第六十二話「銀河帝国への帰還」⑥
まぁ、幸い……ユリコ殿が用意してくれたヴィルデフラウ式ナイトボーダーは、宇宙戦力として、星間文明たる炎神文明とも十分以上に戦えると実証されており、ド派手な損害を与えた結果、連中はビビってこちらへの手出しを控えるようになってきたのだからな。
連中とは交渉など一切していないが、手出しするなら滅ぼされる覚悟を決めろと言うこちらのメッセージは届いているはずだった。
事実、あちらさんは報復も仕掛けてきたが、その結果は燦々たるもの……その上で、敢えて手出しを控えるという行動でもって、その意志を示していると私も判断している。
もっとも、向こうの戦略目標は理想繁殖環境を持つ恒星系からの異物除去……。
要は向こうも安全保障上、こちらの排除は必須なのだ。
なにせ、我々はすでに炎神文明の繁殖拠点を焼き払うと言う暴挙に出ており、文明自体に対する明確な脅威として認識されているはずだった。
である以上、現状、アスカ星系からのお母様とその派生文明の駆逐がその戦略目標だと言うのは明白だ……滅ぼさなければ滅ぼされる。
相手はそう言う認識だと考えていいだろう。
だからこそ、少しくらい派手に返り討ちにあったからと言って、簡単に諦めるとは思えないし、私の抱く戦略目標もこの星系の完全専有である以上、連中とは決して相容れることはない……つまり、いずれ決着を付ける他ないのだ。
共存? そんな事が出来るはずもない……。
アレは言ってみれば、恒星への寄生虫のような生態である以上、人類種はもちろん、恒星や惑星ですら、その寿命を派手に削っている可能性が高く、こちらとしてもそんなものが許容できるはずもない。
そして、我々としても、惑星アスカはなんとしても譲れないし、星系制宙権も絶対に譲るわけにはいかない。
まぁ、こんな状況の時点で、双方の妥協や共存はどうやっても不可能なのだ。
故にラース文明とは、滅ぼすか滅ぼされるかの二択……これ以外に道はない。
だが、こちらも未だに宇宙戦力は皆無に等しく、とても戦える状況とは言えない。
まぁ、お母様の力で、最低限の惑星軌道上の制宙権については優勢を確保できているし、星系内の生産拠点の壊滅にも成功しており、我が方戦略的優勢と言えるのだが。
コレは言ってしまえば、籠城戦のようなもので、連中を星系内から駆逐できるほどの優勢ではない。
連中は脆弱な存在だが、地上世界において、すでにイフリートのように物理干渉が可能な素体を作り出している様子から、次の一手として、ラース文明なりの宇宙戦闘艦や宇宙機動兵器を開発してくる可能性が想定される。
なにせ、帝国の宇宙戦闘艦関連技術についても、ラースシンドローム罹患者達を通じて、ラース文明に漏洩している可能性は否定できぬし、こちらの出来ることは、向こうにも出来る……そう考えるべきなのだ。
それを考慮するとやはり、宇宙戦闘の主戦力たるkm級の宇宙戦闘艦を最低でも百隻単位は用意しないと、星系内における絶対的な優勢に持っていくのは難しいだろう。
さすがに、それだけの戦力を揃えるとなると、一筋縄ではいかない。
要するに、現状としては、お互い決め手に欠ける事で一時的な暗黙の了解で休戦状態が成立しているようなもので、向こうも近隣から増援を呼び集めたり、更なる進化個体を生み出すなど、こちらへの対抗準備を進めている頃だろう。
もっとも、私としては、貴重な時間が稼げたと言うことでもあり、この間に惑星統一事業を一気に進めたいと考えているのだが……いかんせん、海をテリトリーとする珪素生物と言う新手の登場と、陸側でも大貴族共の生き残り共が南の蛮族と組んでなにやら画策しているようでもあるのだ。
その南の蛮族も急速に組織化が進められ、もはや蛮族とは呼べない存在となっているようなのだ。
この辺りは……敵方に元再現体提督の意識を持つ指揮官格の人物がいる事も解っており、アヤツが絡んでいると私も見ている。
文明というものは何もなく一足飛びに進化するようなまずなく、あるとすればより高度な文明との戦争が起きるか、或いは高度な文明を知る者がその背後にいる……このどちらかだと考えていい。
まぁ、抵抗勢力の勃興は当然の話であるし、私もそんな簡単に行くとは思っていない。
相手も必死、こちらも必死……戦争とはいついかなる時もそんなものなのだ。
当然ながら、私は微塵にも勝利を譲ってやるつもりはないので、立ちはだかる者はすべて蹴散らす所存であった。
まぁ、元再現体提督ならば、相手にとって不足はない。
アギトとか言ったが……むしろ、簡単に滅ぼされて、私を失望させるなよ?
敵は強大に限る……そうでなくては面白くない。
恐らく、嵐の前の静けさ、各々の陣営による静かなる牙の研ぎ合いとでも言うべき時間が今の状況であり、本当はこんなところでのんびりしている場合ではないのだがな……。
とは言え、仮想空間で過ごす時間は、ほとんど問題にならない。
特に、今の仮想世界深度……ダイブ5相当ともなると、現実との時間差はほとんど気にしなくていい。
本来は、ここまで現実空間から仮想世界へ意識を深く送り込んだ場合、現実世界の身体への精神回帰キャリブレーションで、相応の時間が必要となる……まぁ、この辺りは知識として知っているだけなのだが。
お母様のアストラルネット転送は、人類の仮想化意識転移技術とは比較にならないほどには高精度のようで、実際、ユリコ殿も銀河側の現実世界へ戻る際のキャリブレーション期間は一ヶ月近くにも及んだそうなのだが……。
こちらへ転送された際は、ほぼキャリブレーションタイムゼロで、なんの違和感もなく、身体構造すらまるで別物のヴィルデフラウ体への意識転移にも関わらず、ほとんど問題なく意識転移ができていたようだった。
この辺りは、アストラルネット……つまるところ、精神空間への理解の差であり、要するに年季の差なのだろう……。
そもそも、精神空間とはなんなのだ? お母様の話では要領を得ないし、ユリコ殿達もなんとなく便利だから、使っているVR仮想世界の延長のように思っているらしく、要するに誰も詳しく解ってないようなのだ。
と言うか……お母様も、しれっと人類が及ばないような真似を平然とやっている辺り、やはり尋常ではない。
この文明が敵に回らなかった事を良しとするべきであろうな。
なにせ、お母様は問答無用で私の味方だと向こうも断じているのだが、本来の技術格差からすると銀河帝国の総力を持ってしても勝てるかどうか、甚だ怪しい存在なのだ……。
明らかな上位文明……実のところ、格が違いすぎて、本来ならば銀河人類程度の文明レベルでは、話にもならないはずなのだ……。
実のところ、こうやって私と意思疎通が出来て、私の無茶なお願いに応えてくれているだけでも奇跡と言って良い。
本来ならば、ここまでの文明格差があると、交渉も成り立たない……そう言うものなのだがな……。
つまるところ、対抗手段を持ち得ないのでは、交渉の余地すら無い。
それが動かしがたい現実ではあるのだ。
だからこそ、我が銀河帝国は銀河人類世界に敵なしと言えるほどの過剰な武力を所持していても、更なる高みを目指そうとしていたのだ。
なにせ、未知の文明だろうが、対抗できるだけの武力があるなら、その時点で交渉も可能となるし、万が一異種星間文明により侵略を受けた際、もっとも頼りになるのは武力なのだ。
銀河連合の者達は外宇宙の脅威などと言う、その存在すら定かではない敵に備えて、天文学的な規模の予算を投入し、通常宇宙空間に万単位の宇宙戦艦を揃えるような桁違いの戦力を持つなど、酔狂も良い所だと笑い飛ばし、事あるごとに軍縮協定の提案などを寄越してきていたのだが。
……そんなお花畑な妄想に付き合ってやるほど、我々は甘くない。
だからこそ、我々帝国は時代時代で過剰とも言えるほどの戦力を求め続けてきたのだ。
戦力とは、何も相手を滅ぼす為の力ではないのだ。
如何に強大な敵対文明が相手と言えど、そのまま戦いを続けると、その損害が無視できない……向こうが、そう認識すれば、話し合って双方の妥協点を導き出す……交渉の時間と言うことにもなる。
戦うにせよ、交渉に持ち込むにせよ……戦力という裏付けがなければ、成り立たないと言うのは、そう言うことなのだ。
戦力とは、武力とは、文明の力そのものと言って良い。
力がなければ、社会秩序を維持することも出来ないし、外敵と交渉することも出来ない。
それらをすべて放棄して、ひたすらうちに引き籠もると言うのだから、銀河連合の馬鹿どもは甚だ度し難い。
事実、意思の疎通も怪しいラース文明とも、こちらの武力を見せつけたことで、こうやって暗黙の休戦が成立しているのだからな……まったく、戦力様々であるな。
なるほど、ゲートキーパーもこちらが対抗手段を用意し、その実験で相応の被害を与えることに成功し、こちらを明確な脅威……つまり、正面からやりあったら、無視できない犠牲と損害が出ると向こうも認識したと言うことなのだろう。
その上で使者を送り込み、こちらの反応を見極めようとしているのだ。
なるほど、私が呼ばれたのも納得だ。
この交渉実験は、ゲートキーパーと我々の未来を決める極めて重要な交渉……というわけだ。
私自身、直接交渉の場に割り込むつもりもないのだが……。
銀河帝国の最高意思決定者である以上、この交渉実験の蚊帳の外に置くわけにはいかないという事なのだろう。
ゼロ陛下の気遣いが心地よい……さすがであるな。
「なるほど、実験と聞いていたが、予想以上の戦果があった。そう言うことか……そして、ゲートキーパーとも、どちらかを滅ぼし尽くす殲滅戦争ではなく、交渉で譲歩を引き出せる可能性が出てきた……そう言うことなのだな。ふむ、それは実にいいニュースだな」
「ご明察……大した情報も与えてないのに、すぐにそこまで理解してくれるとなると、話が早くてこっちも助かるよ。うん、やっぱり確信したよ。君は正真正銘、この僕の後継者たるにふさわしいとね」
「お褒めに預かり、恐縮の極みである。だが、こんな答えの解り切っている問答程度で、そんな過大な評価を下されるのは心外だぞ。私にとっては、むしろ当たり前の結論に過ぎんぞ」
「何を言ってるんだかねぇ……。断片的な情報を与えられただけで、当たり前のようにこの僕と同じ判断を下せる……その時点で、この評価は正当だと思うよ。実のところ、我が帝国の皇帝の選定基準ってのは、そこが一番重要なんだよ」
なるほどな。
余りに自然に理解できてしまったので、特に意識はしていなかったのだが。
やはり、我が帝国の皇帝の選定基準は「それ」なのだな。
要するに、ゼロ皇帝と近しい判断基準を持てるかどうか。
例えば、Aと言う設問に対し、B、C、Dの回答があるとする。
どの回答にもメリットとデメリットがあり、どれを選んでもデメリットが存在する。
そして、その選択肢を目前にした場合、ゼロ陛下ならば、Cを選択すると仮定する。
その上で、その事を一切知らされずとも、ゼロ陛下と同じ選択肢であるCを即答で選べるかどうか。
銀河帝国の皇帝に求められる資質とはそう言うことなのだ。
この際、その選択肢Cが最良の選択だったのかどうかは、問題にはならない。
なにせ、皇帝が選んだ選択なのだ……帝国臣民は誰であろうが、その選択がどのような結果を招こうとも、それを当然の結果として受け止めるだけなのだから。
確かに思い起こせば、他の七皇帝もその判断自体は皆、割と同じ結論に落ち着いていたものだ。
伝え聞いた他の皇帝の決断を聞いても、私にとってもそれが当然だなと言う感想であったし、皇帝会議にしても長々とあれこれと議論をするまでもなく、議題に対する最適解が誰からともなく出されて、全員一致で即決されて、それでおしまい。
それが皇帝会議の実態で、当然ながら時間も盛大に余ることになり、同格の気兼ねの要らないメンツ同士で、お茶を飲みながら、愚痴や雑談で余った時間を消化するのが常だった。
もちろん、個々の皇帝達の価値観や人格はまるで異なっていたのだが。
特定の情報に対する回答は、皆似通っていた。
おそらく、あの皇帝選定プログラムにこそ、秘密があるのだろうな……。
なんというか、流石としか言いようがないな。
「なるほどな……。つまり、私の判断基準は私の知らぬ間に、ゼロ陛下と等しくなるように……そうなるように仕組まれていたのだな」
「仕組むというのは、少し違うかな。言ってみれば、皇帝として選ばれた時点で、誰もがそうなっている……選定の儀とはそう言うものなんだよ。ただ、その判断基準については、僕から見ればそれなりのブレがある。まぁ、そこは仕方がないと思ってるよ。でも、君は凄い……君の思考は限りなく、僕と同じ判断基準を持ってるんだからね。実のところ、僕は肩の荷が下りたって思ってるくらいなんだ。君になら喜んで帝国の未来を託せるよ」
「さすがにそれは、過大評価であるぞ? だが、未来を託す……か。私にそんな資格があるのだろうか……」
「あるに決まってるさ。それこそ、愚問と言うヤツさ。自分でもそう思ってるんだろう?」
……図星を突かれてしまったか。
実を言うと、ゼロ陛下から未来を託すと言われても、私はこれっぽっちも気負いもプレッシャーも感じていない。
私は、皇帝の至冠を抱いた時、帝国の未来を背負うと決めたのだから。
いや、少し違うか。
厳密には、そのもっと前……選定者ロズウェル・クシュリナーダが認めた皇帝候補者として、クスノキ・アスカの名を与えられたあの非、あの時、あの瞬間から……何も持たざるが故に、帝国のあらゆる全てをこの背中に背負うと決めたのだ。
不遜なもの言いながら、何を今更と言うのが正直なところだった。