第六十四話「遥かなるマゼラン」③
「大和殿達よ。盛り上がっている所すまないが、リスク想定はどうなっているのだ? 我が第三帝国の過去の実績によると、空間跳躍船を未知の恒星系に送り込むとなると、相当高いリスクを覚悟する必要があるのだが……。ああ、大和殿に我が第三帝国の過去の実験記録を無制限で参照可能としておいたから、検討材料にしてみてくれ」
「ほほぅ……。これはまた随分と詳細な試行錯誤の記録があったものだな。確かにこのデータを見る限り空間転移船については、かなり問題があるようだな……。そして、この場合でも通常宇宙側の正確な座標情報を特定する必要がある……と言うことか。それにワープドライブ自体もかなり問題があったようだな。というか、こんな代物で空間転移にチャレンジとか……無茶しよったなぁ」
まぁ、熱核融合炉並の高出力強制冷却装置が必須な上に、エネルギー消費が凄まじく、その上転移誤差が激しすぎる……少なくとも重力のあるエーテル空間で使うようなものではなかったと言うのが、当時の技術者達の見解のようだった。
要は、全くの失敗チャレンジ。
当時の財務局あたりが、しょうもないムダ遣いするなとお冠だったのも頷けるのだが。
こうして、100年後に役に立っているのだから、あながち無駄とは言えない。
例え、失敗に終わったとしても、その事自体が何年も先に意味が出てくる事だってある。
これはまさにそう言う事例と言えるであろうな。
何よりも、今回のケースでは第三航路は、宇宙とほとんど変わりない無重力空間で、強制冷却装置や精密機械技術についても、100年もあれば相応に進歩しているからな。
最新の技術を結集し、予算も無尽蔵となれば、もう少しマシなものが建造できるだろう。
だが、それでも恐らく足りないだろうと言うのが私なりの結論だった。
いかんせん、とにかく時間が足りん……そこが一番の問題なのだ。
マゼランと銀河間の移動にかかる時間だって、それなりにかかるのだ。
増援を送るなら送るで、今からでも取り掛かってもらわんと、何もかも手遅れになってしまう。
「ああ、なにせ……恒星に突っ込むようなリスクを許容するか、転移先が数光年彼方となってしまう事を覚悟するかの二択なのでな……正直、これはかなり危険な賭けとなるぞ」
「なるほどなぁ……重力と転移精度に相関性があるのか……。確かに、恒星だのガスジャイアント惑星に引き込まれてそれでも耐えられるような船を作るなど、さすがに我と帝国の技術を総動員しても無理筋であるな……。となると、空間転移精度は諦めて転移誤差を許容するしかないが……。完全にリスクを廃するとなると、光年単位の誤差を許容せねばならんのか。もっとも、自力で外宇宙航行が出来るのであれば数光年程度ならば亜光速航法でも超えられぬこともないと思うが……それで10年単位の時間がかかってしまっては、地道にこちらで宇宙戦艦建造まで持っていった方が現実的ではあるな」
「ああ、結局のところは、増援を送ってもらうにせよ、こちらで地道にやるにせよ……。十年単位の事業となることは覚悟の上……まぁ、そう言うことだな」
「ふむ、コスモ零式を大型化すれば、なんとかなると思ったのだが……。そう簡単な話ではないか。確かに、十六万光年の跳躍を想定すると、最後の難関……転移相対座標の最適値特定が大きな問題になるな……。今しがた、試しにアスカ殿から提供いただいた過去の実験データを元に仮想VRシミュレーションを行ってみたのだが……。転移先を恒星から遠ざけるとやはり最悪、光年単位の誤差は出てしまうようだな……。せめて、リアルタイムの正確な星系重力マップの把握と、重力安定地帯……重力凪ポイントの相対座標が解れば、少しはマシなのだがな」
大和壱号殿もさすがに、3号と同期の上で同じ結論に達したようだった。
今の惑星アスカでの我々の技術を用いて、星系重力マップを作成するにしても、星系の各地に探査船でも送り込んで、分析に分析を重ねた上で算出できる……そんな調子になるので、これもやっぱり一年やそこらで完遂できるわけがない。
最低10年……これはどの方法を用いても、その程度の年月はかかるということだった。
やはり、問題となるのはここだったか。
「……と言うわけだ。気持ちはありがたいが、検討を重ねた結果、やはり時間をかけながら、我々の独力で解決する他無いと言うのが結論だ。これは悲観論と言うより、過去の第三帝国の積み重ねた実験データと専門家である大和殿の検証の結果なのだ……。まぁ、予想通りではあるのだがな」
ため息混じりにゼロ陛下へ結論を告げる。
まぁ、この結論は論じるまでもなく、解ってはいたのだが……言葉にするとやはり、絶望的な気分にもなる。
「まぁまぁ、結論を急がないでよ。むしろ、具体的な問題点が見えてきたと言うべきじゃないかな? それは間違いなく進歩と言えるんじゃないかなぁ……」
「……そうは言うが、どれもこれも今の時点で解決が難しい問題ばかりなのだ。ゼロ陛下も同じデータを参照の上で検証してみてくれ、恐らく私同様の結論となると思う。実際、どうなのだ?」
「そうだね……。確かに君の言うように僕らだけだと、この問題の解決は難しそうだ。でも、この実験データはあくまでエーテル空間と通常宇宙間の跳躍船のデータなんでしょ? 第三航路はエーテル空間とは随分違う環境なんだし、第三航路空間は限りなく宇宙空間に近い環境なんだから、既存の宇宙船をそのまま投入できる……エーテル空間みたいにゴテゴテとあちこち補強したり、フロート付けて重力圏対応させるとかそんな必要もないし、空間転移にしたって、無重力空間から繋げるとなると、かなり難易度が下がると思うよ」
「だが、そうは言ってもなぁ……」
「それに、このシミュレーション結果は100年前の実験データを元にしているんだよね。100年あれば技術も相応に進化してるんだから、もっとマシな船を作れるんじゃないかな? 実際、君達第三帝国は僕らの時代でも考えられなかった10kmもあるような超巨大外宇宙探査船を実用化するほどになってるじゃないか」
「た、確かにそうなのだが……。だが、第三航路での空間跳躍船の実験データなど、さすがに何処にもないぞ。実際に試すとなると相応の時間をかけた実験データを積み重ねないと、それこそ一か八かのギャンブルになってしまう! 私も……皆にそこまで……危険を犯して欲しくはないのだ……」
「うん、たしかにごもっとな話だけど、第三航路の問題なら、その住民に聞いてみるって手はどうだい? 幸い、そこにその住民がいるじゃないか。いいかい? 解んない者同士で議論してても、結局何も解らないままで無為に時間だけが過ぎてしまう……そんな風になりがちなんだよ。なら、ここは専門家の出番。そう言うことでしょ?」
「な……なるほど、それは一理あるな。第三航路はエーテル空間とは別物、そしてそれを住処とする者達もいて、味方になりたいと言ってきている。確かに、直球でズバリ聞いてしまうのはいい手かもしれんが……。だが、問題は亜空間から通常宇宙をリアルタイムで観測する手段が無いと言うことなのだ。果たして、ゲートキーパーに解決方法があるのだろうか?」
「いや、だから……まずは意見を聞いてみようよ! まずは、そこからじゃないかな……。向こうも、話が一段落して何だかすっかり暇しちゃってるみたいだしね! 味方になってくれるって事なら、大いに結構! 僕もそこは全面的に支持するよ……次は具体的に味方になってくれるメリットを示してもらおうじゃないか! まさに、Give and Takeって奴さ! はははっ! さっきから見てると、なんか暗いんだよねぇ……アスカ陛下ももっと気軽に行こうよっ! 深刻ぶったって何の解決にもならないんだから、嘘でもいいから明るく軽く! 僕だって、いつもそんな風だっただろう?」
ゼロ陛下の軽いノリは……なんというか、深刻になっているこっちが馬鹿らしくなるほどには軽い。
まぁ、この方はいつ何時もこんな調子で、どんなに厳しく絶望的な状況でも決して、俯くことなく、常に余裕を見せて、軽い調子でなんとかなるさと告げる。
そんなゼロ陛下の軽さには、誰もが助けられ……実際に、この御方は幾度となく訪れた難局を尽く乗り越えてきたのだ。
実際、お目にかかるとなんとも頼もしく見えてくるから不思議だった。
これが……。
古今東西並ぶものなしと言われた英傑……初代銀河帝国皇帝ゼロ・サミングス陛下。
なんというか、私程度では小物に思えてきてしまうな……まったく。
見ると、向こう側では休憩と言うことで、お茶の時間としているようだった。
どうも、使者たるジュノアも人並みに味覚なども備えているようで、ジュノーが用意したお茶と茶菓子を嬉しそうに食べており、顔についたカスをジュノーが取ってやって、実に仲睦まじいと言った様子だった。
なるほどな……確かに、ここまで信頼関係が構築できているのならば、素直に頼ってみるのもいいのかもしれん。
「大和殿……。先のことを踏まえて、ジュノアに協力を要請してみよう。案外、別の切り口から解決案を出してもらえるかもしれんぞ」
「そうだな……。確かに、第三航路についてはゲートキーパーが一番詳しそうだな……我らも所詮はあの空間の事を何も解っていないと言って良いからな。そもそも、連中も何を活動エネルギーとしているのかについては、未だに解っていないのだ。それについても一度聞いてみたいと思っていたのだ」
「確かにそうだねぇ……。あくまで現時点の第三航路の観測結果なんだけど、あの空間のエネルギー密度は極めて低いんだよ。要するに本気で何もない……外宇宙でもありふれてる水素分子のような星間物質も殆ど存在しないし、通常宇宙のようにあちこちからの天体由来の電磁波ノイズが飛び交ってるわけでもない。にも関わらず、10kmどころか数百キロにも及ぶような超巨大エネルギー体として、彼らはあの空間に忽然と出現した……はっきり言って、本気で未知の存在ではあるんだよ」
「なるほどな。そんな不毛の空間にエネルギー消費が激しいエネルギー生命体……それもそんな巨大な個体が存在出来るとなると、何らかの手段で外部からエネルギーを得ているのは間違いないな……。そして、それこそが問題解決の鍵を握っている可能性がある……ゼロ陛下はそう言いたいわけだな」
「相変わらず、察しがよくて助かるよ。まぁ、そう言うことなんだよ。実際、第三航路空間のどこだろうが、まるで湧き出すようにゲートキーパーは現れ、光速で迫るなんて離れ業を見せてくれた。案外、アレは光速の壁すらも超える……その程度の能力はあるんじゃないかって気がするよ。でも、そこがゲートキーパーの最大の謎と言えるし、最大の危険性とも言える。だからこそ、そこはきっちり情報を引き出す必要があると思う。それに、彼らなら僕らの問題についての解決方法もすんなり出してくれるかも知れない……と言うのはちょっと期待のし過ぎかな?」
「確かにな……エネルギー生命体の燃費が悪いのは、ラース文明との交戦事例からも明らかだ。確かに、そこは解せんし、危険だと言う事も解るな。それに光速の壁をたやすく超える……つまり、物理限界も距離の概念を問題としない……か。それは斬新な見解であるが、あの宇宙生物の生態を我々の尺度で考えると言う事自体が、そもそも間違いなのかもしれんな」
確かに言われてみれば、エネルギー生命体にとっては距離は大きな問題のようには見えない。
そもそも、宇宙自体が人間の尺度では広大に過ぎるのだが、そんな広大な宇宙を生息域とする生物となれば、光の速度と言う物理的な壁を超える術すら持ち得る可能性は十分に考えられるのだ。
それに何よりも……そのエネルギー源もまるで解っていない。
何らかの方法で無尽蔵に近いエネルギーを得る術を持つ……そう考えるのが自然ではある。
もっとも、その時点でゲートキーパーは我々の文明を軽く凌駕する力を持つとも言える。
……そこは是が非にでも確認すべきだった。
無言で大和殿に向かってうなずくと、私の意図を理解したようで、ヘッドセットに向かって何事か呟いている。
何と言うか、阿吽の呼吸と言った調子だが。
初対面になる大和一号殿と言えど、勝手知ったる三号殿と変わりないようだった……まぁ、事実上の同一人物であるのだから当然の話か。
「ジュノア……楽しんでもらってるところ、申し訳ないけど、ちょっといいかい? さるやんごなきお方からの直々の質問なんだけど、君達が思考するエネルギー体……エネルギー生命体だと言うことは、僕らも理解してるんだけど、君達の存在を維持するだけのエネルギー源は一体どこから供給されてるんだい? 知っての通り、第三航路空間は不毛の空間だ……僕らの観測情報でもあの空間には、一般的な分子や原子はもちろん、電磁場すらもほとんど存在しないということが解っている。となると、あんな無の空間そのものと言って良い空間に、どうやって君達は存在できているんだい? むしろ、これは当然の質問だと思ってくれ」
なにせ、何日も前からゲートを設置して陣取っていたとは言え、こちらも周辺に10天文単位に及ぶ距離にまで観測衛星を飛ばして、相応の警戒体制を敷いていたにも関わらず、一瞬で10光秒程度の至近距離にまで近づかれてしまっていた……当時の交戦記録データを読む限り、そのような状況だったと読み取れる。
突入実験も、当初の予定ではゲートキーパーとの交戦の可能性は想定していたものの、ゲートキーパーの接近を察知次第、さっさと撤収する前提で計画されており、ゲーニッツ大佐の直感で一手早く動けたからこそ、奇襲という最悪の状況に陥らなかったと言うだけの話だったのだ。
以前の例でも同様に入念な観測体制を整えた観測ステーションが通報の暇すらなく、敢え無く消し飛ばされていたりもしていたのだが。
その原因としては、ゲートキーパーの正体がまるでわかっていなかった事もだが、その神出鬼没故にと言うのも大きかったのだ。
あの実験も結果だけ見ると大成功だったが、実のところ薄氷の勝利だと私は見ていた。