第八話「ギャロップ肉とタンネンラルカ」①
「ああ、そうだ。どこか見たいところはあるか? 街を見たいと言っていたし、今も見るもの全てが興味津々と言った様子じゃないか」
……確かに、これでは見るもの全てが新しい……いわゆるお上りさん状態だ。
うぉっ! なんだ……あの猫耳は……。
うーむ、よく見ると妙に毛深い半獣人みたいなのや、歩く猫みたいなのもいるぞ。
「ああ、ありゃ獣人共だな。獣の要素が混じった亜人ってとこだ。まぁ、いきなり噛みついてきたりはしねぇし、言葉だって普通に通じる。まぁ、ちょっと見た目が変わった人間ってとこだな。精霊の国には獣人は居なかったのか?」
私の視線に気づいたのか、ソルヴァさんが説明してくれた。
……そりゃ、ファッションでコスプレしたり、身体改造で猫耳付ける女の子とかは、いるにはいたが……。
あくまで少数派だったので、リアル獣人なんて見たこともない。
まぁ、惑星探査計画に伴い見つかったいくつかの異種族惑星国家には、確かに犬猫のような動物がヒューマノイドに進化したような例や、海洋惑星でも水深が浅い惑星もあり、水中生活に適応した魚人のようなヒューマノイド種も居たと言う報告は受けていたのだが。
それらは、自分達の領域から積極的に出てくることもなく、こちらも出そうとしなかったので、全くもって一般的ではなかった。
ヴィルゼットは……あれは例外に過ぎる。
だが、なんとも、ファンタジックな光景であるなぁ。
「……いるにはいたが。もの好きに限ると言ったところかのう。しかし、あの歩く猫はなんなのだ?」
その猫耳獣人と並んで、リュックみたいなのを背負った直立歩行する猫みたいなのがいた。
手足が二本ずつで、直立歩行が出来る……ヒューマノイドの定義にはかかっているのだが。
どちらかと言うと、歩く猫としか言いようがなかった。
知的生命体のようだが、あそこまで猫そのままなのはなんとも珍妙と言えた。
「ありゃ、ナックルだな。言葉は喋れんのだが、好き好んで人間の街にやってきて、人足やらをやってくれる。本来は魔物の一種らしいんだが、至って無害だし、案外気のいい奴らでな……。まぁ、誰もが気の良い隣人として扱ってるってとこだ」
ナックル?
……やっぱり見た目はデカくて歩く猫。
帝国でも外部電脳を増設して、知能を高めた愛玩用の強化猫とでも言うべき動物はいたからなぁ。
だが、よく見ると勝手に道の端にゴザ広げて、得体のしれないものを並べて、同族相手に商売のような事もやっているようだった。
話を聞く限り、ある種の社会寄生生物のようなものなのかもしれん。
もっとも、猫という動物は徹底して人間に依存することで、人類と共に共生進化してきた生物でもあるからな……なので、銀河時代でも猫は割と何処に行ってもいる。
中には、野生化して独自進化したような例もあるらしいので、なんともタフな生き物なのだ。
地球外生物についても、単独行動、瞬発力重視のハンタータイプの四足歩行動物は、収斂進化で似たような形状になるようで、遺伝子的にはまるっきり別の生き物なのだが、見た目は猫科に酷似していると言う地球外起源生物はさほど珍しくはなかった。
そう考えると、宇宙には、猫型の知的生命体も居てもなんらおかしくないし、この異世界でも猫同様、そんな感じで人と共生の道を選択し独自進化した生物……そう言うことなのかもしれん。
「まったく、いちいち驚きの連続であるな。実に興味深いな」
「まぁ、興味があるのは結構だが、ほどほどにな。俺が一緒なら、そうそう絡んでくるような奴はいねぇだろうが。目が合ったとかその程度で、喧嘩売ってくるやつも、ここらじゃ珍しくねぇんだ。要らぬトラブルに巻き込まれてもつまらんだろ? だが、そんなに違うもんかね……。街なんて何処行っても似たようなもんだと思うがね」
違うも違う、大違いなのだがなぁ。
私にとっては、市街地と言えば、重力制御技術を使った交通機関や空間投影ディスプレイだらけの近代都市が当たり前だったのだ……。
こんな訳が分からない亜人種が当たり前のように闊歩していて、建物も低くて、街路樹が並んでいて……。
ああ、そうか。
この異世界の町は、空がとても広いのだな。
そびえ立つ摩天楼もなければ、空間投影ディスプレイ広告も無ければ、チューブライナーのひとつもない。
本当に空に何もなかった。
空を緑に染め上げる浮遊珪藻雲も浮かんでなければ、人類の活動に伴う大気汚染もまったく縁がない。
どこまでも深く澄み切った青い空と白い雲。
私達は……満ち足りた社会を作ったつもりになっていたのだが。
空を見上げることもなくなっていたのだなぁ……。
ふっと、目頭が熱くなる。
なんと言うべきか……こんな事に感動しているのか、この私は。
「お、どうした? 砂でも目に入ったか?」
そう言って、ソルヴァさんが笑う。
「なんでも……ないっ!」
一応、これでも古代の社会文化などは、知らない訳じゃなかったんだがな。
銀河連合には、古代地球への回帰と称して、最新テクノロジーを使わない生活様式の惑星などもあったし、それらの惑星を訪問したテレビクルーが作成したVR体験番組もあったから、こんな古代社会の街並みだって見たことあった。
もっとも、VR体験と実物では訳が違う。
VRでは、こんなにも空は青くなかったし、こんな熱を持った風なんて吹いてなかった。
周囲を見渡すと何もかもが新しかった。
道行く人々と街並みも……この雄大な大自然も。
いかんいかん、この調子では通りを歩くだけで一日が終わってしまいそうだった。
もっとも、市街地と言えるのは、この城壁で囲む予定だった精々2km四方程度の範囲らしかった。
歩きだとそこそこの距離だと思うが、都市の規模としては明らかに狭い。
……間違いなく、ここド田舎とかそんなような気がする。
「やっぱ、お前さんの故郷とは、随分違うのかね? まぁ、何もねぇとこだが、悪くはねぇ街だ」
「そうね……。確かに見るもの全てが斬新。出来れば、街のすべてを見て回りたいところだけど、見どころとしては、何があるのかしら?」
一応、言葉使いも素のままだとなんとも横柄な口調になってしまうので、意識して子供っぽい口調に変えるようにしよう。
なんともやりにくいが、この方が皆、好意的なようなので、今後もこれで行くつもりだった。
なぁに、何事も慣れだ。
だが、唐突に言葉使いを変えたせいで、面白かったのか、ソルヴァ殿が笑い出す。
「なんだ、その口調は? つか、そんな年相応の喋り方も出来たんだな」
「笑うな……いや、笑っちゃ駄目でしょう。まぁ、年相応と言うよりも、見た目相応の喋り方ってところかしら。何か文句あるの?」
「いえいえ、文句なぞございませんよ、お嬢様。まぁ、いいんじゃないか? あんな、どこぞの魔王みたいな口調はどうかって思ってたしな。実は注意しようと思ってたんだが、自分で気付いて直そうとしてくれてるなら、俺も何も言わん」
「ならば、そのニヤけツラをなくせ。なんかムカつくぞ。と言うか、さっさと案内せい。いや……早く案内してよっ!」
「ははっ、仰せのとおりに。だが、全部見てたら、半日じゃとても無理だぞ。まぁ、軽く説明すると、まずこの中央通りはこのまま進むと、中央広場に突き当たるんだ。そこはいつも朝市が開かれているし、露天商や屋台も多い。もっとも、この時間だともうほとんど売り切って店じまいしてる頃だろうな」
なお、時刻は正午ちょっと過ぎ。
この世界の人々は、日が昇ると起き出して、日が沈むと晩ごはんを食べて、さっさと寝に入るらしい。
明かりと言っても、オイルランプや松明なので、夜に起きていても真っ暗なのでやることないんだろう。
「そっか。じゃあ、他にはなにがあるのかしら? 面白そうなところがあるなら、是非見たいわ」
「そうだなぁ……。ここから見て、左側の方は、高級住宅街でな……貴族様やら金持ち連中が住んでるし、住宅街の奥の方には領主様のお屋敷がある。もっとも、俺らみたいな平民がウロウロしてると、難癖付けられたりするから、あまりおすすめはせんな」
「確かに……通りを挟んで右と左で随分、家の見た目が違うようね……。小綺麗な方が貴族街で、こっちは一般人向けってところかしら」
「そうだ。もっとも、貴族街以外はどこも似たようなもんだな。ただ、この大通りの突き当り……南門の方はあまり行かないほうがいいな。門の外にはスラムが広がってて、勝手に住み着いてる奴らがいて、南門周辺は治安もあまり良くない」
スラム……いわゆる貧民街か。
帝国も場所によっては、難民認定待ちの難民などが収容施設を脱走して、勝手に廃棄区画に住み着いて問題になったりしていたものだ。
セーフティネットが充実していた帝国でもそうだったのだから、この世界ではもっと酷いだろう。
おそらく、こんな子供など、真っ先に目をつけられて、誘拐されてしまいそうだった。
とりあえず、単独行動は手控えるとしよう。
もっとも、徒手空拳だろうが、私には各種格闘技の心得があるし、このヴィルデフラウの戦闘能力は計り知れない。
なにせ、神樹のところからソルヴァさん達がいたところまで、軽く20㎞くらいあったのだが、自分でもびっくりするほどの移動速度で、弾丸のように森の中を駆け抜けて、30分もしないでたどり着いてしまったのだ。
計算上の平均時速……約40km。
おまけに、底なしのスタミナでそれだけ走っても、疲れ知らず。
どうやら、尋常ではない身体能力を持っているというのは、この時点で良く解った。
まぁ、対人戦闘になったらむしろ手加減をしないといけないだろうな。
いかに正当防衛と言えど、問答無用で相手を殺すのは異世界だろうがNGだと思う。
「ひとまず、小腹も空く頃だから、そこで串焼きでも買ってやるから、まずは腹ごしらえでもするか」
先程からもそうなのだが。
三日ほど、一緒に旅をしているうちにすっかりソルヴァさんや、他の三人とも気安い間柄になってしまった。
まぁ、異世界での最初の仲間達のようなものなのだからな。
縁故とは大切にするに越したことはあるまい。
ソルヴァさんが道の端っこの露店に向かうと、一口サイズに切った肉を串刺しにして焼いた……串焼き肉を二本と木のコップに入った謎の飲み物をふたつ買ってきてくれると、それぞれ手渡してくれる。
「ふむ……これは何かしら?」
串焼きと木のコップを抱えながら、少々困惑気味。
「ギャロップの串焼きとタンネルランカだ」
……おぅふ、謎の単語が出てきた。
なお、さすがに細かい固有名称の意味までは解らない。
異文化コミュニケーションで一番苦労するのが実はこれ。
要するに、お互いの共通概念が抜け落ちているとこんな風になる。
例えば、こういうケースでは、相手は「これはAAだ、BBみたいなものだな」とBBを当然知ってるような調子で、説明してくれたりもするのだが。
こちらはAAもBBも知らない。
はてさて? となってしまって話が進まない……となる訳だ。
現状の私は……と言うと。
ギャロップってなんだ?
タンネルラルカってなに?
頭の中に疑問符がいっぱい。
おまけに。肉は生焼けなのか赤い部分が見えているし、飲み物は全体的に白っぽくて、透明な部分と白い濁りが分離したようになっていてボコボコと泡が浮いていて、ほのかに酸味の効いた匂いがする。
これ、どう見ても食べていいものに見えない。
ナックル(笑)
ナックルは、拙作「異世界ネコ転生! ゲーム世界に転生したら、ネコでしたが、くっそ強いロリ美少女のお供として、俺は生き抜くっ!」に登場していた、猫型獣人です。
一言で言えば、モンハンのア○ルー。
あんな感じで、しれっと人間社会に浸透して、共生関係を築いています。
なお、話に絡んでくる可能性はあまりないかと。




