第五十九話「海戦勃発!」②
「ふむ、ナスティちゃん。お主……その背に人間を乗せたことはあるか?」
「ないのだー。人間と会ったのお前達が初めてなのだー」
なるほど。
コイツの背に、エルレインとリンカを乗せて行ってもらおうと思ったのだが……。
考えてみれば、コヤツは水中生物だから、そんな器用な真似が出来るとは思えなかった。
「アスカ陛下……質問を変えたほうがいいな。ナスティちゃんは、そこの三人を乗せた小舟を引っ張って陸まで行けるか? まぁ、軽く100kmくらいあるから、少々ホネかもしれんがな」
そう言って、大和殿はリンカとエルレイン……そして、私へと視線を投げかける。
「馬鹿な……大和殿、この私に真っ先に逃げろというのか!」
「なんじゃ、そりゃ当然であろう。この戦……こちらの準備が足りんかった時点で、すでに負け戦が確定しておる。ならば、お主の言うように被害を最小に食い止めて退くが吉。モアベターと言う奴だな。ああ、足止め役は任せておけ。ここは我らに任せて、先にいけ!」
「馬鹿な! 足止めって……こんな丸太船でどう戦うつもりなのだ! まさか、死ぬ気か?」
ついでに、言わせてもらえば、もはやセリフの時点で死亡フラグというやつだった。
「……ふん、イスカンダルを目前に果てるつもりなど微塵にもないぞ。良いか、ここは退く……だが、民間人たる漁民たちと、アスカ陛下を無事に陸まで逃げのびさせる事が出来たなら、こちらの勝利なのだ。そんな訳だ……はよ、撤退せい。帝国では逃げるが勝ちなのだろう? よもや、こんな状況で、総大将が最前線に留まるような愚かな真似が貴様らの是とは言わせん。残り時間はあと10分程度……問答は無用ぞ!」
……こういう状況下では、あらゆる事象に優先順位を付けて、優先順位が低いものは切り捨てる覚悟が必要だった。
今の状況では、大和殿の言うように民間人の漁民たちを無事、逃げ延びさせるのが最優先。
これは当然の話だ……身分の貴賤の問題などではない。
次は、エルレイン殿……ルペハマのリーダーにして、要人たる彼女の身柄の安全の確保は、優先順位が高い。
戦闘員たる大和殿達やリンカは優先順位が低くなる……それは、もう戦闘員の宿命のようなものだ。
だが……私の優先度……か。
それは、言うまでもなく誰よりも最優先……とすべきだろう。
きっと誰に聞いてもそう言う答えが返ってくるだろう。
こんなところで私が果ててしまったら、残されたものは誰もが途方に暮れるしかないし、総大将がまっさきに退場するようでは、話にもならない。
それは、勇敢だの立派だの褒められるような事では決してない……ただの無責任と言うのだ。
誠に口惜しいが……大和殿の判断はいちいち正しい。
この場に最後まで居ても、私がやれることなどない……。
大和殿の示した会敵予想時間は、わずか10分後……大和殿の言う通り、もはや問答の時間もなかった。
「……了解した。ならば、先に行かせてもらうぞ……また後ほどな!」
急ぎ、大和に積んでった小舟とナスティちゃんをロープで繋げて、私とリンカ、エルレインが乗る。
いささか頼りないが、それでも10m近くあって、自前の電磁推進機関までも搭載している。
もっとも、エネルギー源は、対消滅機関などではなく、電磁草をバッテリー代わりにしているようで、すぐにはフルパワーでは動けないようだった。
「ああ、また後ほど……か。指揮官の言葉としては、悪くない言葉だ。さて、時間を稼ぐと言っても、どの程度稼げるか判らんが……絶対死守とか、そこで死ねと言われるよりは随分マシであるからな! はっはっは!」
「大和殿……コレは命令だ。別に船など捨ててしまっても構わんが……。貴様らも必ず戻ってくるのだ……! 解ったな! これは何度でも言わせてもらうぞ!」
私がそう言うと、大和殿も妙にニヒルな笑みを浮かべる。
「必ずここへ帰ってくると、笑顔で答える……それもまた宇宙戦艦のクルー達の有り様なのだ。つまり、二度と帰らぬ特攻ではなく、必ず戻り、明日の希望を掴むための戦……。それこそが我の目指したかった有り様なのだ……。つまり、我はこういう戦いこそしてみたかったのだ! むしろ、恩に着るぞ!」
「……何でもいいが、あまり無理はするなよ。というか、今のお主になんとか出来るなど期待などしておらん。せいぜい、無事を祈るぞ!」
「解っておるよ……では、はよ逃げろ……皇帝アスカよ! ゆけ! ナスティ! 陛下を任せたぞ!」
「任せるのだ! アスカ陛下と、猫耳とおねーさん。みんな、しっかり掴まっているのだー! ナスティちゃんの本気と書いてマジと読むを見せてやるもー!」
イカジェット推進で引っ張られた小舟が思った以上の速度で、動き出す。
戦艦大和……緑の丸太船の姿が見る間に遠ざかっていく。
その姿はやがて遠く離れ、その姿も小さくなっていく。
だが、巨大な蛇のような影が海面から飛び出すと、大和の真上から突き刺さるのが見えた。
そして、立ち上る水柱……周囲に大和の構造材……丸太やら何やらが派手に撒き散らされていた。
……あ、あれ?
まさかの秒殺だった。
いや、もっとこう……動き回って粘るとかあるだろ?
あれだけ、大口叩いておきながら、微動だにせず瞬殺されるとか、大和殿そりゃないわー。
「アスカ様! なんか……大和さん、あっさりやられてません?」
リンカが振り返りながら、同じ光景を見て同じような感想を漏らす。
「まぁ……武装も何もない上に、あんな巨大な奴が相手ではなぁ……。まぁ、簡単に死ぬような奴ではないだろうが……。こうなったら、我々が時間を稼ぐぞ! ナスティちゃん……すまんが、Uターンだ。リンカ……最大火力であれにブチかませ! ハンドコイルガンの最大加速ならひるませる程度の威力はあるだろう」
「了解です! 次に水面に上がってきた時……ですかね? さすがに潜ってる相手に当てられる気がしません」
「そうだな……。恐らく、今のがあのウミヘビの攻撃方法なのだ! いいか、海面から飛び上がる直前に顎の下を狙え! いくらデカくても、そこは弱点であろうし、さすがに脳みそに穴が開けば死ぬであろう?」
地竜もそうだったが、生物である以上、脳が破壊されれば死ぬ……そこは共通のはずだった。
そして、人間もそうなのだが。
口と顎があるような生き物は、顎の下は基本的に柔い……生物学的に考えても、そう言うものなのだ。
だが、大破した戦艦大和と、それにのしかかるように姿を見せていた大蛇だったが。
明らかに異変が起きていた。
「……あれは、電磁草のツル……ですね。まさか、わざとやられて罠にかけた……ということでしょうか?」
大蛇は大和の残骸から生えた黒光りする無数のツルに絡み取られ、身動きできなくなっているようだった。
「そのまさかであるぞー! 大和ふっかーっつ! 馬鹿め……まんまと引っかかりよったわ!」
……唐突に、小舟の縁からワカメやらなんやらを頭に載せて、ずぶぬれとなった大和殿が這い上がってきた。
なお、当然のように全裸……まぁ、解るのだがな。
せめて、恥じらいくらい……ないのだろうなぁ……。
「……まさか、船に罠を仕掛けて、自分も最初から一目散に逃げるつもりだったのか? まったく、あれだけハッタリをかましてくれたくせに、やってくれるな!」
要するに、船に罠を仕掛けた上で囮にして、大蛇を拘束する……時間稼ぎという事なら、確かに最良の策と言えた……やってくれたな!
続いて、冬月と涼月のお狐様コンビも船の縁につかまって、顔を出す。
ニコニコと笑顔で、手を振っているので、私も笑顔を返す。
あれだけ、これから玉砕しそうな悲壮感たっぷりな空気を醸し出しておいて、この様子では潜りながら、こちらに便乗していた……そう言うことだった。
だが、非難する気にはとてもなれない。
こう言うのも、我が帝国軍では常套手段なのだから。
爆薬満載のハリボテ宇宙戦艦の群れを置いて、本隊はさっさと退いてもぬけの殻。
勇んで突っ込んできた連中もろともまとめて爆破とか……。
ガチガチの陣地を作っておいて、さっさと逃亡。
陣地爆破で乗り込んできた敵を殲滅とか……まぁ、その手のやり口は帝国軍の戦術教本にも書いてある後退防御戦術の常套手段であり、大和殿達のやり口も教本通りと言えた。
「はははっ! あれだけで終わるものか! 足止めだと……その程度のヌルい対応で、終わらせてやるものか。知っておるか? 自爆はロマンという言葉を! ……むしろ、死ね! 我が大和を敵に回すことの意味をその身で味わうがよいぞ!」
大和殿が手元に持っていたドクロマーク付きの謎のスイッチをポチッと押すと、大破した大和と、もはや蔦でがんじがらめになった大蛇が青白い閃光に包まれる!
そして、天へ向かって伸びる光条……。
周囲に、ぼんやりと青い光……チェレンコフ光の輝きが散る。
……船体を囮に拘束し、船に搭載された対消滅反応炉を暴走させて盛大に吹き飛ばす……結構な無茶だったが。
大和殿は迷わずそれを実施したようだった。
さすがに、対消滅爆発が至近距離で炸裂したことで、100m級の大蛇もひとたまりもなかったようで、真っ黒に炭化した長細い何かと言った様子で、力なく波間に横たわり、ボロボロと崩れて行っているのが見えた。
「……か、神の雷? まさか、この目で見られるなんて……」
「ふむ、知っているのかエルレイン殿」
「はい……。神樹様の放つ怒りの鉄槌とも言われた。すべてを焼く光……神をも焼き尽くすと言われた……」
「ワタシも知ってるのだ! さすが神樹様の眷属! すごいのだー!」
自分が褒め称えられていると思っているようで、大和殿のドヤ顔が止まらない。
だが、不意に表情を引き締めると、勢いよく船上へと飛び上がる。
「まったく……。大物が瞬殺されたから、今度は小物で数で押す……か! だが、これで包囲でもしたつもりか? 甘いわっ!」
そう呟いた大和殿が、私の真横で尻尾を振り回して、何かを次々とはたき落とす。
近くでも盛大に水柱が立ち、何らかの攻撃を受けているのは明らかだった。
「アスカ陛下、ボヤッとするな……ひとまず、姿勢を低くしろ。まだ終わっておらんぞ! どうも、撃ってきとるのはただの水の塊のようだが。水といえど、高圧で放たれるとコンクリートブロックと変わらんからな。まぁ、この場は我らに任せておけ! ナスティちゃんはこの場でひたすら周回運動! 決して止まるなよ! 征くぞ、涼月、冬月! 伴をせいっ!」
そう言いながら、嬉しそうに再び海に飛び込んだ……と思ったら、平然とその上に立っている。
なお、先程まで全裸だったのだが、見る間に緑色の装甲服のような装備に身を包み、パワードスーツ兵のような出で立ちとなっている。
「……なんじゃそりゃあ! なんで海の上に立っていられるのだ?」
「ふふん、向こうで戦ったイフリートのやってた事をパクってみたのだ。あやつ……ライデンフロスト効果を応用した流体面上での滑走技術など使いこなしておってな! 我もちょっといいなと思ったので、この身体をチョイとイジってみたのだ! 名付けて、パワードヤマト! 我のかんがえた最強の海上戦闘形態であるぞ!」
確かに、足の横からジェット噴射みたいなガスが出ていて、足元が激しく泡立ったようになっていた。
ライデンフロスト効果……。
確か、熱した鉄板の上に水滴を垂らすと、瞬時に蒸発するのではなく、玉になって転げ回るという……自然現象の一種だと思った。
まぁ、少なくとも、こんなじゃないと思うのだが……。
眼の前の海の上に立つと言う奇妙な現象がライデンフロスト効果によるものと本人が言っているのだから、そう言うことなのだと思うが……。
本当なのか? それ。
「さぁて! 冬月、涼月……参るぞ! 身体一つの海上機動戦闘! 船などなくとも我らは戦える! 刮目してみているがよいっ!」
……原理自体は怪しげながらも、大和殿達は、海上をまるで地面のように自在に駆け回り、滑るように高速で移動していく。
対する敵は、頭と腕を海面から覗かせたザリガニ人間みたいな感じの奴らだった。
よく見ると、そこら中にいるのが解る。
なるほど……大物を正面からぶつけて、小物の群れを退路に配置した上での挟撃か。
なかなかに、戦術と言うものを解っていないと、これは出来ない。
……敵も知性体……そう考えて良さそうだった。
武装はさっきの水圧弾……腕のハサミは接近戦用ではなく、水圧弾の発射機のようだった。
……当たり前のように飛び道具持ち。
それも結構な射程と威力があるようで、見るからに水陸両用と言った調子で、数も随分な数がいるのだが。
機動力では大和殿たちの方が明らかに上で、涼月や冬月が氷の剣のようなものを作り出して、切りつけたりするとあっさりと沈んでいく。
そして、大和殿もいつのまにか背中に緑色の箱のような物体を背負っていて、腕から直接砲弾のようなものを放ち、更にそのやたらと多い尻尾の先からレーザーのようなものを放ちだす。
どうも、背中の箱が弾体形成……ストック器官と発電器官を併用しているようで、即席の武器弾薬生成装置と言ったところのようだ。
目視照準にも関わらず、えらく命中精度も高く、レーザーも結構な威力があるようで、ザリガニ人間たちもあっと言う間に蜂の巣みたいにされたり、砲弾の直撃で木っ端微塵となって、たちまち撃ち減らされていく……。
大和殿と、涼月、冬月の間では情報が共有されているようで、二人もいつの間にか飛び道具を使い始めていて、足元には短いスキー板のような物が生えてきて、機動力がますます上がっていた。
スターシスターズ……元々、自分達の頭脳体を極限まで強化することで、身体一つでも戦えるようになった化け物揃いと聞いていたが……戦いながら、自分達自身をアップデートし、確実に戦闘力を強化しているようだった。
……と言うか、ベースは私と一緒のはずなのだが……。
この身体って、そんなことまで出来たのか?
この私よりも全然使いこなしているような……年季が違うということか。
だが、この感じ……いかんな。
大和殿達との距離が先程から、離れつつあった。
大和殿達は確かに強いが、戦場の全体を見ているわけではなく、なんとなく敵が多いところへ突っ込んでいくと言う乱暴な戦い方をしており、相互フォローも出来ていて、危なげはないのだが。
その動きは、確実に何か誘導されているように見えた。
……何よりも、不自然なほどこちらへ攻撃が来ない。
さっきから飛んでくるのは、どう見てもただの流れ弾。
恐らくコレは、意図的な分断で、こちらの油断を誘っている。
敵の狙い……次の一手はそう言うことだっ!
「リンカ! 任せたっ!」
殺気を感じ、横っ飛びに避けると同時にリンカが動き、滅多に抜かない腰の剣を抜くと、私の頭上に迫りつつあった凶刃を弾く!




