第六十話「第三航路突入実験」③
なお、今回この第三航路空間への強行突入実験が実施される事になったのも、エネルギー生命体の一種と推測されるゲートキーパー相手に、この波動粒子を応用した兵器が特攻兵器となる可能性が高いとされ、ラース因子に続き、確認されたエネルギー生命体への対抗兵器として、波動粒子エネルギー兵器をまともな実戦兵器レベルにこぎ着けることが出来たからだった。
もっとも、これまで第三航路の突入実験はなんども行われており、効果的と思われていた機械式時限装置での再起動も、精度の問題をクリアできず、最近はゲートキーパーが対応したのか、割と失敗続きとなっていたのだが……。
何度かの無人艦突入実験で、その正体がアスカの予想したようにエネルギー生命体の一種だと、確証が得られたことで、大きく方針転換を行うことが決定された。
その上で文字通り、降って湧いた大和提供の波動粒子テクノロジーを用いて、消極的ではなく積極的プラン……第三航路を力づくで突破すると言う路線での対応へ舵をきる事にしたのだ。
そして、その第三航路の強行突破用の宇宙戦闘艦艇として選ばれたのが……通常AIとは比較にならないほどの強力なセルフプロテクトを持つスターシスターズ艦のジュノーだった。
そして、そんなジュノーをフォローするべく、大勢の人間のマンパワーを組み合わせること……それこそが対ゲートキーパー戦略の最適解とされたのだ。
そして、大勢のマンパワーとして選抜されたのは、ジュノーご指名の艦長であり、アスカ救援の為なら命がけだろうが、お構いなしのゲーニッツと、アスカに対する忠誠心の塊のような元第三帝国の面々であり、この元第三帝国の幹部達の集まった独立愚連隊はそうやって、編成されることとなったのだった。
そして、これまで、一切対抗出来なかったゲートキーパーを消し飛ばす……それが可能かどうかの実験が今回の突入実験の目的だった。
「よぉーし! じゃあまぁ、始めるとすっか! 見送り組の諸君はワリぃが後退を開始してくれ。いかんせ、ゲートキーパーがゲートから溢れちまったら、通常AI艦はあっと言う間に乗っ取られかねぇんだ。ひとまず、最寄りの拠点……アイビス基地までひっこんでてくれ。グラベル先生、支援艦隊の引率は頼んだぜ?」
「ああ、この老骨にはそれくらいが丁度いいだろうな。だが、あまり無理をするなよ。貴様らに万が一があれば、あの御方が悲しむだろうからな……」
別のウィンドウに映った白髪の老人……グラベル大将がニコニコと笑いながら、ゲーニッツの言葉に答える。
彼は第三帝国軍の老将軍たちの数少ない生き残りで、この部隊の発足に伴い様々な横紙破りや派手な人事異動を認めさせた功労者の一人で、当然のように熱烈なアスカシンパの一人だった。
先生などと呼ばれているのは、かつては皇帝育成機関「モナトリウム・サード」の講師陣の長……校長だったからなのだが。
アスカの即位に合わせて、校長職を辞任し、アスカの配下に加わり、かつては第三帝国宇宙軍の総司令官として、手腕を振るっていた……そんな過去があった。
アスカの最後の戦いでは、当然のようにアスカと運命を共にする気でいたのだが。
長年の盟友たる侍従長から、戦後処理を託され、断腸の思いで戦場を後にしていた……。
その後、老齢に加え、目の前でアスカを死なせてしまった上に何も出来なかったことで、深い自責の念に駆られ、意気消沈したまま、病に伏し……余命幾ばくもないと宣告され、いよいよ危篤状態となり、集中治療室のベッドで死を待つばかりの状態だったのだが……。
アスカ生存の報を聞くなり、唐突に飛び起きて、それまで頑として拒んでいた機械化延命施術を受けることで、心身ともに若返りを果たし、現役復帰願いと共に帝国宇宙軍への復帰を果たした……驚異の老人だった。
なお、その階級は帝国軍の事実上の最上級階位の大将であり、当然のように軍内部への発言力や影響力も高く、ゲーニッツ達の後ろ盾として、その階級を大いに便利使いさせていた。
「へっ! 俺等もアスカ様のもとに駆けつける前にくたばる程、間抜けじゃねぇよ……まぁ、老先生が復帰してくれたおかげで、俺らも色々と助かったからな! さすが、老先生だ! こないだまで死にかけだったのが嘘みてぇじゃねぇかよ」
「はっはっは。おかげでワシもアスカ様へ最後のご奉公が出来そうであるからな。あのお方の無事を聞き、このまま死んでたまるかと心底思ってな……あの世の入り口から舞い戻ったのだよ。あのお方のお役に立たねば、死んでも死にきれんからな……。本当なら、ワシ自ら出迎えに行きたいくらいなのだが……まぁ、そのお役目は、お前達若造共に譲ってやろう」
「まぁ、そう言うのは俺等若いのの役目だからな! んじゃま、ぼちぼち始めるから、野郎ども気張れよ! じゃあ、老先生……ひとまず下がって俺等を見守っててくれや。アンタが後ろに控えててくれるなら、俺らも安心して任務に集中できる」
「……了解した。では、存分にやれ! 健闘を祈る!」
そう言って、老先生ことグラベル大将のホロビューが消えると、支援艦隊も亜光速ドライブに入ったようで、次々と加速していく。
「まったく、お互い勝手に死ねなくなったってのは、喜ぶべきなんだろうな。そいや「妖精の目」装備のフェアリィ各機の艦体接続固定はどうなってんだ? ステラ大尉……ちゃんと部下のお守りしてるか? 間違いなく真っ先に出番が来るから、覚悟しとけ」
「ステラ了解。ゲーニッツ中佐……此度の任務、この私に声掛けいただきありがとうございました! ステラ隊一同……皆、意気軒昂! 我らアスカ様の為ならば、この命すらも惜しみません!」
「ああ、上出来だ……イイ感じに温まってんじゃねぇか。だが、言っとくが、まだ本番にゃ程遠い……本気を出すのは、もっと先でいいからな。ジュノー! 突入後のプランを各機、各部署へ通達……まぁ、おさらいってとこだな」
「あいあいさー! それでは皆さん、作戦概要を説明します。まず本艦突入後、即時で全方位に向けてエネルギー偏差観測レーダーを起動し、観測班を展開し周辺監視を厳とします。その上で第三航路内をグルグルと周回……基本的にはそれだけですね。もちろん、何事も起きなかったら、普通に帰るだけでなんですけどね」
「……何事も起きないなんて、ありえんと思うがな。まぁ、いい……続けてくれ」
「はいっ! なお、第三航路内での活動予定時間は多分30分くらいは行けそうですけど、安全マージンをたっぷり取って15分……900秒を予定してます。なお、帰還時のゲート解放はギリギリを予定していますし、ゲートについても解放後最大で120秒で閉鎖の予定です。なお、状況次第では、解放時間の大幅短縮もありえますので、あまりのんびりはしてられませんね」
「……聞いたか? 本作戦は時間厳守だって事だ……総員時計合わせーっ! ジュノー……銀河標準時刻を全部署のモニターに出せ……次のゼロカウントに合わせるぞ!」
そう言って、ゲーニッツも腕に巻いた骨董品のような見かけのアナログウォッチの時刻合わせを行うと、ブリッジに詰めていたゲーニッツの部下たちも同じように時計合わせを行い、揃ってキリキリとネジを巻く。
なお、彼らが持っているのは、驚異のアナログテクノロジー機械式手巻き時計だった。
……電子機器を一切使わない昔ながらのゼンマイ仕掛け。
亜光速で宇宙を飛ぶ時代に、ゼンマイ仕掛けの腕時計などローテクもいいところなのだが。
シンプル故に信頼性が高く、デザインや仕組みなども1000年以上も何も変わっていないと言われているような代物で、ある種のステイタスアイテムとして、この時代になっても人々に愛用されていた。
もっとも、最新式のスマートデバイス等と比較すると、一日で10秒20秒くらいは当たり前のように時間がズレていく上に、定期的にねじ巻きを行う必要があったり、何もかも面倒な代物なのだが……。
電子機器を一切廃したことで、その耐久性は極めて高く、真空中だろうが、高濃度放射線環境下だろうが、最低限時刻を刻むと言う機能を維持できるということで、意外と宇宙軍関係者に愛用者は多く、ゲーニッツもその一人だった。
なお、ジュノーも別に時計など、自前の体内タイマーがあるので、別に時計などなくても困らないのだが。
軍人だったら、これくらい持っとけとゲーニッツから、アナクロな見かけの機械式懐中時計を手渡されたことで、色々勘違いしたらしく、今もうっとりとした表情で文字盤を眺めながら、ネジを巻くと、スクリーンに表示された時刻と同期させていた。
「生きるも死ぬも皆、同じ時の流れの中で……これって、皆さん作戦前のお約束みたいですけど、そう考えると結構ロマンチックな行為ですよね」
……何処らへんがロマン?
とゲーニッツも思うのだが、コレもいつもの事なので、サラッとスルー。
スターシスターズに論理的思考を求める方が間違っていると、最近のゲーニッツは悟り始めていた。
「まぁ、そう言う考え方もあるわな……。どのみち、宇宙の戦場なんて死ぬ時はまとめてドカンってやられるってのも珍しかねぇ。宇宙艦艇乗りってのは、皆運命共同体みてぇなもんだからな……だから、必然的に皆、家族同然みてぇになるんだ。だからこそ、今回はいつも以上に慎重にお願いするぜ?」
「かしこまりーっ! どのみち、今回はあくまで侵入実験なので、慌てず騒がず、速度はゆっくり最低ライン……第一宇宙速度での侵入の上で、600秒後にUターンして、全力加速……解放中のゲートに、再び飛び込んで通常空間に復帰。こんな感じですかね……」
「まぁ、お前にしちゃ上出来なプランだな……。いいか? 今回の作戦の目的は、敵に俺等がどこまで対抗できるかを図るってのが目的だ。どのみち、逃げ場はねぇ……時間目いっぱい戦うだけの話だからな。なぁに……俺等も何度も手動操艦の訓練はしてきたし、人員も十分いる……お前も気楽にやればいい」
「ふふっ、人間に頼るってのも新鮮で面白いですよね。でも、敵……来ますかね? すでにゲートも半日ほど前から何度も開放してて、観測衛星も何個か投げ込んでるみたいなんですが、定期死活信号はゲート向こうから、正常に受信できてますし、今のところなんの反応も無いみたいですよ」
当然ながら、この作戦の実施に際して、事前偵察は念入りに行なっており、いくつもの観測衛星が先行突入しており、無人偵察機による強行偵察も繰り返されているが、コレと言った反応はなく、現時点では第三航路内は安全だと判断されていたのだが……。
過去の事例では、ある程度の高度AI搭載艦が入り込むと、かなり早いうちからゲートキーパーが反応し、たちまち侵食され暴走……やむなく、遠隔自爆装置で爆破処分する。
これまでは、そんな結果ばかりだったのだ。
「……いや、この感じ……なんかが待ち構えてるって感じだな。やべぇ匂いがプンプンしやがるぜ……。お前こそ、秒で侵食されたりすんじゃねーぞ。いきなり、お前がおかしくなったら、さすがに俺達も終わりだからな。いかんせん、ナノハードウェアどころか、エネルギー体接触での電子侵食ともなると、有効な対抗策も見つかっていないからな……この波動粒子フィールドもどこまで耐えられるんだかな……」
これまで観測されたデータから、中空構造装甲のような遮蔽物なども効果がなかった事で、ゲートキーパーの正体はラース因子同様、素粒子レベルの微細エネルギー結晶のようなものだと推測されており、観測方法にしても周辺環境よりも僅かに赤外反応が高いことで、その動きが観測できる……その程度だった。
だが、それでも以前よりは格段に進歩していると言えた。
なにせ、以前は何が起きているのかすら解らなかったのだから。
第三航路関係の技術については、一度はゼロ皇帝の判断で封印指定されていたのだが。
歴代皇帝には、それら封印指定技術についても概要を知ることが可能で、その気になれば封印を開放する権限も与えられていたのだ。
故に、その有用性に気付き、封印を解放した皇帝もこれまでも何人もいたのだ。
だが、そんな彼らの試みは姿なき電子攻撃者……ゲートキーパーの前に、尽く失敗に終わっており、かつてエスクロン本星で起こったAI戦争の二の舞いになりかけた事すらあったのだ。
かくして、アスカの代の頃には「決して触れることなかれ」と言う歴代の皇帝の名においての但し書きが記されるようになっており、敢えて誰も手を出そうとしなくなっていたのだ。