第六十二話「銀河帝国への帰還」⑤
「了解したよ。でもまぁ、アスカ星系の平定とマゼランへの進出はすでに我が銀河帝国の国策としているからね。君も銀河宇宙の現状は理解してるだろ? 今のようにエーテル空間頼みで可能性を閉ざしてしまったら、帝国にも未来はない……違うかい? なにせ、衰退の兆候もすでにポツポツと現れ始めてるんだからね……。もはや、一刻の猶予もないんだよ」
……やはり、同じ考え……という事か。
銀河宇宙を包み込みつつあった閉塞感……。
エーテル空間が閉ざされた空間である以上、我々に未来はない。
もちろん、10年、20年程度であれば問題は起きないだろうが、100年、200年後となると、さすがに厳しいと言うのが、私の見立てだった。
文明衰退と言うものは、人口の減少や経済の縮小化と言った目に見えた問題が起きた時点で、もう手遅れなのだ。
問題が起きるより、ずっと前……経済成長が安定し、人口構成が歪になる……そんな風に文明に陰りが見えた段階で、その流れを変えるべく、手を打たないといかんのだ。
私も、そう思っていたからこそ、第三帝国が伝統的に行っていた外宇宙探査計画に本腰を入れて、次世代エネルギー開発や超空間航法研究なども進め、その上で人々に未来の希望を与え、希望のある明日を迎えられるようにと……そんな風に数々の政策を執り行っていたのだ。
だが……だからこそ、私は惑星アスカに希望を見出しているのだ。
この惑星は間違いなく、第二の地球と言えるほどの優良惑星であり、銀河人類に新たな希望を与える事は間違いない。
そして、惑星アスカに存在する新たなる銀河人類の同胞種族……彼らとの合流は、銀河人類にも大いなる活気を与える事となるだろう。
何よりも、ヴィルデフラウの播種計画についても、人類にとっての理想環境惑星を次々と作り出すようなものであるし、この二つの島宇宙に他にも存在するであろう他のヴィルデフラウ文明との合流を目指すのも悪くないだろう。
そう……未来が、希望が広がりつつある。
改めて、そう実感する。
そして、新たなる超空間航法……第三航路にしても、そんなものに興味以外の何を持てというのか。
「……ふむ、どうやら私とゼロ陛下は考えを同じくしているようだな。ならば、本国については、安心してまかせられそうだ。なぁに、最前線たるマゼラン方面の事は、この私に任せると良い……ここは銀河人類にとっても希望の地なのだからな!」
それだけ告げると、ゼロ陛下が大げさに拍手を始める。
「うん! 素晴らしい! エクセレーンツッ! いやはや、僕が何も言わずとも、君は僕らにとっても最高な回答を用意していたんだね……。さすがだよ! 実に……実にいいねぇ!」
「まぁ、これは銀河帝国の皇帝たるものとしては、むしろ当然の考えであろう。ああ、それよりも……。見せたいものがあるという事で、呼び出しに応えたのだが……。一体何事なのだ? なんでも第三航路を守るゲートキーパーが使者を送ってきたという話だったが」
「そうだね! 君にはマゼランと銀河を繋ぐ最短コース……超空間航路……第三航路について説明はしたんだけど、そこを守る存在……ゲートキーパーがネックになってるって事も説明したよね?」
確かに、その話はすでに前回の会談で聞かされていて、エーテル空間航法とは別の超空間航法として、かつて封印された第三航路航法を復活させた上で、マゼラン方面と銀河系の連絡通路を確保する……そんな計画だったのだが。
第三航路の守護者……「ゲートキーパー」と言う不可視の存在が艦載AIを乗っ取り、人類に牙を剥く存在として作り変えられてしまうために、これまで何度か侵入実験を行いながらも、尽く失敗しており、ヴィルゼット提案の休眠状態の船を投げ込んで機械式タイマーで再起動し、ゲートキーパーが気づく前に、通常空間に戻す……そんな方法を試みていると聞いていた。
「ああ、エネルギー生命体と思わしき存在がいて、侵入すると問答無用でAIを狂わせる……そんな存在だと聞いた。そこで敢えて、機能を凍結させた艦艇を投げ込んで、機械式タイマーや手動で復帰させると言う方法を試していると聞いたが……あまり芳しくないとも聞いているな……」
今のところ、第三航路の制限は恒星重力圏内でなければ、ゲートを作れないと言う制約があるようなのだが……。
そんな機械式タイマーでゲート生成条件に合致する場所でゲート生成などやっていては、誤差がとんでもない数値になると言うのが、実情らしかった。
数光年程度の近距離跳躍については、そこそこの精度が実現しそうであり、その程度の距離ならゲートキーパーに気付かれずに済むようなのだが……。
その程度の超空間転移では、まるで足りないのだ。
さすがに、16万光年ともなると、精密な双方の相対座標測定と幾多もの実験を重ねることにより、莫大なデータを蓄積させないとどうにもならないのが実情だろうと言うことは、話を聞くだけでも容易に想像できた。
「ああ、その方法だと飛べるのもどんなに頑張っても100光年くらいが関の山と言うのが結論でね。だからこそ、僕らも根本的に発想を変えることにしたんだ。要するにゲートキーパーに力づくで対抗する……。僕らの持つAI達の中でも、ゲートキーパーにもっとも強い抵抗力を持つ可能性が高いスターシスターズの艦艇を、大和くんの持つエネルギー生物への特攻兵器……波動粒子エネルギー兵器を搭載した宇宙艦に改装して送り込む……そんな実験を試みたんだよ」
まぁ、100光年の距離を短時間で超えられるようになったと言うだけでも、技術の進歩としては相当なものではあるのだ。
その辺りは、10光年程度の距離を亜光速ドライブで何十年もかけて、往復する等という事をやっていた私からみれば、一足飛びの進化と言ってもいいくらいだ。
だが、一万光年の距離ともなると、100光年の超空間転移を100回繰り返す……十六万光年ともなると1600回だ。
この時点で、上手くいく気が微塵にもない。
「……それはまた、思い切った……いや、むしろ無茶な実験を行ったのだな。確か、ある程度のレベルのAI搭載艦を送り込むとあっと言う間に乗っ取られて、人類の敵対者へと作り変えられてしまう……そんな相手なのだろう? そんな訳の判らん相手にスターシスターズをぶつけるなど、さすがに分が悪かったのではないか?」
「ああ、そこはもちろん織り込み済みだったよ。僕らは敢えて、スターシスターズ艦が乗っ取られることを前提に、大勢の人間の手動操艦で操艦できるように改装を施し、例え艦が乗っ取られたとしてもなんとか帰還できるようにして、危険を承知で今回の実験に挑んだんだよ。そして、今回の実験の目的はエネルギー生命体へ僕らが何処まで対抗できるかの実験も兼ねていたんだ」
「なるほど、波動粒子兵器か……。確かに大和殿の話だと、エネルギー生物に極めて有効だったと言う話だが……つまり、帝国軍の力で奴らと戦えるかどうかを試した……そう言うことか? 確かに、その手合への対抗手段についても、我が第三帝国では研究を行っていたのだがな……少しは足しになったなら良かったのだが」
「うん、君に用意周到さには随分助けられたよ! まぁ、詳細は省くけど、結果的にゲートキーパーにも相応の損害を与えて、無事撤退に成功したんだよ! いやぁ、おかげで一気に第三航路の突破が現実的になってきた……つまり、君への増援も……16万光年の途方もない距離を超える……それも夢物語ではなくなったって事なんだよ!」
なるほどな……確かに、私も配下にゼロ陛下達のようなハードウェアハッキングへの対抗手段の研究などを下命していたし、ヴィルゼットや大和殿と言ったブレインが付いていれば、ゲートキーパーへの対抗手段も用意することも不可能ではなかっただろう。
ゼロ陛下の言葉では、撤退に成功したことが大戦果とでも言いたいような様子だが。
実験の目的自体ははっきりしていて、第三航路空間に突入し、ゲートキーパーに打撃を与えて、逃げ帰ってきた……そう言う事なら、戦略的に大いなる前進と評価できる。
しかし、有人操艦でとはまた……確かに、そんな研究も行っていたが、本気でやったのか……。
なお、今日日の航宙艦は、はっきり言って人力で操艦できるようには出来ていない。
なにせ、有人戦闘艦と言っても、人間が直接乗り込む必要があるから有人にしているだけの話で、宇宙戦闘艦は基本的にAI操艦による無人艦が主流なのだ。
敢えて有人にする理由としては、最前線ではAIへの指揮命令者が必須だからと言うだけの話で、指揮統制艦や対地上戦を想定した揚陸戦艦だの、機動兵器母艦など……有人艦としてはその辺りが大半となっている。
あとは、AIが判断に迷う状況が多発する強行偵察艦とか、超精密遠距離射撃用の狙撃砲艦……その辺りだな。
ちなみに、狙撃砲艦の砲手は厳しい訓練と選抜に選抜を重ねた最高クラスの狙撃適正持ちが務める事で、その射撃精度は得てして戦闘AIを軽く二桁は上回るほどと言われており、有人機動兵器などもスペック上では無人機に劣っているはずなのに、無人機を軽く凌駕する戦果を挙げる事は珍しくない。
戦場において、熟練の戦闘員と言うものは、しばしば戦闘AIを超えてくることはままあり、その辺りが戦場が完全に無人化しない理由のひとつではあるのだ。
だが敢えて、人力ですべて制御する完全有人操艦ともなると、その時点で結構な無茶であり、普通に命がけだと思うのだが……。
敢えてそこまで無茶をするとは……さすが我が帝国軍の精鋭たちだな。
指揮官が誰だかは知らんが、なかなかのやり手だと言えるだろう。
「ふむ、そうなると……実験としては大成功と言えるな。ゲートキーパーに損害を与えて、艦を乗っ取られるのも防いだ上で、撤退に成功したとなると、それは大勝利と言っていいだろう。だが、それだけでは無かったのだろう? まず、本題のゲートキーパーの送り込んできた使者についての事を聞かせて欲しい」
「ああ、やっぱりそこが気になるよね? では、君に問おう……意思の疎通もままならなかった敵対勢力が交渉の余地を見せてきた……。君なら、これがどう言うことかなんて、多分説明せずとも解ると思うんだけど、どうだい?」
ゼロ陛下が言いたいことの意味はわかる。
まず、交渉と言うものは基本的に、同格の相手とのみ成立する……そう考えるべきなのだ。
弱すぎる……まるで勝負にもならないのでは、交渉にもならない。
なにせ、対抗できる実力がない以上、一方的に強者の意思を飲むより他、弱者には選択の余地がないのだ。
そして、強者にとっては、弱者など逆らってきても、軽く踏み潰すだけの話であり、これでは当然ながら交渉にはならない。
なにせ、実力勝負となったら確実に勝てるのだから、一方的な要求に従わせるだけの話なのだからな。
弱肉強食……これは、如何なる世界でも共通する大自然の摂理であり、宇宙共通のルールとも言えるのだ。
実際、惑星文明と星間文明の戦いなどは、まさにそう言う構図で、惑星文明は惑星の外で戦うすべを持たないか、出来たとしても衛星軌道を専有するのがせいぜいと言ったレベルに留まるケースが多いのだが……。
恒星間を股にかける星間文明にとっては、惑星一つを滅ぼすのは容易なことなのだ。
実際、私が惑星一つを焼き払うために必要とした戦力は、現地生産した僅か10隻程度の惑星強襲揚陸戦艦で十分だったのだからな。
そして、その程度の戦力でも惑星一つを滅ぼすのは可能なのだ。
……これが現実であり、当然ながらこのようなケースでは、交渉にもならない。
つまるところ、生殺与奪の権利を始めから奪われているようなものなので、惑星文明は星間文明に対し、無条件で服従する以外に選択の余地がないのだ。
まぁ、それでも大人しく服従しない者達は何処にでも居て、この場合は惑星全土を焼き払うわけにはいかないので、続く第二ラウンド……惑星地上平定戦となると、相応に苦労するのが常であったのだがな……。
もっとも我々第三帝国には、惑星最強の覇権国家を敢えて叩き潰して、話の分かる奴らを惑星代表に指定し、その後押しをする形で平定する……そう言う惑星文明平定戦略を実践することで、随分と楽にかつ、平和的にいくつもの惑星文明と同盟を結ぶ事に成功している。
あれも、圧倒的な力の差があるからこそ出来る事なのだ。
だからこそ、私も惑星アスカの惑星統一と宇宙戦力の拡充は、最優先課題と考えている。
なにせ、私は生命の樹……神樹様を絶対死守せねばならん立場なのでな。