第六十二話「銀河帝国への帰還」⑧
「そうだな……。我が帝国は銀河守護艦隊に敗退を繰り返していたが、最終的に我が帝国は勝利したのだからな。ゼロ陛下……良くぞ帝国に勝利をもたらしてくれた。志半ばで倒れた者たちに代わって、改めて礼を言わせてもらおう」
「なぁに、僕は当然のことをしたまでだ。むしろ、僕は君たちに勝たせてもらったようなものだと思ってるよ。言ってみれば、たまたまリレーのアンカー役が回ってきた。それだけの話だと思ってるからね……誇る気なんて、これっぽっちもないよ」
「それだけの……話か。そうだな……私の伏線も上手く回収してくれたようだしな。あそこまで念入りに仕込んだ上で負けていたら、むしろ文句の一つも言わせてもらうところではあったからな」
私がそう返すとゼロ陛下も苦笑をする。
「そいつは重畳……流石に、あれだけ期待されて、負けるなんて、みっともない真似は出来なかったからね。正直、助かったよ。本当に……」
「そうか……。まぁ、この話はこれで終わりとしよう。せっかくだから、改めてアスカブレンドでも飲んでみてくれ……特にそのピーチフレーバーティーは、自信作でもあるのだ」
ゼロ陛下もうなずくと、隣に椅子を召喚すると優雅に腰掛けると、アスカブレンドティーに口をつける。
「うん! 確かにこれは美味いね! ユリコくん達主催の茶道ティーパーティとか、普通に罰ゲームだったけど、これなら全然飲めるよ! いやはや、さすがだね! うーん、これは……厳選した天然茶葉をふんだんに使い、この桃の風味も天然の果実を使っているのか……まったく、贅沢なお茶を作ったものだね!」
まぁ、当然の評価だな。
献上した者達も、こちらがそこまでするかと言いたくなるほど、贅沢に厳選に厳選を重ねた最高級の天然茶葉を使い……フレーバーも合成香料など使わずに、香り付けのためだけに天然桃の果実を使った香料をブレンドし……なんとも言うか、コストなど知ったことかとばかりの贅沢仕様に仕立て上げてきたのだ。
銀河最高のフレーバーティーの謳い文句は伊達ではないのだ。
まぁ……茶道ティーパーティについては、敢えてノーコメントさせていただくがな。
と言うか、やっぱり罰ゲームだったのだなぁ……。
しかし、こうやって見ると、まるでゼロ陛下のパートナーのような並びではあるのだが。
気がつくと皆も立ち上がり私の背後を固めており、なんとも物々しい雰囲気となっていた。
物々しくないのは、3人でテーブルを囲んで、酒瓶片手にわいわいやっている大和殿達くらいだな。
だが、あれは一人手酌や一人飯とどう違うのだろうか?
アレも大概、意味が分からん存在よの。
なお、一応ユリコ殿やアキ殿も呼ばれていたようなのだが。
このVRルームは、皇帝同士の会談とも言える場ではあるので、二人は別のルームにて待機しているようで、また後ほどと言うメッセージが届いていた。
「さて、そろそろ始めるようだね……。向こうからはこっちは見えてないし、ここは僕らは黙って見守るとしようか」
「そうだな……。ああ、皆も楽にしていい。我々はお客様でもあるのだからな。確かに重要な場面の立会ではあるのだが、傍観者以外の役割は求められておらん。ゼロ陛下もそう言うことだろう?」
「ああ、僕らは傍観しつつ、結果報告を待つって立場だ。多少の口出しや感想を述べてもいいけど、基本は現場任せだ。もちろん、現場が窮したり、君の意見が欲しいって事になったら、遠慮なく聞くけどね」
まぁ、そんなものだ。
我々のような立場の者が現場に入らぬ口出しをして、現場に枷を作るべきではないのだ。
……正面の壁がモニターとなり、白い長テーブルと向かい合わせのエルゴノミクスチェアがあるだけの殺風景な部屋の風景へと切り替わる。
ちょうど、長テーブルの端に、小柄の金色の髪の少女のような人物が座り込むところだった。
カメラが引いていくと、小柄の燕尾服を着た少年のような者が椅子に座った後ろ姿を見せていた。
そして、その後ろに立つ、迷彩柄の野戦服を着込んだ帝国軍士官と、やはり金色の髪の女性士官が映り込む。
女性士官はクルクルと縦ロールさせた髪型のようであるのだが、どうやればあんな不自然な形にセット出来るのだろうか?
彼女がチラッと振り向くと、気楽な様子で笑顔でこちらに向かって手を振る……その時点で私はあることに気付いた。
「……なんだこれは? この者とあの向かい座る者……見た目がそっくりではないか」
手前の女性士官のほうが明らかに大きいのだが。
奥にいる人物の容貌はまるっきり、彼女のコピーかクローンのように見えた。
「ああ、手前のはスターシスターズのジュノーだよ。流石によく見ているね。あのジュノーのそっくりさんがゲートキーパーの使者なんだ」
「なるほど……だが、なんで、あんな生き写しのような姿なのだ?」
「なんでも、ゲートキーパーは最初、ジュノーと同化しようとしてたみたいなんだけどね。それをジュノーは気合で弾き返して、逆に自らの内に取り込んでしまったらしいんだよ。そのうえで、ジュノーは使者自身に自分と他者と言う概念を理解させた上で、個我を確立させて、身体を与えて、僕らとコミュニケーションが取れるように教育したんだって。その関係としては、AI達の後継機と現行機の関係に似ているって表現してたんだけど、その関係で使者はジュノーと同じ外観としたようなんだ」
「なるほど……それにしても、ジュノーとやらも信じられん真似をするな。同化されかけた所で、逆に同化し教育し使者として再生しただと? だが、それがどれほどの事か解っているのか?」
……知性体とのコミュニケーション。
当然ながら、それは簡単なことではなく、幾多もの段階があるのだ。
最初に超えるべき関門は、コミュニケーション手段の確立……。
これが出来ないとなると、文字通り話にもならないのだが、知性体だからといって、言葉を交わし互いの意思の疎通が出来るようになるまでは、それはもう気が遠くなるほどの段階があるのだ。
その上で、相手がエネルギー生命体ともなると……。
もはや、世界観どころか、宇宙の概念からして違うだろうからな……。
そして、当然ながら互いの共通概念すらほとんど無いはずだった……それを考えると、途方もない工数がかかるはずだった。
これは当たり前の話だ。
真空の宇宙空間に住み、その生態も成り立ちも異質に過ぎるエネルギー生命体と、惑星有機生命体の我々では、共通点を探す方が難しい。
共通概念と言っても、恒星や惑星、数の概念……実際、それくらいしか思いつかない。
宇宙共通の元素組成の概念ですらも、向こうは物質に依存しない存在である以上、甚だ怪しいものだ。
これがどう問題になるかと言うと……。
基本的に互いの共通概念を元に意思の疎通を図るのが、異文化相互コミュニケーションの入口となるからなのだ。
事実、この辺りは、異惑星起源の知的生命体の方がまだ話が通じる。
なにせ、向こうも惑星世界の住民ということには変わりないのだからな。
同じ惑星世界起源生命体ならば、差異と言っても、食べ物が違うとか、理想環境が違うとか、文明レベルの差異……せいぜい、それくらいで、数の概念や時間の概念も文明が勃興する程度の知能があるなら、当然のように持ち合わせているというのが、これまでの経験則だった。
実際のところ、言語の差異については、基本的にそこまで大きな問題にはならない。
共通概念さえ理解できれば、あとはそれをデータベース化して、文法なども類似言語と照らし合わせることで、容易に解析できてしまうのだから。
これも、惑星世界の住人が、ある程度こちらと同じ概念を持っているからこそなのだ。
だが、宇宙環境に住まう完全な宇宙起源知的生命体ともなると、さすがに我が第三帝国にもまともなノウハウもないし、実績もない。
そもそも、コミュニケーション方法からして、どうやれば良いのか解らん。
実際、問題……ラース文明の奴らのコミュニケーション手段もよく判らん。
真空の宇宙でも支障がなく通じる……となると、基本は光の色だの明暗とかそんなところだとは思うのだが……。
相変わらず、アスカ星系にわんさかいる炎の精霊達は、基本的に観察していてもほとんど動きがない。
微妙に配置が変わってはいるようだが、光合成する植物のようなもので、本当に知性があるのかどうかもよく解らん。
いかんせん、エネルギー生命体との遭遇事例など外宇宙探索を国家事業の一つとする我が第三帝国の国家機密データをひっくり返しても一つもなかったのだからな。
ラース文明もこちらとのコミュニケーションは、人類との同化と言う手段を取ることで一応、成立するようになっていたのだが……。
だからと言って、同化した者達とまともな話し合いも出来た試しもなかったのだ……。
なにせ、ひたすら怒り狂って訳のわからないことを喚き散らすだけだったのでな。
まさに、話にならんとはこのことよ。
だが、おそらく、ゲートキーパーも何度か繰り返してきたこちらの人工知性体の乗っ取りという手段で、ある程度こちらの文明についても理解を持っていたのだろう。
その上で、我々を脅威として認識し、撃退一辺倒だった戦略を即座に切り替えて、使者というべき存在を送り込んできた。
なるほど、ゲートキーパーの考えも見えてきたな。
確かにこれは、交渉の時間ということだ。
恐らく、向こうも本来はジュノーと同化した上で、こちらと交渉を試みるつもりだったのだろう。
もっとも、同化に失敗した挙げ句に逆に取り込まれて、教育されるという形で、ゲートキーパーの使者というものとして仕立て上げられた事で、交渉の過程が一気に短縮された……そう言うことなのだ。
なるほど、これは確かに歴史的な出来事と言えるな。
「……さすがにこの結果は、僕も予想外だったよ。いやはや、スターシスターズの可能性ってものを僕は過小評価していたようだ。さすがの大和くんも、これは予想外だったみたいだしね」
「そうじゃのう……。確かに、我らも言ってみれば、ハードウェアに依存しない情報生命体とも言えるからな。ゲートキーパーもよもや、自分達を封殺するほどだったとは予想していなかったようでな。おかげで、えらく素直に恭順してもらえたのだ。どうだ? アスカ殿、あっちは現実世界で、カメラ経由でアストラルネットワークで接続されている以外は一切の回線も繋がっていないのだが。会話をしたいのなら、普通に取り計らうだけの話だ。なんなら、少しばかり話でもしてみるか?」
「いや、今は傍観者として、見守らせていただくとしよう。なにせ、私は何もしていないし、状況もよく解っていないのでな。何よりも、なにもせずに、配下達から美味しいところだけ持っていくような真似はしたくないな」
「そうか……実に我が主らしいな。では、ジュノー始めてくれ……まずは、自己紹介でもさせてみろ」
大和殿……一号が立ち上がると、ヘッドセットのようなものに向かって、指示を出す。
「あ、はい! 大和様……えっと、もう中継繋がってるんですか?」
「ひとまず、一方通行にさせてもらっているが、とっくに繋がっておるぞ。いいか? すでにゼロ陛下やアスカ陛下も来られて、貴様らを見守っているのだ。相応の心づもりでいるがいいぞ」
「マジですか? ふふっ、このジュノー……帝国に拾われたご恩は微塵にも忘れてません。銀河帝国に栄光あれー! ですよね? 見ての通り、この私は帝国の為なら命をかけるのも厭わないスーパー忠臣って感じなので、是非とも今後とも宜しくでーす!」
そう言って、カメラに向かって満面の笑顔で敬礼をするジュノー。
なんとも軽薄な態度に、思わず首を傾げる……これだけで、お調子者という事がよく解った。
もっとも、スターシスターズ達は、AIの亜種にも関わらず、酷く人間的でかつ実利的だと言う話も聞く……。
その辺は、大和殿やその配下達と付き合いが出来てから、よく解るようになった。
一言で言えば、アイツらフリーダム過ぎる。
あんな連中を率いて真面目に戦争をやっていたハルカ・アマカゼも大概であるし、こんな連中にド派手に負けた我々もどうなのだろうな……。