第六十二話「銀河帝国への帰還」⑦
「……ふふっ、謙遜などするものではないな……。すべてお見通し……か」
「そうだねぇ……。まぁ、僕もよくもっと偉ぶってくださいとか、もっと威厳を保って! なんて言われたものだよ。でもさぁ、我が帝国の皇帝陛下ってのは、銀河宇宙で一番エラいんだから、謙遜とか意味のないことなんてやるだけ無駄じゃない。そこは解ってくれるよね?」
「確かにな……。まぁ、ゼロ陛下の言を借りるのであれば、初めからエラい奴がわざわざ偉ぶって、己が権力をことさら誇張するなど、むしろカッコ悪い……そう言うことであろう?」
小物ほど、自分を大きく見せたがる……そう言うものなのだよ。
真の王者とは、自然体のままでも、誰もが見上げる……そんな者を示すのだ。
「うん、その通りだよ! はははっ! 実に気が合うねぇっ!」
「そうだな……。はっはっは!」
そして、二人して揃って笑い合う。
まぁ、私はちみっちゃかったので、そもそも威厳なんぞとは無縁だったのだが。
ゼロ陛下も……こうやって間近で見ると、威厳も威圧感も何もない……。
とにかく、イケメンなのは誰もが認めるところだろうが。
そんなエライ人にはとても見えない……。
帝国非公開機密情報のひとつでもある、ユリコ殿の生の記録ログ。
通称「ユーリィ草書」には当然ながら、彼女が初めてゼロ陛下と会った時の印象についても記載があるのだが。
『……本国に問い合わせしたら、なんかチャラいオペレーターさんが出て来て、何この人って思ってたら、ゼロ陛下だった! めっちゃどびっくりっ!』
……とか書いてあった。
まぁ、当時のゼロ陛下はエスクロンCEO就任前で、誰も顔を知らなかったとのことで、ユリコ殿がこの人だれ? ってなったのも解るのだが、何この人……はなかろうに……。
もっとも、私も威厳云々については、ゴスロリファションでお忍びお出かけ未遂をやらかすなど、人のことは言えないので、要するに、似たようなもの……という事だ。
それにしても……まったく初代ゼロ陛下。
実に食えない御方だ。
先程から思っていたのだが、我々の会話は質問に対する回答……質疑応答ではなく、お互い同じ結論を出した上での言わば、答え合わせのような会話ばかりのような気がする。
いや、これは試されているのだな。
要するに、特定の情報を与えて、私ならどう決断するか……?
ゼロ陛下と同じ判断を下せるかどうか、一連の問答で私を試したと言うことだ。
いや、違うな……銀河帝国の皇帝なら、自分と同じ判断を下せるとゼロ陛下も確信していたのだろう……そして、私はその期待に答えることが出来ている。
まぁ、そこはよく解る。
我々は、帝国の決断装置なのだからな。
私が帝国の意思の体現者である以上、ゼロ陛下もそれは同じなのだ。
故に、私に求められているのは、意見や独自見解ではなく、答え合わせなのだ。
もっとも、傍から聞いていると我々の会話は、勝手にお互い納得し合っているようにしか聞こえず、まるで訳がわからないであろうな。
いずれにせよ、私に求められているのは、答え合わせであり、だからこそ、こちらとしても細々とした説明もこの場では求めないのだよ。
「まぁ、確かにこれは見ていく価値はありそうだな……。ああ、そうだ……飲み物は、惑星ティパラ産のアスカブレンド……それも冷たくしたピーチフレーバーを頼もうか。アレは私の為にと、皆が洗練と熟成を重ねた最高級のブレンドでな。せっかくだから、皆も飲んでみるが良いぞ! 銀河最高の茶だと、この私が認めた……そう言うものなのだ」
我が名を冠する至高の茶……。
と言っても、食糧生産開発部門の者達が自信満々で献上してきて、あまりの出来にべた褒めした上で、褒美を取らせると言った所……。
そう言うことなら、この茶に陛下の名前を使わせて欲しいと言われ、許可した結果……そんな我が名を冠する銀河最高級のお茶が生まれたのだ。
そして、それは第三帝国皇帝アスカ様絶賛献上品と言う触れ込みで、一杯分で10万クレジットとか、アホみたいな値段で販売されるようになり……。
それでも、予約限定販売せざるをえなくなるような超人気商品となってしまった……そんな逸話があるのだ。
デーブルから湧き出すように、アスカブレンドティーの入ったグラスが出てくるので、両手で抱え込んで一口。
ちなみに、ホットも悪くないのだが……私は冷たく甘くしたアイスティーが好みだ。
……割と猫舌なので、実を言うと熱いモノは苦手なのだ。
「……うむ、完璧な再現度だな……。実に良いデータを用意していたものだ。いや、これは私のために最高の逸品をデータ化していたのだろうな。誰だか知らんが、実によく解っているな!」
口の中に広がる濃厚な桃の香りと、まろやかな渋みと程よい甘みとキーンと冷えた清涼感。
懐かしさすら感じる味に、思わず、うっとりしてしてしまう。
背後では、イースとファリナ殿、エイル殿がチャレンジしてみたようで、三人とも一口飲んで、目を見開いている。
「これは……色はレッドグラスの熟成乾燥茶に似ているが……。この瑞々しいフルーティな味わいは一体! 何と言うか、意表を突かれてしまったな……」
「エルフの里名物の紅芝茶でしたっけ? でも、アレはカビた藁の味がして、ぶっちゃけマズかったんですけど、これは……甘くて美味しいですねぇ!」
「……う、うむ……。確かにあれはカビた藁の味だったな。アレを伝統とかホザイてる長老共の気がしれんよ……」
「ぶっちゃけましたねぇ……。ちなみに私はアレは無理でしたけど、これは全然イイですよ!」
「そうだな……赤芝茶とはまるっきり別物だな……。しかし、この甘みは……くどくなく、さっぱりしていて、かつ芳醇な果実のような香り……これはうーまーいぞーっ!」
「おお、お師匠様のお墨付き! あとでレシピ聞いて、あっちでも再現出来ないか試してみましょう!」
「そうだな! いやはや、これで、酒精が入っていればもっと最高なんだがな……! そうだ……こっちのブランデーってのと混ぜると、良いかもしれんな!」
「あ、さっき絶賛してた特濃のお酒ですか? 確かに合いそうですね……」
「これは……ッ! な、何という美味さ! うぉおおおっ! うーまーいぞーっ!」
ファリナ殿とエイル殿には好評のようだった。
ちなみに、エイル殿はさっきから、美味いとか言っていないし、いよいよ上半身裸になって、ポーズも決めて絶好調のようだった。
あ、これ……いつもの事であるぞ。
「何と言うか、渋みの効いた甘酸っぱさ……。あ、解りました! このピーチソーダってのが似てますよ!」
こっちはイース。
リンカと二人で、お試し中。
「うっわ! これもとっても甘いですし、口の中がシャワシャワしてますっ!」
「ですねーっ! でも、このシャワシャワ感……慣れると、たまりませんね! あ、このポテト食べながらだと、凄くいい感じですよ!」
「確かに……。塩っ辛いの後に甘いシャワシャワが絶妙でありますね!」
……リンカとイースも楽しんでくれているようだった。
皆は、言わば接待される側であるのでな。
ひとまず気楽に飲み食いしてもらえれば、それでいいだろう。
わざわざVRダイブの上で飲み食いして騒ぐだけ……と言うと、遊びに来たようなものではあるのだが。
これは……惑星アスカの住民の味覚サンプルテストも兼ねているのだろう。
アストラルネットのVR体は、現実世界の身体を忠実にエミュレートしているので、その身体感覚は味覚や食感なども含めて、高精度で再現されており、VRで飲み食いしたものは現実で飲み食いするのと、そう大きくは違わないのだ。
見た様子、皆が味覚の違いなどで困惑している様子はない。
アスカブレンドや黒ビール、つまみの唐揚げやらポテトに対する感想も概ね、想像通りだった。
我々が美味いと思うものなら、惑星アスカの住民たちも美味いと感じる……この情報は、双方の交流に大きな加点となるのは確実だった。
なにせ……地球外知的生命体などとの交流では、この味覚や食料の差異は割りと大きな問題となるのだよ。
例えば、我々が甘いと感じる物質……砂糖などを食した時に、地球外知的生命体だと苦いと感じる……そう言うこともあるし、逆のパターンもある。
実例をあげると、体液の主成分が銅ベースのヘモシニアンで構成されているトラバーン人は、銅と塩化マグネシウムを多く必要としており、そもそもトラバーンの海は地球の海と比較すると、それらの含有率が極めて高いのだ。
彼らは、酸化銅が多いことで緑色に染まった海を母なる海とする海洋生物進化種でもあったので、生物学的にも地球人類種とは大きく異なっており、当然ながら味覚などについても大きな違いがあった。
具体的には、トラバーン人は人間だと苦いと感じる塩化マグネシムを塩っ辛くて美味いと認識するようなのだ。
実際、連中が我々の食べ物を真似てみたと言う触れ込みで作ってきたポテトチップスのようなものは、塩化マグネシウムの結晶塗れで、コゲコゲのにっがいポテトチップスと称する何かであり、我々が自信を持って提供したスイーツは「これは薬か何かなのかね?」等と真顔で聞き返されてしまった。
ちなみに、塩味については「無」。
酸味は甘酸っぱく感じるようで、連中の味覚については、もう訳が分からんの一言だった。
まぁ、トラバーン人は地球由来食料であっても、ちゃんと消化することが出来て、毒にはならないだけまだマシだったのだが、料理の味について、双方が妥協できるとなると、どう考えても無理があると言うのが、双方の料理人の結論だった。
美味いものは宇宙共通で美味い……という訳ではないのだ。
そこはなかなかに難しいものがある。
そもそも基本的に、惑星固有種族と言うものは、その惑星の以外の物を食べられるように出来ていないようなのだからなぁ……。
地球由来人類種たる我々が、地球から持ち出した地球由来植物や動物を天然食材として重宝し、合成食材を主食としているのもそれが理由なのだよ……。
ちなみに、ヴィルゼットあたりは地球人の遺伝子サンプルを取り込むことで、その味覚なども地球人準拠にしているらしく、美味い不味いもちゃんと解っているようだった。
そこら辺からして、便利に出来ているのだなぁ……。
しかし……。
この茶を飲んでいるとなんとも懐かしい気分になる。
ああ、そうか……ロズ先生だったな。
こうやって、香り高い茶を嗜むと言う趣味を教えてくれたのは……。
フルーツフレーバーの蒸気タバコを愛用して、飲むものは決まって紅茶に抹茶、フレーバーティ……。
どれもこれも、コテコテに甘くして飲む……そんな物を飲んでいると口の中をさっぱりさせたくなるとかで、ミネラルウォーターボトルをセットで飲む……あの味わい方は微妙に本末転倒だと思っていたがな。
泣く子も黙る第三帝国特務部隊のボスにして、数百年にわたり第三帝国に仕えてくれていた……重鎮でありながら、実はコテコテの甘党と言う……。
皆には内緒にしてくれと言いながら、隣で香り高いお茶の香りを漂わせながら、二人で酒ならぬ茶を嗜み、ケーキや羊羹のような甘いものをつまみに乾杯をする……。
なんともお互い健康的な話ではあったが、あの時間は悪いものじゃなかった。
今は亡き……私の導き手とも言えた忠臣の……。
今となっては良い思い出だった。
「……ふふっ、なんともいい顔で飲むんだね……。実は僕もそれをすでに頂いてるんだけど、今まで飲んだお茶はお茶のような何かだった……そんな感想を抱く程度には絶品だったよ」
「ふむ、ゼロ陛下にそこまで言わしめるとは、さすがだな……まぁ、これには色々思い入れもあってな……」
「なるほど、察するに、それは君にとっての思い出の一品……そんなところかな?」
「ああ、かつての部下で、茶をこよなく愛する……そんな茶飲み仲間がいてな。ソヤツと共に試行錯誤した最高のブレンドなのだ。まぁ、残念ながら今はもう故人……なのだがな」
今の私に出来ることがあるとすれば……あの者の冥福を祈るのみだ。
そのプロフィールについては、実のところ、私もよくは知らないのだが……。
彼女は、250年も前から、第三帝国の歴代皇帝達の側近として永らく仕えていたと言う話で、厳密には人間ではない……そんな事も言っていたのだが。
事あるごとに生きることに疲れたとか、ずっと死に場所を探しているなどと口癖のように言っていた……。
まぁ、私も彼女には、簡単に死んでもらっては困ると、文句くらいは言っていたし、本来は最前線に出ることなど無い……そんな立場だったのだが。
私がゼロ皇帝の残していた記録から、銀河守護艦隊のウィークポイントを見つけ出し、根拠地襲撃の命を下したばかりに……あの者は死地へと赴いたようなものだった。
私の立てた銀河守護艦隊の根拠地襲撃計画は、ハルカ配下の諜報員により漏洩しており、ロズ中将率いる特殊戦隊は敵の待ち伏せにあい母艦を失い敵中孤立となってしまった。
その時点で、帰還は絶望的で……そんな状況の中、ロズ中将は重力爆弾による自爆と言う壮絶な最期を遂げ、そして、その死と引き換えに放った一撃は、銀河守護艦隊の命運を決定づけたようなものだった。
250年もの年月を帝国の影として、見守り続け……。
最後の最後まで国を思い、帝国の未来を切り開くために敢えて自らを犠牲とした。
まったく、私には過ぎた配下だった。
「そうか……君の配下の人材の分厚さには、僕も感心しているよ。……銀河守護艦隊との戦いで、君達第三帝国は、正面戦力自体は控えめだったけど、特務部隊や諜報員達は、ハルカ提督率いる特殊戦や諜報部隊と激しく暗闘をくりひろげ、相当な犠牲を払っていたようだからね。ロズ准将……死後中将に任じられる……か。彼女もなかなかに複雑なプロフィールを持っていたようだけど、君の盟友でもあり、第三帝国に君と言う皇帝が誕生するきっかけとなった……忠臣中の忠臣か……」
「……そうだな。あれは私の導き手であり、我が師でもあったのだ。だが、さすがに250年も生きていたことで、精神摩耗限界でもあったようでな……。その上で、銀河守護艦隊との戦いの最中に、ハルカ・アマカゼと刺し違えても葬る……そんな覚悟で……そして……」
ロズウェル・クシュリナーダ……それが彼女の本名だ。
何故250年も生きてこられたのかと言う根本的な疑問。
そして、生き字引そのものと言った深い知識や洞察力……。
何よりも、その言動の端々に垣間見えたハルカ・アマカゼへ向ける激しい敵愾心。
彼女……ロズ先生は、結局全部まとめて墓場に持って行ってしまったので、私が彼女について知ることは意外と少なかった……。
「……僕は君よりもロズ中将の裏事情については詳しいんだけどね……。彼女が最後まで君に語らなかった事を、僕が語るのは筋近いだと思うから、敢えて黙っておくよ。もちろん、君が知りたいなら教えるのもやぶさかでないけどね」
「そうだな……。すまんが、私も故人との思い出を大事にしたいのでな。なにか知っていたとしても、わざわざ教える必要はない。どのみち、故人である以上は、偲ぶ以上のことは出来ないからな」
「君は実に賢明だし、死者への礼を尽くし、その思いを尊重する……か。ああ、皆まで言うまでもない。いずれにせよ、ロズ准将の犠牲なくして、帝国の勝利はなかった……そう言ってもいいだろう。彼女は自分の命の使い所を弁えていた……そう言うことだよ」
「うむ、ゼロ陛下よりそう評されたのであれば、あの者も浮かばれるであろうな」
「ああ、ロズ中将……彼女こそがこそ、真の忠臣であり、帝国の英雄と評するべきだろう。そこは僕が断言するよ。だからこそ、君は散っていった者たちのためにも、俯いてはダメだ! 解ったかい?」
特務のロズ准将のみならず、遠征派遣艦隊司令のオッズ中将、近衛師団長のハーライル少将。
誰もが皆、私に付き従い……決して死ぬなと言う私の命に逆らった……大馬鹿者達だ。
誰もが帝国の勝利のために……そして、私の為に戦い。
そして、皆、散っていったのだ。