第六十話「第三航路突入実験」②
「そりゃまぁ、あったりまえですって! いやぁ、このⅢの紋章入ったワッペン付けてるだけで、全然知らない新顔の人たちもお前解ってんなぁ! ってニコニコになるんですよね」
「コイツは「モラトリウム・サード」でアスカ陛下と苦楽と寝食を共にした卒業生だけが身につける事が許される栄光あるエンブレムなんだぜ? ……本来、おめーにゃ勿体ないくらいなんだが……お前はそこそこ見どころがあるからな。俺らの仲間ってことで特別にくれてやったんだ。雑に扱ったら、承知しねぇし、それ付けるからにはアスカ陛下に忠誠を誓うのはあったりまえだって思ってくれよな。それより、どうだ? 例の波動粒子エンジンの調子は……」
「あ、はい……すでに波動粒子機関も接続完了……早速起動してますよ。波動粒子シールド、及び波動粒子砲との接続経路もオープン済み。出力は……とりあえず、波動粒子エンジン内部の負極エネルギー波と正極エネルギー波との波動境界線? なんか忙しくせめぎ合ってるみたいに荒ぶってますね……」
「なんだこの……山谷落差ありまくりみたいな数値は……おいおい、ホントにこんなんでいいのか? 実のところ、俺もその波動粒子エンジンってのがよく解ってねぇんだよ……見た目はなんか鈍色の巨大ちくわって感じだよな」
「大丈夫! 私も解ってませんから! 理屈なんて解んなくても結構なんとかなりますって! 一応、こんな風に押し合いへし合いで荒ぶってる状態がベストって大和さんも言ってましたからね。つまり、イイ感じって事なんですよ……なので、もういつでもいけるっぽいです。けど、そのちくわエンジンって呼び名、可愛くないですか?」
……巨大ちくわについてだが。
これぞ、あのコスモ零式に搭載されていた波動粒子エンジンの艦艇用大型ジェネレーターであり、それはジュノー本体と連結されていた。
波動粒子エンジンそのものをまるごと搭載した実験艦。
今のジュノーはそんな魔改造艦と化していたのだ。
「……すまんなぁ、ジュノー。思いっきり試作エンジンなのだが、大丈夫そうか? 今しがた受け取った数値的には問題なさそうだが……相転移反応の制御を重視した結果、なかなか取り扱いが難しい代物になってしまったのでなぁ……」
ジュノーの艦橋3Dモニターに、九つの尻尾を持つ和装の少女と、緑の雨合羽のような独特の衣装を着た知的な女性が並んで顔を見せる。
今や、名実ともに帝国の重鎮に収まった大和と、帝国の叡智とまで呼ばれるようになったヴィルゼットだった。
大和は、そのリソースをマゼランの分体に持っていかれたことで、艦艇制御やら演算力も低減しているのだが、元々スターシスターズでも屈指のマシンパワーを持つゆえに、せいぜい三割減と言ったところで、戦闘任務などに動員されない限り、あまり影響は出ないようだった。
なお、ヴィルゼットの雨合羽のような衣装はホログラフィックスーツとも呼ばれるもので、その外装や色、質感を3Dホログラフィックで瞬時に変えることで、衣装を自在に変えることが出来る……要はアイドルや歌手、コスプレイヤーと言ったエンターティナー御用達の服なのだが。
ヴィルゼットの場合は、肌色のカモフラージュと、体表光合成効率を上げる為だけでなく、人知れず透明度100%にして、全裸モードを堪能する為に着ており……まぁ、彼女やヴィルデフラウと言う異種知的生命体を知る者にとっては、十分納得出来る話ではあった。
なお、その背後にはゼロ皇帝やようやっと有機素体に換装したアキもいて、どちらも気楽そうな様子でジュノー艦橋のクルー達へ手を振っているのだが。
それを目にした者達は、もはや問答無用で最敬礼を捧げており、ゼロ皇帝も思わず苦笑する。
見かねたアキがズルズルとゼロ皇帝の襟首を引っ張りながら、カメラの視界から外れ、見切れた状態でゼロ皇帝もブンブンと手を振って、みんな、気楽にしてくれと言いたげな様子で、とりあえず場外へ……。
おかげで、ゲーニッツ達も腰を直角近くまで曲げたままという苦しい姿勢から開放されて、一息つけたのだが、ジュノーも大和もそんなものはまるでお構いなしのようだった。
「大和さん! 私もこれ……良く解んないんですけど。確かに結構扱いが大変ですね……油断してると、あっと言う間に冷え切ってカッチコッチになりそうになるから、通常反応炉のエネルギーゴリ押しで抑え込んでるような感じになってますね。確かにこれじゃ、こんな大仰なタンデム反応炉仕様にしたのも納得ですよ」
「まぁ、今のところ、リアルタイムデータ上は問題はないが……くれぐれも境界線を安定させないように気を使え……。要はちょうどいいところを見極めて、振り子のように炉心内のエネルギーバランスを保ち続けることが重要なのだ……。なんせ、下手に安定させてしまうと、あっと言う間に相転移を起こしてしまうのだからな」
「さすがに、宇宙の艦内で相転移反応なんて起きたら、皆さん全滅しちゃいますからね……。そこは最優先にします。安全第一! 愛情第一っ! 私は愛に生きる乙女になーるっ!」
「うむ、最後のはよくわからんが。殊勝な心がけだな……。まぁ、ひとまず現時点では想定の範囲内か……お主もなかなかやるな。この調子なら、相転移暴走もまず起きんだろうし、反応制御も想定通りなんとかなりそうだ。一応、VRや実験室テストは何度も行っておるし、モノもツギハギ概念実証機ではなく、限りなく完成仕様まで追いこんでおいたからな。あとは、実戦で使い物になるかどうかだが……さすがに、こればっかりはやってみんと解らん。ヴィルゼット卿もどうだ? お主から見て、これはどう思う?」
「全くもって未知のエネルギーシステム……もはや、異次元の発想……そうとしか言いようがないですね。そもそも負のエネルギーとか、確かにその存在は知られてましたが、冷媒代わりに使えるかも……程度の代物で、まさか相転移反応炉に応用できるなんて、誰も思いつきませんでしたよ」
大和が銀河帝国にもたらした画期的な新技術。
波動粒子エネルギーと、大和本人は呼んでいるが。
これは要するに、核融合反応で熱とガンマ線放射と言う形でエネルギーを発生させる核融合反応炉などとは全くの別物で、熱や放射線エネルギーを吸収することで、場のエネルギー自体を下げる……そんな作用をする素粒子を人為的に集中させることで特異反応を起こす特異反応炉なのだ。
その粒子自体は、実のところどこにでも偏在しており、通常この粒子が集中しても、気持ち気温を下げるとかその程度の効果しかないのだが。
素粒子密度を圧縮し凝縮させていくと、割りと際限なく周囲の温度を下げていくと言う奇妙な現象が起きるのだ。
……要するに、液体窒素や液体ヘリウムのような冷媒のようなものと言えなくもないのだが。
それらと決定的に違うのは、波動粒子を凝縮させ連鎖反応を起こすと、熱を発生させるエネルギーを生成するのではなく、熱や光と言ったエネルギーを吸収する……すなわち負のエネルギーを発生させた上で、更に波動粒子が蒸発する際に、新たな波動粒子を呼び起こし際限なくエネルギー吸収反応が連鎖していく点にあった。
要するに、冷媒は熱吸収に限界があるのだが。
波動粒子は、限度というものが存在しない……まるで湧き出すように波動粒子が次々と噴出するとやがて、周囲のエネルギーを奪い尽くしてしまう。
そして、分子運動の固定化状態……絶対零度に到達すると、そのまま安定してしまうのだ。
その上で、その極限まで冷え切った状態で強烈なエネルギー場……核融合炉の中に放り込むと、急激に反応を起こし水蒸気爆発にも似た爆発的な反応を起こす。
これこそが、真空の相転移と呼ばれる現象であり、これを応用することで空間そのものを燃焼させると言う恐るべき反応が起きるのだ。
もっとも、デメリットとして、その性質故に、周囲のあらゆるエネルギー反応が抑制されてしまう事にもなる。
それを考えると反応炉の緊急冷却安全装置とか、絶対零度を維持する高度冷却装置とか……燃費度外視用途でしか基本的に使いものにならず、以前から、そんな素粒子が理論上ありうると知られてはいたのだが……。
エネルギーを放出するのではなく、吸収してどうするんだという事で、仮に実用化しても、さしたる価値は無いと判断され、誰も深く掘り下げて研究しようとしていなかったのだ。
それについては、ヴィルゼットも例外ではなかったのだが。
独自の研究を重ねることで、驚異の発想の実現に至った大和については、心からの敬意を抱き、学者気質の者同士……今ではすっかり、意気投合しており、こんな風にセットでいることも多くなっていた。
「はっはっは! もっとも、我も最初は波動粒子はあくまで、相転移反応の呼び水……その程度に考えていたのだが、考えてみれば、これはエネルギー生物にとっては天敵のようなものなのだからな。そして、それがどこまで奴らに通じるのか……今回はそのテストも兼ねているのだ……」
「そうですね。波動粒子シールドに波動粒子砲……。どちらも通常の宇宙戦艦辺りが相手だと、ほとんど意味はないでしょうが。エネルギー生命体相手にはかなり効くと思いますよ……事実、ラースシンドローム罹患者にしても、長期コールドスリープでその体内ラース因子が激減することが確認されており、完全寛解とまでは行かないまでも初期症状くらいならおさえこめるようになっているんですよ」
「なんと、そうか……確かに、惑星アスカで我が分体が集めた情報でも、ラースシンドローム対策については、様々な方法がありそうなのだ……。まぁ、その辺りについては、後ほどゼロ陛下も交えて話し合うとしよう」
「そうですね……。我々はこの負のエネルギー生成と言うものを、少々侮っていたようです。なにせ、魔素までも吸収される事が解っていますからね……。そもそも、架空素粒子アクシオンの観測どころか、凝縮反応を起こす事に成功していたとか……大和卿は、この宇宙にエネルギー革命を起こしたのですよ?」
ヴィルゼットが尊敬の意を露わにして、大和を褒め称えると大和もあからさまに機嫌が良くなる。
「はっはっは! あまり褒めるでない……それとひとつ訂正だ。これは波動粒子だと言っているであろう? そんなアクシオン等という訳の判らん架空物質などではないのだ」
アクシオンとは、運動エネルギーが質量エネルギーに比べて極めて小さく、粒子の運動速度が遅い……要するに、冷たい素粒子であり、暗黒物質そのものなのではないかとも言われている。
この素粒子については、三十一世紀の世の中になっても、これまで誰も観測に成功していなかったのだが。
宇宙開闢……ビッグバンの発生から現代に至るまでの余熱放射量を計算すると、この宇宙はもっと熱くなければおかしい……どう計算しても、そんな結論となってしまうのだ。
要するに、理論上の計算数値と現実の宇宙を比較すると、この宇宙は明らかに冷たすぎるのだ。
だからこそ、このアクシオンと呼ばれる冷たい暗黒物質が宇宙の至る所に存在し、宇宙全体を冷たくしている……そんな仮説が立てられていたのだ。
もっとも、そんな何処にでもありながら、観測手段が存在しない素粒子の実在証明など出来るはずもなく、長年理論上の存在……架空物質とされていたのだ。
その架空物質を制御することで、エネルギー場と呼ばれる空間エネルギーを制御することに成功した大和は、この時代の科学技術テクノロジーから見ても、もはやオーパーツのような存在だったのだが。
もっとも肝心の本人は、これこそが古代アニメで語られていた波動エネルギーなのだと、自らのトンデモ理論を微塵にも曲げようとしていなかった。
なお、ヴィルゼットは無論のこと、何人もの素粒子科学者や宇宙科学者達がスクラムを組んで、大和のそのトンチンカンな理屈を論破すべく、論戦を挑んだのだが。
人の話をさっぱり聞かない無敵の人相手に、小難しい説明をしても普通に徒労に終わるだけであり、そもそも大和も理論と検証を積み重ねる通常の研究プロセスを軽くすっ飛ばして、コールドダークマターと同じような性質を持つ素粒子を独自の方法で、凝縮反応を起こすことに成功したと言うだけの話なのだ。
だは、それは決してラッキーヒットなどではない。
要は巷の天才と呼ばれる者達と一緒で、過程をすっ飛ばして結果を出す。
それと似たような話だったのだから、なおさらタチが悪かった。
実際、そんなもの理論上存在する訳がないと否定する者に対しても「現に物があるではないか。論より証拠とはよく言ったものだ」……その一言で議論を強制終了させるような有様で、文字通り話にもならなかったのだ。
最終的にゼロ皇帝の「本人がそう言ってるんだから、もうそれでいいじゃないかなぁ……」の一言で、誰もが納得……した事になった。
だが、この波動粒子の真価は、エネルギー場の数値をマイナスまで下げることで、極端なエネルギー落差を局地的に発生させることで、容易に相転移反応を引き起こすという点と……何よりも、新たなる人類の敵……エネルギー生命体への特攻兵器として応用できる可能性にあった。
大和式相転移炉も、相転移反応をあっさりと起こしてしまう時点で、本来危険極まりない代物で、大和の使った相転移兵器にしても、危うくエーテル空間を炎上崩壊させる一歩手前だった事が、その後の研究調査で判明していた。
もっとも、そのエネルギー吸収作用を上回るエネルギーを与え続けることで、その反応は抑えられることになり、エネルギー落差をマイルドに調整することで相転移反応の抑制や制御も可能となる……この辺りは、すでに大和も自艦に装備化していたほどで、それこそが「自称」宇宙戦艦大和のキモと言えたのだ。
そして、それがジュノーに取り付けられた波動粒子エネルギー制御システムの概要でもあった。