第六十四話「遥かなるマゼラン」⑤
「……信頼をありがとう。こう言うときはそう言うべきなんだよね?」
そう言って、カメラの方へ視線を送るジュノア。
その視線は、確実に私を捉えているように見えた。
「ああ、あのお方は寛容だからね……。君の謝意もちゃんと伝わっているよ。ではその上で話を続けよう。単刀直入に言うけど、僕らとしては最低でも十六万光年彼方のアスカ星系に万能製造装置を積んだ空間跳躍船を第三航路を経由した上でアスカ陛下の増援として送り込むべきだと考えている。けど、その場合……リアルタイムでのアスカ星系の正確な相対座標を知る必要がある。つまり、亜空間たる第三航路空間とこちらの宇宙とで瞬時に情報交換を行う方法……その方法さえあれば、なんとかなるんだけど……。そんな便利な方法に心当たりはないかい?」
すでにモドロフにも先程の大和殿のプランが共有されているようだった。
さも前から知っていたかのようにシレッと言えるあたり、さすがであるな。
「なるほど、確かにそれは難問だね。力になりたいのはやまやまだけど、僕ら自身には外の世界と僕らの第三航路空間の繋がりの情報はほとんどない。けど、出発点と目的地の相対座標さえ解れば、安全に近くまで連れて行くことくらいなら可能だと思うよ」
「その目的地の正確な座標が解んねぇから、困ってるんだっての……。だがまぁ、これまで俺らのいる外の世界をロクに知らなかったお前らに、それを要求するのは酷な話ってことか……参ったな……こりゃ八方塞がりだよなぁ……」
「いや、そうでもないよ。そう言う事なら、通常宇宙から第三航路へ飛び込めば、良いんじゃないかな? 第三航路から通常宇宙へ飛び込むのが厳しいなら逆のアプローチで行けば済む話だと思うよ。第三航路空間に飛び込んできたのを観測すれば、そこが一番いいポイントだってのは一目瞭然じゃないか」
「……実を言うとアスカ陛下も君と同じ結論でね。どうやらアスカ陛下は自力で恒星間宇宙船を建造して、この銀河への帰還を目指す……そう言う方針らしいんだ」
「なるほど……アスカ様もそこは承知の上なんだね。確かに、第三航路空間と通常宇宙はそのスケール差で、通常宇宙へアプローチする為には光年レベルの誤差を許容する必要があるみたいだ。でも、逆の方法なら誤差は無視できる範囲に収まる。うん、僕らもその方法がベストだと断じるよ」
「そうか……君もそう言う意見か。確かに理屈の上でもそれは理解できる話だ。けど……それじゃ駄目なんだ……」
「なるほど、その様子だと君達はその方法に満足していない……そう言う事なのかな? なにか技術的……或いは時間的な問題がある。そう言う事かな?」
「その通りだよ。なにせ、そうなると僕らからはアスカ陛下へ何一つ手助けも出来ない……。そして、アスカ陛下のプランもだけど、僕らの出来るどんな方法でも概算でも10年単位の月日がかかってしまう。そんなに時間がかかってしまっては、何もかもが手遅れになりかねない……」
「まぁ、そう言うことだな。アスカ様のいる所はどうも四方八方敵だらけって状況みたいでね。そんな所でアスカ様は孤軍奮闘を強いられている……さすがに10年も待ってられねぇってのが、俺等の本音なんだよ」
まぁ、孤軍奮闘と言うほど、ひどい状況ではないし、そもそも敵を増やしたのは私の責任でもある。
考えてみれば、もう少し穏便なやり方で敵を増やさず、地道にやる方法もあったのでは無いかという気がしないでもない。
ただまぁ……思い起こすと、結局なるようなった。
そんな風にも思えるので、過去の選択が間違っていたとは私も思わない。
「……だから、せめてなんとか今すぐにでも手助けをする方法がないか……今こうしている間も議論してるんだ。君ならば、もしかしたら僕らの想像もつかない方法を知っているかもしれないと思ったけど……。やはり、アスカ陛下と同じ結論……と言うことか」
唇を噛んで、俯くモドロフ。
気持ちはとてもありがたい……。
恐らく、こうしている間にも私のかつての配下や、様々な人々が私の救援プランを考えているのだろうな。
だが、そんなモドロフの様子をジュノアは不思議そうに眺めていた。
「うん! そう言う事なら、そのアプローチは間違っていないって事だよね! なら、話が早い……この僕が直接アスカ様のところに行って、第三航路へ導くってのはどうだい? 多分、それならそう難しい話じゃないと思うよ」
ジュノアのその言葉に私も含めて、誰もが呆気にとられる。
「ま、まさか! そんな簡単に行けるはずが……! 16万光年の距離を何だと思ってるんだ!」
「それはもちろん解ってるよ。光の速度で16万年かかる距離なんだよね? 僕らの感覚でもそれは途方もない距離だ。けど、それはあくまで物理的な距離……情報ならば話は別なんだよ。と言うか、情報伝達に距離の制約なんて、実のところ存在しない。何故ならば、僕ら自身の情報伝達がそう言うものなんだ。僕の予想では君達もすでに距離の制約に縛られない情報伝達手段を持っている……そう思うんだけどどうかな?」
……情報伝達には、距離の制約がない。
ジュノアの言葉には、大いに頷ける。
なにせ、今の私も16万光年彼方から、情報体と言う形で本国の情報ラインに接続しているようなものなのだからな。
このアストラルネットと言う代物……解らないことだらけではあるのだが。
その本質となると、恐らくそう言うことなのだ。
「……君達にも、同胞と瞬時に情報接続を行う……そんな技術があるとでも言うのかい?」
「あるよ。現に、僕は同胞達とリアルタイムで情報交換を行いつつ、意志の統一を行っているんだからね。君達の言葉で言うとリアルタイム情報共有システムってところかな? そして、君達もそれに近いシステムを既に実現していて、例え10万光年彼方であっても瞬時に、かつ自在に情報共有を行っている……。あくまで僕の憶測なんだけど、どうかな?」
ジュノアの返答に、モドロフもゲーニッツも凍りついたようになる。
確かに、その情報については、ふたりとも一言も言及していない。
だが……そんな反応をしてしまった時点で、もう肯定しているようなものだ。
「馬鹿な! 君にはそんな情報与えていないはずだっ! 一体どうやって知ったんだ!」
「ふふっ、実を言うと、今確信したんだ。なんだっけ? カマかけって言うんだっけ? と言うか、僕らが出来ることなんだから、君達が出来ても不思議じゃない……そう思ったんだけど、当たりだったみたいだね」
……モドロフが絶句しているのが解る。
私の予想通りだったか……。
要するに、あいまいな情報から憶測で語って相手の反応から、確信を得る。
コヤツ、なかなかに巧みであるな。
だが、そうなるとコヤツはそこで孤立しているようで、実のところ、仲間と常時接続していて、今も遠く離れた第三航路の仲間たちと情報共有を行っている……そう言うことなのだろう。
そして、種族全体でほぼ統一された意識を持つ……まったく、恐るべき種族だな
「……モドロフ、こりゃ俺らの負けだな。やれやれ、ハッタリで相手の反応を見て……とか、やるなぁ。俺らもよく使う手だが、解ってても図星を突かれるとつい反応しちまうもんだからな。ああ、お前の予想通りだ……俺等はすでに16万光年彼方に、そこのジュノーの同類を何人か送り込んでるんだ。詳しくは知らんが、確かに情報体なら距離の概念を無視できる……。だが、そう言う事なら……」
「そ、そうかっ! 君は本来エネルギー生命体で、今のその身体も半有機人工身体……仮初めの身体に過ぎない。つまり、君達は本来、人工知性体達と同様の情報生命体と言える存在なのか! となれば、アスカ星系に精神だけを転移させることも可能……そう言うことか!」
……さすがにそれは盲点だったな。
だが……ジュノアがこちらに来たところで、問題の解決にはならないのではないだろうか?
実際、ヤマト殿やユリコ殿もこちらに来ているのだが、ハードウェアを持ち込めないと言う制約がある以上、結局現地のお母様頼みと言う状況になってしまっているのだ。
そして、お母様と我々の技術のミスマッチ故に、思ったように機械化が進められないでいる……それこそが問題なのだ。
その辺りはジュノアが来たところで同様だと思うのだが、なにか我々の想像を超える秘策があるのかもしれない。
ひとまず、ここは黙って見守るまでのことだな。
「だが待て、コイツ一人であっちに行ってどうするんだよ……。実際にすでにスターシスターズ達が何人かあっちに意識転移してるようではあるんだが……。こっちの物を持っていけないんじゃ、結局、何の解決にもならないみたいなんだぜ?」
確かに、ジュノアの気持ちはありがたいが、仮に来てもらっても助力になるかといえば、正直微妙ではある。
実際、人類を遥かに凌駕するほどの叡智を持つ大和殿ですら、現地では宇宙戦艦どころか、本来の自分の艦体の再現すら出来ていないのだ。
「……うん? 確かに今の僕は、この身体があるけど、さっきも言ったけど、本来の僕はエネルギー体なんだよ。そして、僕自身……実は、こう言う真似だって出来る……モドロフさん、ちょっとここの外をモニターしてみれくれないかな? きっと面白いことが起きてると思うよ」
こちらのモニターにも、ジュノアを収監している宇宙ステーションの外観が表示されるのだが。
その近くに、まばゆく輝く白い光点が出現していた。