第七話「初めての文明、街の訪れに」③
……そんな訳で、軍事的な観点から見ると、この街の即応兵力が僅か20騎の装甲騎士だけと言うのは、かなりヤバい。
私に言わせると、限りなくノーガードのようなものだ。
……戦う前からすでに負けていると言っても過言ではないだろう。
何よりも汎用性の高い歩兵を削って、騎兵を主力にすると言う発想が駄目だ。
人型機動兵器や宇宙戦艦が戦場を飛び交う時代になろうが、地上戦では歩兵が主力。
この点については、1000年、2000年経っても変わってないし、多分変わらない。
20世紀の頃などに比べると、戦場は大きく変化し、戦いの様相は激変したのだが。
地上戦闘に限って言えば、むしろ歩兵こそ、原点にして最強の兵科と言われているのだ。
異論は認めぬぞ?
どんな密林だろうが、ダンジョンのような所であろうが、歩兵部隊は戦える。
砂漠だろうが、氷結地獄だろうが、人間が生存できる環境であれば、歩兵は何処でも戦えるのだ。
要するにシンプルなだけに、汎用性が極めて高く、その事が多種多様で混沌に満ちた地上世界で戦い抜く場合には、最大の利点となるのだ。
それ故に帝国地上部隊でも、基本的に歩兵が主力で、状況に応じてパワードスーツやヘビーアーマーなどを装備させる場合もあるが、現場では最低限の装甲服のライトアーマーが好まれていた。
その他の地上戦闘車両や航空兵器もあくまで歩兵の補助と言う位置づけだ。
騎兵の運用まではよく知らんが、戦車のご先祖と言う話もあったと思ったので、本来攻勢や偵察連絡と言った任務用の補助兵科なのではないかと思うのだ。
要するに、間違っても主力にするような兵科では無い。
「まぁ、いちいちごもっともだな。俺も全く同感だ。装甲騎兵と言っても、奴らが猛威を発揮するのは、平原で真正面から向き合った場合だけと言って良い。単騎でウロウロしてても、奴らの兜は視界も悪いから周りなんて見えちゃいねぇからな。横合いから槍かなんかでぶん殴って、落馬させちまえば、もう起き上がることも出来ねぇんだ。だから、殺るとなりゃ意外と簡単だろうさ」
そうなのだよ。
パワードスーツや装甲服が現場の歩兵部隊に嫌われる原因は、この視界の問題と言っても過言じゃないのだ。
歴戦の地上軍歩兵に言わせると、大仰なアーマー着込んでても、弾が当たれば死ぬのは一緒だから、一瞬でも早く攻撃を知覚し、一瞬でも早く動けるために、防具は軽量、ヘルメットも不要なのだそうだ。
なお、歩兵部隊の諸君が大好きなライトアーマーと言う防具は、アーマーとは名ばかりの気持ち程度のALコートと赤外迷彩が施された防刃素材で作られた迷彩柄のただの軍服の事だ。
支援機材として、バイタルモニターと情報支援機器くらいは付属しているのだが、普段着にしている兵士も多かった。
前線の兵の防具は、基本的に好きなものを装備して良いと言う話にはなっているのだが。
陸戦では、歴戦の部隊ほど、揃いも揃って軽装になる傾向があった。
新米少尉に率いられた新兵の部隊はピカピカなパワードスーツや重装甲兵などが並んでいるのだが。
年季の入った部隊ほど、薄汚れた軍服に手作り感漂うカスタマイズされた使い込んだ銃。
そして、誰もがだらしなく軍服を着崩していて、もはや不良軍人の群れにしか見えないのだが。
新兵揃いのパワードスーツ部隊が軽く消し飛ぶような激戦であっても、そう言う古参の不良軍人部隊の死傷率は驚くほど低い。
歴戦の強者というのは、そう言うものなのだ。
「なんと言うか、案の定であるなぁ……。私はむしろ歩兵で数を揃えたほうがよほどマシだと思うぞ。我が国でも地上戦と言えば、基本は歩兵部隊だったからのう」
「確かに戦場で一番使えるのは歩兵ってのが昔は常識で、騎兵は高価な割には死ぬときゃあっさり死ぬから、今ほどは前に出ない兵種だったんだがな。もっとも、今時は歩兵といえば、どこも応集兵が基本で、ほとんどの奴らは普段の生活があるから、いざ出動って言っても、動員と準備だけで軽く一週間以上はかかる。この時点で戦力になるかと言えば、そりゃ微妙だな」
「やはり、そんなものなのか……。ここの領主が盗賊団退治に動かなかったのも、兵力の動員に時間がかかる関係で、動こうにも動けなかった……そう言う訳なのかのう」
「いや……実際の所、神樹の森の盗賊退治に領主の軍が出るなぞ、あり得んのよ。だからこそ、俺らが出張る羽目になったし、そもそも、誰も領主の軍なんぞ当てにしとらん……端的に言えば、これはそう言う話なんだ」
「……うーむ、神樹の森は、今まで私のような管理者が居なかったから、魔物が蔓延る危険地帯だったのだろう? にもかかわらず、この街の者達も薪や食材集めなどで度々入り込んでいたと言う話だし、街道を使って、隣国と交易も行っているとなると、森の治安維持や市民の安全確保、いざという時の防衛なども本来、領主が軍を使って行うべきではないのだろうか」
ちなみに、神樹の森については、すでに魔物も絶滅しており、森の事象についても、こうしている今も把握出来ている。
森の住民としては、10人ほどの森番衆と5人ばかりの隠者だけ。
ソルヴァ殿の話だと、いずれも無害な者達のようなので、放置している。
実際、ソルヴァ殿達も盗賊団のアジトに着くまで、魔物との戦いは二度、三度はあると予想していたようだったのだが。
それが全く無かった時点で、何かあるとは思っていたそうで、理由を知って納得したそうな。
「それが道理なんだが、あの領主はとにかく、ケチな野郎でなぁ……。金にはうるさいが、とにかく、何もしねぇんだ。だからこそ、俺ら冒険者ギルドや商人ギルドや役人共ががんばってるんだ。お前さんにしても、盗賊団だけじゃなく、森の魔物まで、始末してくれたらしいじゃねぇか。言っとくが、俺らにしてみれば、ソイツはめちゃくちゃデカい借りなんだぞ?」
なるほど、ソルヴァ殿達は、街の人々は、絶対に歓迎してくれると言う話だったが、それなりの理由はあったのだな。
ただ……なんと言うか。
何もしない領主だと?
そこはさすがに聞き捨てならんぞ。
……そんな為政者が居て良いものなのか?
居ても居なくても変わりない……ソルヴァ殿の話だとそんな風に聞こえる。
「そんなものであるかな。しかし、そうなるとこの街は限りなく、市民による自治に近い政体を取っている……そう言うことか? よく、そんな領主……排除されぬものだな」
「自治都市か……。確かに、今のシュバリエはそう言えるかもしれんな。だがまぁ、奴はあれでもこのシュバリエ市を築き、代々治めてきたボルール家の末裔だからな。何もしないからと言って、街から追い出すわけにもいかんし、ヤツの後ろ盾には、ここらの貴族の元締めの大貴族バーソロミュー伯爵なんてのがいるからなぁ……さすがに伯爵を怒らせると、この街くらいなら軽く滅ぼされるだろうからな……。まぁ、表立ってお貴族様には逆らわない……それが常識なんだわ」
「何よりも、装甲騎士と言う武力を持つ以上、力付くで排除するのも難しいと言うわけか……。まったく、私の国ならば、そんな何もしない貴族や執政者など、あっという間に一市民へ降格だぞ……」
ちなみに、我が国の人材評価基準はとにかく、実力主義が徹底されている。
その為、そのような無能な人間が上に来ることはまず無い……そのように社会自体がシステム化されているのだ。
もちろん、能力が無いものは無いものなりに、それなりの立場と収入に甘んじていただくことにはなるのだが、それであってもそれなりの生活は保証されているので、そこは、あまり問題にもなっていない。
「アスカの国もなかなか厳しいのだな……。しっかし、お前さん……こうやって話をしていると、政治や軍事にかなり詳しいって事がよく解るぜ? もしかして、精霊の世界にも軍や戦争、政治とかはあるってのか?」
どうやら、ソルヴァ殿も私に言われるまでもなく解っているようだった。
ふむ、どうやら中々どうして、聡明な御仁のようだった。
それに、軍事についても私が詳しいとか言っているが、それが解る時点で、相当なものだとおもうぞ?
どうやら、軍略家としての才覚もお持ちのようだった。
この辺りはさすが年の功と言ったところよの。
「ははっ、どんな世界でも政治と軍事は国家の基本であろう。戦争がない世界など、そんなものがあれば見てみたいものだな……」
まぁ、実際は400年ほど前の銀河はそうだったようなのだがな……。
長き平和と戦争がない世界……それが絵空事に過ぎなかったと言うのは、今や誰でも解っていることだった。
「なんとも、世知辛い話だねぇ……。さて、話してるうちに門前に付いたようだ。まずは馬車から降りるぞっ!」
……先程から、遠くに見えていた城壁も今はもう、目の前だった。
うーむ、異世界の始めての街への到着か……ドキドキするのう!
一応、門から出入りする者達を門番がチェックし、旅人や商売人と言った一時滞在者からは一時滞在許可証とその手数料を徴収しているようだったが。
一方向にしか城壁がないのでは、深夜に壁がないところから、こっそり潜り込めば、余裕スルーでスパイ行為だの破壊工作だのやりたい放題なんじゃないのか? と思わなくもない。
軍事的に見ても、正面しか守れないのでは、城壁として何の意味もない……。
まぁ、それで良しとしているのは、この国の統治者がそう決めたのだから、文句を言う筋合いのものではなかった。
異世界……こんなものなのか……。
侮る訳では無いが、なんとも拍子抜けだった。
そして、いざ降車!
そう思ったのだが、私の身長で荷車からだと、地上まで結構な高さがあった……。
どうしたものかと思っていたら、ソルヴァ殿がひょいっと後ろから抱き抱えてくれると、無造作に飛び降りる。
「ふわっ! びっくりしたっ! い、一応、お気遣いありがとう……とでも言うべきかな?」
「いやいや、気にするな。おっかなびっくりで飛び降りられて、足でもくじいたらどうする? これくらいなら、お安い御用だ!」
しかも、お姫様抱っことかーっ!
いやぁ、ボディーガードに手を取られて、車両から降車とかそう言うのはあったが、さすがにお姫様抱っこは未経験だった。
いやぁ、なんともたまらん経験だった。
やはり、ソルヴァ殿は気遣いのできるいい男であるな!
「おおっ! ソルヴァさん、今のヤツ……私にもやってくださいっ!」
ファリナ殿が期待を込めた目でソルヴァ殿を見つめるのだけど。
この人、結構身長もあるし、それはさすがに……。
「ばぁか! お前の図体と体重でこんなことやったら、俺の腰が死ぬわ! いつも通り、普通に飛び降りやがれ!」
「……わかりましたよー! と言うか、私……そんなに重たくないでーす! なんなら試してみます? きっと羽のように軽いですよ?」
そう言って、抱っこーとでも言わんばかりに手を伸ばすファリナ殿。
「よぉっし! そこまで言うなら来いっ! この俺の全身全霊でお前を抱き止めてやるぜ! ただーしっ! うっかり、色んなとこ触っても文句言うなよ? クックックッ……」
そう言って、両手をワキワキとしながら、両手を広げてファリナ殿を受け止めようとするソルヴァ殿。
……ソルヴァ殿?
なんか、手付きがイヤらしいぞ? なんと言うか。
ま、まぁ……殿方ですからなっ! と言うか、今しがた私、思いっきりお尻触られてたような。
……許すのだがな!
「ちょっ! 何処触る気なのよ! このへんたーいっ! スケベニンゲンーッ!」
仲良きことは良きことかな。
まぁ、そう言うことにしておこう。
「……ふむ、里から降りてきた新参のエルフの子か……。ああ、なるほど、ファリナさんの姪っ子ってことか……。まぁ、そう言う事なら、別に問題ないかな。いいよ、行って!」
入門チェックで私の番になったので、堂々とチェックを受ける。
ファリナ殿が事前に門番殿に説明してくれていて、各種書類にも諸事情などを記載済みのようで、私からの細かい説明はまったく求められていないようで、なんかもう10秒くらいでOKってなってしまった。
「あ、はい。そうです。いやぁ、人間の街に来るのは始めてなので緊張しました! でも、来るのをとっても楽しみにしてたんですよー」
辺り差し障りのない回答。
一応、年相応の子供らしく答えてみたつもりだったが、どうだろう?
ついつい、横柄な口調になりがちなので、意識して口調を変えてみた。
「そうか、そうか。さすがに君みたいなエルフの子供が来るのなんて珍しいけど、歓迎させてもらうよ。私は従士隊のダガートと言う者だ。もっとも、いつもここで門番をやらされてるような下っ端も下っ端なんだけどね。なぁに、何か困ったことがあれば相談にだって、いつでものるよ。あ、せっかくだから、何か飲むかい? 可愛い子には特別サービスってね」
そう言って、冷たく冷えた果実水をもらってしまった。
と言うか、めちゃくちゃいい人だった。
うむ! 従士隊のダガートさんだな。
名前は覚えたぞ。
確かに、従士隊にも何人かは常備兵がいるとの事だったが。
彼もその一人のようだった。
と言うか、本当にあっさり通してもらえてしまった。
一時滞在許可証についても、ファリナ殿と言う身元引受人がいて、ファリナ殿はこの街で冒険者として冒険者ギルドに活動許可登録をした時点で、長期滞在許可が自動的に付与されるので、その身内と言うことで、私も同等の扱いをされるらしい。
つまり、初っ端出入りについてはフリーパス状態。
なんだかなー。
「さぁて、ここが我ら人族の街。シュバリエ市だ……どうだ? なかなかの物だろう!」
そう言って、ソルヴァ殿が手を差し伸べてくれる。
ありがたく、その手を握り返して、手をつなぐ。
はっ! さりげなく手を握ってしまったが。
こんな風に殿方に手を引かれるなど、始めてのような気がする!
もっとも、まるで子供になった気分だがなっ!
これはこれで、悪くないか。




