第六十話「第三航路突入実験」①
――帝国歴327年9月18日 銀河標準時刻08:15――
――アールヴェル星系、カイパーベルトライン――
――試作第3航路接続ゲート前――
――帝国宇宙軍 揚陸支援戦闘艦ジュノー艦橋にて――
「……報告! 当艦ジュノーはすでに、第3航路接続実験ゲートの所定位置に付きました。ゲーニッツ艦長、乗員もすでに所定の配置にて、待機中……! 皆さん、張り切ってますねー!」
意気揚々と言った調子のジュノーの声がブリッジに響き渡っていた。
なお、そのブリッジはかつてと打って変わって、旧第三帝国国旗……”サード・インペリアル”と呼ばれるローマ数字の「Ⅲ」の数字が大きく描かれた国旗が艦長席の後ろに掲げられており、同じ紋章がジュノーの舷側部に誇らしげに描かれていた。
一応、ジュノーはかつての米国籍艦艇であり、昔は星条旗を飾ったりもしていたのだが。
今や、ジュノー本人も以前のような古代アニメキャラクターのコスプレは卒業し、第三帝国宇宙軍の黒基調に赤の縁取りの入った女性士官服を誇らしげに着ており、全身全霊で自らが帝国軍の一員だとアピールしていた。
「けど、本当に良かったんですか? 今回は単なる実験なんですよ? 何も揃いも揃って、全員まとめて一緒に乗り込む必要なんてないでしょうに……」
「まぁ、そう言うなよ……ジュノー。イザとなったら、お前を強制シャットダウンの上で、俺らが手動で操艦する事でお前のフォローをする。そう言う手はずだからな……。なにせ、史上初のスターシスターズ艦による第三航路突入実験だからな……。理論上、お前らが乗っ取られる可能性はないと技術者連中も言ってはいたが、正直、何が起きる解らん……となれば、ここは俺達人間が身体を張るって寸法だ。まぁ、おかげで五百人とか思いっきり定員オーバーなんだが、こんだけ頭数がいりゃ、さすがになんとでもなるだろうよ」
なお、うち100人はゲーニッツ子飼の部下達で、彼らもまたジュノーの正式クルーとされており、この時点でスターシスターズ艦としては、記録的な乗員数ではあったのだが。
それに加えて、更に400人も増員されており、その多くが元第三帝国軍の自ら志願した歴戦の宇宙軍航宙士や機動兵器パイロット達で、エース級の強化人間も幾人も乗り込んでおり、技術技官や研究職の者達、更に行政担当官や広報官、経済官僚と言った文官達すら乗船していた。
すでに第三帝国軍は、統合帝国体制に伴い解体されていたのだが。
アスカの信奉者揃いだった第三帝国軍と、アスカ子飼の文官達は、かねてから鉄の結束を誇り、アスカ生存についても、もはや公然の秘密となっていた。
その上あのゼロ皇帝がアスカの格を自分より上と評したと言う噂が流れたことで、なかば必然的に激戦を生き残った第三帝国軍の将兵や、その配下の文官達の格も別格扱いとされるようになっていたのだ。
そして、今回ジュノーに乗り込んだ500人と、その支援部隊……総計1500名にまで膨れ上がった通称「アスカ親衛隊」は、アスカ救援の第一歩とも言える第三航路突入実験の基幹部隊とされていた。
なお、そのメンバーは、もはや動く第三帝国中枢と言った陣容で、何処かの惑星を開拓して、明日にでも第三帝国をそのまま再現できるほどには、様々な分野の帝国でも一級品と評されるような人材が揃っていた。
「……うーん、皆さん、揃いも揃って命知らずですよねぇ……。いやはや、宇宙の亜光速航行とか初めての経験でしたが、さすがにエーテル空間と比べると宇宙ってのはとんでもなく広いし何もかもでっかいですね!」
距離感覚、速度域……宇宙という環境は何もかもが惑星環境とは、文字通り桁が違うのだ。
そして、ジュノー本体は165mほどの全長があるのだが。
実のところ、宇宙環境では、この程度の大きさは内惑星間パトロール艦よりも小さい……。
宇宙空間……それもこんな星系外辺部まで来れるような外征型の艦艇となると、km級がむしろ当たり前……少なくとも帝国宇宙軍ではそれが常識だった。
重力のない宇宙空間では、その大きさや大質量が問題になることは基本的にあまりない。
宇宙のスケールの前では、全長1km以上もの巨艦であろうが、その大きさは微々たるものであり、冗長性の確保や生存性の高さと言う過酷な宇宙で最も重視すべきポイント……メリットの方が遥かに多いのだ。
いずれにせよ、予算や資材……技術が十分にあるならば、それらが許す限り目一杯大きい船を作る……それが正解とされていたのだが。
実際は、建造施設やメンテナンス施設の事を考えると、今のところ2km級が最大限の大きさで、それ以上大きいとなるといわゆる居住艦と呼ばれるスペースコロニーの小型版や、外宇宙遠征艦と呼ばれる恒星間航行艦あたりになってくるのだが。
その辺りになると、10kmもあるような超巨艦になる。
もっとも、そこまでの巨艦は帝国でも数えるほどしか就航していなかった。
もっとも、ジュノーのようなスターシスターズは、宇宙に出るからと言って、自分の艦体を徒に巨大化させたり、まるで別物のように形を変えられることについては、激しく抵抗感をあらわにしており、まずはそこが最初のハードルとなった。
もっとも、そう言う事ならと、大昔に流行った小さな中枢艦に用途に応じて、様々なオプションモジュールを増設する……マルチロール・バトルシップと同様にしてみるのはどうかという提案に、ジュノー達はあっさりと譲歩した。
要するに、自前の艦の形が残っているなら、外装に覆われて、まるで別物の外観になっていても、そこは構わないようなのだ。
事実、ジュノーはここまで自前のエンジンで飛んできた訳ではなく、アンチデブリシールドの外装と強度重力制御システムをセットにした……繭のような外観のハイパーコクーンと呼ばれる……要するに、亜光速ドライブ輸送艦に収まってきていた。
なお、アルヴェールのエーテル空間ゲートから、ここカイパーベルトラインまでの距離は凡そ50天文単位の距離にあり、10%亜光速でも70時間……都合、3日近い長旅だった。
亜光速ドライブというものは、速度を上げるほどにリスクが高まる為、現在の技術でも30%亜光速くらいは狙えるのだが。
そんな速度でデブリに当たろうものなら、戦艦クラスでも一撃で蒸発しかねない。
ましてや、外宇宙では、内宇宙のようにデブリ掃討や空間デブリ観測網が充実してる訳もないので、リスクを考慮すると10%亜光速くらいがいいところで、実際ジュノーもその程度の速度で航行して来ていたのだが。
ジュノーが収まっていたハイパーコクーンの外装はあちこちがベコベコで、至るところが焼け焦げていて、ここに来るまで全く無事ではなかった事が見て取れた。
そして、先行待機していた工作艦がジュノーに横付けし、大量の作業ポッドが取り付くと、ジュノーの外装、ハイパーコクーンをベリベリと剥がしていき、モジュールの交換作業に取り掛かる。
「はわわっ! 私脱がされてるぅうううっ! えっちーっ!」
「言ってろよ、このバカ。まぁ、ひとまず、衣替えってとこだな……黙って着替えろ。まったく、めんどくせぇ奴らだよな……お前らも。」
なお、今回の突入実験に備えて、汎用揚陸支援宇宙戦闘艦に改装されたジュノーは、亜光速巡航用のハイパーコクーンを取り去り、宇宙戦艦用大型熱核融合炉をタンデム搭載した全長500mにもなるハイパワーパックの接続作業に入っていた。
その外観は三本の太めの六角棒を三角に並べたような外観で、その上に揚陸ユニットを両サイドに接続した大時代な巡洋艦が乗っているという奇妙な外観になっていた。
そして、一番下の六角棒は前後に大きな穴が空いており、大きさ自体は他の二本と同じなのだが、明らかに別の用途のようで、ユリコの言を借りると、巨大なちくわのように見えた
「そ、そこはこだわりということで! えっと、ハイパワーパック接続オールグリーン! 続いて、波動粒子エンジンも接続完了……いよいよ、システム起動準備完了です! ……ゲーニッツ艦長、許可願います」
「ああ、許可しようじゃねぇか……。しっかしまぁ、ものの見事に見慣れたメンツが揃っちまったな……。そいや、俺等……他の帝国軍の連中からなんて呼ばれてるか、ジュノーも知ってるか?」
「はい! アスカ親衛隊って皆さん、呼ばれてましたね。というか、他の帝国の皆さんは「ゼロ陛下バンザイ! ユリコ様ばんざい」ってやってるのに、皆さんだけ「我ら、アスカ陛下の為にっ!」って、明らかにノリが違いますよね?」
なお、アスカ生存の報は、今のところ公式には発表されていないのだが。
元第三帝国の幹部達の異様なまでの盛り上がりようと、否定も肯定もしないゼロ皇帝。
そして、ユリコはユリコで、何かというアスカ推しとアスカ愛を隠そうともしていなかった。
これらの事実から、アスカ生存は確実であり、その帰還の日も近いと噂になっているような有様だった。
「あったりめぇだ……。俺らは何があろうとも、アスカ様の忠実なる臣下たる事を誓った同志なんだからな。たとえ、ゼロ陛下が相手でもそこは微塵にも揺るぎねぇんだよ……。だがまぁ、ジュノー……お前もこうやって俺等の旗を掲げてくれるとか解ってんじゃねぇかよ!」
なお、ゲーニッツ達も本来は、統合帝国宇宙軍の各部署に分散配置されていたのだが。
アスカ子飼の特務部隊の隊長の一人ゲーニッツがアスカ救援部隊の隊長として選抜されたと言う噂を聞き、アスカ戦死以来、抜け殻のようになって引退していた将官クラスの高級将校達が一斉に息を吹き返し、全力で横紙破りお構い無しで、ゲーニッツ達のフォローに駆け回り、アスカ配下だった高級文官達も持てる権限をフルに駆使して、莫大な予算や物資を調達し……。
結果的に、元第三帝国幹部オールスター編成のような精鋭部隊が出来上がってしまったのだった。
当然ながら、他の帝国の将官達からは「さすがにやりすぎなのでは?」だの「普通に軍閥じゃないですか」……などとゼロ皇帝に苦言を呈する者達も居たのだが。
裏事情を知るゼロ皇帝の「僕が許可したんだけど、文句ある?」の一言には、誰もが納得せざるを得ず、帝国軍内部に明らかに旗色が違う部隊が編成されつつあるのを黙認せざるを得なくなってしまったのだった。
ゲーニッツ CV:若本さん(笑)
ぶるぁぁぁ!