第五十八話「青天の霹靂」⑥
それから……。
生け簀など上等なものはないので、タライに水を張ってやったら、気が利くのうとか言って、自分からインしていただけた。
呼吸とか大丈夫かと思ったが、案の定……自前で酸素を合成できるようで、干からびない程度の水気があれば、地上でも生存は可能のようで、結構平然としている様子だった。
なるほど、そこらへんは認めたくはないが、ヴィルデフラウと同様ということか。
ひとまず、詫びの印と言うことで、捕り立て新鮮な生魚を山盛り食わせてやったら、あからさまにご機嫌になったので、せっかくなので詳しい話を聞かせてもらうことになったのだ。
「さて、お主がなんなのかもなんとなく、理解できてきたが。まずは神樹通信へ平然と割り込んできた理由を説明してもらおう。それが解らないと、こちらも困るのでな」
こんなヘンテコな第三者に平然と割り込まれるようでは、さすがに下手に使えんからな。
コヤツだから、割り込みが出来たのか……或いは、結構ダダ漏れなのか……そこは確認する必要がある。
「それは簡単であるぞ。ワタシは、貴様同様に神樹様の下僕の一人であり、管理者権限をもっているのだ……。我が一族は遥か古に神樹様よりこの海の浄化と、神樹様の領域化を進めるべく命を受け、今日までその命を果たすべく、この広い海の中で漂いの日々を送りながらも、頑張ってきたのだ……。貴様もワタシ同様なのだろう? なんとも酷い扱いを受けたが、同じく神樹様の系譜という事と、美味い海の幸を頂いた上に、このような立派な椅子を設えていただいたことで、帳消しとしようではないか」
何と言うか、この会話の時点で異質な価値観と概念を持つ「THE・宇宙人」との話し合いという気がしてきた。
ガミラス病患者との会話もなかなかだが、大和殿はまだ人間に近いメンタリティを持っているし、それなりに良識も持っているだけに会話くらいは成立するのだが。
このイカ様は、本格的に訳が判らん。
もっとも、図らずともナイス接待状態になったようで、おまけにどうやらお母様とも深い縁があるようだった。
……聞いてないぞ?
そんな訳でお問い合わせ。
「お母様、単刀直入に聞く。なんだこの生き物は?」
「ふむ、質問を質問で返すようで悪いけど、なんなのだ、その緑色の怪生物は?」
怪生物……確かに、ウネウネと触手があって、キラキラお目々に緑色のボディカラー。
ちなみに、陸に上がっているために光合成細胞が活性化しているようで、その緑色はさっきよりも濃くなっているようだった。
私もイカと言う地球原産の生き物を知っているからこそ、そこまで化け物に見えては居ないのだが……普通に見ると、2mくらいの大きさがあって、結構な化け物よの。
「おおおっ! これは……神樹様の声! こんなにもはっきりと、ようやっとその声を聞くことが叶いワタシは、神に感謝であーる! っと、妾の神とは神樹様……つまり、神樹様バンザイなのだー!」
何を言ってるのか、さっぱりである。
「私とむすめの共有ホットラインに当たり前にように割り込んで来ただと? ああ、なるほど……これは、大昔に実験的に海へ流した水中環境適合化実験個体の成れの果てであるな……。確かに、我が眷属の末裔……だが、よもや知性体にまで進化していたとは……驚くべき話よなぁ」
「……当人を前に、なかなかに酷い回答だな。となると、これはお母様にとってもイレギュラー……管理外個体とかそんなものなのか?」
まぁ、知性体という言葉については、異論はない。
なにせ、コヤツは銀河憲章の定めた知的生命体の条件にもガッツリ適合している。
余談ではあるのだが、なにげにイカという生物は意外と高等な生物で、地球由来の海の生物でも、もっとも脳神経が高度に発展しており、さほど大きくもないにも関わらず、その知能は犬猫並と言われているほどのようなのだ。
それ故に、地球原産の海洋生物の中でもいずれ知性体へと進化する可能性がある生物のひとつと言われていて、トラバーン人という実例が確認されたことで、その推論が間違っていなかったといわれていたのだ。
その上で、お母様の因子を取り込んだ結果、高度に進化して高い知能を得るに至った……それも否定出来るものではなかった。
「うーむ、今のドサクサでコヤツ、ちゃっかり我がネットワークに入り込んでしまっているのだ。娘たちの概念だと、認証アカウントを正規手段で所持していて、それ故に簡単に排除も出来ぬ……そう言えば解るだろうか?」
「……なるほどな。そんな状態なのか……。まぁ、お母様も自分で蒔いた種なのだから、諦めるしかなかろう。そうだな……ここは一つ、引き続き任務に励めと言って、速やかにお引取り願おう。正直、厄介ごとの予感しかしないのだ」
その間、5秒程度。
だが、現実に戻ってくると、タライに浸かった緑のイカ様の目とガッツリ視線が合う。
……前に見たイルケリオンも妙に目がデカいと思ったのだが。
この緑イカ様も、超巨大な目がついているのだが……無機質なものではなく、普通に知性を感じさせるもので、何と言うか色々と見透かされているような気がしてくる。
だが、メンチ切りでは先に目を逸した方が負けなのだ。
そんな風に、地上降下兵たちも言っていたし、ここで怯んではいけないのだ。
文句あるか? と言いたげに、首を少し傾かせて、睨みを利かす。
「まぁまぁ、我が主よ……落ち着け」
唐突に割り込むように、ぬっと現れた大和殿の顔と尻尾で、視界が完全に埋まる。
反射的に手を振ったら、軽く避けられ挙げ句に、両目に尻尾がビターンと直撃する!
「目にっ! 毛がぁっ!」
思わず叫んで転げ回る。
思った以上の勢いで、おまけに完全に不意打ちだったからたまったものではなかった。
「おお、すまん。我が九つの尻尾……たまに、言うことを聞かなくなって、荒ぶることがあってな……ゆるせ」
「い、いきなりなんだ! 邪魔をするでないぞっ!」
「……先程から見ていると、なんとも落ち着きがない……らしくもないぞ。よいか? コヤツとの巡り合い……それもまた我らの運命なのだ。まぁ、こう言うときは、流れに任せるが吉。ここはひとつ、色々と事情を聞いてみてはどうかな? なんぞ、陸を目指していたとか言っているし、なにか我々の知らない情報を持っているのではないかな」
……なんか、諭されてるっ!
しかも、言っていることはごもっともだ。
この如何にもモンスターといった外観には、ドン引きなのだが。
その言葉自体は、別に敵意がある訳でも、悪意の一つも感じさせない。
ここは、さっさと消えろではなく、事情を聞く……それが一番だと言える。
この大和殿……ガミラス病という問題をよそにすれば、意外と思慮深く、浅慮かつ好戦的な者が多いスターシスターズとは思えないほどには理性的で、ちゃんと物事を考えているようなのだ。
実際、銀河守護艦隊にしても、ハルカ提督はエーテル空間ゲートを破壊するだの、通常宇宙へ乗り込んで、首都星系のいくつかを見せしめに破壊するだの、帝国籍の民間輸送艦への撃沈命令など……そんな無茶をやろうとしていたようのだが。
大和殿は、通常宇宙戦闘もこなせるように各艦を改造するような無意味な事に力は貸さないと頑として断り、エーテル空間ゲートの破壊も銀河憲章で禁じられているのだから、絶対却下とぶった切り……。
帝国の民間船への攻撃も、スターシスターズの非殺コードに抵触するように、有人艦だと言う情報を意図的に与えることで未然に防ぐなど、様々な方法で帝国との戦いがエスカレーションしないように、防波堤のような役目を果たしていたようなのだ。
まぁ、ハルカアマカゼにとっては、何かというと好きにやらせてもらえない目の上のタンコブのような存在でありながらも、さりとて排除も出来ず……と。
銀河守護艦隊の奴らが、いまいちヌルめの半端なやり方に終止していたのも、その辺りが理由のようだった。
まぁ、感謝はすべきであるのだがなぁ……。
ちみっちゃいお狐様に尻尾でぶん殴られて、諭される身にもなれと言う話だ。
「……お主、ナスティとか言ったな? 陸を目指すなどと言っていたが。それはなんのためだ? それに何やら、私に釣り上げられるよりも前に、あちこち傷を負っていたような様子ではないか。ワケアリなら、聞いてやらなくもないぞ」
……よく見ると、コヤツ……満身創痍といった有様ではあるのだ。
足も何本か短くなっているし、身体のあちこちに引っかき傷やら、穴が開いているし、なんだか白っぽくなっている場所もあって、火傷かなにかをしているようだった。
もっとも、当人はケロッとしており、割と平然としている。
足が切れてることについても、人間と違って無数に生えているのだから、一本や二本千切れても、ほっとけば再生するなりでなんとでもなるのだろう。
案外、タフな生物なのかもしれない。
「うむ……実を言うとだな。このところ、神樹様の力が増大し、海藻や小さな植物性プランクトンと言うのか? そう言った神樹様由来の生き物達が活性化し、浄化領域も大幅に増大したのだ」
なんとまぁ、お母様の活性化は海にまで影響が出ていたのか……まぁ、それ自体は悪い話ではないだろう。
重金属やら、硫化水素で汚染された海洋を浄化し、生き物が住める海とする。
お母様がやっているのは、そう言うことのようで、地上についても、お母様は地中深くまで根を伸ばし、火山活動を制御したりと言った真似もやっているようなのだ。
まぁ、なんにせよ。
お母様の数々の試みの結果、この惑星は岩と火山だらけの不毛の惑星から、順当に緑と水の惑星へと変貌を遂げつつあった。
私としては歓迎こそすれ、問題にはしない。
しかし、このイカ……。
明らかに私の持つ知識を学習しているように見える。
なにせ、植物性プランクトンとかしれっと言っていて、これで合ってるか等と、確認までしているのだ。
多分、コヤツは今も現在進行系で高度化しているのだ。
「なるほど。割りと最近になって、お母様……神樹は、この私と言う管理者を手に入れ、その真価を発揮しつつある。どうやら、ナスティ殿の領域までその影響が及んでいたようだな」
「ナスティちゃんと呼ぶが良ーいぞ。なんとか殿……みたいな呼び方はオシャレじゃないのだ」
イカにオシャレを語られる筋合いはないのだが……。
「ええい、いいから本題に入れ! なんぞ、満身創痍になっとるようだが、なにがあったのだ……と言うか、その有様で平気なのか?」
「ふふん、ナスティちゃんは簡単には死なないのだ。まぁ、普通にあっちこっち痛いけど、ほっとけば治るのだ。あ、お魚美味しかったので追加ください」
……まぁ、私もなかなか頑丈だし、コヤツも同類ならば、簡単には死にそうもないか。
大和殿が、ニコニコと笑顔とともにサンマのような長細い魚を手渡すと器用に触手を動かして、下の方にある口に運んで、モゴモゴと食ってる。
何と言うか、餌付けでもしとるようだな。
顎をシャクって、さっさと続きを話せと促すと、コクコクとうなずいて、ナスティちゃんはここに至る経緯をポツリポツリと話し始めるのだった……。