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第六十三話「ゲートキーパー」②

「その前に……ジュノア……一応、君にも確認しておきたいんだけど。第三航路がマゼランまで繋がってるのは確かなのかい? 一応、説明すると銀河系の太陽系を起点とした場合、およそ十六万光年の距離がある。光の速度で十六万年……って言えば解るかな?」


「ごめんなさい。実はその年って単位がよく解らないんだ。というか、地球人の時間の概念自体が地球環境を前提にしてるから、イマイチ解らなくてね」


「ああ、そう言うことか。もしかして、君達には時間の概念がない?」


「そうだね……。過去と現在、未来は解るんだけど。一分一秒とかそうなるとちょっとよく解らないな。そこの時計の針が進むと一秒って事は解るけど、それが何を基準にしてるのかが解らないから、多分、理解は出来てないんだろうね」


「そう言われると、僕らも説明に困るな……。ジュノーさん、今ここでジュノアと情報共有して、銀河人類の常識を教えることは可能かい? こんな調子じゃ、何かと困る……まぁ、こう言うのは異惑星文明人を相手にするとよくあるんだけどね」


「了解です。少々お待ちください」


 それだけ言うと、ジュノーとジュノアが一瞬フリーズしたようになる。

 もっとも、すぐに二人共目の焦点が合って、再起動したようになる。


「はい、一応……短期集中情報共有完了です。ジュノアちゃん、大丈夫?」


「うん、この身体の情報処理力が足りてなくて、くらくらするけど概ね理解できたよ。それにしても……地球由来人類って言うだけあって、単位も概念も何もかも地球と言う惑星を基準にしているんだね。でもまぁ、光の速度を基準にするのは悪くない……おかげで、僕も理解は出来たよ」


 まぁ、一年は地球の公転周期と等しく、一日は地球の自転周期だからな。


 そして、今も銀河人類の共通単位とされているメートルについても、本来は地球の北極点から赤道までの子午線弧長の「1000万分の1」として定義したものではあるのだ。


 後付で、一秒間に光が進む距離の299792458の1が1mとされたのだが。

 もの凄い、こじつけ設定ではあるわな。


 要するに、銀河人類は何でもかんでも20世紀の頃に制定された地球を基準とした単位基準とすることで、まぁ、これでいいかと納得しているのだ。


 なにせ、単位基準というものはシンプルに一種類あれば十分なのだからな。

 そして、基準というからにはそれを動かさない……それもまた鉄則だ。

 

 この辺りは、他の異惑星文明なども同じで、惑星文明はその発祥の地たる惑星を文明の基準とするのが当然なのだ。


 ……決して、色々と面倒くさくなって、昔のままで良いとなったわけではないのだぞ?


「まぁ、そうだね……。宇宙に出るようになったから、地球基準を捨てる。確かにその方が合理的なんだけど……。簡単には変えられないんだよ。例えば、一年って時間単位も地球の公転周期を元にしてるは確かだけど、惑星によっては、公転周期が50年とかそんな惑星だってあるし、逆に三ヶ月くらいの公転周期の惑星もあるからね」


「確かにそうだね。地球以外の惑星は当然、公転周期や自転周期も違う……。疑問! そこに住む人達はどんな生活をしてるんだい?」


「まぁ、人それぞれかな。基本的に、僕らの使ってる時計なんかもその惑星のローカル時間と銀河標準時を併記してるし、生活パターンも出来るだけ、銀河標準時に合わせる……そんな感じなんだよ」


 そんなものなのだよ。

 

 ちなみに、自転周期が三時間と言う惑星もあり、そう言うところでは昼と夜が目まぐるしく変わり、気温も乱高下するのだが。


 そう言う惑星では、人々は環境調整されたドーム都市に暮らし、普通に24時間体制で生活している。

 そんなややこしい環境にさらされるのは、資源調査員や環境調査員と言った職種の者達ばかりで、大半の惑星生活者は、銀河標準時間に合わせた生活を送っている。


 そして、宇宙環境では、当然ながら昼も夜もないのだが。

 人間は外が暗いほうがよく眠れる昼行性の生き物なので、夜になったら照明を暗くして、仕事や業務も夜間勤務者や生活支援ロボット辺りにまかせて、その多くが眠りにつく訳だ。


「ふーん、要するに、地球人類はどこに行っても、地球環境を基準としてる……。そう言うことなんだね」


「そうだね。もっと長い年月が経てば、人類種も地球環境準拠じゃなくても生活できるように進化するかもしれないけど、それは随分と先の話だろう。結局、その由来がなんだろうが、今更捨てられないし、そんな常識の転換なんてやったら、とんでもないお金がかかるから、現実的じゃないんだよ。ちなみに、古代地球では昔の王様の腕の長さを単位基準にしてたってケースもあったらしいから、それよりはマシかな」


 ……ヤードポンド法だったかな?

 まぁ、自分の体を単位基準にするという発想も凄いが。

 そんなものを長々と使うという感覚もなかなかおかしい。


「うん、いろいろとありがとう……一応、十六万光年がものすごい距離だってことはわかったよ」


「ああ、解ってくれたのなら、それでいいよ。そのうえで、改めて確認するけど、第三航路空間経由でその十六万光年を超えることは可能なのかい?」


「そこは、大丈夫だと思うよ。僕たちの領域……第三航路は……そうだね……裏宇宙? とでも言えば良いのかな? つまり、縮小化された上で、君達の宇宙と重なってるって思って良い。概念としては、君達がエーテル空間と呼ぶ亜空間に近いと思うよ」


「まぁ、俺らも何度か実験してるから、そこは理解してるんだがな。もっとも……実のところ、果てがあるのかすら解らないのが実情だ。それに、何処がどう繋がってるかって言う相対空間マップについては、ほとんど何も解ってない……まぁ、そう言う事だな」


「そうなんだ……でも、第三航路と実際の宇宙の距離の相対座標は、僕らもよく解らないんだ。なにせ、僕らにとっての世界は、第三航路だけなんだ。そして、僕らは認証キーを持たない存在の侵入を検知した場合、速やかに排除する……命令? それを受けているんだ」


「命令だと? するってぇとなにか、お前らの上位存在がいるってことか?」


「上位存在……うん、そんな所だと思う。でも、僕たちの視点ではそれがどんな存在だったかすらも、覚えていないし、記録にも残っていない。君達の持つ概念から近いものを探すとすれば……多分、神様とかそんなのが近いと思うな」


「神様ねぇ……つまり、ソイツの許可がないと駄目ってことなのか? だが、そんなどんなヤツかも解らんやつに、いちいち許可を得ないといけねぇとか、それじゃ話になんねぇだろ……。第一、覚えてもいねぇような奴にどうやって許可を仰ぐってんだ……」


「確かに、ご尤もな話だね。でも、実のところ……そもそも、僕らは、君達人間という存在を永らく認識できていなかったんだよ。だからこそ、僕たちは判断に迷った……君達人間とは何なのか? それが僕の送り込まれた理由……と言うか、ジュノーと同化しようとして、ようやっとその存在を認識できたから、この順番が正しいかどうかはなんとも言えないな」


「認識できてなかった? それは一体、どう言う事なんだい? 以前にも君達は僕らの持つAIを攻撃対象にすることで、明確に僕らの敵として立ちはだかった……。それで、僕らをまるで認識できていなかったなんて……。それこそ、意味がわからない」


「ああ、言い方を変えるべきだね。実のところ、僕らが認識していたのは、君達の言うAI達だけだったんだよ。考えても見てくれよ……今でこそ、僕はこの有機体の身体を与えられたことで、君達を同列の存在として知覚出来てるけど、その以前は……有機生命体が僕らと同じ意識を持つ生命体だなんて、思っても居なかったんだよ」


「……そうか。君達エネルギー生命体と僕ら有機生命体では、生物としての有り様が違いすぎる……。そして、まだ近い存在としてAI達を同列の存在として認識していた。それ故に、君達は僕らをAIの付属物か何かのように思っていた……そう言う事かい?」


「そう言うことだね。だからこそ、僕らは一度ならず第三航路に入ってきた知性を持つ高度AI達と交渉を試みたんだ……。けど、彼らは僕らと接触するとそれだけで、皆、狂ってしまった。多分、僕らと比較するとあまりに情報密度が低くて、その器が耐えられなかったんだろうね」


 ……そうか。

 ゲートキーパーとの軋轢も、要するに、一種の盛大な掛け違いと言うべきものだったのだな。


 なにせ、我々もゲートキーパーが何なのかすら理解できていなかったのだ。


 単純に、AIを狂わせる微細ナノマシンか何かだと思いこみ、それがエネルギー生命体と言う未知の生命体だと認識したのもつい最近の話なのだ。

 

 そして向こうは、そもそも初めから敵対する意図はなく、同系統の非実存知性体という事で、AI達に接触を試みていたのだ。


 だが、その接触は能力の圧倒的な差異により、こちらのAIの一方的な人格崩壊……狂化とも呼ばれる状態に陥らせてしまっていたのだ。


 そして、我々もその狂化したAIにかつての悪夢……AI戦争の狂化AIと同質のものを見た。

 もちろん、ゲートキーパーとAI戦争の元凶とが同種である確証はなかったのだが、あまりに似通った結果を前に、我々も過剰反応とも言うべき反応を起こしていたのだ。


 それに、このジュノアがこちらのAI達の情報密度が低いと評するのも納得は出来る。


 恐らく、ゲートキーパーとは、途方もない情報の塊なのだ……全にして個、個にして全と表するからには、個に過ぎないAI達では、その途方もない情報圧力に耐えられなかったのだ。

 

 ……この辺りは、細かく説明されるまでもなく理解できるし、ゼロ陛下も同様であろうな。


「そうするってぇと、お前らは俺らに対して、攻撃の術を持たず、まるで無視してやがったのも同じ理由なのか?」


「そうだよ……。僕たちにとっては、君達人間が僕ら同様に意識を持っていたなんて、理解の外だったんだ。先も言ったように、この身体を与えられて、始めて有機体が僕たちと同じく意識を持ってるって解ったんだよ。けど、一時期から君達はAIを使わない船……。僕らからすると勝手に動いてるとしか思えない……そんな船を送り込んできた。その辺りから僕らは、君達有機生命体が意識を持つ可能性を認識し、交渉も視野に入れて、小さな器しか持たないながらも、唯一話の通じそうなAI達を破壊しないで接触する方法がないかと模索していたんだ」


「……なるほどですね。確かに、私達スターシスターズは、存在の格……とでも言うべきモノが、この世界の私達以外のAI達と比較すると格段に強力ですからね。つまり、ジュノアちゃんのお仲間の強烈なタッチに私は軽く耐えきって、ジュノアちゃんをお迎えすることが出来た……と。ねぇねぇ、お二人共……私ってば、凄すぎやしませんか?」


「存在の格……ねぇ。確かにお前らは300年以上もの間、銀河の守護者とかやってた割には、人格摩耗やデータオーバーフローも起こしてないんだからな。確かにやたら、タフな奴らって事は認めるぜ」


「ふふん! 私ってば褒められ上手の床上手なんですよ? 褒めてください! あいったーっ!」


 明らかに、床上手と言う言葉の意味も解っていない様子と、露骨に調子乗っているのを見て、ゲーニッツもついカッとなったらしく、思い切り鉄拳制裁に走っていた。


 乱暴なのは感心しないが、まぁ……これは二人にとってのコミュニケーションのようなもののようだからな。

 好きにすれば良いのだ。


「……とりあえず、ジュノーお前は黙ってろ……何度も言うが、アスカ陛下の御前だ……少しは自重しろ」


「はーいっ!」


「ふふっ。二人は仲がいいんだね。まるで別種の存在なのに、なんでそんな風に通じあえてるんだろう。興味は尽きないな」


「……まぁ、僕ら銀河帝国は多様性を認めてるからね。その出自がなんだろうが、そこは大きな問題にはならない。ジュノーはゲーニッツ大佐を自らのマスターとして心酔してるし、ゲーニッツ大佐も自分の命を預ける程度には信用している。まぁ、僕も君を信用しているから、こうして相対しているんだ。改めて聞くけど、今の君……いや、君達は僕ら人類種を認識し、敵対心は持ってない……そう考えて良いのかな?」


「そうだね。君達、人間の存在を僕らは認識したし、こうやって話も出来るようになった……。そして、君達を妨害する理由もない。お互いもっと早く気付けていれば、余計な犠牲も出さなかっただろうに……ごめんね。君たちに対して僕らは償いをすべきなんだろうね」


「いや、気にすんなよ。思惑のかけちがえで戦争になる……そんなのは人間同士だって、当たり前のように起こる。そんなんで、いちいち取り返しがつかねぇとか言ってたら、キリがねぇからな。だからこそ、誰かがどこかで、それを断ち切る必要がある……そうだな、モドロフ」


「そうだね。僕らは、戦争だろうが、間違いだろうが、すべてを帳消しにする事が出来る……ただ一人のたった一つの言葉でね」


 ゲーニッツがそう答えると、ジュノアも驚愕したような表情を浮かべる。

 なるほどな……そう来たか。


「……そんな争いも、間違いも何もかも帳消しに出来るような便利な言葉が、君達にはあるって言うのかい?」


「あるぜ! いいか? たった一言……「許す」って言やいいんだ」


「……馬鹿な! そんな一言で終わるはずが……」


「いや、終わるんだよ。どんなヒデぇ目に会わされようが、どんなに憎たらしい相手でも、それらを飲み込んで一言そういや丸く収まるんだ……。まぁ、俺等の場合は皇帝陛下が「許す」って言えば、それで全員納得するからな。どうよ? 我らが銀河帝国ってのは、実によく出来てるだろ?」


 ……何と言うか。 

 ゲーニッツ大佐は意図していないのだろうが、これは要するに私に振られたようなものだった。


 ゼロ陛下と目が合うと、ニコリと微笑む。


 別に口出しする気はなかったのだが、この場はこの私が口を挟むしか無いだろう。

 なにせ、これは帝国では皇帝にしか出来ない所業なのだからな。


 もちろん、日常会話でも「許す」と言う言葉は使われているだろうが。

 帝国の皇帝の口から、この一言が出ると言うのはとてつもなく重い。


 その時点で、文字通りすべてが許されるのだ。

 なにせ、皇帝の意思なのだからな……異論も反論も何もない。


 たった一人がすべてを決めると言うのは、そう言うことなのだ。


 そして、この言葉はかの預言者の残した言葉。


『憎しみや恨み、悲しみの炎は、果てしなく連鎖しいずれ人々を焼き尽くすだろう……。だからこそ、誰かがどこかでこう言うべきなのだ……許すと! 人は……許し合うべきなのだ』


 ……この言葉に端を発していると言われている。


 それ故に、皇帝の「許す」と言う言葉はとてつもなく重いのだ。


 当然ながら、軽々しく使って良い訳がないのだが。

 ここは、まさに使い所と言えた。

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