第六十一話「使者との対話」①
「さてと、大和くん。第三航路突入実験の結果は、こんな結果だったよ。いやはや、思った以上の収穫だったよ」
……すっかり、ゼロ皇帝の居城となってしまったサルヴァトーレⅢの司令室兼応接間で、ゼロ皇帝はドーナツをかじりながら、向かいに座る大和へ向かって、報告書の記載された携帯端末を投げよこした。
「ふむ、思った以上に苦戦したようだったな。何よりも、ゲートキーパーもかなり早い段階で波動粒子兵器に対応していたようではないか。どうも、予想以上の知能があるようであるし、そもそも、スターシスターズの電子防壁を突破し、人格同化される一歩手前だったとか、正直予想外だったぞ……。いや、絶対大丈夫等と断言した癖にこの体たらくとは……完全に我のミスだ……正直、すまぬ……」
驚異的な速さで、端末記載の情報を流し読みしつつ、やっぱりドーナツを頬張りながら、巫女装束姿の狐耳の少女……大和が返答を返す。
物理的なハードウェア経由での情報共有とはまた大時代な話だったが。
第三航路関係の情報については、あまりに口外出来ない情報が多すぎる為、通常の手段……銀河共有ネットワークのクラウド領域に記録データを保存し、共有するという手段が使えなかったのだ。
その代わりの情報共有手段として、このようなローカルハードウェアを使った読み回し……こんな方法を頼らざるを得なくなっていたのだが。
大和もその辺りは承知の上で、ことさら問題にするつもりもなかったし、何よりも二人してドーナツにかじりつきながらなので、なんとも言えない弛緩した空気が流れていた。
実験結果報告書の内容は、かなり衝撃的な内容で、ゼロにとっても番狂わせもいいところのはずなのだが。
ゼロは全く動揺している様子もなく、美味そうにドーナツにかじりついていた。
「なぁ、陛下よ……。我は真面目な話をしているつもりなのだが、どうにも締まらないのは気の所為かのう……。そもそも我は、この実験結果はかなり深刻な事態の発生を予感しているのだが……」
「深刻……かなぁ。僕としては予想以上の収穫だったと思うけどね。ゲーニッツ大佐達にも報奨と勲章を送っといたし、ジュノーくんにも帝国銀翼徽章を贈ったら、大喜びしてたよ。僕は僕の仕事をしたと思うし、皆もそこは同じでしょ。総括すると、そこまで悲観するような結果どころか、大成功じゃないかって思うよ」
「いやいやいや……。我としてはもっと簡単に行くと思ったのに、ジュノーが侵食され、機能ダウンし、非常事態を想定した人力操艦システムが仕事して、艦の大破レベルの損傷を受けて、帰りは曳航して戻ってくるなど……。なんだこれはっ! 普通に大惨事ではないかっ! どこが大成功なのだ!」
「んー。想定の範囲内で皆、がんばってなんとかしたってとこなんだから、そんな目くじら立てるようなことじゃないでしょ。そもそも、これはあくまで実験なんだよ? 成功か失敗かってことなら成功じゃないかなぁ……」
「だが……! これは我の予想を遥かに超えた損害と結果なのだ……そんな呑気にしていられるものか!」
「まぁまぁ、そもそも……ハードウェアハッキングってのは、基本的に防ぎようがないんだよ。そこら辺は僕らも使いこなせるから、その脅威についてもよく解ってる。なにせ、要は人間にとっての感染症ってとこだからね。医学的なノウハウがあるなら、それなりの対抗策もあるんだけど、君らにはそんなノウハウ無さそうだからね……。だから、僕はこうなると解ってたんだよ」
「なんだと? 貴様らにはそのような技術があると? だが、そんな問答無用で我々を侵食して乗っ取るような真似が出来たのなら、我々の攻略など、もっと簡単だったのではないか?」
「まぁ、これは僕と僕をベースに設計された第三世代強化人間の専売特許みたいなものでね。後の世代ではオミットされて、今の時代ではロストテクノロジーとなってるんだよ。まぁ、その程度にはチートな能力だって自覚はあるんだけどね……」
「貴様ら、第三世代強化人間というのは、つくづく化け物揃いだな……。だが、貴様らの備えが我も呆れるほど念入りだったのは、そう言うことだったのだな」
「そう言うことさ。むしろ、ジュノーも侵食を受けた上で、同等手段や物理破壊以外の方法で無力化したってのは、予想以上だったよ……。あれって、普通に高エネルギーの力技で押しのけたって感じみたいで、何と言うか……脳筋対応? おかげで、あっちこっち電装系が吹っ飛んで手に負えなくなってたみたいだけどね。曳航されて戻ってきたのは、それが概ね原因だよ」
「ま、まぁ……次からは、もうちと効率よく安全に対応できると思うぞ。我らも、ジュノーとは情報共有の上で、新たな脅威として対抗策を策定中なのだ」
「まぁ、君らについては、弾薬や燃料カートリッジ、各消耗パーツの規格統一とか、そっちの方を優先的にやって欲しんだけどね……。そこら辺のさじ加減はお任せするよ。なにせ、長期遠征ともなると、兵站が重要になる……そんな各艦で弾薬や消耗パーツがいちいちオーダーメイド品なんて調子じゃ、むしろ君たち、留守番しててね! ってなるからねぇ……」
「ああ、耳が痛い話だが。そこら辺は永友提督にもうるさく言われたからな。まぁ、前線レベルではすでに自艦で帝国共通規格品を扱えるように改造しとるのもいるようだからな。補給に苦労したのは今に始まったことでもないからな。皆も帝国の潤沢な補給網の恩恵を受けられるようになって、感激しておったからな。そこは、そのうちと言ったところだな」
「うん、君らの利点はその思考の柔軟性だと思うからね。期待してるよ……おっと、話が逸れたかな? ああ、何の話だったかな……ごめんね、何と言うか忘れっぽくてねぇ……最近」
「貴様らのハードウェアハッキングについてだな。例えば、この機密情報共有タブレット……外部入力は専用端末に接続が必須となっているなかなか堅牢なハードウェアなのだが、これを作り変えるのも容易ということか?」
そう言って、大和が手に持っていたタブレット端末をゼロ皇帝へ投げ寄越すと、ゼロもニコリと笑うと、指先で軽く触れると、一瞬霧のようなものが包み込んで、電源が落ちる。
続いて、再起動するともはや起動画面からして別物。
ゼロ皇帝が常に持ち歩いているタブレットの基幹OS……ゼロ・システムと呼ばれる最高権限システムに置き換わっていた。
「……どう? デモストレーションってとこで、機密保護端末を僕の使ってるゼロ・システム端末に作り替えてみたんだけど……。解りやすいでしょ? 要はこの僕やユリコちゃんが敵として艦内に入って、それに対応する……そう言う前提で皆も演習を重ねてたんだよ」
機密情報共有タブレットは、外部接続機能を一切物理的に実装しないことで、情報漏洩を防ぐ……そんな仕組みとなっており、単純が故に堅牢でもあったのだが。
ゼロ皇帝にかかれば、文字通り指先一つで別物に作り替えられてしまい、その堅牢性もなんの意味もなかった事を実証していた。
なにせ、攻性増殖型ナノマシンの侵食によるハードウェアハッキングについては、同等の攻性ナノマシンによる逆侵食で押し返すか、ハードウェアの物理破壊くらいしか対抗手段はない。
直接接触しなければならないと言う欠点もあるのだが。
文字通り、身体一つで惑星一つを制圧することすらも可能と言われたユリコ達第三世代の秘密兵器と言っても良い……凶悪な代物ではあった。
もっとも、ゲートキーパーはそれと同等レベルの事を直接接触することなく、光速のエネルギー体を浴びせかけることで実現してしまう。
今回の実験で得られた観測結果は、そんな事実を示しており、大和としても自分達スターシスターズの防壁を上回るほどだったと言う事実に、己の想定の甘さを悔やんでいたのだが……。
ゼロ皇帝にとっては、エネルギー粒子による電子浸透すらも想定の範囲内で、ローテクに頼ることで浸透を物ともしない……そんな方法で凌ぐように現場に指示を出しており、結果は、上々だったと認識しており、そこは大和とはまったく受け取り方が異なっていた。
実際、ゲーニッツ達は、損害らしい損害もゼロで、戦死者も一人も出さず、ジュノー自身も謎の自己進化で、侵食仕掛けていたゲートキーパーの意識体を己のうちに取り込み、隔離することで事実上の捕虜とすることに成功していた。
なお、捕獲したゲートキーパーは厳重に波動粒子シールドで囲い込んだ上で、限定VR空間へ呼び込んだ上で、人類とのコミュニケーション方法や銀河人類についての情報を与えることで、ゲートキーパー側の情報源とする……要するに捕虜尋問中ではあった。
もっとも、その取扱は極めて厳重で、ジュノーのメモリー領域から回収した上で、波動粒子フィールドによるシールドで覆った独立型のブランクハードウェアへ転送し、与える情報についてもローカルハードウェアに接続させた上で、ネットワークからも完全隔離された宇宙空間施設にて、行っていた。
なお、これらの作業に携わっているのは、AIではなく人間の技術者たちで、例によって、出入りの為の航宙艦についても、フルマニュアル仕様で、ドアやエアロックの開閉までもが手動で行う仕組み……その辺りは、徹底しており、なんとも手慣れている……そんな印象をゼロ皇帝も受けていたのだが。
未知の文明や未知の知性体との交流や、未知の感染症への対策などについては、第三帝国には数多くのノウハウが蓄積されており、言語解析技術者や地球外起源知性体の研究者なども揃っており、その上アスカは当然のようにユリコ達第三世代強化人間のハードウェアハッキングについても知っており、万が一の可能性として、第三世代強化人間や同等レベルの能力を持つ未知の敵を想定した研究すらもおこなっていたのだ。
さすがに、ゼロ皇帝もアスカの第三帝国の人材の分厚さと、自分達を敵に回した時の想定すら行っていたと言う、彼女の戦略思考に驚愕を覚えていた……。
「なるほどな。……ゲートキーパーの使者を取り込んだ上で手懐けている……そんなところか。しかも、その手のノウハウもすでにあったと……随分と用意がいいのだな」
「ああ、アスカくんは僕らを敵に回した時の想定すらも行っていてね……。この手のハードウェア侵食攻撃の対策や研究方法すらも確立してたんだよ。おかげで、ゲートキーパー側の情報もすんなり引き出せそうだし、実を言うと敢えて、向こうへこちらの情報を流す……そんな想定で使者へ教育を施しているんだ。なにせ、交渉ってのは、お互いの理解があってこそなんだからね」
「……未知の敵対知性体へ教育を施し、交渉に持ち込む……か。我もそんな事は考えもしなかったな。実際、黒船との戦いにしても、あれは話し合いなど論外であったし、ドラゴン共も同様だったからな。だが、自分達の情報を与えるとなると、相応のリスクがあるのではないか? 何よりも奴らにこちらの超空間ゲート技術が渡ると面倒なことになるぞ」
「まぁ、そこは心配してないよ。どうせ、向こうもそれくらいの技術は持ってると思うしね」
「バカな! そうなると奴らは文字通り神出鬼没……こちらの宇宙の情報を与えたら、手に負えないことになるのではないか?」
「いや、どうも……ゲートキーパーはこっちの世界の情報をまるで持ってないみたいなんだ。少なくとも彼らのエネルギー供給源となってる星系との接続ゲートはあるっぽいんだけど、何処にゲートを作れば何処に繋がるかってなると、ゲートキーパーも解ってないみたいでね。心配無用ってのはそう言うことさ」
「……そうか。だが、我らにとっての最悪の事態は、グラウンド・ゼロの解放であるからな。あの時も、我はソレを阻止すべく、敢えて我が身を犠牲としてまで守りきったのだからな。よいか? ゲートキーパーにその情報だけは与えてはならんぞ……あれはこの銀河のキングストン弁のようなものだと思っておけ」
「ああ、そうか。君はあの時、自分を犠牲にして、グラウンド・ゼロの最終防衛ラインを守りきったんだったね。あのときの戦いは再現体提督も生き延びたのは永友提督くらいで、他は全滅……。君が指揮官の真似事をして、残存戦力を率いて敵の総大将と刺し違えた……。あの時は我々も支援が一手遅れてしまったし、詳しくは知らないけど、結構な瀬戸際だったって聞いてるよ」
「……あの時はああする他なかったのだ。まぁ、最後の切り札として沈む……何も出来ずに無駄に沈んだ最初の時よりは、沈む意味があっただけまだマシだったが……結局、ハルカもグエンもあれを自分達の手柄として、誰も我の功績を認めようとしなかったからな……」
「あの戦いはあとほんの数日……時間を稼いでくれれば、我々の包囲網が完成して、完全勝利も不可能じゃなかったんだけどね。僕も彼らが打って出ると言い出した時は、止めたんだけどね……。結果的に緒戦であっさり全滅。敢えて動かない事で最後の防壁となった君の奮戦がなかったら、グラウンドゼロへの侵入を許していた可能性も高かったよ。そんな訳で、この場で僕が君を讃えよう……君は人類を救ったんだ。誇るといいよ」
その言葉を聞いた大和も思わず、ドーナツを片手に口をあんぐりと開けたまま、しばし呆然とすると、ゴシゴシと目をこするとドーナツの残りを頬張る。
「ははっ、ここでそのような物言い……貴様の相手はやりにくくていかんな。我としたことが、思わずはしゃぎそうになってしまったではないか……」
「そうかな? でもまぁ、僕も君には個人的にお礼を言いたかったんだ。まぁ、少なくとも君たちへの借りは返せたと思うんだけど、どうかな?」
「十分すぎるわ……まったく。しかし、話を戻すが、要するに、帝国は第三航路空間を武力による制圧ではなく、交渉により活路を見出す……そう言う戦略を想定しているのだろう? 確かに、現状ではゲートキーパーもかなりの規模の数が生息しているようだからな……アレらと全面激突となると楽では無さそうだからな」
「なるほど、そこまで読み切ったんだ。なかなかの慧眼……まぁ、そう言うことなのさ。幸い向こうもこっちに興味を持ってくれたみたいだからね。これも相応の対抗手段を用意してくれた君のおかげだよ。ところで、どうだい? 差し入れってことで永友印のスイーツドーナツってのをもらってきたんだけど、お茶請けにはちょうど良かったね」
そう言って、手ずからティーサーバーから紅茶を注ぐと大和の前に差し出す。
さらに、色とりどりのドーナツの詰まった袋からドッサとドーナツを皿にあけると、満足そうに頷きながら、自分もドーナツを一口食べる。
真面目な話し合いのはずなのだが、ゼロ皇帝としても自分相手に恐縮しない相手となると、ユリコと大和くらいで、大和も当然のようにゼロ皇帝に萎縮したりはしない。
なので、お互い思う存分だらけながら、好きなように食べて飲んで、ゆるーく語り合う。
ゼロ皇帝もこの大和とのお茶会はまんざらではないようだった。
「ふむ、ありがたくいただくぞ。確かにやたら美味いな……このドーナツは……。それに茶もなかなかに上等な葉を使っておるな……合成品とはまるで別物ではないか」
「解るかい? 惑星ティパラの最高級茶葉……それもアスカくんこだわりの逸品……「アスカブレンド」って言う最高級品らしいよ……なんでも一杯一万クレジット相当とか何とか。ちなみに、ドーナツも永友ブランドの「デリシャス12」とか言う12種類の味を楽しめるって評判の限定品なんだ。なんかもう人気ありすぎて、買うのも何時間も行列に並ばないといけないんだってさ」
「永友か……。アヤツ……いよいよ、提督業を引退して、地上世界へ移住してパティシエ生活を送るとか言っておったが。このような美味いものを作れるなら、それも悪くない選択だと思うぞ」
「ホントは、うちで仕事しないかいってオファーかけてたんだけどね。しばらく、戦争と縁がないスローな生活を送りたいって言うから、今回は見送ることにしたよ。まぁ、これはお詫びってことで、永友提督が僕にプレゼントしてくれたんだけどね。見ての通り、山ほど送ってくれて、僕一人じゃ食べ切れないから、君にもお裾分けってところさ」
なお、永友提督の配下のスターシスターズ達も艦をエーテル空間ドッグに押し込んだまま、全員大挙して、アールヴェルの首都に土地付きで贈呈された「ナガトモ・スイーツ&カフェ」に押しかけて、揃いも揃って、住み込みで給仕やらパティシエのような仕事をしていた。
この辺は、ゼロ皇帝の粋な計らいという物で、ユリコの予想通り、行列の出来るスイーツ店として、大人気となっており、早速ユリコも常連として通いこんでいるようだった。
こんな状況で……と言う者もいたのだが。
ずっと数百年も銀河の人々のために戦い続けてきたのだから、少しくらいのんびり暮らしたっていいんじゃないかと言うゼロ皇帝の言葉で誰もが納得していた。