第六十二話「銀河帝国への帰還」②
「ふむ、いい機会であるから。我が配下である皆も一度ゼロ陛下と顔合わせでもしてもらうとするか……しばらく、顔を見ていない者もいるし、考えてみれば、我配下の者達が一同に会する機会も無かったからな。それに我が帝国の文化に今のうちから触れておくのも悪くはないだろう。イース……そう言うことだから、今回はお主にも同行してもらう。まぁ、危険はないから安心するが良い」
我が帝国は基本的に、新たに加わった傘下星系に対しては、もれなく本国準拠のインフラや技術や文化を提供すると言うのが恒例となっているのだ。
もちろん、向こうには向こうなりの伝統やこだわりなどもあったりするのだが、だからと言って、共に歩むと決めた者達へ技術や文化の提供を惜しむ理由にはなるまい?
これまでの事例では、銀河連合傘下だった星系や独立星系が、技術や経済的な限界から帝国への恭順を願い出てくるケースや、異惑星知性体による惑星国家の帰順などが挙げられるが。
いずれのケースでも、帝国準拠の科学技術を提供し、経済や文化水準などについても、出来るだけ同等に近いものとなるように努めてきた……。
同化政策などと言うと聞こえが悪いが、同じ国の旗印を挙げるのであれば、技術や文化、常識などに差異が出るようでは困るであろう。
何よりも、銀河連合の傘下星系などは、むしろ文明退行を起こしていたり、下級市民も奴隷同然の貧しい生活をしているようなケースが多く、惑星レベルの経済破綻や悪政により市民達が蜂起し、支配者を打ち倒し保護を求めてきたケースや、銀河連合に事実上見捨てられ、統治者だけがいなくなって民衆だけ取り残されて途方に暮れていたようなケースもあれば、独立星系であるのを良いことに、銀河連合から強引に傘下に降れと強要され、帝国に保護を求めて来たケースなどもあった。
今の時代……寄らば大樹の陰という事で、帝国への合流を希望する惑星国家や銀河連合の傘下惑星は結構な勢いで増えてきており、当然のように、銀河連合との武力紛争に発展したケースもあったのだが、実力勝負なら銀河連合の戦力程度、鎧袖一触で終わるのが常であり、問題が長期化したりしたケースはほとんどない。
特にこの10年位は、連中が頼みとしていた銀河守護艦隊の連中が活動を休止して、銀河連合の一領主からの出動要請など軽く無視されるのが常だったのでな。
なお、銀河連合の為政者達が徒党を組んで文句を言ってきたり、連合評議会あたりが出てきた場合は、皇帝の出番となる。
もっとも、そう言うケースでは、皇帝が出てきて札束でぶん殴れば大抵黙る。
連中の特徴として、長期的な視野で物事を考えずに、目の前の利益や体裁ばかり気にすると言う特徴があってだな。
要は、銀河帝国の代表たる皇帝がわざわざ頭を下げて来て、札束を積み上げる。
それだけで、すっかり満足してしまって、簡単に長期的な損失から目線を逸らさせることが出来て、そもそも実力ではまるで刃が立たないのだから、初めから交渉になっていないとも言え、皇帝の謝罪と札束は体裁を整え、連中のプライドを満足させるため……その程度の意味しかなかったのだ。
実際のところ、銀河連合のバカどもの相手をする場合、とにかく、体裁を整えるのが重要でな……連中は、長期的な損得勘定などまるで出来ないような連中なので、体裁さえ整っていれば、こちらが
長期的な実利を得ることとなっても、まるで気にしないのだ。
基本的に銀河連合との軋轢も概ね、そんな調子で黙らせてきたのだ。
当然ながら、そんな事を100年以上も繰り返していれば、版図の逆転もむしろ当然の結果と言えるだろう。
そして、それら新規加入星系についても、市民達の反応は概ね良好で、その多くが格段に生活水準が向上したことで、恨み言を言われたようなケースは殆どなかった。
まぁ、中には、奴隷制度の廃止で文句を言うような輩も居たのだが、奴隷制度など、一体何年前の話なのだ?
古代地球でも20世紀にはなくなっていたのに、それを復活させるなど、意味がわからん。
我が帝国では誰もが等しく、文化的な生活を送る権利があると規定されているのだから、それはむしろの当然と言えるだろう。
そんなに働き手が欲しいのならば、ワークドロイドでも使えば良いんじゃないかと思うのだが。
その辺りは銀河連合の摩訶不思議で、ハンドメイドこそが価値があるとかなんとか言う価値観に根本的な原因があるようなのだ。
事実、天然食材でも同じようなことを言って、妙な定義を作ってボッタクリ価格で売りつけており、その成功体験がこじれて、何でもハンドメイド……となってしまったようなのだ。
そうなってくると、文句も言わず、ただで働かせることの出来る人材が欲しい……奴隷制度の復活とかなったらしい。
しかも、その奴隷に落とすやり口もたちが悪い方法ばかり。
借金を背負わせての身売りとか、税率をデタラメに挙げた上で払えなかったものを片っ端から奴隷にするとかな。
私も一度ならず奴隷商人や奴隷制度の廃止に頑としてたて突いた元領主などを、公開処刑に処したりもしたものだ。
……それはさておき。
我が傘下となった者達には、機会があれば、我が帝国の文化や技術に触れて欲しいとも思っていたので、ここは来る者拒まずで、皆を連れてと言うのも悪くないだろう。
「ホントですか! えっと、なんか他のみなさんも可能なら是非と言ってるみたいなんですが……」
「ああ、そう来るだろうと思った。別に接続人数などの制限があるとも聞いていないからな。問題はなかろう。皆に告げる、ひとまずその場で横になるなどして、身体を安全な場所で安定させておけ。しばらくの間、身体が眠ったようになるはずだからな。辞退したいものがいれば今のうちに言っておくが良いぞ」
「も、もしかして、私達揃ってその大皇帝様との謁見が叶うと言うことですか! え? こんなパジャマ姿だと恥ずかしいんですが、せめて着替える時間をください!」
「すまんが、そんな時間はなさそうだ。なぁに、これから行くのは、今の身体から精神だけを異世界へ飛ばす……そんな場所であるからな。服装など向こうで好きにできるであろうし、強制はしない……我が帝国に興味があるなら、伴をするがよい。これはそう言う話だ」
私とイースの会話は神樹ネットワークに接続している我が幹部達にも届くようにした。
当然のように、我も我もと言った調子で返事が返ってくる。
まぁ、結構な大所帯となるだろうが、アストラルネットワークは距離も時間も無視できる、この世の何処でもない仮想空間であるのだからな。
そこは問題にはならないだろう。
……結局、全員一致でゾロゾロとアストラルネットワーク空間への接続へ了承。
お母様へその旨、リクエストした結果、まーかせての一言。
相変わらず、軽いノリだがいつものことだ。
そして、リンカ以外は皆、初のアストラルネットワークダイブ……となったのだが。
それは拍子抜けするほど、簡単に決行される運びとなった。
「……どうやら、精神転移は完了したようだな。……ふむ、そちらの少し大きめの大和殿が本体側かな?」
すでに大和殿は先行していて、銀河側の本体とハイタッチのような事をやっていると言う光景が、次に目を開けた瞬間に飛び込んできた光景だった。
「「おう、来たか。アスカ陛下……すまんが、我々も情報同期を行っている最中でな……意識統合してもどのみち面倒なだけなので、このように分裂した状態のままとすることにした。どっちも我と言うことに代わりはないので、別に区別もせんでよいぞ」」
見事なまでに声をハモらせて、仲良さそうに手をつなぎ合っておでこをくっつけ合っている。
どうも、これが彼女の言う情報同期作業のようだった。
自分が二人いるというのはどんな感じなのかはさすがによく判らんのだが……。
なんでも大和殿はクアッドコアという事で、基本的に四つの意識体が並列思考をしていて、そのうちの一つを惑星アスカに転送していると言う話だった。
なお、スターシスターズでここまでの事が出来る個体は他にはおらず、戦艦クラスでもデュアルコアがいいとこで、空母系あたりだと自分の子機のような分体を多数分裂させることが出来るようだが……。
それらは、あくまでサブシステムであり、大和殿のようなクアッド並列意識等という芸当は他の誰にも出来ないらしい。
なお、惑星アスカ側の大和殿の身体は、入れ替わりで大和殿の意識体のひとつが操作していて、冬月と涼月の駆逐艦コンビが留守居役とでお母様と協力して、意識不明状態の皆の身体モニタリングとバイタル維持を引き受けてくれていた。
4つも並列意識があると、そう言う器用な真似も出来るらしい。
なお、ナンバリングのつもりなのか背中に「3」と言うゼッケンのようなものが貼ってある……なんじゃそりゃ。
「大和殿達……その番号は……なんなのだ?」
「うむ! 目印がないと誰が誰やら解らなくなりそうだったのでな! 区別のために貼ってみたのだ。こちらの我……2号とは初めて会うだろうが、すでにこの我……3号との情報連結同期は完了しておる。代わりに4号の分体コアを派遣したから、なにかがあっても問題にはならんだろうて」
なるほど、私の知る大和殿は3号だったのか。
そうなると、まだ1号がいるという事か……なるほど、訳が判らんな!
「うぉおおお……なんなんだここは! とりあえず、警備任務中で、言われた通り、地面にごろ寝したはずなんだが……。なんだか、やたらキラキラとして明かりが眩しい部屋だな……一体何が光を発してるんだ? おお、そこにいるのは大和ちゃんじゃねぇか……なんで二人になってんだ?」
ソルヴァ殿だった。
なお、鎧姿で帯剣までしているようだが。
そのままの姿で転送されたようだった。
「ソルヴァ殿か、ひとまずそのような無粋な姿は考えものだからな。この空間では服装も思うがままなのだが……まぁ、男性陣はとりあえず、これでいいか……」
第三帝国宇宙軍の男性士官正装を思い浮かべながら、パチンと指を鳴らすと、ソルヴァ殿のVR体が一瞬で、悪の帝国の幹部服と名高い黒い宇宙軍正装へコスチェンする。
「おおおっ! なんだこりゃ! 一瞬で違う服になったぞ……! と言うか、なんだこの服は……すげぇ軽いし、身体にもフィットしてて、すげぇ伸びるな……!」
……何と言うか、筋肉質なソルヴァ殿が着ると、思った以上に悪役風で威圧感も凄い。
身体にぴったりフィットする素材なので、筋肉のラインも浮き出てて、普通にカッコいい。
やがて、もう一人……とんがり耳の男性が転送されてくる。
「お、エイルの旦那も来たのか! つか、似合いすぎだろ……なんだそのカッコ!」
エイル殿もやはり、帝国宇宙軍正装姿なのだが……。
ソルヴァ殿が言うように、なんともキマってる。
エイル殿もソルヴァ殿に負けず劣らず、筋肉質なのだが、それ故に実に男前だった。
「……こ、これは……今の俺は精神体となっている……そう言うことか! それに……衣服までが一瞬で……アスカ様、これは一体!」
さすが、エイル殿。
すぐにこれが現実世界ではないと解ったようだが、アバターチェンジの概念までは理解できていないようだった。
他の者達もすでにお母様と連携しているネゴシエーションシステムからのリクエストで、服装も私が指定した第三帝国軍正装となっているようで、続々と転送されてくる。
「あ、あの……アスカ様、私達はいいんですが、アスカ様は思いっきりパジャマなんですが……。それに見た目が全然違いません? なんとなく、アスカ様だって解るんですが……髪の色も白いし……あれ? どことなく、ユリコ様に似てるような……」
そう言えば、この世界では私は本来の姿となるのだったな。
イースなどには初のお披露目となるのだが……まぁ、ひと目で私だとわかったのならば、説明は要るまい。
「おっと、すっかり自分の服装を忘れていたな……。さすがにこのパジャマ姿はないな……」
私も馴染み深い、赤の縁取りの皇帝正装へと着替える。
なお、先程までスケスケシルクのパジャマだったのだが、私としては別に全裸でももはやなんとも思わないのだから、見られたところで、全く気にしていない。
……そう、全く気にしていないのだ!
気にしたら、負けなのだ。
「ああ、実を言うと本来の私の姿はこの姿だったのだ。ユリコ殿に似ているのは当然だな……私と彼女は遺伝子的には同一人物も同然なのでな。容姿が似ているのも当然なのだ……。もっとも、あちら側の私と同様、小さいことに変わりないのが悲しいところだがな」
そう言って、あまり視線が変わっていない事にため息を吐く。
身体が小さいのは、少しでも寿命を伸ばすべく、敢えて施していた成長抑制処置の影響だったのだが……。
そこは仕方あるまい。
体を張った戦いでもしない限りは、体の大きさがハンデになることなど、早々ない。
まぁ……足も短いので、歩くのが遅いという難点もあるのだが、皇帝陛下がテクテク長距離を歩くような機会など、皆無に等しかったから、そこを問題にしたことはなかった。
なお、コッチの身体は向こうと違って、ちゃんと胸もある。
やはり、これであるぞ……まぁ、重さなどこれっぽっちも感じないのは同じなのだが……。
ゼロと少しでもあるのでは、天と地の差なのだ。
……異論は許さぬ!