも数十分はかかる距離のはずだ」
「そうだね……。理屈は僕にも良く解らないんだ。けど、僕らの情報共有は瞬時に出来る……これが事実なんだ。僕たちは全にして個であり、そして個は全でもあるから故に……としか言いようがないなぁ。むしろ、君達がどんな方法を使って、遥か遠くと情報共有をしているのか、そっちに興味あるね」
……自分たちでも良く解っていない事を我々が理解できるはずもないか。
要は遠く離れたバラバラの個体同士が、常時情報接続されていて、お互いの距離すらも問題にしない……そう言う事なのだろうな。
我々は、こうやってアストラルネットを経由することで、情報共有が出来ているが、ゲートキーパーも似たような仕組みを始めから持っていた……恐らくそう言うことなのだろう。
まったく、生命体としての規格がまるで違う。
まさに、広大な宇宙に最適化された……文字通り次元が違う生命体。
むしろ、こんな奴らを本格的に敵に回さずに済んで良かったと思うべきだろう。
私が惑星アスカへ転生した事から始まった数々の僥倖……数々の伏線があってこそでもあるのだが……。
まったく、楽勝のように見えて、結構危ない橋を渡っていたのだなぁ……くらいのことは思うぞ。
「解った……君の能力は恐らく君が言うとおりなんだろう。けど、気を利かせる……か。なんとも、君達は柔軟な思考を有するようになったんだね。でも、悪いけど……その独力での空間跳躍は程々にしてくれないかな? さすがにその能力は脅威にしか思えないよ」
「うん、解ってるよ。僕らは君達に対して脅威と思われる行動はしない。それが僕らの総意……そこは信じて欲しいな。事実、実験なんかも君達に迷惑がかからないような誰も居ない恒星系でやってるし、何も影響は出てないはずだよ」
まぁ、確かに銀河系にも人類未踏の星系など、ごまんとある。
所詮我々は、飛び地伝いで領域化しているに過ぎない以上は、ゲートキーパー達が無造作に選んだ恒星系で何を仕出かそうが、さしたる問題はないと言える。
「確かにそうかも知れないけど……」
「いや、モドロフ宰相も……そこは、気にすんじゃねぇよ。なにせ、俺らはすでにお前らを信じるって決めたんだ。まぁ、ひょっとしたらなにかの拍子に騙し討ちくらい食らうかも知れねぇが……。お前らを信じるとアスカ陛下が判断したんなら、例えそうなっても誰も文句は言わねぇさ」
「……言われてみれば、確かにそうか。そう言うことなら、そこは僕も断言しても良い。帝国では誰もが皇帝の判断を心から信じ、支持する。そして、それがどんな結果になっても受け入れる。それは帝国臣民である以上はそう言うものなんだよ」
「そっか……アスカ陛下が僕らを信じてくれた。これはとても重要な事だったんだね。うん……それはとても嬉しい話だ。なら、尚更君達のために動かないと……だねっ! うん、約束する……僕らは君達を決して裏切らないし、アスカ様の助力になる事も誓うよ。僕達を過去の軛から解放してくれた君たち人類を友として、末永く共に道を歩みたい……それが僕らの総意だ」
「そんな簡単にまとまってしまうのか……。一つ聞くけど、君のその思いは何処から来たんだい? 何故、そこまで僕達を信頼できるんだい?」
「僕らの総意は今言った通り、君達と共存したいってのが第一になってるんだけど……。さっきも言ったけど、僕らは第三航路空間をいずれ来る誰かに譲り渡すために、その誰か以外には触れさせない……そんな使命があったんだ。これはいわば僕らにとっての最優先事項とも言える」
「……けど、君達はすでに、それが何者なのかも、認証キーがどんな物だったかも解らなくなっている。そんな話だったね。もっともそうなると、それがどうして僕らと共存したいって願望に繋がるんだい? 君達は僕らと戦っても分が悪いと判断した……それ以外に理由があるのかい?」
「そうだね……。モドロフさん、一つだけ確認したい。君達の上位存在……アスカ陛下は君達のすぐ近くにいる……この理解であってるかい?」
こちらをちらっと見てから、モドロフも静かにうなずいた。
まぁ、こんな聞き方をされてしまっては、そうせざるを得ないだろう。
「そうだな。具体的な場所は教えられんが。この部屋をリアルタイムで監視できる。その程度には近い場所にいる……だが、簡単には会えねぇぜ。実際、俺らですら直接相見えるのは出来ていないんだからな」
「ああ、アスカ陛下はとても近い場所にいるけど、いないとも言える……悪いけど、それ以上の説明は出来ないし、するつもりもない」
「なるほど、つまり情報空間……この表現で合っているかどうか解らないけど、アスカ陛下はそこに来ているんだね。ねぇ、モドロフさん、それにゲーニッツさん、僕をアスカ陛下に会わせてもらうってのは出来ないかな?」
「……お前、俺の話聞いてたか? 俺らですら謁見出来てないんだぜ? それで会わせろとか無茶言ってんじゃねぇよ!」
「ごめんなさい……。でも、これはとても大事なことなんだ。だから、正直に言う。僕は……いや、僕達はアスカ陛下こそ、僕らが探して求めていた認証キーの保持者ではないか……そんな予感がしてるんだ」
「よ、予感? ちょっと待ってくれ! そんな話初耳だし、そもそも、なんでアスカ様が君達エネルギー生命体が探していたと言う認証キーの所持者なんて話になるんだい? 話が飛躍しすぎていて、まるで理解できない!」
……まぁ、実際問題。
私自身、その認証キーとやらにはまるで心当たりはない。
恐らく、パスコードかなにかだとは思うのだけど。
第三航路の認証キーらしきものと言っても、代々皇帝として受け継がれてきた知識にも無い。
ゼロ陛下に視線を送ると、何のことか解りませんと言いたげな様子で、両手を上げるジェスチャーをしている。
もしかしたら、大和殿から託された手の甲の紋章……プライマリーコードがそれなのかも知れない。
そう思って、紋章を指差しながら、大和殿を見つめると「さすがに、それはないから」と言いたげに首をブンブンと横に振られる。
確かに、もしも、これがそう言うことなら、大和殿もとっくに昔にイスカンダルを探す旅に出ていただろうからなぁ。
「確かに、その誰かについての情報はすでに僕らにはない。けど、その時が来れば解る……それだけは理屈抜きで解るんだよ。そして、その時が近いということもね。だから、どうだろう? 無理を承知で頼みたい……僕にアスカ陛下と直接会わせて欲しいんだ! 多分、会えばすべて解ると思うんだ」
……この私が第三航路の本来の利用者……認証キーの保持者だと?
だが、何よりもジュノアも単なる予感でこの話を進めようとしているが、むしろ、確信に満ちているようにも見える。
もうすべて答えは解っていて、その答え合わせをしたい。
この者……ジュノアから感じる意志はまさにその一点のみ。
どうやら、決断の時のようだった。
「ゼロ陛下……どう思う? 私にはジュノアの言う認証キーとやらの心当たりはない。ゼロ陛下もその様子では心当たりもないようだな」
「そうだね。もしそんなものを手に入れていたのなら、僕らの時代でとっくに第三航路に進出してたに決まってるさ。けどもし、それがあるとすれば、僕と君の間に存在した皇帝達の誰かがそれと知らずに得ていて、それを君の代まで伝えてきた……。もしくは、君自身が知らず知らずのうちにその認証キーを得ていた……そんな可能性があるけど……。そもそも認証キーがどんなものだかが解らないんじゃあ、さすがになんとも言えないよ。せめて、ヒント位欲しいところだねぇ……」
「……そうか。陛下でも解らんか……それでは、私に解るはずもないな」
「いやいや、そんな風に卑下しないの! けど、考えてみればすごい話じゃないか……あのゲートキーパーが探し求めていた真なる主人が君だって可能性があるなんてさ! さすがアスカ陛下っ!」
「いやいやいや、確かにすごい話だとは思うのだが……。実際問題、どうしたものかな……。ジュノアは会えば解ると言っているが、何を根拠にしているのだかな。まぁ、エネルギー生命体の考えることなど、我々にとっては理解の範疇外ではあるのだろうが……」
「……と言うか。直接会うとなると、向こうにこっちに来てもらうか……。アスカ陛下の意識の依代……仮装義体を向こう側に用意してって事になるだろうけど……。確かに迷いどころだねぇ……。正直な所、決断を急ぐのはあまりお勧めしたくないけど……。こう言うときに時間をかけた所で、意味なんて無いだろうからね。むしろ即決すべき話でもある……。いずれにせよ、決めるのは君だよ」
まさに、決断の時……だった。
だが、銀河側に仮装義体を用意してもらう……これは論外と言える。
なにせ、ユリコ殿の前例では、意識転送後……一ヶ月近くも昏睡状態のようになってしまっていたらしいからな。
どうも、ヴィルデフラウ体と人体の模倣体との差異と16万光年の意識転移には、そんなリスクがあって、その程度には調整の時間がかかるようなのだ……。
もちろん、もう少し短く済ませることも可能だろうが、あのユリコ殿でもそんな有り様だったのだ……容易ではない事は確かなのだ。
私とて本音を言えば、銀河側に身体を用意してもらった上で、国民や臣下達に私の生存を大々的に告げたいところなのだが……。
そう言う問題点があると解っている以上、気軽には出来ないと判断しているのだ。
なにぶん今、貴重な時間を浪費するわけにはいかないのだ。
そうなると、必然的に取りうる選択肢としては、ジュノアをこの場に呼び出す事なのだが……。
これもリスクはゼロではない。
なにせ、エネルギー生命体の精神体がどの程度のものなのか、まるで想像が付かないからだ。
ゼロ陛下の言うように、この場は決断を先送りにした所で、誰も文句は言わないであろうが……。
だが、予感があるのだ。
これはこの場で決断すべきなのだ。
そして、その決断がすべてを決する……ここがターニングポイントなのだ。
「で……どうするのかな? なかなかに、難しい決断だから、持ち帰って他の皆や神樹様と相談して、改めてってのでもいいし、それが常識的な対応だと思うんだけど……」
「いや、問題の先送りなど、皇帝のすべきことではない。それに、今すぐ決めねば不味いことになる。要は、私としても急ぐ理由があるのだ」
……なにせ、強がっては居るものの。
向こう側の状況は決して良くはないのだ。