第六十話「第三航路突入実験」⑧
「ちっ! さすがに展開が早ぇな……。おまけにあれだけ距離があるのに向こうはこっちへ正確に触手を飛ばしてくる。いくら、こっちがドンガメの動きだからって、光秒単位の距離で目標の現在地を識別なんて出来るわきゃねぇんだがな。それに入念に対策したつもりだったが、思った以上の反応と物量……どうする? こんな本番でもなんでもねぇケチな戦いで損害なんぞ、御免被りたいんだがな……」
戦況は……端的に言ってあまり良くない。
あと、ほんの数分耐え凌げば、ゲートが開放されて援軍も出てくるし、ジュノーも現在、自己免疫システムを再構築中……彼女が復活すれば、一気に戦闘力も回復できるのだが。
艦内のあちこちが侵食され、片っ端から電源ラインオフと言う乱暴な方法で対応しているのだが……それでも、細かい配線経由で侵食されており、いよいよ爆破による侵食部分の分離が開始されており、あちこちに大穴や欠損部分が発生し、艦内気密もまともに維持できなくなりつつあった。
実際、ゲーニッツのいるブリッジもとっくに酸素濃度低下警報が鳴りっぱなしで、重力システムもダウンし、艦内は無重力状態……。
もはや、爆沈一歩手前のような様相を呈していた。
もちろん、ゲーニッツやその部下たちも懸命にマニュアル操艦や砲撃に努めているのだが……。
所詮は手動操作……不可視の上に、光速で動くゲートキーパーにはマニュアル操作ではとても対応できておらず、命綱の波動粒子フィールドもその物量の前にジリジリと削られ、その上手動での出力制御も、ジュノーのように器用にバランスが取れず、反応炉の正負極境界線は酷く荒ぶっていて、負極側に傾けた事で、一層のパワー減退となる……そんな悪循環に陥っており、明らかに押されつつあった。
もっとも、ゲートキーパーは物理攻撃力は皆無に等しく、どうやら総力を上げて、ジュノーの乗っ取りを企てているようだが。
ジェネレーター系以外のほとんどの機能を停止させ、人手で動かしているジュノーに対しては、決定打に欠けており、乗員の被害も予め艦内防衛システムの大半を撤去、或いは無力化してあったので、開閉システムを乗っ取られた自動ドアが勢いよく閉まって、指を挟まれて骨折したものが出ている程度で、逆を言えばその程度の損害しか与えられていなかった。
要するに、大方の予想通りゲートキーパーは人間に対して無力なのだ。
もっとも、航宙艦の運行が人間だけで可能かと言えば、全くそんなことはなく、景気よくあちこちぶっ壊している事で、半ば自壊させているような状況に陥っていた。
特攻兵器の波動粒子砲も向こうも波動粒子砲を脅威として認識したのか、小分けにした小さなエネルギー体を大量にけしかけると言う戦術に切り替え、早速対応しつつあったし、命中率についても盲撃ちをしているようなもので、話にもならないレベルだった。
幸いフェアリィ隊が対応し、照準連動させることで多少は迎撃できているが。
対応できるのは、もはや目鼻の距離程度にまで接近された場合に限っており、砲手達も光秒単位の距離の光速目標に無造作に当てていたジュノーの火器管制の精度に、驚愕に似た思いを抱いていた。
「……ゲート開門を確認! ゲーニッツ隊長! なんとか耐えきりましたね……これならっ!」
マイト少佐が待望の報告をよこす。
距離はもう千キロ程度……今の速度でも数分で到達できる距離だった。
「おっしゃ……! このまま逃げ切るぞ!」
「ゲート解放に伴い通信復旧……アナログ信号通信により、コットンとフラムより入電! 『状況は把握している。これより両艦はゲートに突入し、ジュノーの撤退支援戦闘を開始する』 とのこと!」
頼もしい援軍……と言ったところだが。
この状況で二隻くらい増援が増えたところで、仲良く漂流する羽目になるのが関の山……ゲーニッツもそう判断していた。
「無用と伝えろ……ついでに、今から直ちにゲート閉鎖を始めろと打電!」
ゲーニッツの言葉に、巨大な通信機を背負った通信兵が絶句する。
「か、艦長! それは……っ!」
「勘違いすんじゃねぇ……。俺らが逃げるのと同時にゲートを閉鎖する……なんせ、このままだと、ゲート向こうへ奴らを連れて行っちまうからな。さすがにそれは避けねぇといけねぇだろ。タイミングがシビアだろうが……まぁ、なんとかなんだろ」
「了解……駆逐艦コットンより返信。『要請通り、ゲートの緊急閉鎖を実施し、待機場所に留まった上で援護射撃を放つ。流れ弾に注意し、急ぎ脱出されたし! いいから、とっとと逃げてこい! このばっかやろー!』とのことです……」
「ったく、ハンナのヤツ、フルオープン通信で何吠えてんだかなぁ……」
マイト少佐が呆れたように呟く。
なお、コットンとフラムの艦長はゲーニッツ中隊の二人の小隊長が任命されていた。
ハンナ少佐と、エドガー少佐。
どちらも尉官クラスだったのだが、臨時昇進で少佐に任じられていた。
どちらもその頭脳体と上手くやっているようだったが。
ハンナ少佐は、ゲート前待機の命令に平然と口答えをするようなよく言えば、勇猛果敢……悪く言えば、猪武者のような女傑だった。
「だなぁ……なに平文でブチ切れてんだよ……。延々何も喋んねぇエドガーを少しは見習えっての……だが、この調子だと結構ギリっぽいな……もっと速力は出せんのか?」
なお、ゲート位置信号灯のシグナルはすでにイエロー。
なお、その本来の意味はゲート前にて相対停止し、しばし待て……なのだが。
そんな余裕があるような状況ではなかった。
「機関室からは、波動粒子エンジンをどうにかしてくれと悲鳴が上がってますよ。艦内侵蝕率……今のところ、小康状態のようですが……。リアクターのパワー確保のために波動粒子エンジンの出力を落とすのも手かと」
「……今は、波動粒子エンジンが頼みの綱だからな……それは出来ねぇ相談だ。ったく、このクッソさみぃのも負極エネルギーの影響らしいからな……。まったく、ままならねぇ話だぜ」
「おまけに、やたらと腹も減る! ですからねぇ……隊長、帰ったら飯にしましょう! 今なら、塹壕レーションやチューブ飯だって、ご馳走に思えるでしょうなぁ!」
「そうだな……。酒保貸し切って、揃って一杯! 幸い危険任務手当もガッツリ出るだろうからな。オメェら、たらふく好きなだけ飲み食いすりゃいいさ」
「聞いたか? 野郎ども、戻ったらゲーニッツ隊長の奢りで宴会だそうだ! いやぁ、すんませんなぁ……隊長、ゴチになりやす!」
「誰もンなこたぁ言ってねぇぞ! ……まぁ、いいか。モドロフ宰相……すまんが、そう言うことなんで任せていいか?」
簡易宇宙服を着て、隅っこの方にいたひときわ小柄で細身の男にゲーニッツが話を振ると、露骨にため息を吐かれる。
「了解了解……。まぁ、本プロジェクトの予算は、陛下肝入という事で実に潤沢ですからね。相応の犠牲と損害が想定されたにも関わらず、損害無しで乗り切った。実に素晴らしい働きでした。ここは、皆さんの頑張りに報いるという事で、その程度ならお安い御用という事で……。ただ500人ともなると、もうアイビスのレクリエーション広場でも貸し切って、酒瓶山積みで出張バイキング形式にでもした方が誰もが楽かもしれませんね」
投影映像ながら、風光明媚な惑星地上の環境を再現したレクリエーション広場……。
軍事基地にも関わらず、下手な惑星地上よりも快適との評判で、観光客にも解放した事で、軍事基地の慰問施設だったにも関わらず軍人達の方が締め出されてしまったと言う逸話のある施設だったのだが。
そんな最高な施設を貸し切って、飲み放題食べ放題の出張バイキング。
どんな贅沢だよと誰もが思ったようで、歓声があがる。
「さすがだな。モドロフ……やっぱ、テメェは話が解るよな。昔から、そう言うとこ嫌いじゃなかったぜ」
「まぁ、そうですね……。アスカ様もこの手の慰労や福祉厚生に付いては、予算を惜しまない方でしたからね。僕の力が及ぶ範囲ではありますが、個人的にも報酬くらい出したいと思いましたから。ですが、くれぐれも羽目を外さないように、何事もほどほどでお願いします」
彼は本来、第三帝国の経済官僚であり、その役職は事務次官……要するに、文官の事実上のトップであり、非公式ながら「宰相」とも呼ばれていたアスカの側近中の側近だった。
やはり、モナトリウム組の一人で、アスカに心酔した者達の一人でもあった。
アスカの配下の中では、割と地味なポジションで、あまり派手な活躍などもしていなかったのだが。
アスカと同じく、モナトリウム入所時点で年齢一桁台だった皇帝候補という事で、有名だった。
遺伝子設計により、常人を遥かに上回る身体能力と、卓越した頭脳の持ち主で、若輩にも関わらず、誰もが一目置いていた……そんな少年だった。
アスカ自身は、彼の頭脳と事務官としての能力を高く評価しており、もっぱら予算関係の相談役と言った調子で、色々と頼りにされており、第三帝国の金庫番とまで言われていた人物でもあったのだ。
そんな重鎮にも関わらず、アスカ救援の為ならばと、文官の身にも関わらず、こんな最前線の危険地帯に監査役として平然と乗り込んできており、明らかに毛色が違う人種にも関わらず、最前線の艦橋で平然としており、その肝の据わり具合に兵士達も畏怖を覚えていたのだが。
基本的に、ゲーニッツの言う通り話も解るし、自分が若輩者だと心得ており、誰に対しても敬語で接し、戦場においても取り乱すこともなく、最初は子供だと侮っていた者達もいたのだが、いつのまにか自然に敬意を勝ち取っていた。
「やっぱ持つべきものはダチってヤツだな! あやうく、俺の借金が更に増えるかと思ったぜ」
「……貴方は、その無意味にバカ高い葉巻やら、高級酒やら、当たりもしないギャンブルへの投入予算を減額すべきだと思いますよ。まぁ、孤児院への送金や、戦士した部下の家族への仕送りと言った使途については、感心しましたがね」
「テッメェ! ここでそう言う事言うんじゃねぇよ! つか、なんで俺の金の使い道をお前が知ってんだよ!」
「僕は、この部隊の会計監査の役も任せられてますからね。それくらい調べようと思えば調べられるんですよ。なので、今回は貴方の部下思いの心意気に免じて、臨時予算という事で申請しときましたよ。……まぁ、この僕の申請ならこの程度の予算、問題ないでしょう」
……このゲーニッツという人物はそう言う人物なのだ。
敵と自分には厳しいが、仲間や部下にはとことん甘い……。
その上、交渉事にも滅法強く、タフネゴシエーター等という異名すらあった。
彼も皇帝候補の一人として選抜されたのは、伊達ではないのだ。
「おめーにゃ、敵わんなぁ……。ったく、しっかし、エアもすっかり抜けきっちまってるから、葉巻も吸えんとは参るぜ! だが、ここに来て……やけに大人しくなったな。こりゃなんかあるな……周辺警戒ッ! 恐らく、何か動きがあるぜ……」
その言葉を聞くなり、マイト少佐が慌てて、通信兵を呼び寄せるとフェアリィ隊へ確認を取る……案の定といった様子で、マイト少佐の表情が険しくなる。
「た、隊長っ! 右舷フェアリィより緊急報告っ! ゲートキーパーの10km級の大型個体が急速に接近中! ゲートと我々の間に割り込むつもりのようです!」
「案の定か……クソが! やってくれるな……! 全砲門開け! ヤツをゲートに近づけさせるな!」
ゲーニッツが命じるより早く、各砲塔要員は射撃開始しており、波動粒子砲が次々とその長く伸びた蛇のようなゲートキーパーに直撃し、ボコボコと大穴を空けていく。
だが、その個体はジュノーには見向きもせずに、今も閉じつつある超空間ゲートへ向かっていた。
「なんだありゃ……。まさかっ! いい機会とばかりに外に出るつもりなのか! くそったれ! なんとしても潰せ! 波動粒子砲を先端部……頭っぽいとこへ集中砲火! フラムとコットンへ至急電! ゲートへ向けて波動粒子砲を全力射撃! 俺等に当たっても構わんから撃ちまくれとな!」
ゲートの方から、細めの粒子砲が幾筋も放たれ始め、第3航路空間にまで飛び込んできていた。
だが、その狙いはスターシスターズ艦だけに、正確無比!
満足に目視も出来ていないにも関わらず、ジュノーには掠めもせずに、ゲートキーパーに次々と当てていく。
さらに、大型ミサイルのような物体が次々と飛び出してきて、片っ端から弾け飛ぶ。
……その跡に残ったキラキラと輝く霧のようなものにゲートキーパーが触れると、のたうち回るように暴れ始める。
「……波動粒子魚雷か! 射程は短いし、直撃は望めないって言ってたが、よく効いてるみたいじゃねぇか。やるねぇ、良い判断だ……よし! てめぇら! 今のうちに逃げるぞ! 機関室! ジェネレーター出力全開! 各パルスエンジン点火! 重力推進機関もフル稼働……ここで船体ぶち壊すつもりで構わんから、遠慮なくブン回せ!」
漆黒の闇の中、徐々に迫りくる星の海……だが、それはどんどん狭まっていき、ジュノーもギリギリでその中へ滑り込もうとしていた……。




