第七話「初めての文明、街の訪れに」④
「それじゃ、私はここらのエルフの元締めにして、お師匠様でもあるエイルさんに報告があるので、一度失礼させていただきます。まずは、早速霊格チェックしてもらって、ハイエルフとして認定してもらわないといけないし、今日は朝から『風の精霊の便り』で、まだ着かないのかって催促の嵐だったんですよ。なんで、とりあえず報告を先に済ませちゃいます。ソルヴァさん……アスカ様のことをよろしく! んじゃ、まったねー!」
うん、とりあえず皆へ伝えた名前は、アスカと名乗った。
一応、本名だぞ?
もっとも、名字までは名乗ってない。
そもそも、フルネームは「クスノキ・イ・フォルティシア・サードリークス・アスカ」とやたら、長ったらしいのだ。
なので、側近たちも「アスカ陛下」などと呼んでいたし、私もたまにフルネームを名乗ろうとして、忘れたりしていたものだ。
なお、この名の時点で略称なので正式名称となると、識別コードナンバーなども入ってくるので、もっと長い。
ちなみに、もう覚えていないので、二度と名乗ることもあるまい。
ちなみに、本来ヴィルデフラウ族は名を持たない種族らしいのだが。
族長でもある「ヴィルゼット・ノルン」の名については、ゼットと言う単語はヴィルデフラウの間では「族長」を意味する言葉だったとかで、ノルンと言うのは、本人が古代地球の神話から、世界樹と言う巨大樹を守っていた女神たちの総称から取ったらしい。
……なんとも粋な名を名乗ったものだ。
凝り性のあやつらしい話だった。
クスノキ家は、クスノキ・ユーリィを代表格とする帝国でも有数の古来から連綿と続く由緒正しい武門の家系で、数多くの将軍や高名な研究者なども輩出し、エスクロン社国時代から、CEOを何人も輩出した実績もあり、七皇帝候補者を選出することが許されている帝家十家門にも名を連ねているほどの名家でもあるのだが。
この際、異世界ではクスノキ家はなにも関係ないし、エルフ族は名字を名乗る習慣は無いそうなので、アスカとだけ名乗っていた。
ちなみに、『風の精霊の便り』とは、風に乗せて指定した人物へ自分の声を乗せてメッセージを届けるとか、そんな感じのエルフ独自の魔法らしい。
メッセージの伝達速度についても、1km程度の距離なら3秒ほどで届くので、それくらいの距離ならタイムラグが大きい通信機のような使い方が出来るようだった。
もっとも、10㎞以上も離れてしまうと、その辺りから音が減衰して何を言っているのか解らなくなってしまうそうなので、それ単体ではそこまで便利でもないようなのだが。
あらかじめ中継役を配置しておいて、伝言ゲームの要領で、遠方へメッセージを届けることも出来るようだった。
うむ、通信魔法か。
話を聞いただけだが、それだけでも情報の伝達スピードが格段に速くなるので、かなり有用な魔法だと思う。
情報の高速伝達網……それは、スムーズな国家運営にも必要不可欠なのだ。
それを他種族に先駆けて、独自魔法と言う形で運用しているとなると、エルフ族というのはなかなかに解っている……そう言うことだった。
「すみません、私も教会へアスカ様の件を報告しないといけないので、いったんお暇させていただきますね。すみません、事情が事情だけに、こちらも最優先にすべきだと思ってました」
「あ、そうなんだ! なら、一緒に行かない? エイルさん、イースからも話聞きたいって言ってたよ。アスカ様は……とりあえず、今はいいかな? さすがに慣れない旅でお疲れでしょうから、まずは宿屋にでも行って一休みしてもらってからですね!」
「そうか? 別に疲れてはおらんし、挨拶すべき者がいるのであれば、私も同行させてもらうぞ。こう言うのは早いに越したことはないからな」
実際、私はまだまだ余裕たっぷり。
実験と称して、食べ物も頂いていたし、水は街道の脇を小川が常に流れていたので、飲み放題。
おまけに、今日は朝からいい天気だったので、光合成も絶好調で、疲労感なんぞこれっぽっちも感じていなかった。
「まぁまぁ、そこはまず大人しく待ってろ……。神樹の森の守護者を街に連れてきちまったんだから、エルフも教会もどっちも間違いなく大騒ぎになる。そこで、いきなり、お前さんが押しかけたら向こうも混乱するだろう? こう言うのは事前の根回しってヤツが重要なんだ。すまんが、二人共……そう言う訳でお偉いさんへの根回しは頼んだぞ。まぁ、子守は俺らにでも任せとけばいい」
なるほど、ちゃんと根回しの上で……か。
そう言う事なら、納得もできる。
私も些か気が逸っていたようだ。
さすが、ソルヴァ殿だった。
でも、子守って……私のことか?
「あはは、私……ただの下っ端でまだまだ見習い修道士なんですけどね。えっと、アスカ様の要望としてはなるべく、騒いだりせずに、そっとしてて欲しいって事ですよね?」
「そうだな……。そんな大騒ぎをされても困るし、偉ぶるつもりもない。知らなかったとは言え、信仰の対象でもある聖地を勝手に私有地化してしまったのだからな。そちらの要望なども可能な限り考慮するので、まずはどうするのか、意見をうかがっておいてくれ。まぁ、なるべくお互いにとって良い結論を出して欲しいものだがな」
なお、あくまで「可能な限り考慮する」なので、具体的な約束などはしていない。
国家元首間の国際会議などでは、具体的な約束などしないのがむしろ当たり前なのだ。
だからこそ、曖昧な言質を与えておくに留めると言うのは常套手段だった。
もっとも、それ故に「会議は踊るされど進まず」となりがちだったりするのだがな。
なにぶん、神樹を崇める宗教団体と言われても、それが信頼に値するかはまだ何とも言えない。
なにせ、我が帝国は無論のこと、この私もまったくの無神論者だったのでなぁ。
……宇宙には天地を創造した神など居ないのだ。
エーテルロードを作り出したり、銀河各地で様々な惑星改造を施したとみられる古代先史文明はあったのだが、奴らに関しては、どう転んでも、明白な敵にしかならないだろうと言うのが我々の認識だった。
先住民だか、創造主なのだかは知らんが、銀河の星々とそれらをつなぐエーテルロードも、すでに人類の所有物となっているのだ。
なにより、これらを手放してしまったら、銀河人類はその日のうちにでも瓦解する。
いくら、本来の持ち主だからと言って、ハイそうですかと返却など出来るはずがなかった。
……であるからには、奴らは決して神などではなく、明白な敵なのだ。
神がいるとすれば、艱難辛苦を積み重ねて、何もない宇宙の惑星に人の住める大地を築き上げ、その大地を守るために散っていった先達達にほかならない。
まぁ、これはこれで、祖霊信仰とも言うらしいが、宇宙時代の信仰なんてそんなものだ。
大英雄クスノキ・ユーリィや電脳神と呼ばれたその盟友アーキテクト、初代皇帝ゼロ・サミングス陛下……彼らに代表される祖国を守った英霊と並び……この私も後年、名誉の回復に伴い、帝国の神々の一人として祀り上げられるだろうから、強いて言えば、この私が神と言えるかもしれない。
実際問題、神樹様は私のお母様なのでなぁ……。
神の娘なのだから当然、私も神であるに決まっておろう。
まぁ、崇められる分は別に不都合もないし、崇めたければ崇めてくれと言ったところか。
「ふふっ! そうですね。ご配慮いただきありがとうございます。それでは行ってきます。あ、晩ごはんまでには戻れるようにしますね! 今夜はご馳走ですからねっ! ソルヴァさん! ちゃんと赤茸亭にご馳走の予約入れといてくださいね!」
「そうねーっ! 私も楽しみーっ! まったく、人族の街はどこ行っても、ご飯が美味しいのよね! ふふふっ」
「ああ、そうだな。すまんが、モヒート……いつもの宿に行って、晩飯の予約と一番イイ部屋をひとつ確保するように言っておいてくれ。ついでに、女将には、最高に美味い料理をしこたま用意しておくようにと言っておいてくれ。なぁに、この分だと盗賊共の報奨金も結構な額になりそうだからな。金に糸目は付けんでいいぞ」
ちなみに、盗賊達の討伐報奨金については、本来は奴らを皆殺しにした私が受け取る権利があるそうで、恐らく報酬総額は小金貨で500枚ほどになるようだった。
……結構な額らしかった。
ざっと、価値換算をした限りだと、小金貨500枚は500万クレジット相当のようだった。
この辺は、帝国の金相場から大雑把に計算しただけなのだが、銀河時代の金相場と言うものは、金自体が装飾品や触媒用途くらいしか使われず、需要自体はさしたるものではなかった。
しかしながら、金と言うものは、極めて安定性の高い元素であり、元素転換で練成する事自体は出来たのだが、その練成コストが金の価値を遥かに上回ってしまうと言う特徴があったのだ。
基本的に、金1gが1万クレジット前後と言う相場は、ほとんど動かず、むしろ記録に残したくない商取引などに使われる裏金としての需要があり、その辺りの関係で、無闇に相場を動かさないと言う暗黙の了解が成立しており、その相場は事実上の固定相場となっていた。
この金を使った裏金取引は、善悪問わず、国家だろうが、裏の地下組織だろうが、一般市民までもが、色々と便利使いしていたので、そう言う暗黙の了解が成立していたのだがな。
なにぶん、本来の通貨のやり取り、クレジットデータ取引だと、金の動きがAI等が相手だと、もう完全に筒抜けだったのでなぁ。
軍事作戦行動なども、この金の動きで諜報関係者にはバレバレであったし、政府支出などでその国家戦略……これから、何をしようとしているのかなどもあっさりバレてしまうのだ。
その辺りの防諜と言う意味もあって、金裏金による闇取引は銀河時代になっても多用されていたのだ。
もっとも、この世界の場合は、完全に金を主体とする金本位制の通貨制度で、この小金貨が国際基軸通貨となっているようで、この小金貨は推定1gの小さな貨幣だった。
そこで小金貨一枚1万クレジット換算とすることで、私にもこの世界の物価について、理解出来るようになっていた。
なので、小金貨500枚の収入となると、それだけで当面の活動資金には困らないと言うことは何となく解る。
もっとも、それをすべてもらってしまって、ソルヴァ殿たちがただ働きになってしまうのでは、申し訳ないので、私は小金貨を100枚だけもらって、残りは皆で分けるように言っていた。
500枚で5人なら、5等分にすれば済むのだから、私も納得だ。
どのみち、街に入れたなら、この世界の現金にしてもそんなに苦労せずに入手出来るだろうと思う。
なにせ、私には植物を急成長させたり、大量に増やす能力があるのだ。
薬草のような有用な植物は冒険者ギルドなどで買い取ってくれるらしいし、道端でジャガイモとか葉野菜とか売ってもいいだろう。
まったく植物チート様々であるなぁ。
ちなみに、陛下が言ってるクレジットと言う単位は、
三十一世紀の世界の通貨単位です。
日本円換算だと、1クレジット、1円の感覚でよろしいかと。
500クレジットあれば、ディストピア飯なら余裕で一食食えます。
牛丼一杯分くらいの感覚だと思っていいです。
もっとも、銀河帝国はやたらと景気のいい国なので、一般市民の年収は軽く1000万クレジットを超えてて、軍人や農業従事者はその倍くらい貰ってます。
ガチガチの独裁全体主義国家なんだけど、国民は総じてお金持ちで不自由なく、割と楽しくやってる。
そんな国です。(笑)




