第六十話「第三航路突入実験」④
「大丈夫ですって……艦体と私、その上アストラルネットの三箇所にリソース分散の上で多重同期してますから、全部まとめて一瞬で食われない限り、問題も起きませんって! あ、でもでもっ! もし私がおかしくなったら、ぶん殴って鎖でふん縛ったって、全然いいですからね! ゲーニッツ艦長にならそれくらいされても、むしろ幸せっ!」
ジュノーは終始こんな感じで、何か失敗をやらかすたびに、ゲーニッツにお仕置きしてくださいなどと真顔で要求してくるのだ。
なお、鎖も本当に用意してあり、ブリッジの隅っこに無造作に放り投げられている。
間違っても、女子供の拘束用ではないのだが、暴走したジュノーを拘束するとなると、これですら、心もとなかった……。
もっとも、そんな事を気にしても始まらないし、この様子だと、ジュノー的には、むしろやってくださいと言った調子ではあった……。
なお、ジュノーはいわゆるドM……ある種の変態気質の持ち主と化していた。
アルフレッドのDV気質が要らない性癖を学習させてしまった可能性が高いのだが……。
どうしてこうなった? とゲーニッツも常々思っているのだが。
とりあえず、今はワシャワシャと乱暴に頭を撫で回して、スパンと頭を叩くに留める。
まぁ、このぐらいなら別に問題ないし、本人も嬉しそうではあった。
「……バカも休み休み言ってろ……ったく! んじゃま、行くぜ……野郎ども! 覚悟はいいか? って聞くまでもねぇか……。いいか? コイツは我らがアスカ陛下救援の第一歩だ! 陛下はああ見えて、寂しがり屋だからな……。俺達も一度は陛下を見送り、その死に誰もが涙し、己の無力さと、その不義不忠を大いに嘆いたぁ……。だぁが、しかぁしぃ……俺達のアスカ様は死すらも乗り越えるという奇跡を起こし、今も遥か宇宙の彼方たった一人で銀河人類の敵と戦い続けていらっしゃる! だったら、俺らが助太刀に行かないでどうするって話だよなぁ。野郎どもっ! 我らの……アスカ陛下のためにっ!」
「「「我らのアスカ陛下のためにっ!」」」
艦内で同じ言葉が復唱され、かかとを打ち鳴らす音がまるで地響きのように響き渡るのをジュノーもはっきりと感じた……まるで打ち合わせでもしていたかのように、作業中の者も手を止めて、立ち上がると右手を斜め上に掲げながら、直立不動で同じセリフをハモらせる。
元々部外者のジュノーから見ると、もはや狂信の領域だったのだが。
アスカ配下の者達にとっては、当然の行いであり、もう何かというとコレ……だった。
かつては、ここまで熱狂的ではなかったのだが。
アスカの死と、生き延びてしまった多くの誰もが共に味わった絶望の日々。
……そんな中、もたらされたまさかのアスカ生存の報。
誰もが落ち込んでいただけに、その反動による盛り上がりも半端ではなく、彼らにとって、アスカはもはや現人神……信仰の対象の域となっていて、この「我らのアスカ陛下のためにっ!」と言う言葉はもはや、彼らにとっては、祈りの言葉のようなものとなっていた。
随伴駆逐艦からも同じ言葉が復唱され、ジュノーと乗組員への激励の電文が打電され停船する。
そして、予定通りジュノーも単独先行を開始する。
「よっしゃ! 盛り上がってきたぜ! ……やっぱ、俺らはこうでねぇとな! 野郎ども! いくぜっ! 突貫ッ! ヨーソローッ!」
「「「「突貫ッ!」」」」
更に、各部署から一斉に野太い返事が返ってくる。
特にゲーニッツ子飼の部下達はこんな何が起きるか解らない突入実験だと言うのに、誰もが恐れ一つ抱いていないようだった。
「あいあいさーっ! それでは、みっなさん! とっかーんーっ!」
お気楽な調子のジュノーの掛け声に合わせて、ジュノーもゆっくりと加速し、第三空間ゲートを潜る。
ジュノー達の主観的には、宇宙に浮かんだ黒い壁へと向かっていく感じだった。
そして、何とも言えぬ重圧と共に、周囲の星空が消えて、漆黒の闇に包まれる。
周囲で見えているのは、先行して投げ込んだ10機あまりの機動偵察衛星の位置情報照明灯の光と、背後のゲートの位置を示すマーカー灯くらいだった。
当然のように、周囲は真空の世界……。
純粋な無の空間……ただ果てしなく漆黒だけが広がっていた。
この異様な雰囲気に誰もが押し黙り、艦内も耳鳴りがはっきりと聞こえるほどの静けさに満ちていた。
「これが第三航路空間ですか……。本当になにもないんですね。アクティブレーダー反射波……一切確認されず。パッシブも感なし……本気で電波ノイズすらないんですね。宇宙空間だって、恒星風ノイズや遠くのパルサーノイズとかで結構騒々しかったんですけどね……。では予定通り、観測班……フェアリィ隊の艦体固定解除……周辺監視始めてください」
ジュノーの艦体に、カーボンワイヤーロープで係留されていた5m級の人型機動兵器……フェアリィが動き出し、ジュノー周辺へ展開を始める。
それらは、有線ワイヤーとエネルギーチューブでジュノーと繋がっていて、推進力についても姿勢制御用のロケットバーニアが付いているだけで、基本的に紐でジュノーに引っ張ってもらう……激しく割り切った機体だった。
「ああ、ヤベェくらいの静けさだな……。くれぐれも現在位置座標を見失うなよ……。フェアリィ搭乗員や観測班は空間失調症に気をつけろよ……。常にジュノーを視界において、自分の上下を意識しとかねぇとあっと言う間に酔っ払っちまうぞ」
「先行偵察衛星からのコネクト信号、及び観測情報受理……ログ精査中……異常なし。ゲート閉鎖を確認しました。ゲート開閉システム群のビーコン信号も正常受信中……通常宇宙との接続途絶。現状、共鳴通信以外の全ての外部通信システムが不通になりました。でも、相対座標はすでに固定済みなので、大丈夫……迷子にはなりませんよ」
なお、ゲート封鎖は、どちらかと言うとジュノーに釣られたゲートキーパーが、通常宇宙空間へ出てこないように……そう言う意味での対策だった。
この第三航路ゲートを建造したポイントも、アルヴェール星系の果てとも言えるカイパーベルトラインの外れも外れで、恒星重力干渉を最低限にする事や機密保護の意味合いもあったのだが。
何かが起きても、最低限防衛ラインを形成する時間を稼ぐ為。
そう言う目的で、わざわざこんな辺鄙な場所に実験ゲートを建造したのだ。
その上、現時点でアールヴェル星系では、すべての宇宙戦闘艦艇はもちろん、民間の輸送船、旅客船、個人の私有船すらも、全面運行停止命令が発令されており、各宇宙基地の宇宙艦艇群も臨戦待機状態の上で、事実上の戒厳令が敷かれていた。
更に、万が一エネルギー生命体がこちらの宇宙に流入したときに備えて、各有人惑星でもエネルギー活動を最低限にすべく、発電所なども臨時停止されており、放送や通信も最低限に留めるように通達がなされていた。
民間人達もハザード演習訓練の名目で、シェルター避難を開始しており、どの都市からも人影が消えて、ゴーストタウンのようになっていた。
そんな念には念を入れた対策を施すほどには、第三航路の開拓実験は幾多もの失敗の数々にまみれており、今回の実験については、これまでと違って勝算は高いと目されていたが、誰もが微塵にも油断はしていなかった。
その程度には、この第三航路への接続はハイリスクとされていて、本来こんな帝国有数の人口密集星系で、やるような実験ではなく、無人星系で行われるはずだったのだが。
この実験の意味とその裏事情を知った第三帝国の重鎮たちは、マゼランとの連絡航路開通の暁にアスカを出迎え、その玄関口となるのは、第三帝国首都星アルヴェール以外はありえないと主張し、なかば強引に実験施設を誘致したのだ。
ゼロ皇帝も直々にリスクが高いことを重鎮たちに説明し、折れてくれるように説得したのだが……。
アスカの配下だった第三帝国の重鎮たちの意志は固く、何よりもアスカを出迎えるのに人の一人も住んでいない無人星系で出迎えるなどありえないと主張し、こう言う形式となった。
「まったく、一寸先は闇……手探りで探るだけってとこか。しっかし、話には聞いてたが、本気で真っ暗闇なんだな……。フェアリィ隊、すでに展開中だと思うが、お前らが何処にいるのか、こっちからもよく解らん。構わんから各機体の信号灯を点灯させろ。この状況では敵に見つかるよりも、味方を見失う方がやべぇ……。ジュノーも艦体を派手にライトアップしろ! 別にクリスマスツリーみたいになっても一向に構わん! 俺達は逃げも隠れもしねぇ……ド派手にアピールしてやれ!」
「はーい! イエッサー! では、探照灯、標識灯……フル全点灯にします。いやぁ、我ながら、なんとも派手ですねー! では、そろそろヤバそうな感じなので、波動粒子エンジン出力向上……波動粒子の負極フィールド範囲拡大……。フィールドの外にいるフェアリィ隊の皆さんもひとまず健在……情報ケーブルも命綱もばっちり……。えっと、エネルギー偏差レーダー及び、フェアリィ各機からの視覚情報をもとに空間エネルギー偏差状態をグラフィカル表示、その上で作戦時間カウントダウン表示します」
ジュノーがそう答えると、艦橋の3Dモニターにカウントダウンタイマーと、周辺のエネルギー反応が広範囲にわたって、3Dグラフィカル化表示される。
一言で言えば、サーモグラフィー映像のようなケバケバしい映像なのだが。
高エネルギー場ほど赤に近づき、低エネルギー場は青に近くなる……そんな風に色分けされていた。
当然のようにジュノーの周囲は、見る間に深い青……低エネルギー場化しているのが見て取れる。
なお、この負極フィールド内では、核融合炉などの出力は低下し、バッテリーなどの消費も極端に早くなる……要するに、あらゆるエネルギー活動効率が悪化するのだ。
……生身の人間への影響については、未知数なのだが。
長時間この負極フィールド内に滞在すると、貧血のような症状が発生したり、カロリー消費が激しくなるのか、空腹感を強く感じるようになると言った微妙な副作用も確認されており、当然のように気温の低下……やたらと寒さを感じるようになる……。
いずれにせよ、致命的なものでもないので、そこは許容範囲とされていた。
一見、ジュノー周囲のエネルギー反応値は偏りなくフラット……のように見える。
高くもなく低くもない……本来、それらは中間色の緑色や黄色になるのだが。
さすがに、それだと見づらくなるので、一番多い中間域はブラックアウト……黒で表現されるようになっていた。
だが、観測結果はあまりにフラット……特に天頂方向は真っ平らと言ってよいほど、エネルギー反応が均一だった。
ゲーニッツはそこに違和感を感じ、軽く舌打ちをすると頭上を見上げる。
「……ちっ、白々しい真似しやがって! ジュノー! フェアリィ隊! 上だ! 直ちに牽制射放て! 波動粒子砲……本艦直上、真上にに向かって三連斉射! 来るぞっ!」
ゲーニッツがそう叫ぶなり、ジュノーの主砲が天頂方向へ指向し、青白い粒子砲を連射し、フェアリィ隊が手持ちの大型ビームライフルを天頂方向へ向け、一斉射!
「あ、はい! でも、まだ何も……って、ああーっ! は、反応あり! 天頂方向……高エネルギー反応が急速に増大中……なにこれ! 一気にドーンって広がって……っ! で、でっかっ! 推定直径約120km?!」
肉眼では何も見えず、漆黒の闇が広がるだけなのだが……。
エネルギー生命体を想定したエネルギー偏差を視覚化するシステム「妖精の目」を装備したフェアリィとその搭乗者には、それが赤く輝く雲のような存在として認識できていた。
そして、彼らの見た視覚情報はジュノーへ転送され、ジュノー側の観測情報と統合され、リアルタイムでグラフィカル化処理される。
本来、ジュノー単体なら必要ないシステムなのだが、これはゲーニッツ達人間に対する情報提供システムなのだ。
だが、早速ゲーニッツは見えない敵になんの根拠もなく、いち早く勘づくと言うジュノーにとって信じ難い真似をやってのけていた。
「チッ! 撃たれたのにおかまいなしかよっ! ジュノー! 呆けてんなっ! 回避ーッ!」
だが、敵はジュノー達の先制攻撃に怯まず、まるで触手を伸ばすように、光速に近い速度でジュノーへ迫りつつあった!