第六十三話「ゲートキーパー」⑤
「オーケー! ジュノア、これよりお前はゲートキーパーの代表として認定する。そして、お前の言葉はゲートキーパーの総意として扱う……これは、俺らのボスの判断であり、異論は認めんぞ。であるからには、俺等もお前の言葉を全面的に信用して、お前らの要求もこちらは飲む……俺等はお前らを滅ぼさないと約束する。その代わり、今後お前らも俺等に手を出さずに、第三航路を使用する事を認めてくれ……つまり、お互いなぁなぁでやっていこう。そんなところだな」
まぁ、悪くない表現だな。
要するに共存……同じエネルギー生命体でも、生存域拡張を第一義としているであろうラース文明と違って、このゲートキーパーは第三航路空間から異物を排除するのが、その目的のようなのだが……。
長い年月の間に、その存在意義を失い、生き残りが最優先事項と成り果てて、本来の使命だった異物排除の使命ももはやどうでもいい事になっていたのだろう。
なにせ、認証キーが必要と言っておきながら、それがどんな物か解らないとか言ってる時点で、思い切り本末転倒ではあるのだ。
一体、どのくらいの永き時を第三航路で過ごしてきたのだろうな……。
いずれにせよ、こちらが手を出さないなら、向こうも手を出さない……。
第三航路についても、何もない空間である以上は、我々にとって通り道以上の価値はなく、向こうも絶対防衛圏としている訳ではなさそうだった。
要するに、お互いの種族戦略目標がまるで被っていないのだ。
これがラース文明と決定的に違うところで、この時点で、両者は共存が可能と言うことであるのだ。
であるからには、ゲーニッツの言うように今後はなぁなぁでやっていく関係となれるだろう。
うむ、どう考えても、誰も困らないな……。
ゆくゆくは、他のゲートキーパーたちにも、ジュノアのように身体を与えた上で帝国民として迎え入れるのも悪くはないだろう……ゲートキーパーが進化を望むなら、そう言うアプローチもありだろう。
なにせ、多様性の許容も我が帝国の国是でもあるのだからな。
外宇宙からの宇宙人だろうが、エネルギー生命体だろうが、来るものは拒まん。
それでこそ、銀河宇宙の覇者たる銀河帝国を名乗るに相応しいというものよな。
「なぁなぁでやっていく……か。面白い表現だけど、悪くないね。でも、一つだけ解らないのは、君達が何故、僕らの群体思考の概念が理解できたのか……そこは、うん、感心だね? 君達人間は、僕らとは違って個体ごとに同じ情報を与えられても、個体によってまるで違う判断を下す……そう思ってたから、僕らのことを君達の言葉で説明しても理解できなくて、話が進まない……そう思ってたんだけど。びっくりするほど、簡単に理解してくれたよね」
「それは簡単だよ。僕ら帝国の人間の思考は、君達の言う群体思考の概念とよく似てるんだよ。まず、僕らは基本的に皇帝陛下の判断に従う……もちろん、細かいことは各々好き勝手に判断してるけど、国家戦略という大筋の判断については、皇帝陛下の判断を信じる……これが大前提なんだよ。そして、その皇帝の判断はいつの時代も揺るぎなく、決して間違えない……そう言うものなんだよ」
まぁ、いくら私でも決して間違えないとはさすがに言い切れないのだが。
基本的に、後からでなければ、その判断が間違いだったかどうかなど解りようがないのだ。
皇帝の判断が正しかったか、間違っていたか等という話はそれこそ、後世の歴史家辺りに任せればよいのだ。
「なるほど、上意下達……これだね。つまり、僕らは全と個が等しいけれど、君達は皇帝陛下と言う上位存在がいて、その判断に従うということだね。けど、その判断がいつの時代も同じってのはよく解らないな。それってどう言う事?」
「……君の言ってる通りだよ。我が帝国の皇帝は同じ判断基準を持っているんだよ……そして、それは300年間代々受け継がれてきた。これこそが我が帝国の皇帝と言う存在の核心と言えるものなんだよ」
「待って! 人間の寿命は100年程度……皇帝陛下も別に不死の存在じゃないんだよね。まさか、世代を超えて、全く別の個体で何の繋がりもなくても、皇帝になれば、それだけで同じ判断を下せる……そう言うことなのかい? まさか、人間がそこまで出来るなんて……。だって、それはこの帝国と言う国がひとつの統一された意志で果てしなく存続出来る……そう言うことじゃないか! となると……本気で僕らと同じ……そう言うことなのか……」
ほぉ、このジュノア。
これだけで、その事に気付くか……なるほど、群体思考生物もそう言うことなのだな。
まったく……侮れんな。
「そのまさか……なんだよ。我が帝国の皇帝たちは、初代皇帝陛下を手本とした等しい判断基準を持つ判断装置とも言える。だからこそ、皇帝は決して間違えないし、進化することはあっても退化することは決して無い。それこそ、何世代を跨いだとしてもね。それと一応言っておくと、この僕も皇帝候補として設計された遺伝子合成強化人間でね……。だからこそ、僕も皇帝の判断基準に近しい判断基準を持っているんだよ。そして、その判断基準に当てはめると、君達は十分に信用に値する……だからこそ、全て許し、共に道を歩む価値がある。そう判断している。これは、やんごとなき方々も同じだと思うよ」
……流石、元皇帝候補だけによく解っているな。
そして、それ故に帝国は300年にも渡り、幾代も世代を重ねながら、決して大きな問題を起こさず、着実に発展を続けてきたのだ。
そして、統制国家故に成熟した国家にありがちな少子高齢化に伴う国家破綻のような問題も起こさず、政府の腐敗や民衆の堕落化も起こらず、その国力を着実に増大化させて来たのだ。
もちろん、独裁体制が長く続くと、独裁者の身びいきで、聞こえがいい言葉しか言わないような腑抜けた配下ばかりになってしまうと言う問題点もあるのだが。
我が帝国の皇帝は、基本的にそんな長々と居座らない。
2ー30年、長くても半世紀ほどで代替わりするのだ。
まぁ、私のように設計寿命自体が短いと言うケースもあるが、皇帝と言う重責を伴う激務を何十年も続けていくと、ある日自分の判断力の衰えを実感する日がやってくるのだ。
その辺りは人によってまちまちではあるのだが、いずれにせよ長くても半世紀くらいで、その日は訪れる。
それは不可逆的なものであり、そうなったら、潔く退位する……それが常なのだ。
そして、その手足となる皇帝補佐官達も皇帝の退位と共に揃って引退するのもまた常なのだ……。
まぁ、数年ほどは後任への引き継ぎや後進の育成で、役職に留まることも多いのだが……。
その多くが、皇帝の退位とともに、残りの人生を楽しむのに十分な恩給を手にして、気楽な引退生活を始めると言うのがお決まりだった。
そうなると、今度は国を動かすべく、最高幹部達が代替わりとともに、ゴッソリいなくなり、残されたものが相応に苦労すると言うことになるのだが。
その問題点をカバーするのが、モラトリアムによる皇帝選抜でもあるのだ。
この仕組みのお陰で、皇帝という者達はその就任の時点で、その過程で得た若く有能な忠臣達を、自らの皇帝補佐官として、数多く抱えることになるのだ。
言ってみれば、これは……定期的な統治システムのリセットのようなものであり、そもそも、帝国の幹部の席は世襲など認められていないし、民間企業への天下りなども一切認められていない。
まぁ、引退後に個人として事業を初めたり、経験を活かしてコンサルタントとして生きるというのもありではあるし、そこは個人の自由ではあるのだがな。
もっとも、皇帝補佐官達は、大抵の者が主である皇帝に仕えることをその人生の至上命題とした者達なので、その地位や立場に対する執着は驚くほど低く、結果的に無能や利権に縛られた者が統治システムの中枢に長々とのさばることもない。
なお、そんな頻繁に統治システムが更新されると、後任者が前任者の事業を打ち切るなどして、長期スパンの政策が出来なくなるという問題もあると思えるのだが……。
そこは、例の皇帝共通の判断基準と言うものが生きてくる。
まず、前任者からの引き継ぎ事業などについても、当然ながら、代替わりの際には皇帝による再審査が行われるのだが。
基本的に、長期政策については、そのまま続行となるケースがほとんどなのだ。
そう言う気の長い政策は、結果はなかなか出ないものだし、なぜこの事業を行うのかと言う理由を精査していくと、普通に納得できてしまうのだ。
要するに、帝国はその頂点たる皇帝とその側近を定期的にまとめて更新することで新陳代謝を行いながらも、その判断基準そのものを継承していくことで、一貫性を保つ……そう言う仕組みを構築しているのだ。
まぁ、これが帝国の統治システムの優れた所で、独裁者が己の私利私欲で国を仕切る単純な独裁国家とは訳が違う理由なのだ。
変わらない明日を望む……停滞主義と、とっくの昔に時代遅れとなった民主主義の出来損ないのような政体を信仰することで、あらゆるものが衰退し、滅びの道を現在進行系で歩んでいる銀河連合諸国とは対照的と言える。
もしも、銀河人類の主流が300年前のように銀河連合が主体のままだったら、今頃銀河人類は人口減退や技術退行で手に負えない事になっていただろう……。
ゼロ陛下やユリコ殿が下した決断……銀河連合を見限って、独自勢力たる銀河帝国を建国した判断は、間違いなく正しかったと断言できる。