第六十話「第三航路突入実験」⑤
迫りくるエネルギーの奔流……!
だが、その触手は負のエネルギーフィールド……波動粒子フィールドに接触するとたちまち減速しかき消えていき、ジュノーにふれることなく消滅してしまった。
更に、ワンテンポ遅れてフェアリィの放った波動粒子砲が大本の雲のようなものに、次々と直撃するとそれに大きな穴が穿たれると、更に伸びかけていた触手もたちまち霧散していった。
「……着弾までのラグタイムが10秒……? 波動粒子砲の速度は光速の5割は行ってるんで、推定距離5光秒……約150万キロの彼方ってとこですが。さすがに目標が大きいだけに何発か当たってますね! あ、でもさらに触手の第二波、第三波……って、あれ? 全然、なんとも無い?」
腕組みをして、微動だにしていないゲーニッツと対称的に、とっさに、しゃがみガードのようなポーズをしていたジュノーだったが。
ゲートキーパーのエネルギー触手は、ジュノーに触れることなく蒸発したようだった。
「よっしゃ! ナイスだぜ……波動粒子シールドはガッツリ効いてるし、フェアリィに装備させた有線式波動粒子砲も効いてやがるな! へへっ! どうやら、こっちを甘く見てやがったな……しゃらくせぇ真似をしやがって! いいか? 奴らはもはや正体不明の見えざる敵じゃねぇ……ただの巨大アメーバみてぇなもんだ。とにかく、撃ちまくってやれっ!」
「ゲーニッツ艦長にしっつもーん! なんで今のが解ったんですか!」
「はっ! 長年戦場にいりゃ、ああ言うのは解るようになるんだよ。だが、ホントに来やがったな。これまで無人偵察機とか入れても見向きもしなかったのに、さすがにこんなド派手にビカビカやってる大物が来たら、いい加減黙ってられなくなったってことか!」
「そんなもんなんですかねー。私、全然気づかなかったんで、ちょっとショック受けてます。ううっ! と、とにかく、お言葉通り撃ちまくりますよ! 当たれば効くなら、なんとでもなりますよね? オープン……ファイヤー!」
「しっかし、光速近い攻撃とはこりゃまためんどくせーな……。おまけにグネグネ曲がってくるとか、なんだそりゃ。さすがに光の速さで飛んでくるとなると、回避もへったくれもねぇからな……。だが、シールドも粒子砲も思った以上だったな……さすが、俺達のジュノーだ! ちょっとは褒めてやるぜ!」
そう言って、バンバンと傍にあったジュノーの尻を叩くゲーニッツ。
軽くセクハラ物だったが、ジュノーとしてはこれはゲーニッツの愛情表現と勝手に理解しているので、むしろ嬉しそうだった。
「ご褒美ありがとうございますぅ! なるほど、エネルギー反応を擬態してたみたいですね……器用な事するんですね……。でも、パターン分析は完了してます……二度目はないです! いやはや、さすが歴戦のゲーニッツ大佐とガチムチソルジャーズ! ……実に良い勘してますね! やっぱ、こう言うのって人間の勘の方が頼りになりますね……! ジュノーの好感度が更にワンポイントアップ! きゃーっ!」
「言ってる場合か! まだ来てるぞ! どうでもいいが、後先考えずにドカドカ派手に撃ちまくってるようだが、パワーは最後まで持ちそうか? フィールドの形も均一じゃなくって、なんだか歪になってきてるが、ほんとに大丈夫だろうな?」
「この負のエネルギー炉って、なかなかピーキーで制御が大変なんですよ……フルスロットルじゃなくて、パーシャルで微調整しないとマジでヤバイですから。大丈夫……通常動力の核融合炉も念には念をってことで、タンデム型ですから。いきなり全動力喪失にはならないでしょうし、侵食もさっそくちまちま受けてますけど、大丈夫! フィールドを抜けて、届いてるのは火の粉程度なんで、こっちも物量差で押し返せてます! しっかし、いきなりの熱烈歓迎! ようこそ、我が領域へ……こんにちわ! そして、死ねって感じですね!」
さすがに、すべての電子侵食因子は防ぎきれていないようだったが、電子侵食の攻防はジュノー任せにせざるを得ない。
だが、ジュノーも電子戦に覚えがあるだけに、簡単には侵食を許していないようで、今のところあまり問題ないようだった。
「ハッ! テメェが死ねってとこだな! だが、一応当たって千切れたり、割れたりしてるみたいだが、堪えてんのかね? こっちの攻撃が効いてるのか効いてないのか……さっぱり判らんのでは、気分的にキツイな……せめて、苦しそうにのたうち回ったりしやがれってぇの」
「正直、雲だの湯気だのを相手にしてるようなものですね……。そもそも、エネルギー生命体って痛覚とかないんじゃないですかね。あれじゃ、自分と他の境界も解ってないって……そんな感じみたいじゃないですか……。何と言うか、暴走ナノマシンとかそんなのに近いのかもしれないですね」
「なるほどな。確かに、知的生命体っても俺等人間の物差しで考えるもんじゃなさそうだ。まぁ、こっちは害虫退治や有害汚染物質の処理とかそんな気分でやるだけだな。しっかし、バカみてぇに突っ込んでくるんじゃなくて、派手に動いたり、分裂してみたり、フェイントかけたり、なんとかこっちの裏をかいて防衛線を切り崩そうって魂胆が見え見えだな……。確かにこいつは知恵ある存在……知的生命体って感じの動きだよなぁ。つか、マジでこれ効いてんのか? さすがに心配になってくるぞ」
今も天頂方向のゲートキーパーは、うねうねと動き回りながら、ジュノーの放つ波動粒子砲の十字砲火から必死になって逃げ回っているように見えていた。
もっとも、その様子は明らかに困惑しているように見え、波動粒子ビームについても、飲み込もうとでもしているのか、自分から近づいて大穴を空けられていた。
不死の無敵の存在が思わぬ反撃にダメージ受けて、算を乱しているように見えていた。
「……と言うか、観測映像ではビームの直径以上……km単位もの大穴開けてますよ。大和さんは特攻兵器って言ってましたけど、マジでそんな感じですね……。向こうの反撃も弱まってますし、アタフタと逃げようとしているようにも見えません? 一応、当初観測された映像からの推定体積からすると、すでに30%ほど体積が減少しているようですね」
「なるほど……確かに、最初ほどの勢いはなくなってやがるな。よっしゃ、効果認む……だな! だが、明らかに不利なのに、それで一目散に逃げねぇとなると増援待ちか……或いは一発逆転の大技くらいカマしてくるかもしれんな……どうだ? ジュノー、お前はどう見る?」
「確かに、そんなところでしょうね。あれは時間稼ぎ……明らかに逃げに入ってますね。いずれにせよ、確実に削ってはいるみたいなんで、バースト射撃でザクザク薙ぎ払って、小分けにして、削り尽くしましょう……。もっとも、この波動粒子砲ってそもそも、燃費めちゃくちゃ悪いみたいですけどね。あ、作戦残り時間もあと600秒を切りましたね! ……さすがにこれなら、なんとでもなりますよ」
「おう、んじゃまぁ……その旨、総員に伝達! そろそろ、帰り支度を始めろってな……まぁ、今回はドアノックってとこだからな……こんなもんでいいだろ! いつも通り、アナウンスは任せたぜ」
「ピンポンパンポーンっ! はいはーい、ジュノー搭乗員及びフェアリィ隊の総員に通達ーっ! 前半戦終了でーす! 皆さんお疲れ様でした。……まもなくUターン入って、後半戦に突入し、撤退を開始します。艦内……旋回Gにご注意を! フェアリィ隊も振り落とされないように頑張って本艦に追従してください!」
……状況は悪くなかった。
ゲートキーパーは大ダメージを受けたことで明らかに混乱していて、その反撃も完全に封殺しており、損害らしい損害も未だに出ていない。
エネルギー生命体は、それ単体ではさしたる攻撃力を持たない。
これは以前から解っていたことなのだが……これまで有効な攻撃方法が見つかっていなかったのだ。
核融合弾攻撃にしても、弾頭自体が乗っ取られて自軍めがけてUターンしてくる有様で、レーザーも荷電粒子もむしろ肥え太らせる一方で、核融合弾頭内蔵のレールガンも制御システムを乗っ取られて、早期起爆させられてしまい、これもまた効果がなかった。
だが、波動粒子砲は明らかにダメージを与えていて、確実に削り取っていた。
守りについても、波動粒子シールドは完全に防ぎ切っているわけではないのだが。
その殆どを封殺していた。
もっとも、フィールドの外にいるフェアリィには、ゲートキーパーの触手がガンガン当たっているのだが……。
徹底して、電子機器を廃した機械式パワードスーツのようなフェアリィは、侵食されても問題にならないようで、若干何かに押されるような動きをするだけで、ほとんど効いている様子がなかった。
なお、強化人間についても、今回は機械式強化兵ではなく、生身主体の身体能力増強型の強化人間を投入しており、さしものゲートキーパーも人体を侵食し乗っ取るまでは出来ないようで、いずれのバイタルコンディションは正常値の範囲内だった。
現状、ジュノーの搭乗員の多くも未だ出番なしで、待機所で待機しつつ、戦況モニターを見守る状況が続いていた。
もっとも、それで文句を言うような者は、誰一人としていない。
彼らはいわば予備兵力であり、予備兵力が出番なしで戦が終わるのは喜ばしいことであり、予備兵力の出番が来るのは、味方の窮地か、最終局面か……そのいずれかなのだから。
そして、歴戦の戦士でもある彼らには、ある種の予感があった。
ジュノーのお気楽そのもののアナウンスを聞きながらも、誰もが迫りくる危機の気配に緊張を隠せないでいた。
「念のために聞くが、お前自身はまだ侵食されてないか? どうにも、嫌な感じがしてならねぇんだ……正直、上手くことが運びすぎてる気がしてならん。このまま、すんなり終わりそうもねぇって気がしてならねぇんだよな……」
歴戦の兵士たちが感じていた漠然とした不安。
ゲーニッツもそれを敏感に感じ取っていた。
このままでは、終わるはずがない。
何かが起きる……それだけは確実だと断じていた。
「ゲーニッツ艦長も心配性ですね。そうですね……。じゃあ、ひとまずセルフチェック実施しますね。確かにいくつか、消し飛ばしきれなかったエネルギー体や微粒子がペチペチ当たってましたが。さっきも言いましたけど、情報圧力ではこちらが上ですから、ゴリ押しで押し返してるので、軽く持たせてみせますって」
「……そいつは頼もしいな。だが、本番……マゼランまでは、今の速度だと凡そ700日はかかるはずだからな。今の装備でこの調子で延々やり合い続けるとなると、むしろ、どれくらい持つんだ?」
圧縮空間である第三航路と、銀河系内との相対距離の差異については、すでに何度か行われた短距離跳躍実験により、ほぼ特定が出来ていた。
凡そながら、第三航路空間の5億キロの航行で、10万光年相当の距離を跳躍出来ると見積もられていた。
エーテル空間は地球の直径とほぼ同じ……20万キロ四方程度の空間でありながら、端から端へ移動することで10万光年のショートカットを可能とする。
たった2kmの距離を進むだけで1光年の距離をショートカットできる。
決まった場所でしか通常空間に接続出来ない事や、エーテル流体に流れがあり、意外と自由が効かない……何より重力があることなどで、制限も多いのだが。
この移動効率の高さこそが、エーテル空間の最大の利点でもあるのだ。
それと比較すると、第3航路で同じ距離を跳躍する場合は、2500倍もの差異があるのだが……。
宇宙空間は大気重力圏下と違い速度は割と際限なく上げられる。
つまるところ、エーテル空間は、先史文明人がこの第三航路を行き先限定にした上で、移動効率を良くすることで、より安全で使いやすくしたものなのだと考えられていた。
ゲーニッツの言っている700日と言う数値は、今の技術水準からするとカタツムリの歩みと例えられるのんびり航行……秒速8km、第一宇宙速度での試算であり、もっと加速……それこそ亜光速まで加速すれば、半日たらずで踏破できる距離ではあるのだが……。
この波動粒子シールドも波動粒子を全周に撒き散らすことで、結界のような役割を果たしているのだが、下手に加速すると前方に薄い部分が出来てしまって、それがそのまま弱点となってしまうのだ。
だからこそ、速度に任せて強行突破と言うプランは使えないし、そもそもゲートキーパーは光速で移動が可能なのだ……スピード勝負では初めから勝負にもならない。
ゲートキーパーも無限に湧いてくるとは、思えないのだが、ゆっくりと進んで少しづつ蹴散らしながら、ジリジリと前へ突き進み波動粒子シールドで囲い込んだ橋頭堡を構築し、安全領域を確保しつつマゼランとの回廊を確保する……それが今後の第3航路開通戦略であり、ゲーニッツ達の方針でもあった。