第六十四話「遥かなるマゼラン」①
……時間をかければ大和殿なら、純正ヴィルデフラウテクノロジーによる宇宙戦艦くらいは建造しそうだし、そもそもお母様自体も本来は宇宙を駆ける星間文明の眷属である以上、カイパーベルトラインまで到達できる初歩的な宇宙船程度なら、その気になれば独自に建造できるだろう。
要するに、これはこの私が自らの手で解決すべき問題なのだ。
もっとも、第三航路の最大の障害と言えたゲートキーパーと本国とで不可侵条約が結べたなら、進出後の障害は無いと言っても良い。
むしろ、これは大いなる前進と考えるべきで、助力としても十分に過ぎる。
これまでの各種観測実験データを元にした予想では、第三航路経由でのマゼランと銀河間の航行時間は安全マージンを目一杯取った上で、およそ半年くらいになると推定されているようで、なかなかの長旅ではあるのだが……亜光速航法で光年単位の星系間を旅することを思えば、どうということの無い距離だと言える。
むしろ、わずか半年で十六万光年もの島宇宙間を渡る……これは人類史のパラダイムシフトと呼べる程には画期的な事なのだ。
なにせ、十六万光年を半年で行き来出来るなら、その十倍……160万光年であっても、五年もあれば辿り着けると言うということなのだからな。
そして、お隣のアンドロメダ銀河までの250万光年……この途方もない距離ですら、往復で十五年程度で行き来できる計算となる。
今の帝国の持つ最新の遠征航宙艦の性能なら、その程度の有人長期間航行をこなすことも容易いことだ……。
それはすなわち、人類領域の爆発的な拡大……。
果てのある閉ざされた世界からの解放……無限の可能性を意味する。
だが、それこそが衰退の陰りが見えつつある今の銀河人類にもっとも必要な事なのだ。
なるほどな……これは、我ら銀河帝国皇帝以外の誰にも成し遂げられない……そして、成すべき悲願と言えるだろう。
「……ふむ、大和3号殿。皆まで言わずとも解るな……? どうやら、そなたが鍵を握っているようだな」
「3号? ああ、我のことだったなっ! ふむ、我が鍵とな……?」
私としては、今の言葉で十分と思っていたのだが。
ヤマト殿の反応は薄い。
他のヤマト達と目線を交わしながらも、その目線はあからさまに泳いでいて、その頬を伝う汗一つ。
……おい。
せっかく、私がかっこよくキメて、前フリまで与えたのに、肝心なところでのこの残念っぷり!
「あー、そんな露骨にガッカリしたような顔をせんでくれ! そうだ! あれじゃろ! あの件であろうっ! とにかく、アレだ! うんうん、解っておるぞ!」
まぁ、これが大和殿クオリティなのだから致し方ない。
と言うか、ゼロ陛下のような打てば鳴るような阿吽の呼吸の会話など、望めぬのも当然か。
「アスカ君……。君が言いたいことはなんとなく解るんだけど。ちょっと説明不足だと思うよ。ヤマト君、アスカ陛下は、君こそが全ての問題を解決するキーマンだと言ってるんだよ」
「なんだと! この我が? ま、まぁ……当然といえば当然の話だな! よいぞ! この我にかかれば、どんな難題もチョチョイのちょいであるぞ! で、何をしろというのかな?」
さすがに、ため息の一つもでる。
「ああ、大和殿の力が必要なのだ。だが、その様子だと、もう少し説明が必要のようだな……」
「いや、そんな細々とした説明など不要だ! 十秒待て! 当てて見せよう……えーと、そうだな……。ああ、ところで腹が減ったのう! ここらで茶で飲まんか?」
露骨に話を逸らそうとしている……。
一応、コヤツもAIの端くれのはずなのだがなぁ……こんな非論理的な言動、普通にあり得んぞ。
「……すまんが、話が進まんので、進めさせてもらってよいかな? まず、大和殿の力が必要……そこは解るな?」
「あ、ああ……それはとっくの昔に言っていたではないか……。確かに我としても是が非でもお主らに手を貸したいところなのだが……。察するに、今話しておった第三航路の安全かつ確実な踏破方法なのだろう? すまんが、さすがに我に聞かれても、すぐには答えられんぞ……」
「そうでもなかろう? よいか、大和殿……どうやら、第三航路を制するには、我々が自らの手でアスカ星系の外辺部にまで進出し、自分たちで超空間ゲートを建造するのが一番早いようだ。ここまで言えば、大和殿の役割なぞ、この私が事細かく説明するまでもあるまい? 何よりも大和殿はその為に、十六万光年の彼方……我が元にまで来たのであろう? ここらで少しは役に立ってみせるがよい!」
ようやっと話が通じたようで、三人のヤマト殿達が一斉にポンと手を打つ。
「た、確かにそうだなっ! なるほど、この我が宇宙戦艦大和を建造し、アスカ星系を完全制圧した上でその勢いで第三航路ゲートを建造し開放する! そして、イスカンダルを目指し、我が宿敵……ガミラスを打倒する! そして、そのついでに、銀河系との航路も確立させる訳だな! ああ、確かに、これは我らの仕事であるな!」
「であるなッ!」
「ふふっ……いよいよ、ガミラスとの決戦か……ああ、我らはその為に存在しているのだからな! ああ、我に任せておけっ!」
……いや、イスカンダルやらガミラスは、どうでもいいのだが……。
たがまぁ、一応成すべきことは解っているようだった。
まぁ、私なりに考えた結論がそれなのだから、大和殿も言うが及ばずであるのだが。
多くを語る前に成すべきことを理解してくれたのなら、何も言うことはない。
「うむ、さすが大和殿、実に話が早い! して、この場合の所要期間はどの程度かかりそうなのだ?」
ここが重要なのだが……ひとまず、ヤマト殿の試算を聞いておくべきだろう。
「任せろっ! 直ちにやってみせようではないかっ! ……と言いたいところだが……恐らく軽く十年ほどはかかるだろうな。ここで細かくは説明しないが、その程度には数々の難題だらけとなることが想定されるのだ……。これは我の力不足故に……だ。もちろん、可能な限り善処はする所存だが……すまんが、今日明日で解決できるような問題ではないという事は理解して欲しい」
なんとも申し訳無さそうに、頭を下げる大和殿。
もっとも、私としては、それが期待外れの回答などと責めるつもりは毛頭なかった。
「いや、むしろ当然の話であろう。むしろ、100年くらいかかると言われても不思議ではないと思っていたから、たったその程度の期間でやってのけるのかと驚いているところだ」
なにせ、万能工作機も何もないところから、一から技術再現しつつ宇宙戦艦を建造するのだからな。
普通に考えて、各種基礎技術の研究開発、素材錬成技術の確立やら……まぁ、軽く百年単位の事業となるのがむしろ当然の話だ。
なにせ、人類が1000年かけて確立し連綿と築き上げてきた科学技術ツリーをありあわせの技術で再現するのだ。
それを僅か十年足らずでやってのけると豪語するあたり、むしろ絶賛すべきだった。
「さすがに100年はかからんだろ! まったく、アスカ陛下は気が長いのだな……ハッハッハ!」
全くもって、剛毅な御仁であるな。
もっとも、宇宙戦艦一隻を建造しただけでは、戦力にはなり得ない。
これは当然の話で、何よりもたった一隻の大型宇宙戦闘艦を運用するにしても、そのバックアップは膨大な物となる。
あくまで、我が帝国宇宙軍の話ではあるのだが。
恒星系内限定運用のkm級大型宇宙戦闘艦一隻を運用する際には、まず専属のkm級補給艦が6隻くらい付くと言うのが一般的な編成だ。
まぁ、これは当然の話だ。
km級の宇宙戦艦ともなると、その運用に要する補給物資は膨大な量となる。
素人考えだと、補給艦など宇宙戦艦10隻辺り1-2隻でも十分と考えるようなのだが、それは宇宙環境を舐めてるとしか言いようがない。
1隻辺り6隻のkm級の大型補給艦を専属運用すると言うのは、長年の帝国宇宙軍の戦訓から来ている数値で、実戦ともなるとそれでも心許なかったと言うのが、実際のところなのだ。
そして、それら補給艦の護衛や索敵警戒、更に宇宙戦艦の戦闘支援用や小型機動兵器母艦として、200m級の汎用支援戦闘艦が最低でも3ダースほど付けられると言うのが、帝国宇宙軍の最小編成となっているが、これもまた実戦に裏打ちされた数値なのだ。
そして、標準的な有人星系の防衛一個艦隊の一万隻編成だと、大型補給艦だけで六万隻、小型支援艦は三十六万隻となる……これが帝国軍では普通になっており、首都星系ともなるとその十倍くらいの戦力が配備されているのが常識なのだ。
実際は、もっと細々とした用向き用や民間所有の汎用型の中小型艦が星系内のあちこちで、様々な用途で運用されているので、一般的な有人星系では、百万隻ほどの航宙艦が運用されていると言うのが帝国の常識であるのだ。
もっとも、この数字はあくまで平時運用の想定での数字であり、この百万隻の宇宙艦艇群であっても、戦時想定……星系防衛を想定するとまるで足りないだろうとされている。
銀河連合の軍人などがこの話を聞くと「そんな桁違いの戦力を常備するなど正気の沙汰ではない……直ちに軍縮を!」などとわめき出すのが常なのだが。
彼らにとっては、星系防衛など、たった二十隻程度の200m級のパトロール艦を宇宙艦隊と称するような艦隊で十分らしく、文字通り桁が違う帝国宇宙軍の常識を耳にすると、過剰戦力で侵略の準備と言う考え方になるようなのだ……。
基本的に無人で運用され、外敵の侵攻時には星系ごと即座に切り捨てると想定されている資源星系でも、外縁部警戒や航路警戒、ゲートや各種資源採掘プラントの管理、メンテ用などであっという間に一万隻くらいは必要となってしまうのが実情であり、むしろ民間船も含めて数百隻程度の宇宙艦で星系運営が成り立っている事の方が不思議なのだが……まぁ、この辺は文化が違うと言うことなのだろうな。
そして、まともな星系防衛戦を想定すると、例え十万隻のkm級宇宙戦艦があっても、戦力的にはまったく足りない……これもまた帝国の過去の歴史……過去二度に及んだエスクロン防衛戦の戦訓が証明している。
十万隻の宇宙戦艦と一千万隻もの支援艦艇と言うと、さも膨大な戦力のように思えるのだが。
それだけの兵力であっても、所詮、宇宙のスケールの前には芥子粒のようなものであり、むしろ必要最低限の戦力と言えるのだ。
……その程度には宇宙環境というものは広大であり、星系防衛安全保障とは難儀な事業ではあるのだ。
そして、それら宇宙艦艇群の補給やメンテナンス、物資集積なども考慮すると、それら艦隊運用支援施設については、一万隻の艦隊規模でも軽く千箇所くらいは必要となる。
なにせ、宇宙空間での宇宙艦艇の運用となると、補給は絶対に切らせない。
これはもう絶対原則なのだ。
なにせ、宇宙では補給切れと言うのは、即座に死を意味するのだからな。
それ故に宇宙艦艇の補給網にしても様々な方法による幾重ものバックアップを構築するのが当然で、この辺りの事情は民間船も似たようなものではあるのだ。
それ故に最低限、惑星アスカの衛星軌道上にも補給やメンテナンスを行う軌道設備をダース単位で建造する必要があるだろうし、当然ながら小回りの利く随伴護衛艦も必要であるし、星系外周域への遠征ともなると星系内に補給拠点や観測拠点などもいくつも建造しながら、それらの宙域を確保していく事となるだろうし、それら拠点の防衛戦力やそれぞれの拠点への補給ルートの整備と維持に費やする戦力も必要となる。
その上でアスカ星系からのラース文明の完全駆逐を想定すると、km級の大型宇宙戦艦が最低千隻は必要……小型護衛艦や支援艦艇も五千隻は欲しい。
いや、後々のことを考えると、本国同様一万隻規模の宇宙戦艦の運用が可能な体制を構築しなければ、まるで心もとない。
となると、各帝国の首都星系並みに宇宙艦隊支援施設を星系内の至る所に建造し、宇宙艦隊の運用支援体制を充実させる必要がある。
なにせ、外宇宙からの脅威から、超空間ゲートと居住惑星を維持防衛するとなると、本来膨大な戦力が必要なのだ……。
各帝国の首都星系はどこも10万隻規模の宇宙艦隊が常駐しているのが我が帝国の常識なのだが、それは首都星系防衛と航路の治安維持だけではなく、通常宇宙からの外敵の侵攻をも想定しているからなのだ。
そして、各星系の生命線たるエーテル空間ゲートは恒星系の外れにあることがほとんど。
良くて、外惑星軌道なのだから、外宇宙からの外敵による恒星系への侵攻ともなると、恒星系の奥深くのハビタブルゾーン圏内の居住惑星と星系外周部にあるエーテル空間ゲートと言う遠く離れた二つの戦略拠点を絶対死守せねばならなくなる。
これは当然の話だ……。
エーテル空間ゲートの接続が絶たれれば、その時点でその星系の戦略的孤立化が確定する。
だからこそ、ゲートは何があろうとも絶対死守せねばならず、そして、居住惑星はもちろん、ゲートと惑星を接続する航路についても同じく絶対死守が最低条件となる。
そして、そんな有事発生ともなれば、国民保護プログラムに基づき、民間人の星系外退避が行われることになるのだが。
場合によっては100天文単位にも及ぶ長大な航路を外敵から保護し、脱出する民間人を満載し、長蛇の列となった脱出船団の安全を確保し、脱出を支援せねばならない。
……もう、この時点で10万隻でも厳しい。
もちろん、有事発生に際しては、星系内の工廠をフル稼働させ、可能な限り短期間で防衛戦力を拡充し、エーテル空間ゲートからも他星系からの増援が来援する手はずにはなっているのだが……。
実戦ともなれば、戦力はいくらあっても足りなくなる……そう言うものなのだ。
だからこそ、平時であろうが、各星系はその人口規模に比例するように大規模戦力を常備させる……これが我が帝国の保有宇宙艦艇数が万単位どころか、億単位もの規模に及んでいる理由なのだ。
もっとも、実際に通常宇宙で起こった大規模戦闘自体は、先の帰還者との戦いにおけるエスクロン星系の本土決戦と、過去のAI戦争くらいで、皮肉なことにエスクロン本星系以外では、通常宇宙での大規模戦闘は一切起こっていない。
もっとも、エスクロン本土決戦の事例では、どちらもエスクロン本星を死守するという事で、全戦力を惑星防衛に集中できた事で、10万隻程度の宇宙戦闘艦でも事足りたようなのだが……。
これは単に運が良かっただけだと、我々は認識している。
本来、通常宇宙の星系防衛戦は、攻めるに易し、守るに難しを地で行っているのだ。
なにせ、守る側は端から端まで亜光速でも数日かかるような広大な星系の至る所を守らねばならないのに、攻める側はどこでも攻め放題なのだ。
そんな守りにくい星系をその戦力すらも予想できない未知の外敵から守る切るとなると……。
戦力がいくらあっても足りないと言うのが正直なところなのだ。
おそらく、多くを切り捨て数多くの犠牲を払う前提で、可能な限り損害を減らす……そんな戦いに終止する事になるだろうと言われていた。
それ故に、星系内に敵戦力に入り込まれた時点で負けと想定した上で、飛び石のように周辺の星系を次々抑えて、絶対防衛圏を作る……そう言う発想にどうしても至るのだ。
……銀河連合のように外敵の襲来を一切想定せずに、二十隻程度の200m級のパトロール艦などと言う貧弱な宇宙戦力で良しとしているなど、我々の感覚ではとても理解できるものではない。
むしろ、よく300年も何事もなく過ごしてこれたと思うほどだが……まぁ、連中の感覚など、むしろどうでもいい話ではあるな。
さて、ずいぶんと長い事連載中断してましたが、再開です。
新作として外伝「アスカ様 零 -ZERO-」(仮題)の連載を始めるにあたって、こっちも切りのいいとこまで持っていかないとと言う義務感で、頑張りました。
展開としては、内政パート的なので割と地味ですが。
宇宙艦隊決戦とか、そう言う派手なのは次章、最終章でやる予定です。
ちなみに、「アスカ様 零 -ZERO-」は要するに前日譚です。
第三帝国皇帝アスカ様が爆誕するまでの物語。