第六十三話「ゲートキーパー」③
「……やれやれ、どうやら、私の出番のようだな。大和殿、向こうにこう伝えるがよい。この私……銀河帝国皇帝アスカが「許す」と言っているとな。その上でジュノアにも、もう細かい事は気にしなくていいとも伝えるが良い」
「了解したぞ。……では、その様に取り図ろう。と言うか、そんな一言だけで済む話なのか……これは? 実際問題、一連の第三航路突入時実験で、過去と最近を含めると暴走AIの鎮圧やら、艦ごと自爆したりで、結構な数の犠牲も出しているようだが……。それも水に流すというのか?」
「大和君、良いからそのまま伝えればいいよ。我が帝国の皇帝の「許す」は例え、重犯罪者だろうが問答無用で無罪になるし、戦争中だろうが、相手に対してこの言葉が出た時点で終わりになるんだよ。言ってみれば、すべてを許容するワイルドカード……それがこの言葉なんだよ。アスカ陛下は何もかも承知で全て許すと言っているんだよ……その判断には何人たりとも異論は唱えられない。そう言うことさ」
まぁ、そう言う事ではあるのだがな。
実際問題、一連の第三航路実験計画での犠牲者数は、過去幾度も行われた実験や、各地で極秘に行われた実験などの数値を合計すると、軽く数千単位の死者が出ている。
これは、実験艦が暴走し、随伴艦を沈めてしまったケースや、暴走した艦に残り、自分達もろとも自爆したケースなどなのだが……。
この辺りは、こちらがゲートキーパーを過去のAI戦争の暴走AIを重ねてしまい過剰反応した結果でもある。
もはや、この数字の時点で普通にゲートキーパーとは交戦状態と言えるのだが。
先の戦いで、こちらもゲートキーパーに相応の損害を与え、脅威として認識させた。
そして、交渉の場に引きずり出すことに成功し、向こうにこちらを拒む理由もないと知れた。
であるからには、ここがその時なのは間違いなかった。
「……戦争ですら、一瞬で終わらせる言葉……か。戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるのは至難の業なのだがな……。そうなると、その言葉が出た時点で帝国はどんなに優勢だろうが、どんなに憎むべく敵だろうが、戦争をスパッと切り上げて和平への道を選ぶ。そう言うことなのか?」
「皇帝がそう言うのだから、当然の話だな。もっとも、戦争の場合は、相手がいるから相手が続けると主張するなら、続行するまでなのだがな。あくまでこちらが許すのであって、別に降伏する訳ではないのだから、そこは致し方ない……。まぁ、差し伸べた手を払うような愚か者に、容赦など要らんだろう」
まぁ、例を挙げるとすれば、先の銀河守護艦隊との戦いがまさにそんな構図だったのだがな。
なお、散々っぱらに帝国軍相手に暴れ回って、多数の損害を与えてくれたスターシスターズ達も我々は、個々の責任は問うていない。
希望するものはジュノーのように帝国軍に参入しているし、フリーランス傭兵のような仕事をしたり、PMCに雇われると言う例もあるようだった。
一応、永友提督が銀河守護艦隊の総司令の席を引き継ぎ、彼女達の総括を引き受けてくれているので、地球教団やらブルーアースのようなヤバい連中に、スターシスターズ達が拾われるような事は起きていないようで、そこは安心材料と言えたが、基本的に誰一人として、戦争犯罪者として扱われては居ない。
なにせ、AIには責任能力がないなどと言うのは、古来からの常識であり、管理責任者であった銀河守護艦隊の提督たちは、その大半が戦死しているのだが。
その多くが再現処置の上で、閉鎖VR環境で飼い殺し中と相応の処置はしているとのことだった。
なお、あのアマカゼ・ハルカについても、同様に再現処置を行った上で、本人の記憶により再現した21世紀末の再現VR環境にて、行動観察中とのことだった。
なんでも、ここ10年くらいの記憶どころか、1000年前の地球で女子高生やってた頃まで、記憶退行しているとかで、本人は意図せず空白の半世紀についての情報源になっているようで、ラースシンドロームの精神汚染も寛解し、過去の地球の再現生活を堪能しているらしい。
まぁ、実に甘い対応とも言えるが。
甘くて結構と言うのが我々銀河帝国の考え方なのだからな。
「了解した……。では、アスカ陛下の名前を出した上で、現場にそのまま伝えるとしよう」
大和殿の言葉を耳にしたのか、モニターの向こうでモドロフも立ち上がると無言で敬礼を寄越すと、厳かな雰囲気で椅子に座り直すと姿勢を正す。
ゲーニッツも振り返ると、生真面目な顔でカメラに向かって一礼するとジュノアへ向き直る。
「……ジュノア、我らが皇帝陛下の裁定が下されたぞ。あのお方は案の定、一言で済ませてくれた。「全て許す」とのことだ。もちろん、お前らも思うところがあるだろうが、こっちはそれで問題ない。後はお前達が許すって言うなり、お互い様だっていや終わりだな。まぁ、お前も俺等人類の戦争の歴史だって、理解してるだろうが。戦争を終わらせるには、当事者のどっちかが居なくなるか……両方が揃って「許す」って言えば、終わるんだよ……もっとも、歴史上それが出来た例はあんまりないんだがな」
「そうだね……。でも、それはあくまで理想論……。だからこそ、言わせてもらうけど、なんでそんなあっさり納得できるんだい? 人の歴史を見ても、戦争で負けた側は恨みや憎しみを何十年も抱き続けて、次の戦争を始める……その繰り返しじゃないか。何故、君達はそんなにも……寛容なんだい?」
「ジュノア、帝国には預言者の言葉って、格言があるんだ……「人は許し合う必要がある。そして未来のみを見つめるのだ。過去の妄執に捕らわれ続けてはいけない」……1000年は昔の人らしいんだけど、我々はそんな預言者の意志を受け継き、彼の残した言葉の導きに従って、ここまで来たんだ。ジュノア……いや、ゲートキーパー……すでに僕らは君達を許した。この国では、皇帝陛下の言葉は絶対なんだ。だから、陛下が許すと告げられた以上、過去の事は全て水に流すし、君達にもそうして欲しい……心からそう思うよ」
「未来だけがある……か。僕らはただ長い時間を過ごしてきた……過去の使命と存続が大事。そう思ってたけど、そう決めつけていただけなのかもしれないね。そうか、僕たちには未来があったんだ……まだ見えない明日が……。ああ、これも僕らが持ち得なかった概念だ。ありがとう……なんだか救われた思いだよ」
……そうか。
ゲートキーパーは未来という概念を持っていなかったのだな。
だからこそ、はるか昔の命令を忘れてしまうまで、守ろうとしていたし、変化を拒もうとしていたのだ。
恐らく、第三航路への侵入に対する迎撃もそう言う事だったのだろう。
だが、ゲートキーパーは未来という概念を知り、許し、許されるという概念すら会得した。
断言しても良い……この者達はもはや、我々の敵となりえない。
……うむ! 感無量であるな。
久しぶりに皇帝としての仕事が出来た気がする。
「そりゃなによりだな。でだ……話を戻すが、さっきの話、許可云々って言ってたが、お前らはその認証キーがないと第三航路を使わせない……そう言うつもりなのか? その様子だと俺らとの確執とはまた別の問題みてぇなんだが……そもそも、認証キーってのは一体何なんだ?」
「そうだね……多分、許可や認証キーなんて、もうどうでもいいんだよ。なにせ、命令者がどんな存在なのかもだけど、その意図についても、僕らはすでに解っていないんだ。要するに、なんでそんな命令をされたのかも解ってないし、認証キーがどんなものかも解らない。何よりも、その命令を無視した所で何かペナルティがある訳でないみたいなんだ」
「……罰則規定も、何もない……つまり、単なるお願い程度と言うことか。けど、君達に何らかの制御システムのような物が組み込まれている可能性は? まぁ、具体的にどんなものかは想像もできないんだけどね」
「その可能性は否定できないけど、実際、僕らはすでに侵入者を派手に取り逃がしてるよね? けど、それで僕らに何か処罰があった訳じゃないし、前々から何度もそう言う事はあった。けど、僕らがこうやって自分の意志で勝手なことをしても命令の変更や新たな指示が降りてくる様子もない。だから、僕らとしてはそろそろ、無意味なことの繰り返しはやめようと言う方針になりつつあったんだんだ……。それこそ、存亡を賭けてまで、使命を守って、無意味に争うなんて、割が合わないと思わないかい? そんな思いが積み重なって、僕らは割れつつあるんだ」
「そうだね……。あれ以来、様子見で無人偵察機や、強行偵察艦を入り込ませても、ゲートキーパーは明らかにこちらを認識してるのに手を出してこなくなってる。なるほど、君の言ってることの裏付けにはなってるね。けど、割に合わないか……君達からそんな言葉を聞くとは思わなかった。僕らの認識としては君達は自動防御システムのようなものだと思っていたんだがね」
「うん、僕らはすでに君達に積極的に攻撃を仕掛ける意思はない。なにせ、君達との戦いで随分と派手に削られてしまったからね。僕らは全にして個の存在だけど、有限の存在でもある……これ以上、削られるなんてたまったものじゃないと考える」
「実に解りやすい話だな。……だが、俺らとしては、お前らは帰還者の一種って認識なんだが……そこはどうなんだ?」
「帰還者……ああ、この資料だね? なるほど、君達の空間短縮技術の核……エーテルロードの本来の主を主張する有機生物群……か。いや、僕らはこんなの知らないし、多分、繋がりもないよ。だって、もしも繋がりがあるなら、この第三航路空間に、帰還者がいてもおかしくないじゃないか。僕が知る限り、こんな有機生物は第三航路には存在しないし、入ってきたこともない」
「……確かにそうだね。今のところ、第三航路に帰還者の痕跡は一切確認されていない。そもそも、帰還者自体が更にその上位存在がいるんじゃないかと言われてるし、実際問題、連中はそこまで高度な存在じゃなかったようだからね」
まぁ、いいとこ宇宙トカゲ……と言うのが、我が帝国の評価ではあるのだ。
その辺りは、帰還者との戦いに参戦した当時のゼロ皇帝もそんな風に評しているし、ユリコ殿も似たような言葉を残していた。
なにせ、創世の神の眷属とか御大層な事を言っていた割には、ユリコ殿一人にあっさりブチ殺された……その程度の存在だったのだからな。
もっとも、それまでまるで刃が立たず、エスクロン本土にまで攻め込んできていた指揮統制個体が、ユリコ殿が出てきたらあっさりと撃破されて、それをきっかけにまともな統一行動を取れなくなり総崩れになった……。
向こうにとっては、随分と理不尽な話だったと思うが、それがあの戦いのターニングポイントとなったのは間違いなく、その程度のことであっさり総崩れになったのも事実であり、神の眷属が聞いて呆れるような体たらくだった。
もっとも、後日検証ではそれが敵の要、意思決定装置だった可能性が高いとされ、事実それまで完璧と言って良い統制行動を取っていたのが、割と出たとこ勝負のグダグダな様相に切り替わってしまったのも事実だった。
まぁ、言ってしまえばそんな大事な個体を最前線に投入するほうが阿呆なのだがな……だから、所詮奴らは宇宙トカゲで十分なのだよ。