第六十話「第三航路突入実験」⑨
やがて、一面の……とは、いかないまでも一方は星の海……一方は閑散としている銀河辺境特有の星空があたりに広がっていた。
「……通常空間に復帰を確認。後方……ゲート閉鎖したようです!」
「ゲートキーパーはどうだ? 振り切ったと思いたいが……」
「はっ! 観測班からは周辺にゲートキーパーらしき反応なしとのこと! いやはや、危なかったですな……!」
「まったくだ! 楽に終わらねぇとは思ってたが、さすがにキツかったぜ。んじゃま、総員点呼開始ーっ! 戦友の無事を確認したら、順次船外へ離脱……出迎えのコットンとフラムへ分乗し、アイビス基地に帰還する。しっかしまぁ……ジュノーもこの有様だが……どうだ? このまま亜光速ドライブに耐えられそうか?」
「補修班からは、自力航行はともかく、亜光速ドライブはさすがに無理があるとの報告です……。なんせ、真っ直ぐ進むのも怪しいそうなので仕方ないでしょう。やれやれ、ホントに後先考えずにぶっ壊しまくりやがったのか……。幸い、すでにアイビスから支援艦隊が出てるそうなんで、ジュノーの艦体はそっちに任せて、俺らはさっさと引き上げるってのが現実的でしょうな」
「まぁ、そんなもんか。むしろ、よく持ってくれた方か……さすがの信頼性ってとこだな。オメェらもたまにゃ、宇宙遊泳も悪かねぇだろ、マイト少佐……お前もだ。さっさと先にいけ! 俺はちょっくら一服してから、ジュノーを連れて後から行くわぁ」
「またまた……。こんなエアもない中でタバコなんぞ流石に無理でしょう。まぁ、今回一番頑張ったのはジュノーちゃんですからね。一人でカッコよく、ねぎらいの言葉をかけるとかそんなつもりなんでしょうが、そうはいかんです。なにせ、女の子にカッコつけたいのは、俺らも一緒ですからね! ははっ!」
マイト少佐の軽口に、兵士たちも乗っかり、ブーイングを飛ばす。
「いや、俺は別にカッコつけたり……そう言うつもりはなくてな。てめぇら、いつも俺がジュノーに絡まれてるの見て、ニヤニヤしてるだけじゃねーかよ! あんま、上官をイジってんじゃねぇぞ!」
「はははっ、いいじゃないですか。ここは皆で、担いでいってやりましょう。それに……俺はもう上官に見送られるのはゴメンなんですよ」
そう寂しそうに呟くマイト少佐。
その言葉だけで、ゲーニッツも大方の事情を察した。
「……そうか、お前は「アルファグランデⅢ」の陸戦隊だったな。あの時は兵と40歳以下の士官には総員退艦命令が下ったらしいからな」
「ええ、アスカ様にもそう言われて、皆でしぶしぶ脱出艇に乗り込んで……。その後、あの方が亡くなったと聞き、何故最後まで運命を共にしなかったのかって……心底悔やみましたからねぇ……」
もっとも、その結果……アスカ生粋の配下だったモナトリウム組は、その大半が生き残ったのも事実ではあった。
アスカの当初の命令は、兵も士官も全員脱出……だったのだが。
モナトリウムの元講師陣や、先代皇帝から譲り受けた年配の将官たちは、年長者の意地を見せるとばかりにアスカの命令を曲解し、勝手に年齢制限を設けることで、血気にはやる若手将校達を戦場から追い出す事で、万が一アスカがあの戦いで生き延びた時に備えていたのだ。
結果として、アスカ配下の中でも、一番濃く有能な者達が温存され、今に至っているのだが……。
「ハッ! 俺なんぞ、留守番部隊の引率役で何も出来ずに終わったからな。あのお方の為に命を懸けたロズの姉御と比べたら……なぁ。でもまぁ、おめーもつくづく、付き合いいいよなぁ……。って、他の奴らもかよ!」
ずらりと居並んだ兵隊たちも、ちょうど点呼を終えたところだった。
軍曹クラスの下士官が点呼完了、次の命令をどうぞとばかりに大仰に敬礼を捧げると、兵達も一斉に敬礼を捧げる。
誰もが無言ながらも、任務完遂の誇りに満ちた顔をしつつ、ゲーニッツの次の指示を待っているようだった。
なお、すでに退艦命令が出ているにも関わらず、誰も動こうともしない。
要するに、最後まで付き合います……そう言うことだった。
「解った、解った……ミッションコンプリートッ! そんな訳で、次は、ジュノーを医療ポッドに詰め込んで、皆で仲良く宇宙遊泳だ。俺らは誰一人として欠ける事なく、無事に生還した! これぞ、大勝利って奴だろ! 我らが帝国大勝利ッ! 勝どきを上げろォッ!」
ゲーニッツが拳を高々と挙げての勝利宣言をすると、一斉に歓声が返ってくる。
ブリッジはもはやほぼ真空状態なので、無線を使うか、お互い宇宙服を密着でもしないと声など伝わらないのだが。
お互い付き合いの長い彼らは、以心伝心……言葉すらも要らなかった。
「つか、ジュノーちゃん……。よく見りゃ、軍服のままで、宇宙用装備も何もなしじゃないですか……大丈夫なんすかね……これ」
ジュノーも自閉モードに設定したことで、全身脱力しきって、まるで死体のような様子だったが。
全活動を休眠モードにすることで、外部侵食も受け付けない……そう言う状態だと、予め聞いてなかったら、ゲーニッツも心配になるような有様だった。
「本人が言うには、真空程度問題にならんそうだからな。でもまぁ、コイツも一応俺らの仲間だからな……。仲間を見捨てたとあっちゃ、俺らの沽券に関わる! 当然、一緒に連れて帰るに決まってんだろ?」
「ですなぁ……。ああ、そうだ! せっかくなんで、お姫様抱っこで抱えて行ってあげてはどうです。本人もきっと喜びますよ」
「ばっきゃろーっ! 俺様は硬派なんだよ! そんな軟弱な真似出来っかよ!」
照れ隠しなのか、怒鳴り散らすゲーニッツを見て、マイト少佐や兵士達も生暖かい視線を注ぐのだが……。
その目が唐突に真剣なものになるのを見て、ゲーニッツも一歩下がりながら、姿勢を低くしつつ、振り返る。
ゲーニッツが目にした光景は……脱力しきっていたはずのジュノーが唐突に起き上がり、フラフラと異様な歩き方でゲーニッツたちへ歩み寄ろうとしているところだった。
その異様な様子に、腰のレイガンを抜こうとする部下を手を上げて抑えるゲーニッツ。
「……皆まで言うな。おいジュノー! アナログオープンチャネル通信の回線を開け! 状況報告ッ! 例の復帰コマンドはまだ入力してねぇはずだろ!」
これもまた、ジュノーとの事前の取り決め。
耳元で、ゲーニッツによるボイスコマンド「起きろよ……ジュノー。もう朝だぜ」と呼びかけると言うだけではあったのだが。
当然のようにゲーニッツは、マッハで却下した。
却下したのだが、本人が「目覚めの言葉はこれでなきゃヤ」とタダをこねて、折れた。
実際、普通に小っ恥ずかしいセリフなので、ゲーニッツもそれもあって人払いをしたかったのだが……。
ジュノー本人の色々と拘りの末に、そう言うことにしたのだから、それを自らぶち壊しにした挙げ句、ゾンビ復活のような演出は、本人の意志ではないと断言できた。
案の定、ゲーニッツの呼びかけをまるで無視して、ジュノーは虚ろな目を開き、自らの手足を興味深そうに見て、ブラブラと動かしつつ、ようやっとゲーニッツたちに目線……らしきものを向ける。
「ア、アナ……ア・ナタハ……ソコ……ニイル……ワ・ワタ……ワ・タ・シハココニ……イル」
アナログオープンチャンネル。
要するに音声を電波に変換し、垂れ流す機密性も何もないような超旧式の通信システムだったが。
この場の全員……それどころか、すでに脱出中だった者達にも、たった今ジュノーが放ったカタコトの言葉らしき声は聞こえており、誰もが手を止めて、その異様な声に耳を傾けていた。
マイト少佐が、ゲーニッツの気密マスクにヘルメットを押し当てて、声を伝えてくる。
真空中でも、こうすることで、無線を使わずに会話は可能で、原理上絶対に傍受は出来ない……要は耳打ちのようなものだった
「隊長……これは……何事でしょう? まさか、ジュノーちゃんが……ゲートキーパーに?」
「マジいな……。どうやら、そう言う事みてぇだな。恐らく、さっきのデカいのは、囮だな……俺等がアレに気を取られてる隙に、小さいのにブリッジに入り込まれて、ジュノーの末端システムにまで侵食したんだろうな……恐らく、現在進行系で言語システム解析を食らってる……そう言う事だな。ったく、俺らもツメがあめぇな……」
「……どうしますか? やりますか……あまり、気は進みませんが」
要するに、ジュノーの頭脳体の破壊処分。
本人の弁によると、艦と頭脳体が同時に消滅しない限り、自己再生は容易で、今回はそれに加えて、アストラルネットにバックアップもあるので、ここで頭脳体を破壊してしまっても、問題ないと言えば問題なかったのだが。
見知った者の姿をしたそれを容赦なく撃てるかと言えば、それはまた別問題だった。
だが、ゲーニッツの部下達は特殊戦隊でもあるのだ。
命令があれば、彼らは容赦なくそれを遂行できる。
誰もが、緊張を隠せずにいたのだが。
ゲーニッツがマイト少佐の肩を三回ほど軽く叩いて、手を広げてゆるやかに振ると緊張感も霧散する。
……今のは要するに撃ち方止め……。
「いんや、ここはいっちょ話し合いの時間だな。つか、これは奴らも俺らの思わぬ反撃で痛手を被って、一旦矛を引いた上で話し合いを要求してる……そう言うことだろうな。モドロフ……オメェは俺より頭はいい……これをどう判断する?」
いきなり、話を振られたモドロフだったが。
狼狽えることなく、ため息を吐くと淡々と自らの考えを述べる。
「……そうですね。実に興味深い状況です。通信タイムラグの関係で、後方に判断を要求するのは現実的でない。故にこれは現場に判断を委ねられたと言うことです……。恐らく、貴方の判断が帝国の未来すらも左右する……その決断を下す覚悟はありますか? まずはそれを問いましょう」
「おうよ! この場でどんな結果となってもそれは、俺の責任だ。オメーの責任にはならねぇから安心しろ……こう言やいんだろ?」
「お察しいただき、有難うございます。いかんせん、事務方の僕には現場への指揮権や、責任義務などはありませんからね。幸いゲーニッツ大佐は、先のアルフレッド提督との交渉や、数多くのテロリストとの交渉で最善の結果を出してきたと言う実績もありますから、交渉役としては問題ないでしょう……。それに相手方の意思についても……交渉を求めていると言う推測は間違っていないでしょう。ええ、僕も貴方の判断を支持します」
「相変わらず、オメーは動揺って言葉とは無縁だな。少しは驚けよ……少しくらいはヤベェとか思わねぇのか?」
「僕は、驚いたり感情的になったりしないように設計されているのですよ。ひとまず、発砲は禁じてください……。おっしゃるとおり、ここからは交渉の時間です。これまでコミュニケーションすらもままならなかった相手と始めて交渉が持てるのですからね。まぁ、どのような結果となっても、僕は貴方を支持しますよ」
「……ありがてぇお言葉だよ……。ああ、テメェら……とりあえず、銃は降ろせ。どのみち、ジュノーが本格的に乗っ取られたら、俺らじゃ手に負えねぇからな」
「……そ、そこまでなのですか?」
マイト少佐もスターシスターズの頭脳体の戦闘力は聞き及んでいたのだが。
まさか、自分達の総掛かりでも手に負えないほどとは思ってもいなかった。
なにせ、ブリッジ要員と言っても、中には対物レールライフルを持っているものもいるし、地上戦闘用の強化サイボーグもチラホラといる……通常の歩兵部隊なら、軽く返り討ちにできるくらいの戦闘力をこのブリッジクルーも持っているのだ。
武装についても、対物レールライフルやプラズマキャノンすらも用意されており、戦車やナイトボーダー相手でも戦える……それをもってしても、制圧が困難と言うのは、マイト少佐にとっては、にわかに信じがたい話だった……。