第五十九話「海戦勃発!」③
「やはり! 私を狙っていたか! リンカ! さすがだ……信じていたぞ!」
「……ええ、こんな殺気を放ってたんですから……って、なんですか? コイツ!」
リンカが驚いたように叫ぶ。
……いや、私に聞かれてもなぁ。
敵は……一言でいうと、金色のマントを羽織ったガラス製の人体骨格標本のような見た目だった。
ご丁寧に、片刃で湾曲した海賊御用達と言った感じの剣を手にしている。
もっとも、全部が透明ではなく、芯に当たる部分に黄色っぽい循環液のようなものが流れているのが見える。
「ふむ……ガラス製のバイオサイボーク? いや、もしかすると、こいつは珪素生物……なのか? まったく、こんな化け物が出てくるとはな……。さっきから予想外の連続だな」
「これが噂に聞く、アンデッドモンスターなんでしょうか? すみません……ユーリィ教官の課題でもこんなのは居ませんでした……。アンデッドモンスターなら、死人なんですよね? 死人を殺すなんて可能なんですか?」
さすがに、不安そうな様子でリンカが横目で視線を送ってくる。
確かに、ゴブリンやオーク、ミノタウロスだのグリフォンなら、VRユーリィブートキャンプの対モンスター想定演習課題で戦った事はある。
まぁ、飛び道具持ってると身も蓋もなく射殺して終わりなのだが。
白兵戦武器しか無い想定だと、結構手強かった。
なお、さすがにこんなのは想定になかった。
だが……。
「……死人を殺すことが可能かどうかではない。大和殿達とまんまと分断された以上、ここは我々がやるしかない。……エルレイン殿は下がって、ナスティちゃんも後ろで潜っておれ」
そう行って振り返ると、すでにエルレイン殿は、海に飛び込んでいて、ナスティちゃんが受け止めてくれたようだった。
ナスティちゃんも、足の一本をまっすぐ立てて、任せろと言わんばかり。
……まぁ、いいか。
後ろを気にしていて、勝てる相手ではなさそうだからな。
「さて、そこな骸骨の化け物殿……。貴様の相手は我らがしよう! 問答無用で斬り掛かってきておいて、話し合いも何もあるまい。まぁ、そのナリでは話し合いもなにもないだろうがな」
「ふむ……。貴様ら、思念通話が使えるのか。ならば、問答無用で斬り掛かったことについては謝罪しよう」
……まさかの返事が返ってきた。
しかも、結構紳士的かつ、バリトン風の渋いボイスだった。
うん? この脳裏に直接響く言葉。
これは、多分概念伝達だな。
ちなみに、概念伝達とはお母様が我々に対し言葉を伝える際にやっていることで、実のところ、お母様の言葉は言葉ではなく、我々の側で勝手に翻訳され、言語化されて、言葉として聞こえているようなのだ。
これは、お母様の思念受信体とも言うべく器官がこのヴィルデフラウ体には標準装備されており、ソルヴァ殿達のように後乗せで追加するも可能だった。
それ故にどうみても言葉など話せそうもない、ナスティちゃんと我々の間でコミュニケーションが成立しているのだ。
こんな風に、生物かどうかも怪しい怪人とも通話が可能とは……。
だが、対話ができるとしても、このような不躾な輩に返す言葉など、決まっていた。
「なんとも殊勝な態度だが、戦を仕掛けておきながら、今更退くつもりなど無いのであろう? まぁ、仕掛けてきた理由くらい聞いてやらんでもないがな」
「では、問おう! ……なぜ、貴様らは徒に海を汚染する! なぜ、我らが生きる事を許さない! 我らは海の環境破壊者を追っていただけなのに、あんな滅びの光まで使うなど……! 我らを……我らが海をなんだと思っているのだ……いい加減にするが良いぞっ! この陸の侵略者……悪魔の樹の使徒どもが!」
……良く判らんが、この時点で敵確定……であるな。
恐らく、この惑星の在来勢力の一員か何かなのだろう。
確かに、そっちの視点ではお母様は、惑星の環境破壊者であり、侵略者……それ以外の何物でもない。
お母様による海の浄化は、在来種にとっては環境汚染……環境破壊の何物でもないだろう。
だが、私はこちら側であり、その位置づけは動かしようがない。
意思の疎通が可能であっても、どうやっても共存が出来ないのであれば、戦いは避けられない。
「はっ! 貴様らから見れば侵略者かもしれんが、こちらも生きる為なのだ……そこに是非などあるはずがなかろう! そもそも、あんな怪物をけしかけておきながら、なぜ邪魔をするだと? いいか! 先に殴りかかってきたのは貴様らだ。であるからには、こちらも容赦などせん!」
いったんそこで言葉を切って、リンカへと向き直る。
「リンカ! 斬れ! それと、この手合との長期戦は避けろ……よいか? 瞬時に一撃で決めろ! この世に不死不滅の怪物などおらん……コヤツも全身を砕き、叩き壊せば死ぬ。簡単なことだ!」
「……わかりました! では、一気に決めます! 未来視……発動っ!」
リンカの目が青く光りだすと、猛烈な速度で剣を振るう。
……ユリコ殿に何故いつも単騎駆けするのかと聞いた時、未来視において味方といえど他者というファクターが混ざると予測精度が下がるらしいのだ。
だからこそ、私も未来視を使って本気を出したリンカの戦いを敢えて手を出さすに見守る事にした。
まぁ、さすがに負けることなどあるまい。
「……うそっ! 未来が……ブレる?」
だが、このガラス骸骨も防戦一方ながら、リンカの猛攻を凌いでいた。
今もリンカの後の先カウンターの切り上げを紙一重で回避していた。
と言うよりも、コヤツ……身体の可動域が人体の比ではない上に、先読みの精度が尋常ではない!
ありえない方向にありえない角度で身体が曲がり、リンカの猛攻も紙一重……ギリギリで回避している。
これも一見、惜しいように見えるが。
最小限の動きで完全に見きっている証左だった……コヤツ、強いっ!
「……おおおっ! なかなかの剣の達人のようだな。それにこれは……まさか、未来を見、未来を切る……未来視か! だが、まだまだ未熟なようだな……では、こういうのはどうかな?」
骸骨が自分の頭を取り外して、唐突にお手玉のように空中と手と手の間でクルクルと回し始める。
「そらそら……隙だらけであるぞ! だが、こんなあからさまな罠にはかからんよなぁ……。まぁ、すこしは理解したか? 未来視は処理速度を超える速度領域や罠が相手だと無力なのだ……あまり頼りすぎると痛い目に遭う」
そう言って、頭を元の場所に戻すと、カタカタと……多分コレ、笑ってるのだな。
挑発……のように思えるが、説教のようにも聞こえる……なんとも憎めない御仁だった。
「ちょ、調子に乗るな! ならば、そっちからかかって来いっ!」
相手に背中を向けて、姿勢を低くするリンカ。
……ほほぅ、これはっ!
「逆巻の構えか。帝国統合白兵戦技No.57……だったかな」
まぁ、一言で言えば敢えて相手に背を向けることで、誘いを入れて、相手が踏み込んできたら、そのまま前へ踏み出し、その勢いを借りて、身体を反転……必殺のカウンターを決める。
精密な荷重移動と高精度の見切りを要求する高難度の技の一つだ。
前に踏み込みながら、運動エネルギーのベクトルを反転させ、逆方向の突進力へと変換する……要は相手の虚を突く、フェイント技の一種だ。
だが、戦いのさなかに敵に背を向け、視線すらも送らない……。
そこがこの技のミソで、敵もつい手を出してしまうのだ。
背を向けたまま、見もせずに敵の一撃を見切るとなると、最低限殺気を感じ、ノールックで反応できるほどでないと、現実的でない技なのだが。
今のリンカならば、ノールックで見切る程度はやってのけるはず。
「……勝ったな!」
……当然のように、相手もその無防備な背中へ突きを繰り出すのだが。
まるで背中に目がついているかのように、リンカも前傾姿勢になりながら、大きく一歩踏み出しながら、その場でくるりと回る。
「帝国統合白兵戦技No.60……剛の型……『荒波』っ!」
次の瞬間、リンカは空振りしたガラス骸骨と正面から向き直っていて、まるで吸い込まれるような動きとともに、渾身の踏み込みからの上段振り下ろしを叩き込むっ!
「おおお、未来視に加え、瞬歩まで使いこなすとは恐れ入った!! まったく、陸の獣共も侮れんな……ワハハッハハ!」
……高らかに笑いながら、骸骨紳士はリンカの渾身の一撃すらも受け止めていた。
それもまさかの真剣白刃取り!
なんだ……今のは!
突きを外してノーガードだったはずなのに、次の瞬間には武器を捨てての白刃取りでリンカの必殺の一撃を受け止めていた。
何と言うか……間のモーションをばっさりと切り取って、無理やりツギハギ編集した……そんな出来の悪い編集動画でも見せられているかのような光景だった。
「嘘ですよね……! 今の一撃……貴方の命運を経つのがはっきりと見えたのに……」
「ああ、今の一撃は見事だった! おかげで、吾輩もちょっとズルをしてしまった……。まったく、真剣勝負のさなかにこんな失礼な真似をしてしまって、誠に申し訳ない……すまん、すまん」
軽やかにバク転のような動きで、海上を跳ねていき、平然と波間に立つガラス骸骨。
リンカも追撃しようとするのだが。
さすがに、舳先まで行って、眼下の海を見て、とても真似できないと悟って、立ち止まる。
……というか、このドクロ……いい加減、名くらい名乗って欲しいものだな。
まぁ、いい……いずれにせよ、勝負ありだな。
「ふむ、リンカの未来視の剣舞どころか、逆巻の構えからの荒波までも凌ぐとは、なかなかやるな。リンカ……恐らく、今のは何らかの超常の仕掛けがあると見た……要はインチキをされたのだよ。深追いはせずともよい。どのみち今の戦いの勝敗……どちらが勝者かは明らかだからな」
「……痛いところを突いてくるな。そうだな……奥の手を使わされてしまった時点で、こちらの負けだ」
「やけに、素直なのだな……まぁ、誰しも己に嘘は付けん、そんなものだろう。せっかくだ……勝者として、貴殿の名でも聞いておこう……名があるのならば、名乗るが良いぞ!」
「ふむ、お前は随分と高貴な身分の者のようだな……。二対一で挑んできても、文句は言えんのに、敢えて部下を信じて、背後で見守る……その正々堂々たる振る舞い、そして、傲慢さと確信に満ちた言葉……見事である! だが、名を名乗れと言われ、それに答えぬは騎士の名折れ……。我が名は黄水晶の騎士トロージャン! ……だぶるわっ!」
正々堂々とした名のり……と感心していたら、唐突に私の背後から放たれた赤い光を全身に浴びて、トロージャン氏がもんどりうって転がって、盛大に水蒸気爆発を起こすと海に沈んでいった。